・黒王号×ラオウの掌編です。
・2012年10月発行させていただいた拳王様受アンソロジー「拳乱王舞」掲載分のほぼそのままです。
・ただのエロです。
この干からび涸れた大地に、四季の兆しは乏しい。だが人の目には見えにくい形であれ、確かに時は巡る。あの破壊の日から厚く天を覆う塵埃の奥にも、変わらず昇り沈む陽のあるように。
「……」
ラオウはその朝、珍しいことに、誰にも解る明快さで驚いた。
起床次第に愛馬・黒王号を訪れ、城を出て駆け語らうことが、戦時を除いてのラオウの日課であった。だが今朝はじめて、そこにあるはずの気配がなかったのだ。
裏切られた体の王に無言の問いを投げられ、厩番は心得た様子で案内を始めた。
黒王の率いる千頭を超える馬群は、拳王軍に迎えられた後も、ほとんどの時間を城外で過ごしていた。城内に居を置くのは、彼らの頭である黒王号ただ一頭。ほかは乗者に懐くこともなければ、住居も給餌も求めず、半野生の自由を謳歌していた。これには人側が糧末を用意できないという事情もある。彼らは黒王谷周辺の地理を知り尽くしており、わずかな湧水を啜り、草の根、木の皮を歯んで生きながらえている。
跛足の老人を苦もなく追い越し、ラオウは城門をくぐって出た。荒れ野を五十歩ほど北へ進み、そこでまた数秒ほど、目を見開いた。
大いなる漆黒が将に、斑の牝馬を飲み込むところだった。
背後から一息にて覆い尽くし、首根を噛みしめ捻じ伏せる。側には、胎から出てまだ数週間の仔馬がふらふら動いている。細長い身体を覆う毛並みは漆黒。つまりこれも黒王の種なのであろう。母の命を危ぶんで、棒切れのような脚を震わせながら必死の体で子は鳴いた。
だが番う二頭は構わない。父たる黒王は悠然と暴虐に勤しむ。慣れた所作で楔を収め、腰を打ち付けると、若く丸い身体は硬直し、不浄な呼気をまき散らした。喘ぎ、喘ぎ、喉を喰い破られた獲物にどこか通じる恐怖と恍惚を半々に宿した眼で、背後を一途に睨む。死角のほぼ存在しない視界の真裏で、王は絶対の支配と生命の端を彼女の深奥に刻む。
混じり合う二色の毛皮から、白い陽炎が立ち昇る。
四肢を摩擦で泡立った汗が、歪んだ口元からは涎が滴り落ちる。
ラオウは常の仏頂面に戻り、腕を組んで見ていたが、しばらくあって立ち去った。
※ ※ ※
その夜、ラオウは夢を見た。
自分は寝台の上で全裸であった。しかも、四つん這いから腕の潰れた、あるまじき無様な格好で。起き上がろうにも四肢に力が入らない。病か? あるいは毒でも盛られたか?
訝っていると、じゃらり、と音がした。それを合図に、脚の間に何か大きなものが割り入ってきた。
いったい何が起きているのか。目覚めて数秒は経とうというのに、一向に思考が動かない。幼い頃、道場で師に叩きのめされた時に近い感覚だった。屈辱に唇を噛む。と、脳を覆っていた靄が薄らいで、違和感のわけに思い当たった。全身に触れるシーツの冷たさと同じくらい鮮明に、這いつくばる己の姿が、この目に見えている。闇夜に、灯火の一つもない室内で、そして眼を閉じていても、だ。
では、これは。
夢だ。
だが、そう解って安堵したのは間違いだった。
臥所に自分以外の気配がある、だが視認することが叶わない。背後に陣取ったそれは、ラオウの覚醒を待っていたかのように、躯を弄びはじめた。自分と同等の体格でなければまず持ち得ない手の平の巨大さ、腰を支える強力、そして何より現実離れした指の温度に、ラオウは驚愕した。隙なく筋肉で鎧った胸、腹から熊腰虎背、叢の際まで、触れた箇所に赤変が残るほどの熱。体には相変わらず力が入らない。焼鏝を当てられる家畜の気分とはこれかと、ラオウは所有の証が己の膚を彩ってゆく様を、手を拱いて見ているしかなかった。
不埒な輩はラオウの胴をあらかた赤に染め上げてから、想像だにしなかった箇所へその矛先を向けた。両手で尻肉の丸みを掴みしめると、こじ開けて、両親指を狭間へ潜り込ませたのだ。
熱い。
汚らわしい。
内臓ごと身体を裂こうとでもいうのか。
熱い。
だが不思議と痛みはない。
それどころか、入口をなぞられる度、排泄感に似て非なる快が肌を粟立たせる。
悪夢。
淫夢。
こんな夢は、はじめてだ。
外側から見る自分は、ふぬけていた。上気した頬をぐったりと敷布に預け、呼吸とも叫びともつかない形に曲げた口元からため息を吐くばかり。焦点の定まらない眼つきに苛立ち、なんとか抵抗を示そうと己を叱咤する。だが、やっとの思いで絞り出せたのは、忌わしい熱の籠った声だった。
