ソウガ×ラオウの掌編です。
・ただのエロです。
・天覇ベース。でも時期設定は曖昧です。
「おい、お前、拳王様はどこだ?」
聖帝軍と痛み分けとした戦のあと、ソウガはすぐさま北、冥王軍との領土境にある街へ発った。酒場や密売人が隠れ蓑としている賭場を闇に紛れて巡り、造叛の兆しを探るのだ。
半日で偵察を終え、明けるまで数刻という頃に戻ったその足で王の居室へ赴いたのだが、部屋はもぬけの殻だった。
歩哨に尋ねておきながら応えは待たず、ソウガは踵を返した。元来た方へ廊下を進む。
負った傷も癒えぬうち、どこへ行ったものか。まさか、城外か。前例があるだけにいい知れぬ不安を覚え、ソウガは義足の立てる音を抑えもせず、足早に階下へ向かった。
城から出るのに愛馬を残すはずがない。確かめようと厩を覗き込むと、意外にというべきか、黒王号が横たわっていた。
立って寝る姿は何度か見たが、寝藁に四肢を折っている事は珍しい。窓から降る月光に照らされて金に光る藁の海の央、黒々した体は影そのものだ。そしてその脇に、上半身裸で包帯だけを纏ったラオウが、屈んでいた。黒王の顔を布で拭っている。
一人と一頭の沈黙に気圧され戸口に留まっていると、中からラオウの声がした。
「ソウガ。どうした?」
「それは俺の台詞だな」
歩を進めながら、唇を動かすのに必要以上に力がいることに気づいて苦く笑う。見咎め目を細めるラオウの顔から視線を外した先で、ソウガは黒王号の異常に気づいた。呼吸が荒い。
黒王の体には、昼に受けた矢雨の創傷が無数にある。その中で首と左前脚にだけ特に厚く包帯が巻かれていた。声に気付いてか薄く目を開いたが、またすぐ閉じる。いつも全身に纏っている威圧感も、心なしか弱い。
「毒か」
「ユダ、あの男らしい、卑怯な真似を」
ラオウは拳を布ごと固く握り、唾棄するがごと告げた。
「いやむしろ、あの手の輩こそだろう。
それになラオウ。城を構え、軍を率いる立場になれば下策も策のうち。俺にしても、王を仕留める機会なら手段は問わんぞ……」
これを機会にラオウの王らしからぬ戦闘での振る舞いに釘を刺すソウガの苦言であったが、肝心のラオウの心は早々に黒王に戻ってしまった。鼻面に手の甲を触れている、眠っているように見える相手も気付いている。それだけですべて伝わるとばかりに。
いったい、いつからこうしているのか。蒼い月のせいもあろうが、やや憔悴して見えるラオウの横顔を見つめ、ふと愚痴がましい思いがソウガの口を開かせた。
「こいつの世話係は?」
「俺が来るまで、ずいぶん暴れてな。みな、逃げた」
「そうか」
兵士の中から馬丁の心得のある者を募ったはずだったが、たださえ悪魔と恐れられる黒王が我をなくして暴れたというならば、逃げても責められぬか。ソウガは諦め半分で続ける。
「医者……といって馬を見れるヤツはいないだろうが、ラオウ、せめて人の医者を呼ばないか」
口にしながらソウガの脳裏に、ラオウの実弟トキの顔が過ぎった。
「いや、それには及ばん。手当は済ませた」
そう聞いてソウガは、自分が足を失った際の彼の手際を思い起こした。門外不出の拳ゆえ詳しいことはわからぬが、北斗には人馬共通の秘孔もあるらしい。おそらく解毒、あとは通常の手当も自ら施したのだろう。巻かれた幅広の包帯は、シーツで作った手製のもの。修業時代に学んだのだろう、ラオウの処置は早く上手い。
「あとは黒王の体力次第……間違いはなかろう」
ラオウは手元の桶に布を入れ、立ち上がろうとした。
「俺一人で十分。お前は休め。報告は急ぎでないようだ……明朝聞こう。それとレイナには決して言うな。煩いからな」
