97 拘束の呪文を唱える。麻痺の呪文を唱える。眠りの呪文を唱える。 それは予測の範囲だったのか、すべて無効化された。 私は構わず、視界の上下を逆転させる呪文を唱える。指の神経信号を一時的に遮断する呪文を唱える。平衡感覚を損なう呪文を唱える。 効果が表れ、攻撃が格段に緩んだ。 光の差さない屋内で、私達は消耗戦を行っていた。こちら側が優勢であるという事は分かっているのだが、それ以外は不明だ。被害の状況であるとか、死者の有無等であるとかは一切。ただ、始まってしまったものは終わらせなくてはならない。前回も、今回も。この次も、またその次もそうだ。機械的に私は呪文を唱える。最近では夜陰に乗じて魔法を使うような仕事しかしていないものだから、自分が夜行性の動物か何かにでもなった気がする。 効率的な抵抗を続けていた相手を、3つか4つの呪文を使ってようやく行動不能にした。私はゆっくりと歩み寄って、倒れている彼の右肩を踏みつけた。私と同じ年の頃の男だった。そのまま彼の頭に杖を向ける。 瓦礫に潜んでいた2人が、仲間を庇おうと立ち上がった。私は彼等に舌を麻痺させる呪文を唱える。これも効いたようで、動物の鳴き声のような声が高い天井に響き渡った。 闇の中に色々な人間の呻く声がする。誰かが誰かの生存を確認するために、名を呼んでいる。魔法で不自然に攪拌された空気は、呼吸するとピリピリと肺を刺激した。 攻撃の呪文を唱える声は、いつの間にか止んでいる。 塵と白煙で視界が定かではないが、おそらく我々は勝利したのだろう。若干の負傷者を出して。勝利の高揚感はない。そんなものは、今まで一度も味わった事はない。 彼は無事だろうか。 誰かが天井の一角を破壊する呪文を唱えたのが聞こえた。大きな音と共にそれは吹き飛び、驚いた数人が声を上げた。同時に風と、月の光が入ってくる。ぽっかりと、別世界のように明るい夜空も見える。 視界が明確になってゆく。 いくらここが廃墟といっても、乱暴すぎるよシリウス。 外からの光で、呆然と立ち尽くす仲間の顔があちこちに見えた。倒れて動かない相手側の魔法使いの顔も、自分の衣服に付いた血も。 あちらから、歩いてくる人影があった。どんな時も背を伸ばしてまっすぐに歩く彼。 「お前は体力がないくせに、サバイバルには強い」 「性格の悪さに定評があるらしいからね、私の魔法は」 シリウスの頬には泥が付き、髪は乱れていた。それでもあの、何かの主人公であるかのような人目を引く容貌は失われてはいない。白い歯を見せて彼は笑った。街角で会った人間に話をする時の気軽な調子だった。 「ところで「生きていたんだね!」とか、その手の感激を表すジェスチャはないのか?抱擁とかは?ダーリン」 今夜、彼と私は幾人もの人間に魔法を行使し、彼等を傷つけた。彼の心も私の心もそれに関して決して平静な気持ちではない。しかしそれでも彼は笑う。私には真似が出来ないと思う。 「いや、君は死なないと知っているから生きていても感激しないよ」 「ほう、いつの間にそういう事になったんだ?」 「もし死んだら、地獄に行くより恐ろしい目に遭わせるからね。私が」 「・・・・・・」 「それとブラック君、公的な場において「ダーリン」等という問題のある名称は禁止だよ」 「はいルーピン教授。ところでこの仕事はだいたい片付いたようですが、一緒に戦線離脱というのはどうですか?」 「……うん、しかしこれから相手とこちらの生存者確認と人数調査があるからね。ここで抜けるとまた以前のように、死者リストに名前が挙がって、ダンブルドアを飛び上がらせる事になる」 「そうですね。では、大人しく待つので、もう少し側に寄ってもよろしいでしょうか?」 「構わないよ、半径30センチまでなら」 シリウスは真面目くさった顔で2歩進み、私に並んで立つ。私は笑ってもう1歩彼に近寄った。 先刻男性の肩を踏みつけた同じ足で、私はシリウスに歩み寄る。そして人間に向かって散々身体を損なう呪文を唱えた唇で微笑みかけている。シリウスを心配するのと同じ心で相手を憎み、その存在の消滅を願う。 しかしこれは始まってしまったことで、もうどうにもならない。話し合う余地も、取り返しのつく部分もない。私達にも彼等にも。そう、始まってしまったものは終わらせなくてはならないのだ。 ただ、どうかこの友人と、私の大切な人々が無事でありますようにと願う。それだけだ。 戦争がよくないのは、たぶんみんな知っている。 でも若干の例外除き全員がそれを知っているのに、定期的に発生するので、 何か画期的な抑止のシステムが必要なんじゃ?と思う。 重要なのは「萌え」なんじゃないかしら(ホラ話)。 愛は相手のことをよく知らないと発生しないけど 萌えは違うでしょう? あの民族、言葉も宗教も変すぎてアウトオブ理解だけど あの顔とプロポーションは萌えだとかそういう。 相手を楽しく愛でる精神はわりと重要なんじゃないかという気がする。 あと、攻撃の魔法って、物理的なものより、 感覚器をいじくったほうが労力が少なくて済むように思う。 でもシリウスさんはやっぱり「どかーん」とか「ぼごーん」 とかいう種類の魔法がお好きみたいです……。 それと本気で勝ちたいのなら、ぶっちゃけ マグルの銃器を使った方が早くて確実で平等だと思う。 (本当にぶっちゃけた!) 2005/01/30 BACK |