<頑張れ私!>
2月に入りましたね。私、最近脳味噌がおかしいのですが、脳科学実験らしいものの被験者にされているような記憶が残り、びっくりしています。
先月からの記憶は、1つは、脳の実験をしているみたいなんだけど、ボードを見せられて、「これ覚えな。」と言われて眺めてみたら、脳の部署の色分け図で、「前頭葉とか書いてあるから。」と言われている記憶です。ただ、一瞬で終わりました。次は、つい昨日ですかね?びっくりなんですけど、脳科学実験をしている様子はないのですが、ただ椅子に座っていたら、パソコンを持ってきた男性が、「はい。」と見せてくれたので、眺めてみたら、「大脳が働いていない。灰色。下の方の緑色の部署はどこ?」という映像記憶でした。どこかの研究室みたいで、椅子もデスクもあるんだけど、私は、事務机の前に座ってるみたいでした。私のそばには1人男性が立っていて、もう1人は、別の場所でカメラの前でポーズをとっているみたいでした。私、たまに、デジカメの写真やビデオを見せられている記憶も残るんですよね。びっくりです。
それに、旅行記録?みたいなものも残りました。神奈川県の川崎大師を思い出すんですけど、そこに行った時に、周囲にお店屋さんが並んでいる道を歩きました。そこと似た場所に車椅子で行くんだけど、「これ買ってあげようか?」と見せられた商品を見て、「安い。」と言って、すごくブスッとした顔をして、次は、「もうお家に帰るぅ。」とすさまじく騒ぐ映像記憶でした。音声もあります。
私、変な脳味噌になってから、結構、旅行記録あるんだけど、昨年2月に、東京の浅草寺に行った記憶が残ってから、正直、あまり旅行記録は残らなかったんです。ただ、浅草寺の記憶のあたりから、なんだか、もう1つ残っていて、それが水族館なんだよね。後ろは水槽で、なんだか変な生き物いるんだけど、私興味なくて、やっぱり、「お家に帰るぅ。」なんです。どこでもここでも、「お家に帰るぅ。」ばっかり記憶に残っています。
正直、全うな時もあるので、全うな時に、一緒に旅行に行きましょうよ!!!
と言うのが本音です。何で、脳味噌がおかしい時ばかり、デートしているような記憶とか、車椅子で大騒ぎしている記憶とか、変な記憶ばかり残るように旅行するんですかね???できれば、脳味噌が正常で、全うに自分の足で歩いている時に、一緒に旅行しましょう!!!
最近、だいぶ元気になってきましたが、体力は落ちましたね。正直、今、会社のシフトが夕方多くて、朝の仕事から遠ざかっているので、朝の仕事の肉体労働がなくなったら、やっぱり、たまに朝の仕事入ると、仕事遅いんだよね。夕方は、それほど肉体労働ではないんです。でも、朝の早起きが少なくなって、楽です。朝寝してられるからね。9日連続勤務の朝5時起きと言う時代がありましたが、今は楽になりました。ただ、最終バスが早くなって、退勤時間より前に最終バスがなくなってしまうので、帰宅は歩きになったから、別の体力はついているのかもしれないみたいで、疲れにくくはなりました。でも、肉体労働の体力とはまた違うので、びっくりしています。
先月のお給料、うふふ、フルタイム労働の最後の方に戻りました。びっくりでした。冬の時代が7年が辛いですけど、頑張っていたら、また元に戻れる日が来るかもしれない。と親世代みたいなことを言われて、期待しないで待っていたら、お給料だけ、たまにたくさんもらえるみたいなことが分かりました。まあ、良いこともあるよね。
<謹賀新年>
新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
本日、年賀状が届いて、絶句。(4通?)でした。
私、この日記を読んでくださっている皆様は知ってると思いますが、あまりにも仕事がない生活をしてきたので、「元日に年賀状を書くんだ。」と言っていました。その当時は、元日に年賀状が結構届いていたので、前年のものと合わせて、年賀状を書くのが元日の恒例になっていました。
しかし、びっくりです。私が、元日に届くように年賀状を書き始めると、急に、年賀状が届かなくなり始めました。年々減り続けてきて、まるで、仕事をしていないお年寄りの両親みたいになっています。すごくびっくりしました。これはどういうことなのかな?と、私には分かりませんが、不思議です。みんな忙しくて、仕事が大変なら良いのですがね・・・。
私自身は、仕事を開始すると同時ではなく、ある意味、前の部署から今の部署に部署替えした後くらいから、少しずつメールやハガキや手紙を増やしてきて、不思議と年賀状も元日に届くように出すようになり、みんなと逆になっています。笑えますね。
ただ、考えてみたら、友達と、まるで真逆の人生なんです。友達が就職できても、私が就職できない。と言うのは、特に、団体時代に中国から帰国してからスタートしたわけではありません。「会話が合わない。」と言う理由だけではなく、「フリーターだから、仕事の話をしたくない。」という友達もいるだろうと、徐々に、疎遠になっていきました。ただ、不思議と、私が仕事をするようになると、周囲は、違うのかな?と思う時があるだけです。海外から帰国して、3年後に仕事を開始したので、まあ、いろいろと会話が合わないことはあったと思いますが、それももう過去の話ですね。
今年は、どんな年になるのかな?楽しみです。こんな私ですが、今年もよろしくお願い致します。
<年末>
今年のクリスマスはいかがでしたか?私は、クリスマスケーキをボーナスで購入しようと出かけて、びっくり、目が飛び出しました。ボーナスでもなければ、買えなかったです。たまにの贅沢で、クリスマスショートケーキを買ってきて食べました。生クリームがふんわりしていて、美味しかったです。
それから、「今年の漢字一文字」、京都の清水寺では「熊」だそうですね。なんか、一年というよりは、半年もあったのかな?と言うのが選ばれたみたいで、びっくりしましたが、熊、冬眠しないのかな?確かに、今年はあったかいですね。
私の「今年の漢字一文字」は、「脳」です。
私、11月に入ってから、「脳」に変な「記憶」が残るんです。韓国ドラマ『冬のソナタ』のヨン様が演じた役みたいな「脳」になっています。想像が簡単にできると思います(笑)。
でも、変なのは、「脳の働きか何かの実験?の被験者にされている」と言う「記憶」なんです。会議室のような部屋で、事務机の前の椅子に座って、画用紙を見せられていて、日本語、英語、中国語、絵が出されて、それを答えさせられている記憶が脳に残っているんです。しかも、「くるん」とパソコン画面を見せられて、びっくり仰天、
「大脳が働いてないじゃん!!!」
でした。大脳が灰色に塗られていて、脳の他の部署がピンク色に不気味にてかてか光っているんです。
私、これを見てから、(脳のことは分からないけど、もしかしたら、脳が働いていても、どの部署が働いているのか?によっては、記憶できないのかな?)と思うようになりました。
12月は、さらにひどい記憶がよみがえりました。私、高速道路から降りてきて、毎日買い物に行っているスーパーの前を通りかかり、そのまま遠ざかり、車でどんどん家が遠ざかるのを知って、
「家に帰る。」
と大騒ぎしている記憶なんです。「遠足のバスなら、家が近い順におろしてくれるのに。」とか頭の中で叫んでいます。しかも、車の車窓から見える風景は、暗い夜の始まりで、しかも、若い女性が家路を急いで歩く姿があり、私が家に帰る時に歩く方向と同じだったので、
「何であの人が私じゃないの?」
と叫んで力尽きる記憶でした。車の中には誰が乗っているのか?
「まだ職場で仕事すんだよ。」
と言っている声が聞こえてきました。もう最悪の記憶でした。それで、「脳」にしました。
今年もこんな私でしたが、日記、読んでくださってありがとうございました。来年もよろしくお願いします。あまり日記書かなくてごめんなさい。来年はもう少し書けると良いです。では、良いお年をお迎えくださいませ。
<死?>
11月に入りましたね。最近、なんだか「記憶」が変です。
2011年2月、中華人民共和国の湖北省武漢市で、「若くして死ぬ。」と言われた記憶が、久しぶりによみがえりました。私の脳みそは、どうやら、韓国ドラマ『冬のソナタ』の主人公と同じです。ヨン様ファンなら、誰でも分かる脳味噌ですが、どうも、文章で表現するのは難しいようです。「絵」が得意なら、絵を描いて表現するのになあ。とショックです。
ある日突然、脳味噌によみがえる記憶に、仰天しています。音声はほとんどありませんが、たまに音声が残ることもあるようです。
「結婚式なのに、何でお葬式なの?何で死んじゃうの?」
と言われているのが、ベッドに寝ている私だったりします。
またある時は、誰かの腕の中で息を引き取ったのか?半狂乱にならんばかりに泣いている声が聞こえてきます。体がブルブル震えているようで、(誰?)と思っている私がいます。私の名前を呼んでいるようですが、耳に入ってきた言葉に仰天です。
「何で死んじゃったの?」
私、「ゾンビ」ですかね?死んでも生き返るのでしょうか?私には分かりません。ただ、「若くして死ぬ」とか「長くは生きられない。」と言われたあの日を思い出します。
ただ、一言言わせてもらうと、
「死んだ時の記憶はありません。あしからず。」
です(笑)。
脳味噌は、死んでいる状態の時に、周囲の記憶はしないようです。ただ、「脳死」と言う言葉があるけど、脳が死んでいても心臓は生きている。ならば、心臓は死んでいるけど、脳は生きていて記憶を残す。と言うことはあるんでしょうか?不思議です。
ただ、最近は、ちょっと「元気」になりました。パソコンをやる日も多くなりました。でもまだ、メールチェックだけで終わってしまって、日記には到達できないでいます。寒くなってきたし、パソコンやるには良いので、たまにパソコン立ち上げたら、また日記を書こうと思っています。
<最近の心境>
10月に入って、やっと少し涼しくなりました。最近、パソコンをやりたがるようになったけど、メールチェックしかしてなかったです。保険は相変わらず空っぽの通知しか来ないけど、体が少し変わったのかな?だいぶ楽です。夏は暑くて、パソコンやるのが嫌でしたけどね。
最近、鏡で頭を見ると、うっすらと黄色い塊の面積が広がってきました。(金髪なんて、夢かな?)と思っていたけど、二重まぶたも夢ではないし、最近は、小鼻にかかっていたメガネが、だんだん小鼻から離れてきて、(骨が異動しているのかな?)と変な気分です。頭痛は相変わらずだけど、遺伝子がやることに頭痛あるのかな?と不思議です。髪の毛も洗髪の時にたくさん抜けるけど、金髪になる髪の毛も増えてきたので、気にしないでいます。不思議と、「人種」は、遺伝子がつかさどるみたいで、動物の本能と同じみたいです。ただ、私のルーツを持つらしい「国」は、心理が違うみたいです。勉強して得た知識の外国は、複雑なものがあります。ただ、考えてみると、親は、子供が持つ国のルーツの悪口は言わないで育てるようです。それに、不思議と、教科書に載ってない事柄や言い伝えを知ってたりするようで、びっくりします。不思議ですね(笑)。
