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タイトル奴隷制度について質問です
記事No1886
投稿日: 2024/02/07(Wed) 10:54
投稿者アンチャン
最新記事の奴隷制度についてですが、学術書としての価値はいまいちなものの旧約聖書の出エジプトってありますよね。
流石に真実とは思っていないのですが、20世紀の世界史の教科書だとさも事実の様に書かれていました(例:山川出版、世界史)

上記のイスラエル人の大人数が奴隷となっていたという裏付けの書籍や資料って実際にあるのでしょうか?
確かブログの過去記事で無いというものを見た様な気がするのですが、改めておうかがいしたい次第です。

タイトルRe: 奴隷制度について質問です
記事No1887
投稿日: 2024/02/07(Wed) 21:28
投稿者岡沢 秋
> 上記のイスラエル人の大人数が奴隷となっていたという裏付けの書籍や資料って実際にあるのでしょうか?
> 確かブログの過去記事で無いというものを見た様な気がするのですが、改めておうかがいしたい次第です。

ないです。

そもそも「イスラエル」という名前が歴史上に初出するのは第19王朝、メルエンプタハ追うの時代の石碑です。征服された諸民族の名前として登場するため、その頃には、カナアン地方に「イスラエル」を自称する人々がいたことがわかります。

ただし、それ以前のいつの時代から「イスラエル」を自称する人がいたかはわかりません。要するに19王朝以前の時代だと、イスラエルという名称自体がまだ無かった可能性が出てきます。

また、この時点で「イスラエル」は国家ではなく部族名として扱われているため、国としては存在しなかったと分かります。

エジプトに多くの奴隷がいて独自の文化を持っていたなら、エジプト国内に異民族コミュニティの痕跡は残るでしょうし、エジプトから脱出したなら逆にカナアン地方に異文化の流入や人口増加の痕跡が見られるはずですが、そのような現象が考古学的に見つけられていないため、「人の大量移住は無かった」という結論になります。

ギリギリありそうな可能性としては、将来イスラエルを名乗ることになるアジア系(シリア・パレスチナ方面の住民)が一定数、エジプトに暮らしていた可能性です。
たとえばヒクソス王朝のように、アジア系移民が起こした王朝/移民コミュニティは存在しました。彼らがエジプトから移住していった伝承を後世に「虐げられたので移住した」ように加工したのならアリだと思います。

タイトルRe^2: 奴隷制度について質問です
記事No1888
投稿日: 2024/02/08(Thu) 20:45
投稿者アンチャン
お返事ありがとうございました。
世界史を初めた最初の授業で教科書の内容は必ず変わると教わっていたのを思い出しました。

確かこちらで「民族移動が碑文として記録にない」と見かけた様な記憶があったので、質問させて頂きました。

タイトルRe^3: 奴隷制度について質問です
記事No1889
投稿日: 2024/02/08(Thu) 22:07
投稿者岡沢 秋

> 確かこちらで「民族移動が碑文として記録にない」と見かけた様な記憶があったので、質問させて頂きました。

碑文として、ではなく考古学資料として。つまり遺跡として痕跡がない、ってことですね。
1万人が一気に移動すれば、新しい集落がいっぱい出来る。
その過程で元から住んでる人と戦争したり、衝突が発生して集落に燃えた跡が残ったり、ある時点で住民の文化がゴッソリ入れ替わったりした形跡が残る。
そういうものです。大人数の人がまとまって移動して何も痕跡を遺さないってことはないのです。(「海の民」として知られる人々なんかは、まさに大量の人間が移住した現象ですね)

このへんは、最近出た「聖書の世界の考古学」とかに詳しいです。