・黒&拳の掌編です。
・エロくないです。
・むしろグロです。流血注意。
・[春嵐]の原案なので、時期設定は同じ(ケンとの第一戦引き分け直後)+アニメ版リスペクト。
春凪
どれほど長く眠っていたのかわからなかった。上下を縫い止められたかに強張った瞼に力を入れて開く。が、それが本当に思い通りにできているのか、いぶかしむほどに濃い闇が、あたりを塞いでいる。ただ、息のつまるような暖かさと、自分のもののように慣れた匂いがそばにある。毛皮を纏った逞しい躯に気づいた途端、抱きかけた警戒心が解けてゆく。再び眠りの淵に歩み出す意識を止めることができない。
”お前か”
喉が熱をもつほどに渇いて、出したつもりの声は喘鳴にしかならなかった。それでも極上の絨毯にも勝る滑らかな毛皮の持ち主は、聴きとって、こちらの手に顔を寄せ温い息で応えた。
二度目は血腥さに目が覚めた。喉の奥から鼻孔までを一杯に鉄臭が埋め、代わりに渇きは治まっている。同時に右耳の下に水音がした。そこでは傷をしきりに舐められている。開いた肉の狭間に別の体温の割り込む違和感と、足先のじくじくとした熱が、麻痺した痛覚を呼び覚ます。身じろぎすると、察したか、添い寝した相手は軽く鼻を鳴らした。
”このまま眠っていられれば……幸福、そしてなんと愚かしい”
軋む痛みに耐え半身を起こすと、うっすらと光が見え、どうやら自然の洞窟の中にいるらしい。野生の本能が傷を癒す術を教えるのか。立ち込める蒸気は硫黄と、わずかな塩の匂いがした。
一歩出れば荒野の谷、熱い砂を吹く風の音が残された時間の滑り落ちる音にも似て煩わしい。覇業は遠く、失った威と時は大きい。が、唯一弟との闘いに見たものはそれを補って余りある。真上の太陽を仰ぎ見、幾日ぶりか外気を胸に汲み、正気を取り戻す。今一度、力も志も、ともに。よくよく見れば、初めて出会ったあの谷に似ていた。案外に近いのかもしれないと、粛粛と追ってきた青馬を振り返り、鼻面を撫でて言い含めた。
”情けは無用”
”俺に、構うな”
”お前も一軍の王。どこへなりと、行け”
砂で羽のごと白く固まった睫毛の奥、黒灰色の眼を光らせて、千の馬の王はくるりと回り、右腹を見せた。ぶるりと体を震わすこと三度、鞍に掛かった五岐刀が落ちる。黒く血の固まり着いた柄を唇で挟もうとしたが、果たせず蹄の先で小突きまわす。
その意図は判然とせぬが、おそらく、と拾い上げる。と、太首がいきなり振り下ろされてきた。動きは完全に見切ったものの、引いた足元から地の底へ呑まれるように体勢が崩れ、眩暈で視界がぐるりと回った。髪一筋の危うさで避け得たものの、じゃらりと音がして、飾りの鋼片を鳴らして頭絡が垂れ下がった。
「死ぬ気か!黒王」
未だその意は読めぬまま、己の軟弱に苛立ち、怒鳴る。
黒王は一声鋭く嘶くと、こちらの手にある得物を見据え、迫り寄ってきた。巨大な眼球に怖れの影はない。砂を踏む足には、いくつもの傷が見て取れた。血を流しているものもある。自分を背負っていったいどこを辿ってここまで来たのか。知る由もない。
「鎮まれ……お前らしくもない」
痛みに我を失ったかと憐れに思い、骨の刺が目立つ首に触れていく。と、右に大きく口を開いた傷を見つけた。まだ柔らかな痂が房のようにぐるりと固まりついている。最も新しい傷から香る鉄臭に、覚えがあった。己の鼻から顎まで浸すばかりに潤していた、
「お前であったか」
驚嘆に震える呻きを、黒王は耳を立てて聞いて、静かに頭を下げた。ラオウはその首筋にそっと唇を付け、あと一口の血潮を飲み下してから、首の根本にある止血の秘孔を突いて止めた。
「今はこの礼はできぬ、が、
欲しくば、来い。
血を啜り、屍肉を喰らっても、俺と共に」
何を今さら、と聞こえるほどの赤に染まった鼻先を撫でながら。同じ色にぬらりと光る口元に残忍無比の笑みを刷き、敗残の王は笑った。
馬も口唇をめくり上げ、笑った。
終
- 作品名
- 黒王&ラオウ:SS:春凪 [R12]
- 登録日時
- 2010/01/17 (Sun) 00:00
- 分類
- 文::危険(♂×♂)