でも、髪の毛が金髪になるにつれて、いろんな思いが出てきました。団体時代は、どこか「親方日の丸」の世界だったから、「純日本人」を求めている気がしました。自分も「純日本人」だと思わないと、受験に合格しない気もしていました。何もかもシャットアウトの時代で、「日本国籍以外の外国籍を取得できる可能性があれば、記載してください。」と言う項目、父が願書の誤字脱字チェックで、「外国籍書かなくていいのか?」と言ってきたのを聞いて、「私に外国籍なんてあるの?ないでしょう?」と言ってはねつけました。でも、今は、「目立つ」所に人種アピールが出てきて、隠すにも隠せないでいます。「蒙古斑」は、子供時代だけ、お尻と腰の間に青いあざのような丸いものがあります。でも、それは洋服を着ていると、分かりません。子供の頃の写真に、ヌードがたくさんあるので、見てみましたが、お尻を写した写真は、一枚もありませんでした。巧妙に撮影されていなかったようです。こんな所だったら、まだまだ人種を隠せるでしょうけど、金髪では、隠しようがないです(笑)。
こうなると、この「盗聴器」、難しいです。この「盗聴器」、どこか?「裁判」と言う気がしていました。団体時代の裁判の話が多いしね。病気も散々放送しているけど、裁判も多いです。でも、「人種詐称しているし、人種が白人ではないか?と思ったら、次に来るのは、自分では思ってなくても、「差別」だろうな?」と思います。ある意味、「団体時代の終わりを感じる」と言うのが、私です。ある意味、就職1つ取っても良いですし、会社を例にとっても良いです。(今なら、会社の中で私にだけ、「労働時間2時間で部署異動してほしい。」と言えるだろうか?)と思ってしまいます。2020年2月は、まだ髪の毛も黒髪でした。世の中には、「言いやすい人」と「言いにくい人」がいます。「あの人に言うと、言いなりになってくれる。」と思われると、簡単に言ってくるようになるし、「あの人に言うと、なんだかんだとうるさくてめんどくさい。」となると、言って来なくなります。それも、「差別」を感じない、普通の状態だからです。白人と黒人の世界には、「マイノリティー」と言う差別があります。今度は、日本人でありながら、白人と黄色人種の間に、いろんな感情が沸き起こるでしょう。だから、国際的な組織を名乗りながら、求めるのは、「純日本人」と言う世界からは、私は遠ざかる予感がしています。どんな人でも働いている場所が、私の場所になりそうです。
私、公害病での体の変形を心配していました。でも、今、遺伝子による体の変形を経験しています。不思議です。遺伝子は、ヨーロッパに帰りたがっていたのが、私が小学校時代でしょう。勉強して、黄色人種だと思って生きていこうと思っていた時代は、遺伝子は息をひそめていました。今また遺伝子が活動を始めると、「悩んでる?悩む必要ない。これがあなただよ。私だよ。」と強く語りかけてきて、(心理カウンセラーは必要ないな。)と思いました。これが最近の出来事でした。
<勘>
9月も下旬に入る頃、やっと涼しくなって、朝の出勤の後、シャワーを浴びなくて良い日が、やっと昨日でした。
私、8月下旬に、今年3月から、会社と会社が合体したことによって、新しいメンバーが入ってきて、その中に、高校の同級生がいるような気がして、会社内では、名前も苗字も違うことを利用して、手紙を出してみました。私、「勘」だったんですけど、最初の頃は、不思議と変装しながらもそっくりだった彼女と会っていた気がするんですけど、途中から、一日も会っていない気がしていました。「会わなくなったなあ。」と思ったので、手紙を書いてみたんですけど、やはり、2週間近く経った今週、手紙が「宛所」で戻ってきました。これで二人目です。最初は、2021年度に転勤してきた人で、同級生と分かったのですが、当時は、まだ「変装」を知らなくて、彼女を見かけなくなってから8カ月後くらいに手紙を出しました。もう2022年度に入ってましたが、やはり「宛所」で戻ってきました。もっとも、同窓会名簿しか頼れないので、それ以外の住所は知らなくて、出せません。いくつか別の住所を持っていれば、一斉に同じ内容の手紙を別々の住所に送ることもできるんですけど、あいにく1つしか知らないので、それもできませんでした。
私、高校の同級生は、女子校だったから、全員女性しかいません。ただ、「苗字が違うなら結婚した。」と判断できるんですけど、「名前も違う。」んですよね。姿はそのままなんですけどね。それが困ってしまうんです。それに、正直言うと、「同級生と変装者は違う。」んです。なんとなく、(姿は似ているけど、私が知っている同級生の彼女とは違う。)と思うんです。面白いことに、(他の人は、分からないのかな?)と思います。ただ、他の人で、私が以前から知らない人は、やっぱり、私でも分からないんです。昔のことをいろいろと知っている人じゃないと、「誰さんかな?」と言うこともできないし、「姿は同じでも、誰さんじゃない。」とも言えないです。
私、今回の同級生だけではないんだけど、やっぱり、同じクラスだったりすると、「背丈が違う。」とか「私を見た時の顔の表情が違う。」とか、いろいろあるんです。普通にニコニコして挨拶してくれて、接し方は似ていても、「彼女なら、記憶があるから、私に対しての感情が違うんだよな。」と言うのがあるんです。私と再会したことで、困ったこともあるはずなんです。(何で誰さんがいるの?)と思って顔をしかめたり、逃げようとしたりするのも、同級生の証拠だったりします。昔のイメージは、今の会社の中での私と違ったりもします。だから、必ずしも、顔がニコニコだけでもないんです。じっと見ていると、困ったような顔をしたり、顔をしかめたり、嫌な顔したり、ある意味、「知っているから甘えられる。」と言うこともあります。「知らない人だから、他人行儀。」と言うのもあります。「喧嘩するほど仲が良い。」と言う言葉もある通り、知らないとできない接し方や態度や表情があります。部署や役職の立場、正社員と非正規の立場等、いろんなものが違うから、そうたやすくおしゃべりはしないけど、「顔は口ほどに物を言う。」と言う言葉もあります。難しいです。
人には、「結果論」と言うことしか言えないこともあります。例えば、2020年4月から、私は、部署を変えました。そして、労働時間2時間になりました。他の人から見たら「誰さん(私のこと)、馬鹿みたい。」と思ったかもしれないです。でも、今になったら、「誰さん(私のこと)の方が頭良かったのかな?何か上役とかに言われているのかな?」と思うかもしれません。「自分は損した。」とね。人間って、「勘で動く。」としか言いようがないこともあるから、その時に、「何で部署異動して、労働時間2時間にするの?お給料減るのに?」と言われても、答えられるのは、一言「今の上司が嫌い。」だけなんです。「私のやっている部署の仕事、以前の上司はこうだったのに、今度来た上司はやってくれない。」と言っても、その言葉を聞いて、「それなら自分も逃げる。」と言える人はいないんです。
私、部署異動した理由、その当時の部長が、どうも、「何もやってくれない。」からだったんです。怖いんです。労働時間だけ長く保って、一日中職場内にいても、「仕事の責任は自己責任。」では困ります。これなら、働かない方が得なんです。ある意味、「これもやらなくていい。あれもやらなくていい。」と言われても、それまでやってきた人にとっては、それは辛いことで、嬉しいことではないんです。「ああ、やらなくてよくなったんだ。良かった。」ではないんです。今までやっていた仕事は、継続してやらないとダメなんです。その時、私がその部署を継続しないと知った正社員の同僚達が、「新しい仕事のやり方は、誰さん(私のこと)には教えなくて良い。」と散々大きな声で言ってました。「新しいことを教えない。」と言うのは、「さようなら。」と言う意味だと分かりました。部署異動が決まってからの話だったので、「私に新しいことを教えてくれない。」と言うのは、部署異動するからと知ってました。継続して仕事をする人が、新しい変更点を覚えて仕事をするだけになりました。そして、私は部署異動しました。私、部署異動する前は、「変装して仕事をしている人がいる。」と言う世界を知らなかったんです。だからかな?変装者が毎日違うことを言っていると知ってからと、知らない時代とで差があるんです。当時は、知らなかったので、実は、会社内の同僚達が怖かったんです。今は、「ふん。どうせ同じ姿に見えても、中身違う。別人が毎回前からいる従業員に変装して、仕事しに来るから、前話した内容、分からない人もいるって、もう知ってるよ。」なんです。前の部署の時は、あいにく、知っている人がいなくて、分かるチャンスがなくて、「気持ち悪い。」だけだったんです。今は知ってるから、怖いとも気持ち悪いとも思わなくなって、淡々と仕事できるようになりました。秋になりました。
<夏休み>
本日、5500件目の日記です。ご無沙汰しています。夏休み、冷夏かな?と思っていたら、お盆まではなんとか涼しい日があって、クーラーもろくに使わないで来ましたが、残暑が厳しくなって、クーラーの中に閉じこもる日が多くなっていました。
8月から、会社の仕事の仕方が元に戻り、なんとかホッとしていましたが、私の下に新人さんが入ってきて、(私、会社辞める気はないけどな?)と不安になりました。ただ、先輩よりは、後輩の方が気が楽な部分もあるので、過去はあまり気にしないことにしました。私、後輩が入ってくると、自分が仕事を追われたり、部署を追われたり、会社を追われたり、あまり良いことなかったので、不安になります。
夏休み、今年のお盆は、お墓参りに行ってきました。数年くらい前までは、どこか体調が悪くて、「行かない。」と返事して、犬と留守番していたりしましたが、なんとか体調が良くなったのか?体力が戻ってきたのか?疲れやすさとかがなくなりました。でもま、家にいると、暇な一日、寝てばかりいるので、同じでしょうけどね。頭痛がない分、楽な日も多くなりました。