「やめ……ろ……、……」
濡れ蕩けた響きが闇を震わすと、耳の後ろで暖かい気配が動いて、含み笑いが聞こえた気がした。嗅ぎ慣れた匂いがむっと押し寄せる。
迫力はなきに等しいとはいえ、拒絶の語に反応したのか。排泄口にかけられていた手の片方が離れ、腿を回り込み、下腹の翳に伸ばされた。そこで兆しはじめていた分身を取り上げられると、甘い疼きが沸き上がった。
「っ……、く……ぁつ」
輪に拵えた指で幹を扱かれ、括れを搾られ、蜜口をくじられる。押し寄せる快感の波に押し流されまいとして、ラオウは首を振った。だがこれでは端からは、善がっているようにしか見えないだろう、とも思う。
唐突にラオウは、下腹に空気を吹き込まれるような感覚を得て射精した。望む望まないに関わらず、その現象は極上の充足感を全身にもたらした。勢いよく飛んだ白濁は、下げていた顔にまで届いている。だが、俗に栗の花といわれる臭気は一切なく、よく知った別の香に、鼻腔は支配されたままでいる。
汚れたラオウの顎を、相手は両手で挟んで舌で拭った。ぴちゃりと音をたてて吸う、その顔は闇に溶けたまま見えない。
背後にいたはずの陵辱者の舌が、なぜ届く?
そう自問自答して、唸る。
そうだ。夢だからだ。
忌々しさと安堵が、交互に胸に浮かんでは落ちる。
それでも、これは夢精だと断じて諦め、脱力しかけていた中、
「ぐ!」
突然もたらされた衝撃に、ラオウは背筋を反らして息を詰めた。左右合わせて八本の指が尻の狭間にかけられ、力を込めて広げようとしている。さらには温かい濡れたもの……ざらついた舌が、ちろちろと入口をなぞり出した。唾液を含まされて締めつけの緩んだそこへ、指が、ぐちゅりと音をたてて挿入された。指と舌での陵辱は、内壁の粘膜の襞をひとつひとつ数えるように進む。嫌悪感が、のたうつ蛇となって背筋を打つ。一方、俯せた腹から下腹にかけて広がった火照りが、性器をじわじわと炙りはじめた。
ある光景が脳裏に蘇った。古参の馬丁が、群の中でも、とりわけおとなしい雌馬を捕まえていた。何事かと見ていると、尻尾を持ち上げて現れた尻穴に、神妙な顔で腕を突き入れたのだ。異様な雰囲気に押され、その場を離れたラオウであったが、あとで聞いたところによれば、子を為す準備が整ったかどうか、内臓に触れて読むのだという。
だがそれは、馬の話だ。まして女馬のこと。
発情期?
畜生だけのことだろう?
指はあっさりと六本まで増やされて、根元まで入ったところで曲げた形が、内部のある箇所に届いた。前立腺……その名をラオウは生涯知ることはなかった。が、そのしこりを、すっかり体内に潜り込んだ手に嬲られると、萎えていたはずの雄がみるみる芯を取り戻す。探られ、擦られ、摘まれ、爪で弾かれ、汗ばんだ尻肉ごと揉まれ、束ねた指を抜き差しされる。前で握られた怒張の先を掌に包まれ、愛される。
「ばかな……」
性感を的確に煽られ、ラオウは呻いた。驚きと屈辱とともに、急速にこみ上げる射精感。たまらず身を委ねると、先をもたげた蘂から精液が、今度は勢いなくトロリと放たれた。
差し込まれていた指がすべて抜き出されると、ラオウは内股を振るわせ、また微少に吐精した。気怠く息をついたのは、すべて終わったと感じたからだ。これは夢だ。枯らしきれぬ慾が、気の弛みに乗じてあらわれた稚拙な慰み、それだけだ。
しかし次の瞬間、ラオウは驚愕に全身を強張らせた。短い間に拡張されて痛みのある後口に、何かが突きつけられている。考える前にそれが他者のペニスだと直感し、いまだ動かすことのできない肉の檻の中、息を呑む。
閉ざされた視界の中になぜか鮮明に見える、あさましい欲で膨れあがった男根。ラオウ自身も並外れた大きさだが、それすら比べものにならない。大人の腕に迫る直径、逞しい先端の張出し、青黒い血管、ぼこぼこと浮いた節の一つ一つが指の幅もある……凶暴そのものの形、それが躊躇いなく差し込まれてくる。
「む、理、だ」
指で馴らされたとはいえ、粘膜はとたんに引き連れ、破れた。
「やめろ……」
ぼたり。音をたてて赤いものが滴った。かなりの量が流れているが鉄錆の匂いはしない。感覚の上では、痛みより熱さが圧倒している。
「ふ!……く!……くぁ…ッ」
