トキ×ラオウの掌編です。
・性行為描写があります。
※わりとソフトなつもりですが、
感じ方には個人差もあると思います。
・場面は 原作準拠で聖帝十字陵戦直後 です。
「待て、ラオウ」
愛馬の腹に蹴りを入れようとしていた男をぎりぎりのところで制止し、トキは黒馬の体躯に見合った巨大な轡を押さえて、立った。
こちらをじろりと見下ろす眼が、何をかいわんや、とばかり強い光を湛えている。黒王号も、主の意を汲んで、顔を背けもぎ離しにかかろうとする。負けず、むしろ優しく鼻面を擽りながら、トキは穏やかに説いた。
「私としたことが、肝心なことを忘れていた。なぜ、あなたを探していたのか……先の手際を見て、やっと思い出した」
トキがラオウの隠棲していた古城を訪れてから、まだ半日あまり。到着と同時に、ケンシロウが南斗の将星サウザーに再び挑みに向かっていると聞かされて、ここ聖帝十字陵を目指してきた。
北斗神拳の効かぬ相手とあって、ケンシロウは苦戦したものの、最後は奥義での勝利を収めた。数週前に別れて以来、久々に目にした弟ケンシロウの姿は伝承者としての風格を増し、一段と大きく見えたものだ。
いま雹を交えた雷雨が過ぎ去った薄曇りの下、剣戟の音が北風に流されて聞こえてくる。ケンシロウと彼を擁した反帝レジスタンスが聖帝軍の居城に攻め寄せているのだ。首領を失った聖帝軍はもはや烏合の衆。じきに降伏しつくすだろう。
「俺は暇ではない。邪魔をするというならば…」
「一月近く経つというのに、庇っているだろう。その傷を。わたしに診せる気はないか?」
不機嫌そうに前足を掻く黒王を、手綱で器用にさばいていた、ラオウの唇の両端が動いた。呆れた、とも、面白がるようにも。だが、そこから発する語は鉄のように冷たい。
「なにゆえに」
「純粋に医者として言っている。悪い話ではなかろう」
ラオウはトキの顔にあてた視線をゆっくり背後へ逃がし、思案するそぶりをみせたが、やがて独り言のように呟いた。
「きさま、小言を聞かせる相手に不足でもしておるのか」
「どちらかといえば逆だ、多すぎて手に負えない」
「フン……聞こう」
トキが当初から確信していたとおり、拳王と呼ばれる男は承服し、馬を寄せると手を差し出した。そのとき、黒王が一声高くいなないた。すると、やっと目をこらせば見えるという向こうから、戦場から逃れ出てきたらしい二頭の白馬が、見る間に目前へ馳せよってきた。
「ここは少々騒がしい。……乗るがいい」
「ありがたい。おまえは主と違って気が利くな」
黒王の鼻面を撫でてから、トキはその内の一頭に跨がった。
「あそこがいい。ちょうど元は病院だったのでは」
来た道を馬で数分戻り、比較的原形を留めたビルが集まる廃墟を示す。ゆったりとした車留めを残している建物は、核撃の前には大病院だったかもしれないと、道すがら記憶に残っていたのだ。
入口には果たして「一般外来」と書かれており、広いロビーが待ち受けていた。一つ残らず破れた窓から吹き込んだのか、内部も一面に砂に覆われている。薄暗い奥には受付らしきカウンターがあり、その前に爆風によるのか大量の長椅子が積み上がっていた。
それを四つ窓際に固めて寄せ、簡易に寝台を作ると、トキは有無を言わさぬ患者を診る笑顔を被って、ラオウを座らせた。相手はその間一貫して無言、無表情だ。
マントと上半身の鎧を外させ、あとは包帯を手慣れた仕種で解いていく。傷を被うガーゼを剥がす時にぱりぱりと音がして、赤黒い瘡蓋の縁の部分が、まだ渇いていないことがよくわかった。ケンシロウの一撃は秘孔に届ききっていなかったとはいえ、内部破裂による複雑な傷口が治り難いのは仕方ない。そうでなくとも……
「思った通りだ……あまりよくない」
トキは傷を診てから匂いを確かめるために鼻先を寄せ、唸った。
「少し熱を持っているし、それに今日また開いたろう」
背中側の膚と瘡蓋の間に、指の太さほどの溝がぱっくり開いて、トキが指で押さえると薄く体液が滲み出た。
「大袈裟にするな。何ほどもないわ」
「軽く見てはいけない。技の乱れも隠せないようでは」
口元を歪めて苦りきった顔を下目使いに見ながら、トキは懐から瓶を取り出した。傷に効くといわれる薬草を合わせて練ったものだ。