今年は、暑中見舞いを7月中に全部出してしまったので、ホッと一息ついていましたが、一番、返事が少ない年でびっくりしました。今まで、暑中見舞いを出すと、あっという間に何通か一辺に返事が来て、(あら、またお手紙出さないと。)と思っていたのですが、今回は、珍しく、長々と手紙を書かない時期がありました。またお手紙が届くようになって、返事を書いていましたが、(今年は、残暑見舞いにすれば良かったなあ。)と思うほど、残暑の方がきつい年になりました。
犬は、昨年10月に皮膚癌で手術して、今年の夏も心配していましたが、元気です。クーラーの中が気に入って、自分からクーラーの部屋に入りたがったりしてくれて、助かっています。一番ホッとしたのは、いつも買ってきている大きさのドッグフードが売ってなかったので、やたらと大きなサイズの袋のドッグフードを買ってきたのですが、「これ、全部なくなるまで、生きてくれるかな?」と心配でした。半年くらい食べてましたが、昨日かな?一昨日だったかな?ようやっと新しいドッグフードになりました。今度は、10歳以上になりました。もう我が家に来てから、10年。どんどん年取るから、つらくなることもありますが、元気で頑張って生きています。
滅多に書かない日記で、申し訳ないですが、今後もよろしくお願いします。涼しくなったら、書こうと思ってますが、いつもダメです。がん保険が空っぽになっているのに気が付く数か月前から、なんだかパソコンがおっくうになってきていて、日記が滞りがちになってます。すみません。
<全員集合?>
今年の夏は、今の所、なんとか涼しくて助かっています。ただ、体中がかゆくて、それだけがなんともね。左腕、両親には、「アセモをかいているうちに悪化させた。」と言ってるけど、実際見た目は、まるで、テロ攻撃を受けた後みたいな、変な腕です。サイバーテロみたいな、映画になっています。
昨年一年間、課長職がおかしかったのですが、今年はさらに悪化しています。非正規で入ってきて、数週間で課長になったので、「成り上がり課長」と呼んでましたが、変装は知ってました。顔も変装なら、体も変装している日がありました。ただ、今年は、どうも「素顔?」と思っています。ある意味、昨年の「成り上がり課長」の名前を使って、今度は素顔の人が変装なしで偽名を使っている気がするんですよね。去年の変装後の姿を持った人物を知っていて変装して、翌年は、本物のその姿の人が入ってくる。みたいなイメージです。
実は、この「盗聴器」も加味しますが、大学院時代の話です。学会です。正直、北海道で行われた学会の時に会ったのが、昨年の成り上がり課長と2019年度の局長兼部長だったんです。でも、今年、成り上がり課長が昨年変装した姿の本当の姿の人が入ってきて、また「盗聴器」が変わったんですよね。ただ、やっぱり学会なんです。
私、北海道の学会の懇親会で、開催の挨拶をしている上の人がいたので、前に前に出て行ったんです。そしたら、後ろから急についてきた男性がいて、話しかけられたんです。私、挨拶の言葉聞いてたし、「理系がいるの?」と言う頭ももたげたので、後ろからついてきた男性、あまり気に留めなかったんです。ただ、今年、この「盗聴器」と、課長の姿を見ていると、(あれ?これなら、普通かな?変装してないかな?)と思ったりするんです。それに、その学会の懇親会の時に、私に話しかけながら、後ろからついてきた人に似ている気もします。
ただ、「背丈が違う」んです。実は、何人も同じ顔なんだけど、背丈が全部違うんです。成り上がり課長は、私より背が高いんです。それよりも低いけど、私よりも背が少しだけ高い人もいます。そうかと思うと、(あれ?私より背が低いかな?どっこいどっこい?でも素顔だよな?顔に何も付けてない気がする。)と思ったりします。それに、「汗」もあるんです。実は、額に汗をかいていたり、顔が汗で赤くなっていたり、いろいろと夏になって、症状が出てきたんです。被り物していたら、「汗」って、ちょっと違和感あるんですよね。だから、「素顔かな?」と思っているんです。
おそらく、何人かが交代で課長職やってるんだと思います。その中に、去年、課長役だった人が変装していた姿の人が数人隠れているんだと思います。声も、低い人もいれば、太い人もいれば、ちょっと金属音入ってる感じの人もいれば、針金音みたいな人もいて、様々なんです。背丈もいろんな高さいるけど、声もいろんな人いて、みんな「真似」しているみたいなんです。しゃべり方とか、行動とか、歩き方とかね。でも、「汗」を見ていると、(素顔かな?)なんです。
私、北海道の学会の懇親会の席で、1つ違和感があったんです。成り上がり課長は、本名で挨拶しに来てくれた人でしたが、実は、彼とほぼ背丈が同じくらいで、似たり寄ったりの体格の人数がすさまじく多かったんです。変装、楽勝だと思います(笑)。不思議と、私が、一度だけ受けた教員採用試験会場もそうなんです。教員を受験する人達って、不思議と体格が似たり寄ったりなんです。みんな同じ顔に見えて、印象に残らないんです。この「盗聴器」で、「同僚の誰さんが、あなた(私のこと)と同じ日に教員採用試験を受けて、集団面接が同じだった。」と言われても、「あの人の体格と顔なら、何人も似たのがいるよ。」なんです。ただ、やたらと太っていて、すごく体格が大きい男女が3人くらいいて、その人のことは良く覚えているんです。ジロジロ見ていたりするし、みんなちらちらと、悪いと思いながらも見てしまうからなんです。逆に、北海道の学会の懇親会の時に、ひときわ背が高かったのが、2019年度の局長兼部長だった人なんです。「今日は、理系の皆さんにも来ていただいています。」と挨拶の人がマイクで言ったら、理系の人達が一斉に後ろを振り向いて、頭を下げたんですけど、私の真正面くらいにいたのが、その人でした。ちょっと体格違って見えるくらい背が高かったんですよね。まあ、いろいろですね。面白いです。でも、何で大学院時代の人達が、勢ぞろいしているんですかね?こんな田舎なのに???不思議です。
<新しい仕事は?>
7月ですね。仕事、また新しい仕事のやり方に変わったんだけど、複雑化するのではなく、簡略化したものだから、簡単に終われると思ったら、逆に、超勤で大儲け(笑)。
人間って、正直、得意不得意があるんだよね。私は、たぶん、得意不得意が他の人と違うんだと思います。電話をやっていた時も、他の人は苦手だったんだと思いますが、私は、逆に、嬉しくてね。電話がじゃんじゃん鳴るから、活気もあって、楽しかったです。シュレッダーもそうです。他の人はやりたがらないんだと思うけど、私は、無心になれるし、大量にあるから好きでした。今もそんな感じなのかな?
私、荷物の積み替え作業をしているんですけど、なんか、形も大きさも違う荷物が積み重なっているパレットからおろして、また違うパレットに積み上げるんだけど、なんか、「下手くそ」なんだよね。でも、重さも違うから、一度置いてしまうと、動かすのが大変で、(めんどくさい。)なんです。たぶん、そういうのは、ほとんど歩かないで作業するし、他の人にとっては、理想的なんだと思います。動かないで、その場所に立って仕事できるからね。でも、私、それをやると、疲れるというよりも、体がおかしくなるから、前は結構大きく歩いていたんです。大量に汗をかくのが、実は、1つのところにずっと立って仕事している時が一番ひどいんです。歩き回ると、風が起きるのかな?少し涼しかったり、汗が乾いたりして、逆に気持ち良かったんです。まあ、人それぞれだね。私の動きを見ていると、他の人は、「無駄な動きが多い。」とか思うんでしょうね。私は、むしろ、今の仕事の仕方の方が、大変です。力仕事だし、背もそんなに高くないから、上に積み上げるのが大変だしね。まあ、いいです。
今日は、母が畑から帰ってくるのと、私の犬の散歩から帰ってくるのが、ほとんど同時だった上に、暑くなってきたので、夕方遅くなってから犬の散歩に行くので、全体的に遅くなって、夜は涼しいので、パソコンやりにきました。昼間はなんとなく暑くて、嫌でした。
ただ・・・日記、すごく滞ってますね。私にとっては、一カ月、早いんですけどね。仕方ないです。暑い夏、犬が心配です。去年10月に手術しているから、余計にね。ただ、散歩は頑張ってます。
<めくるめく思い>
また6月になりました。世の中は、東日本大震災から14年を数えていますが、私は、中国から帰国して14年を数えています。ちょうど同じ数字だから、覚えているのかもしれませんがね。
先月、同窓会の出欠ハガキの受取人を経験して、ふと団体時代を思い出しました。(人間って、同じ学校出身だと思うと、喜んでしゃべるよなあ?)と思いました。ただ、(違う学校名が2つ出てくると、やっぱり、しゃべりたくないのは、お互い様かな?)とも思いました。団体時代に、1人の人から2つ以上の大学名を聞いた人は、少ないです。実際は、2人しかいなくて、同期だけです。でも、同期じゃない人の中には、1人の人間で「4大卒」と言う話と「短大卒」と言う話を聞いたことがある人もいます。ただ、私達就職難世代は、この「盗聴器」で話しているみたいに、簡単に、「架空大学」とは思わないんです。困ったことに、「編入試験を受けて」と言う人もいれば、「事情があって、再受験だった。」と言う人もいます。中には、「2つ学校名が出てきても、1つは卒業してないよ。」と言う人もいます。「1つ卒業してから編入したから、大学は2つ卒業しているよ。」と言う人もいます。それに、年数も違います。「最初の大学は1年しか行ってないんだ。1年の時に別の大学を受験したら合格して、そっちに行って、全部で5年しかかかってない。一浪した人と同じだよ。だから、正社員になれた。」と言われる可能性もあります。人によって、どの年齢の時に次の大学に入ることができたか?によっては、スムーズに正社員就職できていることもあります。それに、(この大学を出ているなら、同じ大学だよな。でも、こっちの名前の大学だったら、違うわ。私が出た大学は中退している人だ。)となります。だから、難しいんです。
私の時代は、「就職難」と一言で言っているけど、会社企業の断り方に、こんなのもあったんです。「世の中不景気で、雇ってあげたくても、雇ってあげられないんだ。もう少し景気が良くなったら、求人出そうと思ってるし、雇ってあげられるかもしれないけど。」と言うのがあるんです。そうなると、「年数稼ぎが欲しい。」んです。ある意味、大学を卒業した後、ただバイトしながら家にいるとか、ただ家にいるだけと言うよりも、学籍を持って学校で学びながら、次の好景気を待って、卒業年度に就職活動するから、その時代に好景気ならいいな?と言うのもあったんです。だから、平気で、年数を稼ごうとしたんです。ただ、次の就職活動で、「ない」と言うのを知らなかったんです。この考え方の裏には、「団塊の世代」が影響していました。「団塊の世代は、学校を卒業する時に、就職できなかった人達だったんだけど、不思議と、2、3年くらい過ぎたら、急に会社企業が人を欲しがるようになって、正社員就職が可能になった。年齢なんて関係なかったよ。何歳になってても、人を欲しいと思う時は、平気で雇うから、あんた達も、学校とかにもぐって、次の就職活動を狙った方がいいかもしれない。」と言ってました。そういう背景があって、異なる大学名を2つ3つもっている人がいても、不思議ではない背景がありました。