労いを乗せて促した口許に目をやった瞬間、ソウガの背筋に冷たいものが走った。とっさに肩に手をかけ押し戻す。
「ラオウ、顔」
「なんだ」
軽い驚きを張り付ける顔に、両手をかけて上向ける。見間違いではなく、唇の両端に血がついていた。
「お前、毒を吸い出したのか」
「それがどうした」
「無茶をする。何の毒かもわからんのだぞ? 黒王でさえ、こんなに苦しんでいるというのに、……お前ってやつは!」
日頃は将兵の目を案じ、人一倍君臣の別に心を砕いてきたつもりだった。そんな自分に迫られ、流石に気押されたかに見えるラオウを、ソウガはしばらく見つめ……自らの唇を相手のそれに重ねた。
苦渋に眉根を寄せたまま、口角に固まりついた血の塊を舐めとる。それが済むと、歯列をこじ開け、舌で舌を捕え、歯茎を探った。
もし、どこかに傷でもあれば……剥き出しの肩にかけた手を滑らせ、首筋に触れ、もう片手は額にあてがう。熱は、ない。
ラオウは拒むでもなく、真剣に、ソウガを見下ろしていた。
やっと、異常のないのに安堵して解放すると、
「案ずるな。この俺に毒など効くものか」
持ち前の仏頂面で、傲然と言い放った顔に、ソウガは素早い一撃を見舞った。
「お前に効かずとも、黒王には効いた。ラオウ、少しは自重しろ。お前のせいだぞ」
「わかっておる」
表情は微も変えず、平然と答える。
「これに懲りたら、無謀はせんことだ」
「だがな、ソウガ。……そう言うが、黒王は黒王の意思で敵に向かっておるのだ。誰にも、止めることはできぬ」
言葉ではどう言おうが、判っていない。判ろうとすら、しない。言い繕う器用さがない分、救いようがない。ソウガは常日頃から抱く、主への唯一の不満が、胃のあたりに燻り出すのを感じた。
が、静かに目を塞ぎ、両の拳に握りこんで捻り消す。
そうして視覚を遮るとなぜか唇に残るぬめった感触ばかりが思われて、ソウガは不愉快に眉をひそめた。
重くなった空気を嫌って、ソウガは一度厩を出た。口実にした水桶を提げて数歩いったところで、角に隠れこちらを窺う初老の男を見咎める。
「おい、お前」
目が合ったとたん平伏される。白髪まじりの後頭部を見ながら、再度誰何すると、男は黒王号の馬丁と名乗った。
「もう戻らぬと思っていたが」
「申し訳ございません……これを探しに」
男は傷だらけの手で、一握りの草の束を差し出した。
「気の落ち着く薬草です、どうかこれをお馬様に。どれだけ体が大きくとも、かすり傷でも、気にして疝痛など起こしては命にかかわります」
ソウガは職務を放り出したと思っていた相手の思わぬ献身に心を打たれ、それをとると深く頷いた。
「今宵は拳王様が直に診られているから問題ない。今度の働き、拳王様のお耳に入れておくからな、以後も励め」
ほっとした顔で男が背を向けたのに、ソウガはふと思い付いて、引き止めた。
「おい、これは人にも効くのか」
戻ってしばらく後、黒王の容体は落ち着いた。まだ発汗があるものの呼吸は一定の深いリズムを刻んでいる。それを見つめるラオウの目蓋も誘われるように下がり始めた。自覚はあるのか、しきりに目をしばたたかせるが、今にも船を漕ぎ出しそうなあんばいだ。
何が"俺には効かない"だ。
薬が効くなら、毒も効くだろう。
ソウガは内心毒づいた。先の薬草を煎じた湯を、滋養のためと偽り飲ませた結果がこれだ。
だが自分の手からでなければ口をつけもしなかっただろうと気付いて複雑な気分に襲われる。どうしてこいつ相手だと冷静な思考ができなくなるのか。軍師の名折れだな、と唇を曲げて考える。
「馬丁を呼ぶ。もう任せていいだろう」
「そう、だな」
何度目かでやっと頷かせた未練顔に、手を差し出し立ち上がらせる。と、ラオウは急に体を反転させた。
