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タイトルはじめまして&エジプト暦の変換について
記事No1658
投稿日: 2018/02/21(Wed) 20:40
投稿者
はじめまして。
古代エジプトに関しての疑問を次々と検索してたら、答えてくれたページが全部ここでした。
最初は気付きませんでした。全部こちらの別館とブログでしたよ……。
本当にありがとうございます。片っ端から楽しく読ませて頂きました。
資料的なものはもちろん、個人的には『月神コンスへの祈り』がお気に入りです。

で、本題なのですが。
[現代暦と古代エジプト暦を変換してみたい人への計算法]
このページの数値と、私が独自に計算した数値がかなりかけ離れてしまいました。
普通に考えれば私の計算が間違ってると疑うべきですが、その間違いが見つからないのです。
おそらくですが、グレゴリオ暦で便宜上用いられる365.2425日ではなく、
平均太陽年の近似値の365.2422を用いているためではないかと……?
でも、たった0.0003の差で大きな違いが出るのも変ですし……?
ちょっと元の計算法がわからず(319.9462日早い等の数値が導けない)、原因を確かめられません。

***

私の計算(計算?)方法は以下の通りです。

まず、139年のエジプト暦元旦にヘリアカル・ライジングが起きたという記録。
そして、それがユリウス暦7月19日だと。
これを前提としました。
ユリウス暦139年7月19日がエジプト暦の元旦だった! 注目するのはここだけです。

で、この時点でユリウス暦は捨てます。ついでにヘリアカル・ライジングも捨てます。
ユリウス暦139年7月19日は、グレゴリオ暦139年7月18日、こっちを拾います。
以後、グレゴリオ暦でしか考えません。紀元前の日付も、グレゴ換算です。
紀元前の暦の換算って、一般的にユリウス暦使うのが通例になったりしてませんよね……?

【グレゴリオ暦139年7月18日は、エジプト暦の元旦だった】
彼らが1年365日の暦を延々と使い続けていたことを信じ、あとは365日ずつ遡って数えていけば、
その日付がそれぞれの年のエジプト暦の元旦のはずです。

数えました。
グレゴリオ暦は4年ごとに必ず閏年があるわけではなく、なんというか、400年周期の濃淡があるので、
小数点以下のまぎれを嫌ったのです。

グレゴリオ暦のルールは簡単です。
平年は365日、4年に一度366日、ただし100で割れて400で割れない年は365日。この400年ごとの繰り返しです。
で、エクセルにダーっと前3500年から139年までの年代を引っ張りました。文明の利器の登場です。
ルールに従って、閏年に印を付けます。
気を付けるのは、紀元0年はないことです。前1年の翌年は、西暦1年です。

さて、計算(?)です。遡って365日ずつ数えていきます。
139年も、その前年も前前年も閏年ではありません。
なので、その年の元旦はやはり7月18日だったはずです。
しかし136年は閏年です。
閏日は2月なので、136年の元旦自体は7月18日のままですが、
2月が1日増えているので、135年の元旦は、7月19日だったはずです。

閏日を跨ぐたびに、1日ずつ日付が(遡ってるので)後ろにずれ込む。
あとは簡単です。閏年ごとに、1日ずつ日付をずらしていけばいい。
1年に2回、1月1日と12月31日に元旦がある年があったり、2月29日が元旦だったり、
多少手間取りましたが、たいした手間ではありませんでした。
同じ作業を900回くらい繰り返しただけです。

文明の利器ってすごいなぁ

***

結果、古代エジプト暦での元旦はグレゴリオ暦に換算して以下のようになりました。

紀元元年 8月20日
前500年  12月20日
前1000年 4月20日
前1500年 8月19日
前2000年 12月18日
前2500年 4月19日
前3000年 8月18日
前3500年 12月17日

おそらく、計算に間違いはないと思います。手法に間違いがあるかも知れませんが……
ただ、この調子でコプト暦導入の284年まで数えると、この年は6月11日に大晦日迎えてるんですよね。
第3月第2週までは、旧暦使ってたのかなぁ?