私の地元は、他と違っていると思います。トップ校出身者が、大学を出ても、不思議と就職できなかったんです。それで、高校名によっては、「大学2つ書いてある。これ、あの高校出身者にはよくあるんだよな。」と言って、「信じる」んです。これを「架空」と思わないんです。「あの高校出てる人達って、大学受験しても合格しないから、平気で毎年受験したり、周囲も大学受験を毎年やらせるのを奨励したりしてて、本当の話だと思う。嘘の履歴書ではないんじゃないか?」と分かっているんです。都会は分かりませんが、地元は、親達も先生達も、どこか「大学受験を毎年やるのを奨励している」んです。だから、困ったことに、履歴書を見て、「これ、信じる。おかしいと思わない。嫌だ。」なんです。
私自身、異なる大学名が2つ出てくるのが本当の履歴書で、その時代に大学名以外を書こうとすると、会社名を必死で探さないといけないので、めんどくさいものがあります。ある意味、「詐称する方がめんどくさい」んです。それに、無職時代も6年もあります。無職を有職時代に詐称しようとしても、「会社名が分からない。」と言う状態で、やりたくないんです。それに、田舎だと、魅力的で、どうしても合格したい会社企業なんて1つもない場合もあります。「本物の履歴書を書いて落とすなら、落ちた方が良いな。」と思って、本当の履歴書しか書かない人もいます。それが分からない人もいるのかもしれません。「自分は、どうしてもこの会社に入りたかったから、架空の履歴書を書いた。」と言う人にとっては、私の気持ちは分からないと思います。「こんな会社、どうせなら不合格がいいな。」と言う会社もあるんです。そうなると、嘘を書きたくないんです。
ただ、職歴は、大阪時代から知ってましたが、「職歴欄と資格欄は、いろいろある。」んです。「この会社に入社するには、日本語教師資格はいらない。むしろ、書くと都合が悪い。」と書かないこともあります。「教員免許は、持っていても、会社企業を受ける時は、書かない方が有利。」と言う話は、教員採用試験会場でも耳にできるくらい、有名です。講師採用されていた人を雇いたくないのが会社企業と、誰もが知ってるからです。それに、「ボランティアの経歴は、履歴書に書かない方が良い。落とされる原因になる。」と言う話もあります。だから、「日本語教師ボランティア」と書かないと行けないところを、「棒国際交流協会」とだけ書いて履歴書を提出します。業務委託も同じです。「外務省」と書くところ、「外務省と書いたら、こういう良い所で働いてきた人には、別の会社の方が良いんじゃないかな?」と言って落とされるかもしれないから、一般社団法人の実際に仕事をしていた職場を書く。」と言うのがあります。いろいろと変更されてきて、「履歴書の書き方1つ変えれば、合格につながる作戦。」と言うのがあります。それでいて、「不正にならない。」んです。理由は、「この人は、本当のことを書いた履歴書では、絶対に合格できないから。」なんです。難しいですね。「仕事がない時代に、就職活動中と書くと、落とされるなら、行を抜かせば良い。」とかね。「ただし、面接で、「この時期は何をしていたんですか?書いてないけど?」と聞かれたら、素直に、「就職活動中でした。」と言わないとダメ。」と言うのがあります。難しいです。ふと昔を思い出しました。
<今月の話ダイジェスト>
今月は、もう下旬になってしまいましたね。前半は頭痛がひどくて、後半から、同窓会の出欠ハガキの受取人を引き受けて、楽しみにハガキが配達されるのを待っていました。
ただ、私、ちょっとびっくりしました。ストレスになるので、ここにだけ書いておきます。
私、最初に同窓会の会長さんに会った時に、「300人以上、良くわからない人達がいるんです。大学に在籍を確認すると、在籍はしているんだけど、卒業が分からない人もいれば、その在籍さえも怪しい人がいるんですよ。」と言われたんです。それ以来、なんか、変な気分なんです。
私、高校生の時、実は、大阪にいた時に通っていた大学、知らなかったんです。高校3年生の時に、「模擬試験の名前」を見て、先生が生徒に質問したら、誰も分からなくて、びっくりして、「高校3年生でこの大学名分からない?」となったんです。ある意味、受験生、少ないんですよね。それに、卒業生となると、(この県にそんなにいるのかな?)なんです。会長さんに話しを聞いても、(不思議。そんなにたくさん地元にあの大学の卒業生いるなら、何で噂にならないんだろう?)なんです。だから、びっくりなんです。
同窓会の出欠ハガキの受取人はしていましたが、(この人って、こんな大学に行った人かな?)とか思うんです。ただ、同窓会の会長には、「知っている人は、1人くらいしかいなかった。ただ、顔や姿は知らないです。名前に記憶があるだけ。部活動か何かやってなかったですかね?荷物に大きく名前書いてあるのを見た気がするだけです。」と答えておきました。そしたら、別の冊子を見せてくれて、卒業年度が分かって、「これなら、私と同時期ですね。」と言っただけなんです。ただ、姿の写真を見ても、分からなかったんです。
困ったのは、他の人の名前と住所でした。(こんなところに、この大学に通った人、いたの?)でした。外から入ってきた人にしては、名前に記憶があったりして、なんとなく嫌な思いがしたんです。(昔から地元にいた人で、高卒の気がするんだけど?)なんです。母なんて、ハガキが来たら、早速電話帳で調べたりしてました。知ってるみたいでした。それに、会長さんが持ってきた名簿を、郵便物を渡した日に、一緒に眺めたんですけど、(こんなにこの大学卒業した人、いないはずだな?)でした。ある意味、「大学に在籍していて、大阪にはいたんだけど、卒業できなかった。」とか「他の都道府県出身で、仕事でこっちに来た。」とかならいいんだけど、どう見ても、(この地元に生まれ育って、地元から外に出たことない人のような気がするんだけど?)でした。
それに、もう1つ不思議だったのは、(若いのに、病弱な人が多いのかな?)でした。会長さんが電話をかけているそばでいろいろ聞いていたんだけど、ほとんどの人の欠席理由が、「体調が悪い。」だったんです。私のように、中華人民共和国とかで働かざるを得なくて、その時にいろんな変な病気もらってきているなら話は別なんだけど、そんなに多くの人が病弱なんですかね?「仕事が忙しい。」と言う理由がないのが不思議だったんです。ある意味、大学を出た男性なら、仕事を持っていたりして、「仕事が忙しいんです。すみません。」ならいいんですけど、まるで私に真似したように、「体調が悪いんです。」だったんです。なんかびっくりでした。年取った人なら話は分かりますけど、私よりも若いので、(え?)だったんです。
なんか、いろんな意味で、当日だけ関わっているのと違うので、薄気味悪いですね。ただ、郵便物が一通も届かないうちに、私自身の欠席は表明したので、ホッとしたんですけど、そうでなければ、「出欠ハガキを見ていて、気持ち悪い、薄気味悪いから、欠席します。」が理由になります(笑)。どう見てもおかしい気がして、嫌だったんです。
なんか、やっぱり、最初に聞いたのが、耳に残ってるんですよね。「300人以上名簿に名前を載せていて、卒業生だと言ってるけど、調べてみると、どうも違うんだよね。」と言うのがね。「在籍していた記録が大学にあるならいいんだけど、それさえもない人がいる。」と言うのがね。まあ、いろいろ知ってしまうと、いろいろありますね。生まれてから成人するまでずっと住んできた場所なので、適当に答えておくしかないです。「知っている人はいるみたいだけど、同姓同名の別人かな?」です。仕方ないですね。でも、良い経験になりました。たまには、同窓会の出欠ハガキの受取人も良いですね。少し世界が広がりました。話を聞くだけではダメなものもあります。これが5月中でした。
<ゴールデンウィーク>
今年のゴールデンウィークは、大阪関西万博があるにもかかわらず、寂しそうだな?と思っていたら、弟が「11連休」と言ってきて、絶句。
3月から会社の支店と支店が合体して、やっと少し慣れたところで、ゴールデンウィークです。ゴールデンウィーク前は、かなり仕事量が多い日もあったけど、昨日は大したことなくて、ほっとしました。最近、体がすごく重いです。今朝は、体がすごく熱くて目覚めてしまって、それから眠れないまま朝になって、足が痛くて、歩くのが大変でした。3月は、超勤料金で稼ぎました。超勤料金だけで9000円以上、すごいでしょう?びっくりです。会社は、スキルアップ制度やってて、時給アップが臨めるから、嬉しいけど、時給が上がると、超勤したがるんだよね。でも、私、ずっと一番下だったから、定時で帰るのが習慣でした。先輩達は、びっくりして、嫌がってた人もいたけどね。それに、もう少し言うと、非正規という枠組みの中で仕事しているから、「正社員はもっと稼げるんだから、長時間働いてお金もらって何が悪い?」と言うのは、ないんだよね。非正規は非正規で限度額あるから、それを超えると、違法になるんだよね。それくらいは知ってたけど、人間関係考えると、「まあ、先輩になったら、超勤もいいか?」でした。単純です。
私、3月下旬から髪の毛がどんどん金髪になっているみたいだけど、びっくり。両耳の横髪は、不思議と黒髪が多いみたいで、後ろが少し金色が多いみたいですが、どちらかと言うと、黒っぽいです。でも、頭の後ろが、黄色に見える日もあって、びっくりします。ただ、午前中は、銀髪や白髪に見えても、午後は金髪になる日もあれば、逆の日もあります。横髪は、不思議と黒髪が多いみたいです。私、金髪、不思議と、抜こうと思わないです(笑)。ただ、今までなかった「カール」が入ってきて、毛が太かったのに、細くなって、ちょっと前と違うんですよね。手触りも違うし、髪の毛を洗った時の様子も違うんです。なんかこう、頼りないというか、ふにゃふにゃです。黒髪の「バサッ」と言うのがないです。
私、人種調査、たぶんだけど、「3回」はやったことあります。大阪に行った直後、大学の入学式のすぐ後だと思います。それが最初です。その後は、団体の面接試験の待合室でやったと思います。最後は、団体の訓練中にやったんだと思います。ただ、すべて「黄色人種」で提出しています。それに、「こんな調査、何するの?」とか「黄色人種じゃない人って、いるの?」と、不思議でした。何の意味もない調査、そんな気がしていました。