「待て……」
その場に座り込む。
ソウガは薬の効き目が出すぎたかと危ぶんだ。寝所までこの図体を担いでいくのはさすがにキツイな、と考えながら正面に回って膝をつき……そこでラオウの身体に起きた、ある変化に気付いた。
「ああ。そういうことか」
「構うな」
「気にするな。疲労が過ぎるとそうなるのは、男なら誰しもあることだ」
十数年ぶりのラオウとの再会で驚いたのは、人並み外れた体格以上に、身に纏う覇気だった。それは王として戴くに頼もしい半面、孤高の存在にラオウを引き上げて、幼なじみ、そして志を一にする戦友といえ、内に踏み込ませぬ壁ともなっていた。
それが今はじめて、ただの青年の顔をして、逸る体を持て余している。あのラオウにやっと出会えたという感慨があった。ほほ笑ましくさえある。
「とにかく、そのままでは歩けんだろう。適当に抜け」
だがソウガの助け舟に乗らず、ラオウは目を逸らし続けた。不機嫌を絵に書いたかのように、眉間の皺が険しい。
「簡単に言ってくれる。そもそも、お前があのような、……おかしな真似をするからだ」
誰がさせたと思っているのか。
照れ隠しは判るが、心配して取った行動を責められては立つ瀬がないというものだ。ソウガは目の前の仏頂面に向かって、つい、ささやかな意趣返しを突き付けた。
「そうか? じゃ、詫び代わりに手伝ってやろうか?」
厳格な気質、そして北斗の寺院に育ったラオウのこと。せいぜい困るがいいと、唇の端を吊り上げる。
「では、頼む」
ところが返ってきた返事は逆にソウガをうろたえさせた。
「あっ、……ああ」
反射でそれだけ答えてからしばしの間動けなかった。自負と信念の塊のようなラオウの瞳が刹那浮かべた不安、期待、そして熱に浮かされたような輝きがソウガをとらえた。
「すまん。忘れろ」
冷静の仮面を吹き飛ばされ、小さく否定する語さえまだ空耳の続きと疑い。ソウガは苦りきった顔を読もうと目をこらす。ラオウはいよいよばつの悪い顔を作った。
「戯れが過ぎたようだ。いいから先に戻れ」
「戯れ? そうは聞こえなかったが」
子どもじみた懐古では済まなくなった。初めて見たラオウの色を帯びたたたずまいは、ソウガの中で恐れに変わった。
……あの眼は、あの言葉は、おそらく自分以外にも与えられたことがある。
そんな根拠のない確信が、取り繕われたことで真実味を増し、ソウガの胸を強烈な独占欲となって吹き荒れた。
ソウガは尤もらしい言い訳を捻り出すと、ラオウの堀の深い目許を凝視しながら控えめに、だが有無をいわさぬ強さで告げた。
「抜くなら俺に任せろ。いや、できないことはないという、ことだが」
黒王の居る場所から板一枚で仕切られた藁の保管場所へ、動くよう促す。ラオウはしっかり立つさえままならぬようで、下肢を引きずるように従った。
藁の中に仰向けに倒すと二人分の埃が舞い上がり、乾いた匂いが鼻腔から侵入して喉奥まで張り付く。だが身体に覆いかぶさってすぐに、ソウガは別のよく知った匂いに圧倒された。
黒王号の匂い。
あえて気にせぬ事にして、負傷を気遣いながら、下衣を膝まで引き下ろす。腿のあたりに馬乗りになって向きあうと、下着越しでも股間が孕む熱は明らかだ。
「苦労をかける」
ラオウは硬い顔で言って首を曲げ、表情を隠した。
「苦労はいいが気苦労はよせ。お前のはタチが悪い」
軽口のつもりの声もぎこちなく、二人の間に重く落ちる。
しかし、ここまできて他人の、男の性器に触れるのは初めてだなどと言い出せるわけもなく。ソウガは平然を装いつつ前立てを開き、下着の中に手を入れた。
離れず暮らしていたならば。性に目覚める年頃、こんな悪戯をすることもあったろうか?