十年来、北斗神拳を医学に役立てようとしてきたが、それだけで完全に治癒することは少ない。秘孔術のほかに、薬を用いることで効果は飛躍的にあがる。だから自分を慕って集まった人々のうち、せめて薬草採取や使い方を学んで手伝いたいという者と、トキ自身も文献を当たりながら学んでいる。なにより北斗神拳は一子相伝の暗殺術。誰憚ることなく使える人間は、伝承者と、そのケンシロウに許しを得た自分の、世界に二人だ。自分がいなくなって終わる医学では意味がないと、トキは思い続けている。
「待てトキ。二心はなかろうな」
蓋を開いたところで声をかけられ、トキは内心呆れた。しかし、拳王軍の末端兵あたりの乱脈を見るに、疑心暗鬼も是非なしか、と思い直す。それにしても心外ではあるが。
「そうだな。確かに、これに毒でも入れてあれば、拳王の野望も此処までということになる。ラオウ……どうする?」
膝を曲げて目の高さを合わせ、待つ。眉間の皺を最大限に深くしたラオウは、十秒ほどして答えた。
「……かまわん。早くしろ」
「いいのか? 世の中には象を殺す猛毒もあるのだぞ」
「時間が惜しい。遊ぶな」
トキの悪戯心を悟ってか、相手は早くしろ、ともう一度吐き捨ててから、あとを拒むように目を閉じた。引き結ばれた口許の表す感情を類推しながら、トキは声を出さずに笑った。
消毒液で清めた傷に薬を塗り込んでいく。人並みに痛みはあるはずだが、流石というべきか、所在なげにしていた右の拳を腿に乗せた以外は、気配にも呼吸にも毛の一筋ほどの乱れもない。
「あの後、ケンシロウの腕は診たのだ。あれは、いい折れ方をした。癒着すれば、元より靱くもなるような……」
だが聴かせるつもりもなく話を始めると、ラオウは治療を拒むように身を引いた。
「俺が手加減したとでも? 愚弄するか」
「いや、かりにも北斗の男同士の闘いに、私情はまじえぬだろう。ましてあれは真っ直ぐな男だ。気づいたなら、あの場で指摘しただろう」
返答に満足したらしく、ラオウは再び瞼を閉じた。トキも再び指先を戻す。
「もうすっかり治ったようだった。それに比べて、あなたは」
「あれは若い。いや、俺が老いたか」
「それもある。だが一番は心根の問題だ」
「やはり、小言か。そんなもの、今さら変えようもないわ」
「違う……つまり、あなたが気ぜわし過ぎるということだ。気を落ち着けて養生していたなら、とうに治っていてしかるべき傷だぞ」
「それが、俺にできぬと思うのか」
問い返す声の底に不愉快が滲む。思い当たる節があればこそだろう。
「だから、来たのだ。かりにこの先、手負いの男を下したとして、ケンシロウも俺も勝ったとはいえまい」
「塩を送りに、か。相変わらず甘いな、トキ」
その言葉は聞き飽きた、そう考えながらトキは、施薬を終えた患部を布で覆い、包帯を取り出す。
「いや、そうでもないと思うぞ」
と元のように巻き終えると、裂いた端を、きつくきつく縛り上げた。
痛みを堪えるように深く刻まれた眉間の皺を眼下に見て、愛おしさを覚えたトキは、そこに上から下まで唇で辿るように触れた。急激にこみ上げた情に、そうせずにおれなかったのだ。ラオウはただ、心底意外そうに目を丸くしていた。
「トキよ……手間賃が、これか」
「いや、違う。でもあなたが呉れるのなら嬉しい」
トキは以前何度か、ラオウを抱いたことがあった。組み手や試合の後の高ぶりに任せたものが大半だったが、その毎にラオウも何らかの思いでもって受け入れていたのだろう。実際問題として、トキから強要できるはずは毫もなかったのだから。しかし関係といえるほどの関係でなく、記憶すら所々曖昧なまま、今に至っている。
そもそもこの兄は、一生誰を抱くこともないかもしれないと、トキはある時期思っていたものだ。修行に明け暮れ、己の体と技を鍛えることだけに人生を注ぎ込んできた、無骨そのものの巨大な男。
ユリアに寄せる想いさえ、異国の鳥や蝶を掌中で眺め尽くしたい、そんなところなのではないのか。
そして自分のことは、奇術士とでも……まるで、自身の中に愉悦を構成する因子は一切存在せず、トキの指がそれを齎すとでも思っているかのようだった。
ラオウが肯定も否定もせぬまま黙っているので、トキはままよ、と……これもいつかと同じ、捨て鉢な気分で彼を抱くことにした。
「ただ、横になっていればいい」
肩を動かさぬようにと告げてから、帯を解いて服の下に手を潜らせ、腹に触れる。両の手の平でごつごつと隆起する手触りを楽しみ、また旧知の傷跡や臍を探りあてて撫でる。ラオウの緊張が増していくのが手にとるように伝わった。