この「盗聴器」、1つだけ不思議です。人間は、「比較されたくない。」と言うのが本当なのに、「しゃべってくれない。」と言われます。正直、詐称したのは、別の場所で、今の会社ではないので、しゃべらないです。前の会社では、他の会社の仕事と比較しただけで、すさまじく怒られたし、今の会社は、過去のことを聞きたがらないです。ずっとそうだったので、しゃべらないです。それに、「友達に会いたい。」と言うのは、もうないです。私が子供の頃、母が、同窓会の案内が来ると、こう言ってました。「ずっと会ってないと、お腹が出っ張っている。」「太って恥ずかしい。」「体型がゆがんだ。」「おっぱいのハリがなくなった。」「頭がハゲてしまった。」とか、女性もそうだけど、男性も、会うのを嫌がるんだそうです。私も、似たようなものです。それに、めんどくさいです。もう一つは、「扶養手当」です。シフト見ると、私、誰かの扶養手当に入っているみたいなシフトを一年前から作られています。そうすると、「何で扶養手当なんて入るの?」と言う声が「盗聴器」から聞こえてくるけど、私、生前の祖母から、「一カ月に30万円取れるなら、扶養手当には入らなくていいよ。でも、それができないなら、扶養手当に入って、仕事は縮小した方が、たくさんお金もらえるよ。」と言われていたんです。それに、「出世できる環境にいるなら、上に行って、下を見るのも必要だから、扶養手当は、出世する人になったら、もらわない方がいいよ。」でした。まあ、子供の頃に聞いた話だから、今は、「一カ月に30万円ではなくなっているかもしれない」けど、今の人達の正社員のお給料分からないからね。
最近、体がだるいです。パソコンもあまりやらなくなりました。でも、たまにパソコン立ち上げて、ネットやって、体調が良ければ、日記書きますね。ゴールデンウィーク、楽しんでくださいね。
<外国人の血?>
4月スタートで、会社が支店と支店が合体したので、仕事量が増えて、へとへとくたくたです。今朝も汗びっしょりです。
最近、自分の髪の毛の色が変わったことで、今まで外国人の話を書いてきたけど、ちょっと心境が違うんです。正直、この「盗聴器」で、私の団体の同期達は、全員に近いくらい、「日本国籍以外の国籍を持てる人達」と放送されていて、数年前からびっくりしていたんです。団体の受験の時に、「日本国籍以外の国籍を持つことができる人は、記載してください。」と言う項目があって、「ここは記載しなくていいのか?」と聞いてきたのは、実は、父だったんです。誤字脱字チェックを頼んでいたので、父が気づいたんだけど、「私に他の国籍があるの?私は日本国籍しか持ってないよ。」と言ったら、「あ、そうか。それなら、まあ、いいか。」と言って、終わったんです。ただ、それ、確か、一回目の受験だけで、2回目と3回目の受験の時は、そういう項目、消えていたと思います。
私、団体の同期達12名の中で、実は、当時、「外国人ではないか?」と疑ったのは、「2人」だったんです。1人は、山東省派遣の人で、京都大学出身と言われていた人でした。苗字が漢字一文字で、中国語を熱心に勉強していて、まあ、漢字一文字の日本人の苗字って、たくさんあるけど、やっぱり、「中国に行きたい。」と言うのが心に引っ掛かって、「もしかして、中国人なの?」と聞いたことがあったんです。そしたら、「違うよ。単に、漢字一文字の苗字と言うだけの日本人だよ。」と言われて、「あ、そうなんだ。なんか、中国人の血を引いた家族なのかな?と思ったから、聞いてみたんだ。」と言う状態でした。もう1人は、寧夏回族自治区に派遣された同期でした。実は、一度も彼女に聞いたことはなかったんですけど、子供の頃、京都に行くと、大勢の外国人を見かけたんです。両親は、それを見ると、「韓国人かな?顔がなんか韓国みたいだよな?それに、言葉が分からない。ヨーロッパは、英語以外にも、映画が多かったから、なんとなく、フランス語かな?イタリア語かな?とか分かるんだけど、どうも、中国語とか韓国語の気がするんだよな。」と言ってたんです。その中でも、「韓国人の顔」と言うのがあったんです。それで、実は、彼女のことを、(韓国人かな?)と思っていたんです。
ただ、帰国してから13年が過ぎた去年、同期の看護師の1人が、どうも女優の宮崎あおいさんと分かってから、(それなら、1人は、確実に、タイ人の血を引いている。)と思ったんです。それから急に、(もしかして、この「盗聴器」正しいのかな?私も、子供の頃、一度だけだけど、おばあちゃんから、「あんたには、生まれつき蒙古斑がない。」と言われていた。そうなると、他の同期達も、同じか?)と思ったんです。つまり、私達の同期達は、外国籍を持つことが可能な、外国人の血を引く一族の子供が多く参加していたのでは?と言うことだったんです。
会社に入ってから、今の会社だと、今年の10月で10年になります。会社って、不思議と、「似たような苗字、名前の人ばかり雇う。」とか、「集団特性」が見られるんです。つまり、似ているのが名前でも何でもいいんですけど、とにかく、「同じ集団に属している人達は、不思議と同じ要素を持っている人達で構成されている。」と思ったんです。「この集団には、こういう集団特性が見られる=団体の私の同期達は、もしかしたら、外国籍を持てる人達で構成されていたのかもしれない。」と言う感じだったんです。
実は、団体時代に、外国人の血を引いている可能性とか、外国籍を持てる可能性がある、と言うのは、会話としては、もう合格しているからどうでも良いかもしれないけど、受験が終わって合格するまでは、「純日本人」と思っていたかったと言うのが本音でした。そうじゃないと、不合格になると思っていたんです。
でも、帰国後は、難しいんです。会話した内容を吟味して、この「盗聴器」を信じると、例えば、「誰さんは、一番年下で、教科書問題が起きた後で、世界史とかいろいろ変更になった後だから、きっと、盧溝橋に研修に行って、日本人が中国人にやったことを知って、涙を流して泣いたんだね。私達の時代は、まだ教科書に載ってたから、免疫があったのかな?涙出なかったけどね。」と言っていた会話があるのですが、困ったことに、彼女の家系が「中国人」だとしたら、困ったことに、こうなります。「中国人の一族だったことと日本が教科書問題の後に高校生とかになった子だから、盧溝橋とか知らなくて、日本人と中国人の血を引いているがために、その狭間で泣いたのかもしれないね。日本人って、中国人にこういうことをやったと言われても、日本人の血も、中国人の血も、両方引いているのが私なんだ。とね。」となったりするんです。つまり、意味合いが違ってくるんです。あの時の涙の意味が違うんです。不思議と、私達、中国に入ってからは、一度も、「あなたは、外国人の血を引いているの?」と聞いたことがなかったんです。日本にいる間に、たった1人だけ、「あなたは、中国人なの?」と聞いた同期がいたのが、私でした。ただ、私がいない場所で、こういう会話がなされていたかもしれないけど、それは分からないので、あくまでも、私がいた場所では、こういう「あなたには、外国人の血が入っているの?何人?」と言うような会話はなかったんです。私も、一度もしたことなかったんです。
それに、中国青海省では、韓国人のクラスメートが、「僕には、生まれた時から蒙古斑がない。」と言っていて、「どうして?黄色人種なのに、蒙古斑がないなんて、おかしいよ。」と言った会話をしました。今、「ごめんね。私も、おばあちゃんから、生まれた時から蒙古斑がない。と言われてたの、あの日あの時、青海省では、忘れていた。あなたは、人種何?」と聞いてみたいです。彼に、「白人みたいに白い肌で綺麗だよ。」と言ったら、「白人?冗談じゃない。あんな生っ白い肌、大嫌いだ。もっと黒い方がいい。男だから、黒い方が男らしい。」と言ったのが、中国青海省時代の彼でした。ただ、私から見ると、私よりもはるかに肌が白くて、体毛もほとんどなくて、うらやましかったんだよね。私の方が男みたいで、彼の方が女みたいだったんです。それくらい、体の色や体毛は、正反対の「生まれつき蒙古斑がない人同士」だったんです。びっくりだよね。また彼に会いたいです。
<金髪の子供は欲しかったですが?>
新年度スタートですね。
私、やっぱり、変、です。3月下旬くらい、先々週くらいから、私の髪の毛の色、変色しています。
数年前から、抜け毛、とても気にしていました。美容室にも相談していました。髪の毛を洗っている時に、大量の髪の毛が抜けるので、「ハゲるのではないか?」と心配していました。
数週間前、母が私に言いました。「あんたも、年取ったね。髪の毛が白髪になってきた。白髪多いね。」とね。私は、(父に似たんだから、将来は白髪だと思っていたよ。)と、どうでも良く応対しました。(ハゲるよりまし!)とね。
でも、先々週くらいから、白髪の中に、黄色い色素が入りこんできて、最初は、(何この黄色?薄い黄色、気持ち悪い。)だったのですが、その黄色い色素がキラキラ光り輝き出してびっくり、(金髪?)。
私の髪の毛、まるで理科の実験で使う「試験管」に、黄色い色素を流し込んで、しばらく時間が経つと、金色に輝く「金髪」になるみたいなんです。どうなってるのかな?
私、白髪が光に反応して、「銀色」に輝いている時は、「無視」していました。「銀髪」と思ったことは、一度もないです。ただ、さすがに、「黄色」って、白髪とは違うんんですよね・・・(苦笑)
私、祖母が、自分があの世に行ってからのことを考えて、「あんたには、生まれた時から蒙古斑がない。」とか「母方は、秋田の血を引いているから、家に白人が生まれても不思議じゃないからね。」とか、父が、「お父さんのおじさんに会いに行く。」と言った時には、不思議と、私より少し年上の男の子が一緒で、その子が白人だと分かったりして、(あれ?)と言うのはあったけど、小学校の時のことは、すっかり忘れて大人になって、大阪や東京や、今では数年前から地元で何度も見かけている男性になったけど、それでも最初は誰だか分からなくて、やっと本名思い出して、そしたら・・・本名思い出してわずか数か月後には、私の髪の毛が、金髪?
人生、生きていると、面白いです。免疫をつけたのは、どちらかと言うと今は亡き一緒に住んでいた母方の祖母と、父ですが、ううん、今では、隠さなくても、私よりも他の人の方が、私の髪の毛を不気味に思っていることでしょう。うむ。信じられない!!!私、もう何歳なんだけど???