ソウガは永久に目にする機会を逸した少年と青年の狭間にいるラオウの姿を、脳裡に乏しく思い描いた。そして暖かい身体に興味と畏れ半々に触れてゆく。
茂みを指で掻き分け、ソウガはまず呆れた。自分もそれなり……と、男なら誰しも抱く自信がたちまち砕かれるほどの長大なもの。思い切って掴み、自分ならこうという具合で擦する。裏側から上下に促していくと、疲労が濃いのだろう、ラオウの雄は見る間に固さと角度を増した。窮屈だろうと急いで下着を剥いてやると、ラオウ本来の日に焼けない膚色が月光に照らされ浮かび上がった。
女ならいくらも抱いたが、男の体に興味を抱いたことはない。だが、ラオウなら話は別だ。子供のころ飽きるほど見た体はもうどこにもなくなって、太い首さし、鍛え抜かれた胸と腹の厚み、そして暗がりから待ちきれぬとばかり顔を出す彼自身も、完全に大人のそれだ。
零れていた蜜がソウガの掌の包帯に吸われると、芯を内から支える熱が増した。片手の指では余るほどの男性の逞しさに少々の羨望を覚え、玩ぶ指に力が入る。滲み出た体液ごと鈴口の際を指で強く摘まみあげると、押し殺した叫びを漏らし腰を引いた。他愛もない。
「何をしおる……!」
「よくないか?」
口ごもった相手が理性を戻す前にと、誰に聞かれるはずもない声をわざと潜めて畳み掛ける。
「いいから早く達け。人が来たらどうする」
自慰の要領で彼自身を扱き続けると、ラオウはすぐに呼吸を乱した。濡れた吐息が弾み出すのを合図に、亀頭を捕らえ、またきつく摘むと、肩を竦め呻きながら首を反らす。夜の中、灯るように白い喉が晒されるのを見てソウガの胸は狂暴な衝動に掻き立てられた。手の動きを早める。
「そ…う、 あ!……だめだ」
「もう音を上げるのか? 静かに……黒王に聞こえるぞ」
ふと思い出して耳元に吹き込んだ途端、ラオウはかっと目を見開き、全身を強張らせた。
「何をぬかす」
「黒王が寝ているから静かにというだけだ。俺もあいつの邪魔して、恨まれたくないからな」
とっさに口許を手で塞いだのを見ながら、ソウガは己の中で燻る感情に名を見つけた。
もし倒れたのが自分であったなら、ラオウは内心はどうあれ侮蔑を隠さぬだろう。妹であっても、また古参の将軍でも同じこと。不甲斐なし、の一言のもとに切って棄てる。己とある限り、圧倒的な力を求めるのだ。
ただ、黒王だけは例外かもしれなかった。
いずれ余人に届かぬ地平まで彼を運ぶであろう、その脚だけは。
愛馬の名を聞き、表情を歪ませたラオウではあったが、それもすぐ押し流すほど躯は追い詰められていたようだ。
「ツ!ッ…… からかうのも……大概に…」
溜息に交えた恨み言を最後に、ラオウは強く唇を噛んだ。鼻から熱い息を漏らし、忙しい空気の音だけ聞かせながら駆け上がる。
が、最後の最後に必死に踏み止まりもがいた。
「ソ……手を、離せ、…汚す…」
「かまうものか」
離すどころか両手で追い上げ出したソウガの手中に、ラオウは数射に分けて精を弾けさせてから、弛めた身体を藁に深く預けた。
包帯に使った余りの白布を持ってきて、拭き取るよう促す。
「早かったな」
ソウガの揶揄に、ラオウは荒い息の下から不思議そうにこぼした。
「初めてだ、途中で醒めぬのは……上手いのか」
「同じ男だからな。大体分かる。だがな、お前でなきゃここまでしないぞ」
「……そうか。付き合わせた」
