彼らは旅行中だった。強烈な日光で色彩が飛んでしまったような街並み。路上にまで並べられるフルーツ。商品の一部ですとでも言いたげに寝そべっている犬。外の明るさと店の奥の闇。新聞紙で無造作に包まれた商品。喉が渇くと昼でも夜でも、道端の適当な飲食店に避難し、色々なものを飲んだ。果実のジュースや、象の絵が描かれたビール、花の匂いのする水などを。ビニールクロスをかけた小さくて四角い机で飲んでいる時、世情の悪かった頃を思い出すとルーピンは言った。照明は裸電球のみである。その闇を吹き飛ばすように陽気に、自分が人間の姿で目の前にいるのだから、それは錯覚だとシリウスは返事をした。さあ、飲み終わったら街に出てまだまだ悪さをするぞ、とも。
 シリウスは夜の街を歩くとき、まったく生き生きとしていた。角を曲がってくるマグルの大きな車の前を「いくぞリーマス!」と掛け声と共に走り出す様子など、二十代…下手をすると十代の頃の表情だった。息を切らして彼に悪態をつくルーピンも、その瞬間の彼が非常に好ましく思えることは否定できなかった。
 彼等は義務を果たし、自分自身に課した何もかもを終えたところだった。例え年単位で徒に年月を消費し、楽しく暮らすためだけに過ごしたとしても誰に責められる謂れもない。ルーピンもそれを理解しているので、友人が楽しそうであるなら夜通しでも付き合うつもりであったし、できるなら自分も一緒に楽しみたいと思っていた。遊ぶために遊んでいたあの頃の感覚を取り戻して。
 彼等は更に夜の街を徘徊した。マグルの手によって煌煌と照らされた遺跡を眺め、バイクの行列に驚き、ナイトバサーの中を彷徨い、拳闘を見学し、そして一際賑やかな大通りに出た。呼び込みと笑い声とネオンが、あまりに騒がしいのでシリウスは笑顔になって「まるで嵐だ!洪水だ!」と周囲を見回す。
 その時だった。
 マグルにしては古典的な衣服の男性が雑踏より進み出てシリウスに声を掛けた。
「シリウス・ブラックさんですか?」
 変化は劇的だった。自分は分別のある大人で、何より紳士であるので、旅先でことさらはしゃいだり大声を上げたりしたことは一回もありません、というような顔をシリウスが慌ててしたのでルーピンの唇の端は笑いを堪えるためにぴくりと動いた。
「いかにもそうです。あなたは?」
「これは失礼しました」
 男性は名前を名乗ったあとで「魔法界の一員として握手をさせて下さい」と言い、シリウスに手を差し出した。
 仕事でここに来ているという男性は、すべての魔法使いがそうでるように、ハリーの様子を聞きたがった。自分の優秀な義息の近況について、シリウスが過剰な修飾と共に語り終えると男は非常に喜び礼を言った。
 そして「あなたはご旅行中ですか?」とシリウスに尋ねようとしたのだろう。しかし語尾は途中で切れてしまった。彼はふと横に視線をやると、大変に申し訳なさそうな、しかし納得したような目をしてわざとらしい笑顔になり、別れの挨拶をするとその場を去った。
 置き去りにされたような気持ちになって2人は首をひねっていたのだが、シリウスは不意に自分達の立っているのが派手な店の前だったのに気付く。看板をよく見れば、その店は女装した男性がショーをする店らしかった。あの魔法使いの男性がどんな勘違いをしたか、男性がシリウスについてどういう認識をしているかは自明の理である。シリウスは「あっ」と世にも悲痛な声をあげ、そして頭を抱えた。そして焦りや、怒りや、恥辱に対するプライドの反発等等、ぐるぐるとした感情に飲み込まれて顔色を蒼白にした。事情のわからないルーピンは、ただおろおろとシリウスを気遣う。
 そんな2人の様子も、この大通りに何百人といる酔っ払いの2人組と何ら変わることなく、暑い夜の街に埋没するようだった。道を歩く者のよからぬ期待や、声を張り上げて商売をする者の熱意、或いは勘違いをされて腹を立てている者の恥を、歓楽街を華やかに照らす幾千の照明は、まるで喜劇の1シーンであるかのように感じさせるのである。しばらくは留まっていた2人の姿は、やがて人波に紛れて見えなくなった。







BY にゃかむら

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