<手紙の話>
春休みに入って、母が弟のところに行きました。甥っ子がまだ小学生で離婚したので、長期休暇に入ると、母が出かけていきます。母は、田舎から少し都会に行くので、甥っ子は逆に我が家に来たがらないのが分かります。これが逆だと面白いんだけどね(笑)。
話は変わりますが、私が、最初に「手紙を書いて欲しい。」と言われたのは、実は、「盗聴器」なんです。「手紙を書いて欲しいんや。」と言う声です。声の持ち主は知ってます。困ったことに、当時は、(何で手紙なんて書くの?)だったんです。2018年の夏に、会社から救急車で運ばれて緊急入院した後、しばらくたってから、急に「盗聴器」で言われ出したんです。
でも、それが、2020年以降、急に具体化するんです。ただし、「盗聴器」なんです。
「俺、「新聞部」と「ドイツ語」だけ、手紙に書いてくれればいいから。」
となりました。ただ、本人に面と向かって言われたこともないし、「盗聴器」からしか聞いたことがありません。ただ、こちらもやっぱり、声の持ち主を知っています。
そして、もう1人、これが厄介なことに、昨年春から夏にかけて始まったんです。
「自分とは、26000日以上一緒にいた。だから、毎日手紙かメールを書いて欲しい。何か書けば、自分の名前が出てくるから。」
とまあ、こちらはさらにびっくりするような状態です。(26000日以上一緒にいた?いつ?どこで?私は知らないよ。)だったのですが、やはり、声の持ち主は、知っています。ただし、やっぱり、「盗聴器」だけなんです。
私、小さい時に、「裁判で使ってもらえるのは、広告の切れ端でも何でもいいから、とにかく、「直筆のみ」だからね。「直筆」しか、相手にされないからね。」と言われて育ちました。これは、「遺書」の話をしていた時でした。だから、裁判をやる人が、直筆の手紙を欲しがるのは、なんとなく分かります。
ただ、「手紙を書いて欲しい。」と頼んできたのは、男性3人だけです。それもすべて「盗聴器」です。だから、誰にも、手紙を書くように頼まれていることを言えないでいます。この日記に書いておこうと思います。
でも、1つだけ、別の話があります。「盗聴器」では散々聞かされましたが、まさか?現実に話しをしてもらえるとは思っていなかったことがありました。それが、大阪時代の話です。
「県内の同窓会には、この名簿に載っている他に、約300人以上の人達が登録してきたんだけど、実際に調べてみたら、大学に在籍しているみたいなんだけど、卒業が分からないんです。」
と言う話でした。聞いた時は、(え?)と思いました。ただ、あれから2年くらいでしょうか?少しずつ思い出すたびに、同窓会に手紙を書いて送ったり、恩師に手紙を書いたりしています。こういうのは、ある意味、「何か気が付いたことがあったら、連絡してほしい。」と言う気持ちが込められたお話だと思ったからです。人間は、当時知りえたことでも、心に蓋をして生きてくることがあります。それに、「吹聴?それとも、詐称?」と思うこともあります。どっちだか?分からない話を耳にすることもあります。そういうのが参考になればなあ?と思って、たまに筆をとっています。
団体時代は、おそらく、団体時代の同期と思われる、女優の宮崎あおいさんがきっかけで、裁判やっていると、初めて、「盗聴器」とは別に、実感したんだと思います。ただ、正直言うと、たった2年間だったし、半年に一度団体仲間に会う程度だったし、事務員ではないので、深いことは何一つ分からないんです。まあ、気づいたことがあれば、何かきっかけを作っては、メールや手紙を出すようにしていました。「公害病」でも良かったし、「親知らずの抜歯」でも良かったんです。
そして、「盗聴器」で頼まれた「新聞部」と「ドイツ語」は、私も「新聞」は何かと縁があって、書くことがあったんですけど、「ドイツ語」って、書くことないのが現実です。「中国語」なら、中国に行ったので、書くことがあるんですけどね。「ドイツ語」って、書くことないですね。それに、「盗聴器」聞いてると、(確かに、26000日私と一緒にいたという話、この男、本当なのかも?)と思いますが、まだまだ百の位までしか日数が出ていないとのことで、あれまあ?と言う状態です。面白いですね。ちょっと日記に記してみました。
<年休消化明け>
3月は、2カ月連続で行われていた年休消化明けとなりました。シフトが元に戻って、新しい仕事が入ってきたので、出勤すると超勤のような日々が始まっていました。ただ、今週は、少し緩和されていて、シフトがあまり入ってないので、2月中の抜歯と抜糸の後、ようやっと昨日、歯医者さんに行ってきました。抜歯と抜糸は、大きな病院でやりましたが、また新しい歯を入れるために、以前通っていた歯医者さんに戻ってきました。昨日は、1月に差し歯の治療で歯を入れたのですが、その下が歯肉炎になっていたようで、また治療しました。ただ、血がいっぱい出てきてしまって、なかなか止血できなくて、型を取るまでに時間がかかりました。来週、新しい歯ができるそうです。
大きな病院で、親知らずを抜く相談をしましたが、どうせ欠けた歯が隣だった上に、同じ麻酔でできるということだったし、将来的には抜かないとダメになると知って、2本一緒に抜きました。感染病の薬をもらってきて、飲みましたが、体調が悪くなりました。そんな時に弟と甥っ子が来て、日帰りで帰って行ったのですが、帰宅後、電話が来て、弟が高熱を出したと知り、感染病を心配しましたが、違ったようで、ホッとしました。
職場で新しい仕事が入ってきて、量が増えたので、体が再びくたくたになるようになりました。元々肉体労働だったので、父から、「肉体労働はシフトあまり入れられないからな。」と言われていました。今の部署に移動して、汗びしょびしょで帰宅するようになって、肉体労働と知ってすぐに言われました。だから、シフトが少ないのは仕方なかったのですが、量が多くなればなるほど、やっぱり、仕事をする時間が長くなるし、覚えないといけないものも増えたので、さらに時間が長くなって、超勤、超勤、超勤、となっています。超勤料金を稼ぐ楽しみもできましたが、お休みなると、どで〜としてしまいます。仕方ないですね。
私、一番心配していたのは、「シフト復活があるか否か?」と言う、たった一点だけでした。仕事はどうでも良かったんです。ある意味、「時給制」と言うのは、仕事内容、どうでも良いんです。「時給制は、労働時間が長ければ長いほど、お給料がもらえる。」としか認識していないからなんです。私が子供の頃、母と一緒にスーパーに行ったら、同級生のお母さんがレジをやっていて、「仕事なんてない方が楽でいいの。黙って立っているだけでも、その時間さえまぶっていれば、お金がもらえるから。」と言われて、「なるほどね。」と言って笑って帰宅したんです。それが時給制なんですよね。
逆が、固定給みたいな仕事です。仕事内容も重視したいけど、仕事量も仕事時間も欲しいんです。ある意味、団体時代は、固定給と同じだったんです。時間に左右されたお給料はもらったことないんです。ただ、旅行していても良いし、家にいる時間が長くても良いし、週に2日しか仕事なくてもいいし、週に1日しか仕事がなくても良かったんです。ただ、「そんなに仕事がないのに、お金払っている方が馬鹿臭い。」と言って、北京事務所の中に反対者がいたというだけだったんです。「日本の税金からお給料払ってるのに、あなたのような仕事しかない人は、困る。」だったんです。でも、東京本部側では、「仕事が何もなくても、中国の、派遣された配属先にいてくれるだけでいいよ。」だったんです。だから、意見がちょっと東京本部と北京事務所で違ったんですよね。だから、中国人の同僚からも言われていたんです。「僕は、あなたと違って、時給制なんです。大学の授業の分だけしかお給料をもらえないから、あなたがたくさん授業持たなくてもいいでしょう?どうせ、日本から定期的に決まったお給料もらえるんだから。僕は、違います。働かないと、お給料もらえないんです。それに、中国は共産国だから、昔は、働かなくても、働いても、同じようにお金もらえたんです。それなら、働かない人の方が得だからね。あなたは、どっちかと言うと、働かない方が得の人です。僕は違います。働かないと、お金もらえないです。だから、授業を僕に譲ってくれてていいです。」なんです。
中国時代は、「2年間は安心」だったんです。だから、青海省の配属先では、「仕事がなくても、3年生37人しかいない大学だから、仕方ない。」と言っていたし、中国人の同僚の方が、講師で、時給制なのを知ってたから、私が授業入らなくてもお金がもらえるのをうらやましがっていたのを知ってました。だから、どうでも良かったんです。ただ、北京に行くと、言動を変えたんです。「仕事ないから。」とね。そうじゃないと、北京長期滞在が難しいんです。「仕事がある」ということは、ある意味、「北京にいなくても良い。」なんです。でも、「仕事がない」となると、「仕事がないから青海省にいても仕方ない。北京に長期滞在したい。」なんです。実際に「仕事がある」と嘘をつく方が、利点ないんです。だから、「仕事ないんだ。」と言ってたんです。それに、青海省内の他の配属先の日本人にも、「仕事ないんだ。」と言ってました。他の人みたいにいろんな授業の話をできないからなんです。でも、あっさりと、「当たり前でしょう?3年生37人しかいないのに、仕事あるわけないでしょう?」と言われるのが落ちだったんです。まあ、いろいろ難しいですね。
今月は、体が少し痛いです。やっぱり、肉体労働は、体にこたえますね。歯医者さん、頑張って通ってます。奥歯だと、つい「新しい歯、入れなくていいかな?穴あいたままでもいいかな?」と思ってしまいますが、抜歯と抜糸が終わったら、また行くと言っていたし、またお手紙もらってきたので、昨日頑張っていってきました。面白いことに、「歯が欠けたまま放って置くこと約2カ月近く、一度も歯痛がない」ので、仰天しています。公害病を嫌でも疑っています(笑)。
<変な話と盗聴器から>
先週、歯医者さんで抜歯してきました。親知らずと欠けて半分になった歯の2本一緒に抜いたんだけど、感染病や痛み止めの薬と抜歯の手術代を合わせて、「8000円くらい」だったんです。1万円準備していって、お釣りが8000円くらいならいいんだけど、どうなってるのかな?今度は、「抜糸」なんだけど、いくらくらい準備していけばいいのかな?と思った今日この頃でした。
2月中、「盗聴器」、変な放送ばかりしています。私が仙台とか東京とか警察署内で仕事をしているらしく、放送されているのですが、私は、いつもの職場に行って仕事しています。あまり、映画『007』みたいな話は、現実では、一度も見たことがないです(笑)。
ただ、1つ言うと、変なことが一度だけありました。夕食を食べていた時でしたでしょうか?母が私の顔を覗き込んで、
「あんた、警察署で働いてもいいよね?警察署でもどこでも、働く場所があれば、それでいいよね?」
と聞いてきた日がありました。それで、
「うん。別にいいけど?何で?」
と答えたら、
「そうだよね。別に警察署で働いていてもいいよね。それならいいんだ。何も、警察の事務でも何でも、女の人の仕事はあるんでしょうから?」
と言うので、
「はあ?」
だったんです。
私は、その日の話、「転職」と言う意味とかで聞いたんです。今の会社に入って、しばらくしてから、でもまだ、コールセンター時代だったと思います。その時に、急に話をされたんです。ちょうどその頃、高校の先輩が窓口に配属になってきていて、その先輩も警察署で働いているとかいないとか、そんな話があった時代でした。両親と高校の先輩のお母さんは、里山登山の仲間で、いろいろと情報が入ってくるので、たまに、(え?何それ?)と言う変な話もありました。例えば、
「あんたの会社って、退職すると、非正規でも退職金がもらえると聞いたんだけど、本当?」
とかでした。私は慌てて、
「非正規には退職金はないよ。何言ってるの?お母さん、変だよ。誰がそんなこと言ったの?」
と怒った日もありました。
ちょうどそんな頃、あるいは、高校の先輩が会社を辞めた後くらいだったのかな?一年も働いていなかった先輩だったから、どれくらいの時期に話しをされたのか?分からないけど、私は、(何かあるのかな?会社が警察署の仕事なら紹介してくれるんだろうか?それとも、転職の時に、何か「ツテ」でも警察署にあるんだろうか?確かに、警察官にならなくても、事務なら、非正規でいいもんなあ。そんな仕事が私にあるのかな?それとも、別の誰かが警察署で働いていて、嫌がっている人でもいるんだろうか?私は、どっちでもいいけどな?ただ、せっかく今の会社で働いているのに、変なことを聞く母だな?)と思っただけでした。
とりあえず、私の脳味噌は、かなりぶち壊れている部分はありますが、仙台や東京、警察署で働いていると言われても、分かりません。いつも通り、会社に出勤して、いつもの部署で仕事をしているだけの日常です。たまにしか日記書かなくてすみません。東京で私を見かけても、たぶん、私は分からないんだと思います。「盗聴器」、変だよね???