ソウガにはもはやラオウに男との経験があることは自明と思えている。愛撫を受けるに躊躇いがなく、仕草も慣れている。初めてでこうはいくまい。
では、相手は誰なのか。寝る間も惜しんで覇道に突き進む今のラオウに、そんな相手がいるだろうか。そして、自分が気付かないなどということが? ソウガは将軍の顔のいくつかを思い浮かべたが、彼等はラオウを畏怖し崇めるばかり、万が一とも思えなかった。なによりラオウのプライドが許すまい。
確かめるべきだろう。美人局などと前時代的な策略はそうないとしても、男だろうが女だろうが、痴情の縺れは容易に戦乱の種となる。恋情に拳が鈍ることもある。屋台骨が腐れ折れれば、覇業など夢物語にすぎなくなる。ラオウの躓く虞のあるものは、小石ひとつでも除くのが自分の役目だ。
ソウガはそう自分に言い訳しながら言葉を選び、重い口を開いた。
「ラオウ、教えてくれ。近頃、床を共にするような相手はあるか」
気をやって、辛そうな半眼で横たわっていたラオウは目を見開いた。
「なぜ」
「危険だからだ」
「この俺が色に溺れるとでも?」
ソウガは、心配なのだ、と言い足し答えを待った。
ここで侮辱するつもりか、などと怒り出すなら杞憂と笑えた。だが……切り出す口を探す目をされソウガは先ず確信した。肯定。
「人であろうが物であろうが、欲するままに、力づくでも手に入れてきた。返事は、これでよいか」
ラオウは淡々と答え、憂いを帯びた眼差しでソウガを見た。
「人とは……男もか?」
「男だろうが女だろうが、変わらん。お前のような男から見れば、さもしい生き様だろうが」
ソウガの強張った低い声を誤解してか、ラオウは最後の語尾を自嘲気味に言い捨てた。
「失望したか?」
顔を伏せるでもなく、じっとこちらの言葉を待つラオウの秀でた鼻梁に月光が宿り、神秘的な淡色の瞳に陰が差す。
十数年の歳月のあいだに、ラオウの身に何があったか。知る由もない。ソウガは無力感を両手に握りしめた。生きるためにラオウが棄てたものを拾い、背を追い、おためごかしに突き付けた己の浅はかさに、はらわたが煮え繰り返りそうだ。
「いや。ただ」
「ただ?」
「正直悔しい」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。ラオウ。お前と離れるのでなかった」
平静を装ったつもりであったが、失敗に終わった。血を吐くようなソウガの吐露を、ラオウは反芻するように口をすぼめて聞き、しばらくの沈黙のあと、呟いた。
「繰り言は似合わぬぞ、ソウガ」
ラオウは笑んでいた。くつくつと喉奥を喜びに震わす。
「今を見ろ、離れておるか? 否、」
「欲しければ奪え、……否、俺が、何よりお前が欲しい」
正面から視線を合わせ、手を差し延べる。
「今だ。寄越せ」
ソウガには最早この手を払うことなど考えられなかった。情けないとも、道に外れるとも思えない。家族と同じ、いや、それ以上に長い間、慕い続けた男が、呼ぶのだ。
どちらからともなく唇を重ね、柔らかい舌を吸い、絡め、感触を今度は純粋に味わう。先に意識して押さえ込んだせいか、官能の火酒は瞬く間に全身に染み渡った。
唇に、顎に、鼻先にと唇を滑らせながら、女との決まった手順で胸を触ろうとする。だが傷に触れぬようにするのは至難の技だ。手刀に裂かれた十字の傷、そして矢傷。ほとんどが鋼の筋肉に阻まれているとはいえ、少なからぬ血が流された。