体液の滑りをかりて、長大な幹がゆっくりと、だが確実に呑み込まされてくる。固く鍛えた腹筋を通してなお、内部にとどまるものの体積が見て取れた。このまま刺し通されれば、穂先が突き抜けて喉の奥から顔を出すのではないかと、本気で考えた。
「ぐぅ、ん、ん、…」
ぶるぶると下肢が動く。喉がひゅう、と鳴る。
冷たい汗を流しながら、耐えることしかできない。剛直を挿入されている状態で、あいた指で男性自身までも責められはじめ、ラオウはまた逐精を迎えた。さすがに三度目の精液は薄く、量も少ない。
赤と白、二色に塗れたラオウの腰を抱え直した相手は、自分を挟むように伸びた両足をしっかり折らせると、腹と腰を密着させ、本格的に交わりはじめた。奥まで突き入れるかと思えば、抜けそうな位置まで引き抜く。野太い幹が出入りするたびに、入口はペロリとめくれて肉の色を見せ、泡立ち零れる体液が、敷布に模様を描く。
もがき拒む精神とは裏腹に、ラオウの色の淡いペニスは、また勃起をはじめた。排泄器官の深くまで異物を呑み込ませられ、快楽の中枢を押しつぶされている状況で、信じがたいことだが、硬く育ったそれは善がり汁をしたたらせながら、ひくりひくりと昇り詰めていく。
「く…ふっ、」
中と外を苛む刺激は、すでにラオウの感覚の受容限界を超えている。絡み合う二つの肉体から白い陽炎が立ち昇る。四肢からはとめどない汗、歪んだ口元からは涎が滴り落ちる。内蔵が圧迫され、呼吸も難しい。
「ん、ん!」
律動が加速していく。がつん、がつんと突き上げられては、闇の中を糸の切れた操り人形のように翻る。食いしばった歯の奥から、堪えきれず、うめきが漏れる。
「違う、これは、…いや、……」
うわごとに混じって、また先端から少しの粘液が垂れていく。引き抜かれ、また貫かれ、五分ほども爛れた熱に身を浸していただろうか。やがて腹の底に熱いものが放たれ、充血しきった内壁にじわりと染み渡った。
交合が終わってからも続けられる愛撫に、ラオウは顔を真っ赤にし、涙と涎を流し、緊張と弛緩を繰り返した。力ない膝で腰を支え、びくびくと跳ねさせ、それは、いいところに当たるよう無意識に調整さえする。
壊れている——そう思った。
我ながら、愚かしいとしかいいようのない姿。
これはだが、夢という一言で片付けられるのだろうか。
生々しいまぐわい、生まれてこのかた見たこともない痴態、陰部が鮮明に映し出される、この現象は?
いや、夢だからこそ、如実に映じるのだろう。
——望みのままに。
描いているのは、己自身なのだ。
背中の中ほどに冷たいものが触れている。身体が満たされ震えの走るたびに、触れ合って、金属様の音が鳴る。それは幼子のころに聴いた子守唄のように柔らかく心地よい音で。思えばこの宥めるような響きは、夢のごく始まりから自分の上に存在していた。
悦びに染まった頬を、太い指で拭われる。
ラオウは頷いた。
※ ※ ※
雨音に目覚めると、何ということもなかった。常と同じ寝台に、常と変わらぬ寝衣で、ラオウは横たわっていた。ただ、わずかに身体が重い。
常は厩へ行くはずの足が、今朝は自然と城外に向かった。
小糠雨の中、遠く墨で描いたごとくの立枯れの木々どもが、よくよく見れば野馬なのである。黒王号はそれら眷属の手前に、ただ一頭で立っていた。塔のように、禍殃のように、つるぎのように、嵐のように。待たせるな、そう言わんばかりの太々しさで見返してくる眼光。この変わり果てた世界に、ひとつ不変があるというならば、この強さ、たたずまいだと、知ってラオウは目を細めた。
太首を飾る鬣の裾を掴み締めると、鞍を置かないままの背に飛び乗る。掌に伝わる剛い感触は、濡れていながら、乾いて熱い。黒王が雌馬を噛んで平伏させた、その位置だ。
はたしてあの腹に、黒王の種は宿ったのであろうか。
苛烈な夏、無実の秋、白死の冬を越え、この拳王の眼前にまた悪夢の黒さで立ち現れるのであろうか。
全身を雨が浸しきった。踝を伝う水滴が心地よい。
「このような迷い、春に限れるだけ、うぬらが上等かもしれぬ」
握りしめる手に力を込め、胸を臥せ、長い耳にだけ届くよう恨みをこぼす。
黒王は目だけで乗り手を見てから粛々と歩み出した。不変の歩様で、荒野にさまよい出る。
「だがな、見くびるなよ、この俺を」
黒王は、何のことか解らぬ、そう言わんばかりに一度だけ、鼻を鳴らした。
終
- 作品名
- 黒王号×ラオウ:SS:春夢
- 登録日時
- 2015/04/13 (Mon) 23:09
- 分類
- 文::危険(♂×♂)