時間がある時で構いませんので、お確かめ頂けると幸いです。
長文失礼しました。

タイトルRe: はじめまして&エジプト暦の変換について
記事No1660
投稿日: 2018/02/21(Wed) 21:53
投稿者岡沢 秋
うわー懐かしいネタの質問きたー、完全に本人も忘れてますよこれ…もう一回読み直してきました…。

> で、本題なのですが。
> [現代暦と古代エジプト暦を変換してみたい人への計算法]
> このページの数値と、私が独自に計算した数値がかなりかけ離れてしまいました。

判りづらくて申し訳ないのですが、

(1)紀元後139年 ※記録あり
(2)紀元前1321年 ※記録はあるが年代は逆算で推定
(3)紀元前2781年 ※推定
(4)紀元前4241年 ※推定

これらの「基準年」と呼ばれているものは、現在のエジプト学の本で「エジプト暦と天文の運行が一致しただろうと考えられている年」で、歳差運動なども考慮されているはずなので単純に計算で出るものではないです。で、その日付に合わせて計算しようとして、基準年から計算開始→次の基準年でいったんリセット→次の基準年からまた計算開始 とやってるはずです。

なので実際はめちゃくちゃズレるはずです。
にしてもいま自分で計算しても書いてある数値が出なかったのでまだ何か忘れてるかも。。。

計算方法は見た限りあってると思います!

> 紀元前の暦の換算って、一般的にユリウス暦使うのが通例になったりしてませんよね……?

たぶん違うと思いますが…
それほど沢山の資料をあさったわけでもないので…まず基準年を計算してる学者の計算が本当に正しいのかも自分の知識では判断出来ませんでした。なので、厳密に言えば、信用できるのは「紀元後139年」だけです。(これも厳密に言えば、4年間はヘリアカル・ライジング期間に入るので、前後数年はズレる可能性がある)

暦の計算難しいっす。古代世界で、暦を支配する者が王になれたのもむべなるかな。

タイトルRe^2: はじめまして&エジプト暦の変換について
記事No1661
投稿日: 2018/02/21(Wed) 21:59
投稿者岡沢 秋
ていうか今の知識でもう一回見なおすとこれ、基準年ってたぶんヘリアカル・ライジングの日付を計算してるだけだから、グレゴリオ暦と合わなくて当然なのか。時間あるときに調べなおしておきます。

タイトルRe^3: はじめまして&エジプト暦の変換について
記事No1663
投稿日: 2018/02/21(Wed) 23:57
投稿者
素早いお返事ありがとうございます。
計算が間違ってなかったようで、ほっとしました。
やっぱ手作業が最強やったんや……

私の手計算だと、前1321年の元旦は7月6日、前2781年は6月25日ですね。
ただ、ヘリアカル・ライジングはこの時期だったとしておかしくないです。

古代エジプト暦の換算法のページに画像で引用してある、ソティス祭の日付がありますよね。
あれの、「プトレマイオス3世治世9年パイニ月1日→前238年7月19日」というの、確認してみました。
私手計算だと、この年のパイニ月1日は7月14日ですね。
というか、この参考資料、全日付が7月19日になってるのが不穏です。
「ヘリアカル・ライジングは毎年7月19日!」みたいな固定観念がありそうな気がします。

ヘリアカル・ライジングって、定義が曖昧だと思うんですよ。
シリウスは、見かけ上、太陽よりも低い高さから、やがて太陽を越して先に昇るようになります。
太陽と同時に出ては星は見えませんから、かろうじて肉眼で、昇るシリウスが初めて見えた日、
それが多分ヘリアカル・ライジングだと思うんです。

神官が、「見えた! 今日ソティス祭!」と叫んだ日みたいな。
だから、前後2〜3日の幅はあるように思うんですよね。

そういえば、エジプトには日食の記録が見当たりませんね。見つかってないだけかも知れませんが。
「○○王治世△年、ラー様死す」みたいな記録が見つかれば、かなりわかりやすいのにと思います。

タイトルRe^4: はじめまして&エジプト暦の変換について
記事No1666
投稿日: 2018/02/22(Thu) 19:11
投稿者
唐突に気付きましたがヘリアカル・ライジング、これ観測地によって日付変わります。
もし仮に、139年のが当時の首都アレクサンドリアで観測されたものだとしたら、
同じ日、テーベではシリウスはもっと太陽に対して高い位置にあったはずです。

東を見て、左の方に昇り始める太陽、右の方にやや高くシリウスがある。
その状態で、カクンと首を右に傾げる。イメージはそんな感じ。
南に5度くらい離れてますからね。
下手すると、テーベでのヘリアカル・ライジングの日は3日くらいは遡るかも知れません。

ヘリアカル・ライジングの日を基準に年代を特定しようとするなら、
まず観測場所の特定が必要です。
これ、お手上げですかね……
全王朝を通してヘリオポリスとかだったらいいなぁ……