そっと撫でる。このうちのどれかが、黒王を倒したのと同じ毒を含んでいたとしたら。ソウガは腹の辺りに冷たい固まりを感じた。じくじくと鳩尾から込み上げる悲観的な想念を堪え、飲み込む。
上半身への愛撫はあきらめ、ソウガは腰へと挑んでいった。体に染み付いているのだろう……汗に混じって件の匂いが、また濃く鼻先を漂った。
「お前は体中、黒王の匂いがするのだな」
「気に入らんか」
「いや、そうではないが、お前を抱いているのか黒王を抱いているのかわからん」
「そうか」
軽口のつもりが軽く頷かれた。
「では、よく見極めろ」
ラオウは自らの手で、下肢に纏ったものをすべて除いた。
包帯に覆われた胸の下、きれいに割れた腹には新旧数え切れないほどの傷痕がある。だが視線を脚の付け根まで下げれば意外に滑らかで、ソウガは口づけたい衝動に駆られた。日に晒しても色の残りにくい肌が闇に映え、一際白い。
放ったあとも心持ち芯のある性器にはあえて触れず、男同士で使うと知識だけある後孔の、まず位置を確かめ、次に大きさ深さ……傷つけぬよう彼自身の白濁で濡らしてゆく。
「ふ、……」
ラオウは溜息の後に王鷹の眼を青い瞼で隠し、顔ごと天井へ背けた。薬のせいか一度放ったためか、息は落ち着き穏やかに見える。こちらの苦労など、まるで知らぬそぶりだ。
「平気か?」
「問題ない」
だがソウガはすぐ、この態度はラオウの強がりと知った。
躯が雄弁に語るのを、気づくなとでもいうつもりか。狭い門に指を入れるたび、脚も肩も、握りしめた拳も震えている。おそらく痛み、こそばゆさ、圧迫感、そんなものから気を逸らすのに必死なのだろう。頬など小娘のように紅潮させている。
男もここで快を得られると聞いたことはある。とはいえ、自分で試したことがない以上、前へ淫するのとあまりに勝手が違う。探るソウガの指の動きは慎重を極め、じわじわ弄られるのに焦れたか、ラオウは目を開いて言った。
「遠慮はいらん。早くしろ。欠伸が出そうだ」
「しかしだな」
受け入れるための器官ではない。濡らしたといってもほとんどの水分は体温に乾いて、指一本が摩擦で軋むようだ。
「臆したか?」
「いや。すまん、勝手がわからん」
「安心しろ。そんな奴ばかりだ」
「比べるな……あと、そいつらの名は言うなよ。殺すぞ」
「元より。墓場まで持っていくつもりだ」
悪びれる事なく答えた顔を、歪ませたくなり、ソウガは思い切って指を押し込んだ。粘膜の道を撫でるように進め、奥で弾力あるしこった部分をとらえた途端、ラオウは今までとは明らかに異なる様子で首を振り、鳴いた。
「そこ……だ……!!」
「ここが、いいのか?」
「……は! いや、駄目だ……ッ」
「悪い。大丈夫か」
急に収縮した孔から慌てて指を引く。ラオウは何も言わず、浅い息を繰り返しているが、見れば僅かに腰が揺れている。もどかしげなその動きは受け入れるのを待つ女と同じで、皺を刻んだ眉宇のあたりに淡い恍惚が見て取れた。
なんだ、とソウガは安心し指をまた同じ箇所に動かした。ラオウはまた激しく首を振ったが、下の入口は素直に迎え入れ、舐ぶるように蠢いている。さらにソウガの推測を裏付けるように、一度萎えたペニスも半ばまで勃ち上がっていた。
「ここで、いいのだろう? 任せろ」
「違……ソ、ガ、 よせ……」
闘いの渦中、打ち合い傷ついた時でさえ聞いたことのない、ラオウの窮した声。求め、拒否し、揺らぐ甘い声に、いつしかソウガの下腹の自身も、熱く疼き出していた。