<非日常>
最近、私の脳味噌、『冬のソナタ』のイ・ミニョンさん(ペ・ヨンジュン主演)が、別の名前の時代の記憶が脳にちらつくシーンとまるで同じだと思いました。たまに、割って入ってきたように、変な記憶がよみがえります。脳味噌の不思議ですね。
最近思ったんだけど、私の仕事は、団体で中国に行っていた時代と東京で仕事をしていた旅行添乗員時代は、たぶん、かなり特殊な仕事で、私にとっては、「非日常」でした。毎日のようにスケジュールがあるわけではないけど、目にうつるものが、新鮮だったり、スケジュール帳に、出張予定を書いたりして、「後少しで北京に行ける。」とか「後少しで京都旅行だ。」とか、どこか楽しみがありました。手帳や用紙を渡されても、「予定が入っている。」でした。それも遠方に行く予定でした。
でも、今の生活は、違います。いつもの日常があるだけです。職場では、毎日同じ仕事をしています。コールセンター時代に、お客さんから、「あんたは、毎日朝から晩まで、一日中、他人の名前だの、住所だの、電話番号だの、そんなことばっかり聞いてるのかい?」と言われたことがあります。実際にそうだったんです。毎日それしか知らない毎日でした。そういう毎日が連続になると、「非日常」が鮮明に顔を出してくるのかもしれません。逆に、「日常」に関しては、「さあ、いつもと同じように電話の前にいて、電話受けていたよ。」としか分かりません。日付を聞かれても、「毎日電話受けしてたけど?」なんです。それは、今の部署の仕事も同じです。出勤したら、目の前にある仕事を「単純作業」と言う言葉で片付けて終わりになります。無我夢中で「単純作業」をやって終わってきます。「今日何をしたの?」「ああ、いつもと同じように、これをこうしてこうしたよ。」です。特に「非日常」を感じることはありません。日付を聞かれても、「さあ?毎日同じだけど?今日は少し量が多くて超勤しただけ?」とか、そんな毎日です。
でも、「非日常」は、ちょっと違います。あちこち出張予定があればあるほど、スケジュール帳は、満杯になります。「空きがないね。」となります。「京都に行った日?それなら、何月何日何時頃ですね。」となります。記憶だけではなく、記録をとろうとするのも、「非日常」になります。「誰さんと会ったのは、ちょっと待ってね。ああ、手帳に書いてあった。何月何日何時頃だね。」となります。「毎日同じだから分からない。」と言う返事が消えてしまうのが「非日常」なんです。
いつものつまらない「日常」が続くと、裁判で必要な要素は消えていきます。「正確な日付なんて分からない。」になります。逆に、「非日常」は、鮮明化していきます。
「これは、いつの記憶なの?私、ベッドに寝ている。そばに、あれ?男性がいる。え?私のベッドに入ってくるの?うそ?私、いくらなんでも、もう大人。ちょっと、変なところ、触らないでよ。私、くすぐられるの、苦手なんだから、え?そんな馬鹿な?この男、変!」
これ、いつの記憶かな?今年に入ってまもなく、いきなり残った記憶に唖然。
その後の記憶は、(ふん。)としてベッドに寝ている私がいて、知らん顔してジャージに袖を通している男性がいる。そこに誰かが入ってきて、「え?」となった。私は相変わらず「ふん。」でした。
「非日常」も、韓国ドラマ『冬のソナタ』と同じでは、「何月何日何曜日何時頃」とか、分かりません。でも、これだけは分かるみたいです。
「エピソード記憶」
これが私が感じたつい最近の出来事でした。すごいですねえ・・・!!!
<謹賀新年>
新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今月は、年休消化になっていて、お休みが多いので、前もって言ってくれれば、旅行計画の1つも立てたのに、中国と同じ現象が起きて、突然、年休が多くなっていたので、旅行に行けませんでした。ただ、元日から激しい頭痛とひどい吐き気に襲われて、朝起きてきたけど、ふらふらで、ポカリスウェット久しぶりに飲みました。ただ、大晦日の夜の「そば」が美味しかったので、ちゃんと朝ご飯食べることができました。
お正月は、3日のみの出勤でした。早朝出勤でした。明日から連続で出勤が入っているので、その前にネットしています。
年末に欠けてしまった歯の話ですが、歯医者さんでレントゲンを撮っただけで帰されたのに、なんだかすさまじく歯をいじった後のように激しい頭痛に悩まされて、(やっぱり、歯、ボロボロに砕けるまで放っておこうかな?)とか思ってしまいました。ただ、予約してあるので、今週は歯医者さんに行きますけどね(笑)。体調が良ければね。
先月13日、金曜日。忘れもしないです。毎日新聞に団体の特集記事が掲載されました。今現在ブータンに派遣されている男性でした。私、活動報告よりも、経歴に目が入ってしまって、それっきりダメです。私、会社内で、「中卒」と言う噂があったんですけど、「新聞のせい?」と言う状態です。私のいとこも団体出身ですが、新聞掲載は「高卒」でした。ただ、私が聞いている話とは違います。学歴違うんです。だから、知っている人が見ると、(嘘?誰さんは、高卒じゃないよ。)となります。私の場合は、新聞掲載が「名前だけ」でした。そうすると「中卒」になります。今ブータンに派遣されている男性は、高校名から大学院まで全部記載されていました。こうなるとブータン派遣の男性だけが「大学院卒」になります。新聞の影響って、大きいですよね?それは、テレビよりは影響少ないかもしれませんけどね???
私、人生を考えた時に、就職活動は、不思議と、「新卒なら高学歴有利」ですが、「非正規就職は低学歴有利」と言うのが、私の県なんです。ある意味、正社員になれなかったら、徹底的に学歴は低い方が有利なんです。そうなると、就職活動には、むしろ、「中卒と思われていた方が有利なのが就職」と言う感じがします。「高卒も有利では?」と言う声が聞こえてきますが、「高卒だと、学校名によって、低くてもダメなら、高くてもダメ。」なんです。だから、高校名を伏せてくれたのは、むしろ、新聞に感謝でした。
でも、結婚とか子供になると、どうかな?と思います。結婚する時に、「学歴?あるよ。」と言っていろいろしゃべっても、新聞を持ちだされて、「あんたは、名前だけだよ。中卒じゃないの?あんたのいとこは高卒、こっちのほら、今ブータンにいる人は大学院卒だよ。」と言われたら、終わりです。子供も同じです。「あんたみたいな馬鹿の子供はいらない。」と言うのもあります。
「せめて高卒になりたい。」
ちょっとばかりひどい新年の幕開けになりました。正直言うと、会社内も同じなんです。私の会社、シュレッダーがすごく多いですが、「シュレッダーでもなんでも仕事だからやれ。」と言うのは分かりますが、「結婚するなら、シュレッダーなんてやらない女性が良い。なるべく、綺麗な制服とか着て、パソコンとかやって、綺麗な仕事をして、恰好良くしている女性が良い。」と言う男性が多いと思います。だから、難しいです。もう結婚を考えなくて良い年齢とか既婚者なら、シュレッダーも良いけど、結婚を考える年齢なら、あまりシュレッダーって、やらせたくないです。「売れない女性になるから。」です。私は、正社員ではないので、ちょっと考え方、違います。申し訳ございません。
こんな私ですが、今年もどうぞよろしくお願い致します。
<生>
今年の漢字一文字、「生」です。
私、中国から帰国してから、不思議と、「帰国後は余生」と言われた通り、「人生残りわずか」と思って、必死になって、文章を書きまくってきました。ほとんどブログとかこの日記帳でした。でも、不思議と、ある時を境に、「生きられる」と思うようになって、ちょうどその境目を超えてきた年が今年一年だった気がします。だから、この漢字「生」を選びました。
私、自分の身に起こること、あまり不思議に思わなくなりました。「公害病ではないか?」と疑った2011年2月から、自分の体が人とは違うことに気づいていました。だからでしょうね。でも、これは、「公害病とは関係ない」と思います。私のまぶたは、子供の頃からずっと見てきましたが、「一重まぶた」でした。でも、今月下旬、鏡で自分の顔を見たら、(この人、誰?)でした。私のまぶた、両目のまぶたとも、「二重まぶた」になっていたんです。すごくびっくりしました。目の中にも一段できていて、目の上のまぶたにも二段できていて、三重まぶたみたいに見えるんです。私、子供の頃、「二重まぶただと美人だよ。」と言われて、「こうやると二重まぶたになるよ。」と言われて、試したことがあったけど、二重にはなりませんでした。そしたら、「大人になったら、急に二重まぶたになることもあるよ。」と言われて、(ふうん。そうなんだ。)と思ったけど、実際に「二重まぶた」になった自分を見て、(整形もしていないのに、気持ち悪い。)でした。整形手術でもしているなら、「プチ整形」だと思いますが、私、整形手術はしていないんです。顔って、変わるんですか?今年最後の疑問でした(笑)。
年末に歯が欠けてしまって、今度は金歯が取れたとか言うのではなくて、虫歯なので、また歯医者に通うことになりました。でも、レントゲンを撮っただけで終わったので、歯は穴があいたままお正月を迎えます。「お餅は、歯がないからいらない。」と言いました。歯が欠けているので、お餅、食べたくないです。大好きなお餅だけどね。
先週、新しいシフトをもらって、絶句しました。(年休消化してなかったから?)と思いました。来月は、年休ばかりやたらとあるので、びっくりしました。ただ、母にシフトの話をしたら、「年休だもの、お給料もらえるもの、いいでしょうよ。」と言われました。その通りですが、「年休を貯めて、海外旅行に行く。」と言うのには、前もって言ってもらいたかったです。旅行計画、立ててないです(泣)。
今年も終わりですね。今月は見事に一日しか書いてなかった日記帳で、今日で二日目ですが、今年も一年ありがとうございました。
楽して綺麗になれるなら、楽して痩せることができるなら、楽して給料もらえるなら、もう何も言うことありません。ただ、病気も入っているみたいなので、健康的ではないのかな?と思ったりしています。
こんな私ですが、来年もまたどうぞよろしくお願い致します。
<今年一年の会社の様子から>
今年に入ってから、会社の様子がおかしくて、いろいろ書いていたんですけど、11月に気が付いたら、同じ小学校出身者とか、その小学校に関係ある人達に囲まれて仕事をしていることが分かって、(え?)と思いました。