***

とりあえず、いくつか理解したことをまとめてみます。

> これらの「基準年」と呼ばれているものは、現在のエジプト学の本で「エジプト暦と天文の運行が一致しただろうと考えられている年」で、

これ、疑ったほうがいいです。
おそらく、単純に139年から1460を引いてます。
しかも、さりげに前1321年は139年の1459年前なので、多分紀元0年数えちゃってます。

確かに1460年遡れば、4年に一度閏年のあるユリウス暦ならば、日付が一致します。
ですから、前1322年のエジプト暦元旦は、ユリウス暦の7月19日であってます。
1322年なら私手計算でグレゴリオ暦7月7日、ユリウス暦に直せば19日ですから。
グレゴリオ暦で計算しようとすると丁寧に閏年を365回数えないといけないので、
どうもやはり、紀元前の計算はユリウス暦でされている事が多いのかも知れません。

ただ、この年は単に「エジプト暦の元旦が139年と同じ7月19日(ユ暦)」というだけであって、
誕生日を求めるなどの基準としてならともかく、天体の運行とは一致してません。

ヘリアカル・ライジングは、年を経るごとに、少しずつ後ろに日付がずれていきます。

具体的な日付は、恒星年どころか歳差運動に天体独自の運動、果てはその日の
大気の様子まで関わってしまうので、単純に計算できるものではないのですが、
それでも、すんごい大雑把に言えば、少しずつ、100年に1日ずれるかな〜くらいの
ペースでずれていきます。

ちなみにこのずれ、ユリウス暦ではもう少し緩やかです。
グレゴリオ暦よりも閏年が多いので、その分追いすがれる感じですね。

139年が7月18日(グ暦)だったなら、今はもう8月に入ってるんじゃないかと思います。
1460年の幅があれば半月くらいずれて、前1322年は7月の上旬くらいではないかと。
ヘリアカル・ライジングが7月18日だったのは、139年前後100年幅くらい(大雑把)の範囲の
限られた時だけだったのです。
もう一度7月18日に戻ってくるには、約36500年くらい(すんごい大雑把)かかります。

だから、どの年も「ヘリアカル・ライジングは7月19日」で統一されている資料は、確実に間違ってます。

とはいえ、おそらく大きな誤差はないと思われます。
ユリウス暦で単純に1460年という数字を求めていたのが逆に幸いした感じでしょうか。

仮に、ヘリアカル・ライジングの日付のずれを、100年に1日進むと仮定します。
400年で4日。しかし、ユリウス暦の400年はグレゴリオ暦の400年より3日多いのです。
なので、ユリウス暦での日付は400年に1日しかずれません。
もちろんこれは正確な数字ではありませんが、そんな感じです。

1460年で3日か4日。つまり、閏年3回か4回分なので、12年から16年。
だいたいそれくらいしかずれないはずです。大雑把ですが、エジプトでは誤差でしょう。
該当ファラオの即位年代の推定に大きな狂いはなさそうだという点では安心できます。
結論が近ければ過程はどうでもいいというつもりはありませんが、多分、ちゃんと気付いて
ちゃんと計算している人もいるはずです。

こんな感じで、私は理解しました。足りない部分もありますし、勘違いもありそうですが……
とりあえず、ヘリアカル・ライジングは素人の手には負えないようです。
またまた長文失礼しました。

タイトルRe^4: はじめまして&エジプト暦の変換について
記事No1667
投稿日: 2018/02/23(Fri) 20:48
投稿者岡沢@
まだ仕事中なんでアレですが

>神官が、「見えた! 今日ソティス祭!」と叫んだ日みたいな。
>だから、前後2〜3日の幅はあるように思うんですよね。

ですよ。曇り空が続くと当然ズレます。ヴァイキングの暦とかと一緒
そしてナイルの増水をもって一年の始まりとしますが、上流と下流の地域では1週間程度はズレます。
なのでどっかに「一年の始まりは紀元前xx年ごろのテーベを基準と考える」とか書いたと思います


>そういえば、エジプトには日食の記録が見当たりませんね。見つかってないだけかも知れませんが。
>「○○王治世△年、ラー様死す」みたいな記録が見つかれば、かなりわかりやすいのにと思います。

ないです!
エジプトは天文の異常は記録しない(あってはならないから)主義です!
メソポタミアにはあるのでそれを時代の比較に使います… 一部の学者が日食だとか主張する壁画はありますが正直微妙です。

なので古代の日付と現代の日付を正確にマッチングするのはムリ、どう計算してもナンチャッテにしかならないですよーと、どこかに書いた覚えがあります。正確にマッチングできるのはペルシア支配の頃からですね