眼下で乱れる完璧の男体は、いまやどんな美女よりもそそった。今すぐかき抱き、貪りたい。凶暴な思いが胸を満たす。しかし、自ら濡れないラオウの中は、指を食む圧力が増し、腕ごと力を入れてようやく動かせるほどだ。このまま交わっては、かならず傷つける。
心と体の制御が難しくなるのを感じながら、ソウガは一度立ち上がり、先ほど黒王の側で目にしていた傷薬を取って戻った。
「どうした……」
「大丈夫。無理はさせん」
深呼吸し、ラオウにというよりは自分に言って聞かせる。
狭間に軟膏を塗りつけ、ぬめりを借りて指先を埋め直していくと、先より楽に右手の指二本が納まった。ラオウの幹を伝い、後ろまで流れ落ちた体液が薬と混じり、指に絡めて出し入れすると、じゅ、じゅく、じゅと濡れた音がしはじめる。
その上で、すっかり勃ちあがって揺れる根を、空いた手にとり扱くとラオウは息を荒げた。
「ふ、……う、あ! ああ……」
ひそやかに、しかしとめどなく零れる喘ぎ声。一声ごとに背をぐっと反らし、ラオウは藁の中を背泳でもするように後ずさった。
「もっと……、ゆっくりだ……楽しませろ」
言われて中心から手を放す。が、ラオウの下腹部から腿までの動きはすでに全力で頂点を目指すそれだ。
「辛くないか」
「ない。誰に、向かって、言って、おる」
それからしばらく会話は途切れ、しかし、もはや隠しようもなく荒げた二人分の呼吸音で厩の空気は淫靡に震えた。汗ばんだ顔の中、ラオウの瞳はすっかり焦点をなくして漂い、目尻もうっすら濡れて、まるで極上の美酒に酔うかのよう。
「ソウガ……もういい、早く、……呉れ」
望まれたことに淡く感激しながら、遂げようと乗り掛かると、しかし、蕩け切っていた体が急にびくりと竦んだ。眼を曇らせていた靄が散って、性器もやや萎縮している。
「どうした?」
ラオウは答えない。が、敷いた身体の一箇所にぴくりと力が入ったのに気づく。右膝から下を補う義足に、むきだしの腿が触れたのだ。
ソウガ自身は感覚がないが、秋の夜、鋼鉄の義足は冷え切っている。気を削がれても無理はない。
「すまん」
思わず口を突いて出た言葉にラオウは薄く上気したままの顔をあげてこちらを見た。
「気になったか」
続けて口にしてすぐ、ソウガは己の不用意さを呪った。気にならぬ訳がない。
ラオウは無言で背を向け、右脚を折り下半身を捻った。腰をずらすように突き出すと腫れた蕾が惜し気もなく晒される。
言いたいことは十分伝わった。
ソウガは右膝に手をやると、義足を固定している革帯を解いた。音をたてぬよう外て脇に置く。ひそかに済ませたつもりだったが、ラオウは首を曲げ見ていた。
当てつけるつもりなど毛頭ない。だが。ずきりと胸に痛みを感じるのと同時、ラオウの低い声がした。
「俺は気が短い……」
後ろ手に伸びてきた手が膝先を撫でる。
「次は待たせるな。……来い」
掠れた、高ぶった声の上で自悔は雪のように溶かされた。目頭が熱くなる。
「待たせた。いくぞ」
もはや歯止めが効かず、ソウガは一気に穂先を突き入れた。
根本まで届かせてから腰に手をかけ、深く割り進む。ラオウは呻いて腕を上げ、二の腕で顔を隠した。
「だめだ! 傷が開く」
ソウガは慌てて説いたが、ラオウは耳を貸さず、姿勢を頑強に崩さない。見れば腕を覆っていた包帯に桃色の染みができている。胸はもっと酷いことになっているかも知れぬ。