「大丈夫、無理はさせない」
「……気遣いは、無用だ」
低く絞り出された声は、情動にわずか掠れていて、今度こそ確実に久しく遠ざかっていたトキの熱を呼び覚ました。腹の底から、巡りはじめる新しい血を全身に感じた。
ズボンの前を開けて手をねじ込み、緩く立ち上がっている素直なものに指を絡める。その程度には男に抱かれる悦楽を知っていながら何がそうさせるのか、膝を立てて逃れようとする。その体重のわずかな移動の度に、古びた椅子の脚が金切り声をあげる。
これ以上逃さぬようにと片腕を太股に回してから、トキは薬の苦味が残る指を舐めて濡らし、強い体毛に隠された男性の、さらに奥を探る。
「力を抜いてくれないか」
「」
「つまり、思い通りにならないほどには感じている? 兄さん」
「」
「鬼の霍乱というやつか、今日はどうにもかわいらしい」
「」
貫いてから、どれだけ揺さぶり貪っても、はじめから終わりまでどこか夢の中のように実感が乏しかった。ラオウが声を、本当に一声、それらしい色の息すら、漏らさなかったせいかもしれない。ただ、中に吐き出すことはしないと伝えた後、頷いた際の眼の光だけが妙に艶めかしく、印象に残った。
合皮のシートに頬を張り付かせ、額に薄く汗を浮かべて。ラオウは目を開かない。傷薬に混ぜた鎮静剤の効果がうまく出たのだろう。それとも、体を休めるために利用されたのかもしれないな、とトキは、疲れた脳の隅で気づいた。異常がつくほど眠りの浅い男だが、トキが初めて抱いた日の朝だけ、ひどく寝過ごしたわ、とぼやかれた記憶がある。真実がいずれにあれど、トキにとっては大差のない話だが。
午後の陽に鈍く光る銀の髪を、窓からの微風が柔らかく撫でている。隣で休んでいるのが恐怖の支配者であることを除けば、のどかな昼下がりそのものだ。
しかし床に積もった細かい白砂を見つめてトキは、灰の降りしきるあの日を思い出していた。
核戦争が地球環境に残した後遺症は放射能だけではない。地上数百キロに舞い上げた塵埃が、太陽光を遮って数年が経つ。一時的に上昇した気温は、温暖化が叫ばれていた時代を遡るようにここ数年、急カーブを描いて下がり続けている。おそらく人類は放射能による免疫機能や繁殖力の喪失より前に、冷害による食料難から終焉を迎えるだろう。かつて地上を闊歩した巨大な爬虫類の王たちが、隕石の衝突により長い治世を終えたのと同じように。
取り留めない思考から立ち戻り、視線を戻して兄の顔を見た。顔を合わせる度、もう二度と見ることもないと思う顔。
トキは可笑しくなり、思わず声をあげて笑った。ラオウなら恐竜ともいい勝負だ、それに、そのような悲観は決して受け付けぬだろう、と思ったのだ。
自分たちの道はもはや寸分も交わる事はなかろうが、しかし、人類の未来に絶望していない点は、彼を評価できるかもしれない。
それにしても、こう明るくては目を覚ましてしまうか、と危惧していると、にわかに影が二人を押し包んだ。温かい息を感じると同時、ぽっかりガラスの抜けた窓枠からぬっと大きな顔が降りてきた。身動きしない主の姿に驚いたのだろうか、ひとつ鼻を鳴らす。
「心配ない。よく寝ている」
すると、黒王はちょうどラオウの首から上を自らの影に収める位置で、椅子に鼻先をつけて動きを止めた。思いついて、そこへ塩の欠片を置いてやると、小さく舌を出して舐める。それでも主の顔を一心に見つめているのが微笑ましい。
「ふ。おまえがいれば、兄さんのことは任せて良さそうだな」
トキは音を立てぬよう立ち上がると、そのまま屋外へ逃れ、かの白馬に跨って南斗の地を後にした。
自分は病が進み、ゆきつく先は見えている。
それでも、兄のほうこそが。
いつか自分を置きざりにするという不安が、今も拭えない。
そして追いつきたい、せめて側にあれかしと、願わずにはいられない。
愛人でも、親子でもない。
たかが兄弟だというのに。
トキは馬上から汚れた空を見上げた。
見えずとも感じる死の星の気配に、ひとり微笑む。
それは自嘲というにはあまりにも苦く、哀しみというにはあまりに甘く、
弟にも、彼を待つ村にも子どもらにも世界にも、決して向ける事はできない、ただ絶望そのものを映した笑みであった。
終
- 作品名
- トキ×ラオウ:SS:絶望 [R18]
- 登録日時
- 2009/03/18 (Wed) 00:00
- 分類
- 文::危険(♂×♂)