リュウガ×ラオウの掌編です。
・性行為を匂わす描写があります。
※非常にソフトなつもりですが、
感じ方には個人差もあると思います。
・場面はアニメ「天の覇王」準拠で8話の後くらい?
(そこまで厳密ではないです。)
季節特有の激しい雷雨の、天に爆ぜ地を撃つ音が、暗い玉座の間までを侵している。旱きに喘ぐ街々には、久々の恵みの雨となる。これが痩せた土地に残るわずかな滋味まで洗い流してゆく事実を、憂うる余裕は人類にはまだない。
列柱の間に走る稲光に、暫し魂を吸われ立ち尽くしていたリュウガであったが、ふと心を戻すとその場に膝をついた。そうさせた足音の主は、戻るなり真っ直ぐ城内を来たようで、リュウガの伏せた顔の前で外套から滴が零れては深紅の絨毯に散った。
「カサンドラへ……ですか」
トキのところへ……そう暗に含ませ問う。主が少なくとも週に一度、ほど近いその街を訪れることは、リュウガや供回りの者には既知の事実だった。最奥に幽閉した実弟に会うことは、決してないことも含めて。
黙したままラオウは玉座の前で外套を脱ぎ、無造作に置き捨てた。巨大な石造りの椅子の肘の部分は、古びているわけでもないが、なぜか欠けている。
「詮索のつもりはございません。失礼しました」
「……妬いたか?」
「いえ、そのような意味では……」
「フ……つまらぬヤツだ」
頭上から下りてきた揶揄まがいの声の響きに、リュウガは意外さのあまり思わず顔をあげ、主の目にまじまじと見入った。相手も神妙な面持ちでこちらを観察している。やがて太い息とともに漏らした。
「きょうだいと言っても、似ないものだ」
「私どもは、それぞれ父が違いますゆえ」
「だが、それだけが理由とも、思うまい」
「はい。仰せの通り……不思議なものです」
リュウガ自身にとっても不思議なほど、自分たちきょうだいは違っていた。血や外見以上に、信条も生き様も三様。そして互いに深く知り合う前に一人は信条の通りに行方を眩まし、一人は自死を選んだ。
「ままならぬものだ」
呟いた男の逞しい眉の下に並ぶ二つの眼は鋭く、黒々と濡れる山稜のあたりを見つめている。その金色は空を流れる雷雲を映して暗くうち沈んで見えた。
彼自身の兄弟のことか、ユリアのことか、それとも。
リュウガは測りかね、立ち上がった主を追うこともせずに頭を垂れ床を見つめていた。
「どうした。来い」
私室へ通じる扉の前で、ラオウが呼ばう。その意味は一つだ。背を向けたままであるのが、果たして誘う立場の気恥ずかしさであるのか、彼なりの罪悪感の顕れであるのかはわからない。
「そのつもりで来たのであろう。違ったか?」
「いえ。ただ、昨夜も……ので、噂にでもなればと。それが気がかりです」
「フ、なれば誰にでも、試しに言うてみい。誰が信じる」
一笑に付した主に従って歩きながらリュウガは、戦場でも城内でも、この背ばかり見ているという気がしてきていた。
息をするたび、伏せた背を覆う筋の束が脈動する様は、海の波に似ている。悪戯心で堰き止めるように撫でると電流にあてられたように震えが起き、鎮まり切らぬ熱が蒸気となって、夜気に立ち上るかと思われた。
ラオウは両拳でまだ、寝台の敷布を絡め取るように掴んでいる。最中に迂闊に背や首を抱けば骨ごと砕きかねぬ。そういつか、苦笑を交えて告げられた。リュウガはその、けして情人を抱かぬ手指に触れると、恭しく口づけた。
知れば知るほど拳王……いや、ラオウという男はリュウガの予想を裏切った。たとえば、天をも掴まんという野望と気迫を荒野に轟かせ、覇業を成し遂げつつありながら、私欲といえばほんの数厘、こうして自分に抱かれたがるが関の山だ。
彼の言葉のまま、ただの処理と片づけることができるなら、どれだけ有り難いだろう。
諦めに似た心地で撫でる手を動かしていると、汗ばんだ胸の下から案外落ち着いた声が響いた。
「温かいな」
「何がです?」
掌のことか、と理解するのにしばらく時間がかかった。リュウガにしてみれば、触れる相手の体のほうが遙かに温かいのだから無理もない。
「天狼凍牙拳、……鋭さのあまり寒ささえ感じるというが」
寝返りをしてリュウガの手を捉えると、ラオウは子どもが虫でも捕らえたように無造作に揉んで確かめる。
「試してみたいですか?」
「そう誘うな。世に知られる拳の味、みたいと思えばきりがない。性よの」
「お戯れを」
「無論、叶わぬ夢よ。真の力を知るは、身に受けし死者のみ。奥義とはそうしたものだ」
滔々と述べる中に、ほんの少し拗ねたような響きがあって、リュウガの頬を弛ませた。
拳王軍は捕虜をとらない。進軍の後には文字通り血塗られた道のみ引き、鬼と、外道と呼ばれる遣り方でここまできた。リュウガ自身、濃密な血の臭いが拳にも髪にも染みこんで、永劫に消えぬかと思われる。
だがこうして見ればラオウなど、一介の拳士以上でも以下でもないのだった。
拳王という存在こそが夢なのかもしれなかった。血も涙も流さぬ鉄の王。その醜悪怪奇な像を、地獄の火で鋳抜き鍛えることが、やがて乱世をおさめる礎となるならば……リュウガには安いものと思われた。そう、思い定めた。
「男は死ねば負けよ。ただ女には女の道理があるのだろう……俺には解らぬが」
「あの妹には、勿体ないお言葉かと」
「……やはり、似ておらぬな」
大きな手の平を頬に添えられ、また顔を見つめられながら、内に想えば想うほど明るく澄む己の瞳の色のことを言っているのだろう、とリュウガは考えた。この堅い、温かい掌が、妹の髪を梳くことはけしてない。あの鮮やかな黒を映してこの男の瞳が、いま以上に暗く煙ることも、けしてない。
「リュウガよ、俺のためには死ぬな。男ならな」
「心得ております」
「よい、返事だ」
眠たげに、満足げに頷いた男に向かい、リュウガは清々しく不自然に微笑んでみせた。主が心弱りしときに与えるべきはこの仕打ち、そして無関心と。とうの昔に悟っていたのだった。
終
- 作品名
- リュウガ×ラオウ:SS:晦溟 [R18]
- 登録日時
- 2009/04/30 (Thu) 00:00
- 分類
- 文::危険(♂×♂)