こうなれば早く済ませるしかあるまい。ソウガは一息に穿った。
やはり痛むのだろう、縋るように敷藁を握った左手の甲に、腰を支えていた左手を重ね、右手は腹側に回す。胸で主張しだした二つの飾りを、湿った包帯の上からこねたあと、再び充溢したラオウ自身、体と体を繋ぐ鍵穴の周りへ。撫で回すうち、強張ったラオウの身体から、やっと固さが抜け落ちた。
汗と血に濡れた肌をしっとりと、内の焔が灼く。秘洞にいたってはうねる蜜壺のよう。一体感に満たされながら、なお犯す。体を前に倒すと、ソウガの腹を覆う包帯が刺激になるようで、ラオウは汗ばんだ背をよじった。
この男の全てを。
その一心で腕を回すが、
抱きしめるには長さが足りぬ。
あまりに大きく重く、熱い身体。
決して思い通りにはならない。
それでも、
意味をなさない譫言を聞いても休まず、本能のままに。腰を尻に密着させ、突き上げと掻き交ぜるのを交互に繰り返していると、
「ん、っ……うう!」
ラオウは四肢を引き攣らせ、唇を噛んでいるとおぼしきくぐもった声をあげて、ソウガの手に二度目の精を奔らせた。
藁の香ばしい中に立ち昇った、彼だけの匂いが今度こそソウガの嗅覚を埋め、理性を打ち砕いた。気づけば欲望を突き立てたまま、だくだくと思いを注ぎ入れた後だった。
体中の血が頭に上り、そこで蒸発したような熱に脳をやられ、しばらくは言葉さえ出なかった。目を開いてもまだ貫いた感触が心地よく、離れがたい。そっと背を伸ばし、首元に尋ねる。
「すまん、中に出した。どうすればいい」
「かまわん。……手を離さぬか」
イったばかりの身体を震わせ、ラオウはしきりに離れたがった。ソウガの包帯の刺激が強いらしく、動作がぎこちない。
仕方なく離れ、それぞれで横たわっている間に射精後特有のけだるさが来て、逆にソウガの目は冴えていった。突っ伏し空気を貪っているラオウの背を眺め、どこか真実味のない交わりが現実に変わる。
体はいつにない心地よさに温かく満たされている。が、ほんの十数分の間に気付かされた業、十数年の間、我知らず張り続けていた根の深さに。僅かに空気に混じり始めた鉄臭さに顔をしかめながら、ソウガはただ打たれていた。
身体が暖まったことで薬が行き渡ったのだろう、ラオウは起き上がることもできぬまま眠りに落ちた。ソウガは彼の身体を清め、傷の具合をみて衣服を整えたあと、毛布でも探そうと、まず義足を取り付けることにした。
膝立ちになって、ふと視線を感じ顔をあげる。切れ長の赤い瞳に出くわした。耳を搾り、白目を剥いた眼に宿る剣呑な光は、殺気に近い。
「……そう睨むなよ」
声に反応してか、黒王号は四肢を踏ん張り立ち上がった。乱れた鬣を振りながらラオウの足元まで行く、動きは緩慢で、体調はまだ戻らぬらしい。
「俺たちはいずれ、こいつの足枷だろう。同類と思うがな」
黒王はソウガへは見向きもせず、主人の身体を嗅いで鼻を鳴らしていた。が、しばらく経って、まるでこれは俺のものとでもいわんばかりに横に座り込んだ。
「まあいい」
あれなら毛布よりずっと暖かいだろう。
苦い笑みを最後に、ソウガも藁に身体を横たえると、目蓋を閉じた。
終
- 作品名
- ソウガ×ラオウ:SS: 邂逅 [R18]
- 登録日時
- 2010/01/05 (Tue) 00:00
- 分類
- 文::危険(♂×♂)