90 シリウスがドアを開けると、ルーピンは床の一点を凝視して立ちすくんでいた。そこには男の死体があった。 頭部から血を流した男は、真っ青な顔色で倒れて硬直しており、明らかに死んでいた。彫りの深い顔立ち。薄い唇。黒い髪。シリウスは見覚えのある男の顔を呆然と見下ろす。 見覚えのある、自分の顔を。 ドアの前にいるシリウスに気付いたルーピンは珍しくおろおろとした様子で「これは違うんだ」と小声で呟いた。 「ボガートがこんな姿になるなんて」 「ああ、ボガートか!」 得心がいって、シリウスは部屋の中に入る。この死体はルーピンのコレクションのまね妖怪が変じているものらしい。まね妖怪は相手の人間が一番恐れている物に変化をする特性を持つのだった。 「月以外の形態のボガートなんか初めて見た……」 「よく出来た死体だな」 そのボガートは全くもって優秀らしかった。睫毛の形から、少し開いた口から覗く歯並びまで、シリウスの容姿は綺麗に写し取られている。実際に彼が死んだらこのような様子になるのではないかと思われた。 「……やり直してみてもいいだろうか?もう一度戸棚にしまってから開けたら今度こそ満月になるかも……」 「……これが満月に化けたら何か記念の商品でも出るのか?何の意味がある」 「そうだけど……」 「……?」 まだ視線の泳いでいるルーピンとシリウスは、無言のまましばし見詰め合った。やがてシリウスは何事か閃いたらしく小さく声を上げた。 「もしかして…照れているのか?」 「違う」 「そうか?それは失礼」 「……たぶん違う。いや、どうかな……妙にドキドキするとは思っていたけど、もしかして私は照れているんだろうか……」 「お前のリアクションはよく分からない」 シリウスは吹き出した。 「これはお前の親友にして最愛の恋人の死体だぞ?泣くとか悲鳴をあげるとか、してもいいだろう。どうしてまず照れるんだ」 「だって君は今ここにいるじゃないか」 ルーピンも、ようやくいつもの笑顔になってシリウスを見る。 「これが今お前の一番怖いものか?」 シリウスは唇の片端を上げてルーピンに顔を近づけ、意地悪く問う。 「言われてみれば、そうだね」 ルーピンは目を閉じて、彼等はそのまま口付けた。 「とりあえず、消しておかないか?落ち着かない」 「賛成だ」 2人は杖を取り出しす。 「リディクラス ばかばかしい」 しかしこの場で一番その呪文を唱えたかったのは、可哀相な当のボガートなのかもしれなかった。 ばしっと床にカツラ(カツラなのか)を叩きつけて ペッと唾でも吐いて立ち去りたいところ。 2004/12/10 BACK |