私、今は亡き祖母から、生前、こんな話を聞いていたんです。
「ちょうど40代に入る前後くらいからかな?不思議と同じ職場に、同じ学校だった、昔一緒だった人がたくさん入ってきて、気が付くと、一緒に働いているんだよね。そうすると、今まで何事もなく、「俺はどこどこ学校中退。」と言っていた人の中から、だんだん不満が出てきて、「俺、あの学校せっかく行ったのに、卒業しておけばよかった。」とか、愚痴るようになって、仕事しなくなって、気が付くと、会社辞めたんだか?いなくなってるんだよね。その後、不思議と、前一緒だった友達が自分のまわりから消えて、新しい人達の中に入るんだ。人脈切り替えみたいなのが同時に起きて、新しい人脈に入る直前にやるのが、この変なやり方なんだ。それに、どこからともなく、会社が昔の知り合いを集めてくるんだよね。あれ、どうやって昔の知り合い集めるのか?不思議なんだ。」
と悩みながら話していたんです。
今思うと、ちょうど、自分の息子や娘が、会社で40代に入って、人脈切り替えみたいなものが行われていても不思議ではない時期に、私に、それとなく話してくれたんだと思います。
ただ、私の方は、「昔一緒だった知り合い」と言っても、一発で気づかないようになっているんです。(気が付いたら、11月。あの人が来たのは、今年4月。)とかなんです。それに、もっとびっくりしたのは、入社の時からいる人だけど、苗字が違うんです。(男性は、滅多に苗字を変えない。)と言う思い込みが女性にはあります。でも、それを覆すかのように、苗字を簡単に変えてしまうと、「初対面の人」と認識してしまうんです。「こんな苗字の人、知らない。初めて。」なんです。でも、姿は?違うんです。姿は、ずっと一緒にいると、分かってくるんです。(子供の頃は、私の方が小さかった。だから分からなかった。今は背丈、私の方が少し低いかな?でも、苗字、この苗字ではない気がする。こんな珍しい苗字なら、もっと前から噂で聞いたことあるよなあ。)なんです。いろんな意味で、難しいです。知っていても、苗字が変わっただけで、「知らない人」と認識するので、よく見ようと思いません。でも、声とか背格好とか、特徴的なものは、昔と変わらなかったり、不思議と「子供の頃の顔の面影がある。」なんです。
私の会社に、「名前は聞いたことあるけど、姿が違う。」と言う人がいます。名前も、最後の一字が違うんです。姿が違うのは、「もし誰さんだったら、ものすごく体が大きくて太っているはず。今痩せているとしても、そんなに細くなってるかな?」とかなんです。第一、名前の漢字が一字でも違っていたら、少し顔が似ていても、「別人」と認識します。体型はまるで違うから、余計なんです。
ただ、私の祖母が言っていたことが本当だとしたら、変なのは、「義務教育」です。「義務教育」では、相手が怖がって会社から逃げていくことはしないです。それに、不思議と、一発で分かる同級生はいないです。年上、年下、同学年、そして、不思議と「あの人って、小学校はいたけど、中学校、こっちだったの?親の転勤でこっちにいないよね?」とかなんです。「小学校は隣の小学校だけど、高校時代、こっちにいないよね?だって、電車で一緒に通ってなかったもん。」なんです。不思議と、「見たことあるけど、よくは分からない人。」と言うのが選ばれて、私の会社に次々に入ってきているみたいなんです。
私、団体時代の最後に、東京で別れたんですけど、その時、「自分、一度別れたら、もう二度と会うことない人生なんだ。」と言っていた同期の男性がいたんです。「高校も会ったことないし、大学もない。だから、きっと団体もないよ。これで最後だから、みんなと最後まで一緒にいるよ。」と言ってたんです。それで、「私も同じやな。」と応答した同期の女性がいて、私も「あ、それ、私も同じだよ。一度別れると、不思議と再会しないんだよね。一度も会ったことない。」と言ったんです。でも、私、団体の人とはほとんど再会ないです。再会しても、別の人に変装していて、つまらなかったり、いろんな意味で、あまり関係ない人なんです。でも、小学校時代の人は、不思議と、本名とか姿も自分なんです。でも、少し違うのは、苗字が違う気がしたり、本名は記憶あるけど、姿が違ったり、なんか変なんです。それで気づくのが遅れています。まだまだそう言う人、私が知らないだけで、いるんですかね???師走に入りました。
<去年の今頃から?!>
11月も下旬に入り、だいぶ寒くなりました。会社内で起きていることが分からなくて、いろいろと日記にも書いていましたが、ただ、手紙は、難しい部分がありますね。近すぎると書けなかったり、遠すぎて書けなかったり、逆に、受取人の学歴と内容が合わな過ぎて書くのが気の毒だったり、昔書いたことがあるから楽に書けたり、一度も話したことないから書くのが難しかったり、いろいろです。
大阪にいた時に、頻繁に天王寺の「ラ・パウザ」と言うイタリア料理店に友達と一緒に行ってました。不思議と外国人が多く出入りする店で、従業員にも外国人がいました。私、田舎育ちで、外国人を見つけると、「ガイジン、ガイジン」と言って、ジロジロ見る性格があって、ちょっと失礼な人になってるんですけど、その店でも似たようなことがあったんです。
友達と一緒に、その店に行くようになったのは、大阪に出て2年半後からでした。映画に行くようになって、最初は、天王寺のいろんな店で食事をしていました。でも、「高い」とか「遠い」とか「メニューがめんどくさい。」となったんです。「パフェも食べたいのに、この食堂にはパフェがない。」とか、いろいろ出てきたんです。それで、「お昼は、マクドナルドで、夜は、ラ・パウザでいいよね。」となって、途中から、ある程度定着してしまったんです。金額も慣れていてお手頃だし、メニューも考えなくて良くて、「たまに違うの食べようか?」とか「この前来た時は、キャラメルパフェだったから、今度は、ストロベリーパフェにする。」とか、最初から決めていたりしました。
そこの従業員だった人のうち、2人の顔が目の前にあらわれたと知ったのは、会社の成り上がり課長の変装でした。(昨日までは、黒人の血が入ってない変装だったのに、この顔、急に黒人の血が入ってるよな?唇も下唇が大きすぎる。ただ、この人、大阪天王寺駅前のラ・パウザの店員だよ。ただ、もっと背が小さい人だけど?)が始まりでした。この変装をしてきた初日に分かったんです。
同時に、(そう言えば、もう1人、だいぶ前から、大阪天王寺駅前のラ・パウザの従業員そっくりの人いるなあ?)と思ったんです。ただ、今考えると、最初は、「別人」だと思います。最初の頃は、背も高いけど、完全に、「黒人」だったんです。「黒人の混血で、珍しいな。」と言うのが最初の印象でした。だから、大阪天王寺駅前のラ・パウザの人とは、違う人だったんです。でも、去年の今頃から、急に、私が仕事をしていると、すれ違いざまに、私を下から見上げるようになったんです。(誰?)と思いました。その頃は、黒人ではなかったんです。(白人?いや、白人にしては、顔が違うけど、黒人なら、もっと色が黒いよな?)だったんです。そのうち、遊び心で、(この人、インディアンにしたら、似合うなあ。)と思ったんです。インディアンの白とか赤の羽根付き帽子みたいな被り物をしたら、かなりしっくりいくと思ったんです。インディアンの血を引いているのかな?と、瞬間に思ったんです。ただ、(見たことある。)とは思わなかったんです。
でも、人間って、1人より2人、なんです。ペアであらわれたら、(え?)となったんです。(この人とあの人、どちらも大阪天王寺駅前のラ・パウザの店員だった人にそっくりだよな?)だったんです。中身は違うのは、ある程度知ってました。1人は、成り上がり課長の変装で、背が高すぎてダメだし、もう1人は、インディアンに似ている方が、大阪天王寺の人だったのに、完全に黒人としか思えない変装の人が最初に来ていたし、今は、困ったことに、毎日、「背丈が違うんだけど?」なんです。私と友達は、背丈が違うんです。インディアンに似た人は、私よりは背が低いけど、友達よりは背が高いのを思い出したんです。そうなると、私の顔を見るには、彼は、私を見上げる形じゃないと、見えないんです。それに、あまりしゃべらない人だったから、声を知らないんです。今は、背が高くてやたらと声が大きくて明るい人は、大阪の人ではなくて、背が低くて暗くて、声を出さない人が大阪の人と言う気がしました。
会社内で変装する理由は分からないんですけど、ちょっとびっくりしているんです。
ただ、1つ思ったんです。この「盗聴器」を聞いていると、私の手紙を読んで、大喜びしてはしゃいだり、盛り上がったりする人と、冷める人にわかれているんです。結婚相手を選ぶ時に、「誰さんがいいんじゃない?」と言って、その人を好きになると盛り上がるけど、自分が知らない人を相手が好きになっても、「ふうん。結婚したんだ。」と言う程度で、結婚相手には興味もないのと同じなんです。その違いで、手紙が通過したり、通過しなかったりするのかな?と思ったりもしたんです。結局、その集団にいた時に、私がその集団内のどの地位にいたのか?が原因だと思います。馬鹿にされていた私が、好きになる人はレベルが高いとつまらないですよね?逆に、馬鹿にされていた人の方が馬鹿にしていた人よりもレベルが高いと分かると、手紙もいらなくなります。逆に、その通りだと、大喜びします。年上だと思っていたら、やっぱり年上かもしれない?と思ったら、嬉しくなります。年下だと思っていたら、年上だと知ってショックを受けることもあります。文章が大人びていると、「年上じゃない?」と思うけど、両親がそれを見て、「あんたより頭が良いだけじゃない?」と言うと、つまらなくなります。これって、びっくりなんですけど、当たらずとも遠からずだと思います。馬鹿だと思っていた人がそのまま馬鹿なら大喜びするけど、違ったら、嫌になります。頭が良いと思っていた人が、年上なだけだったら、大喜びします。自分と付き合っていた時に、どんな集団を形成していたのか?によって、手紙が嬉しかったり、嬉しくなかったり、周囲が通したかったり、邪魔したかったりするのかもしれません。裁判をやっている人達のようです。私には本当のところは分かりませんけどね(笑)。
<変装の中身は?>
11月ですね。ウォークラリーを楽しみにしていたんだけど、なんだか分からないうちに終わってしまったみたいです。回覧板、父任せだったからな?でも、不思議と人数が少ないみたいで、抽選会も「80番」くらいしか聞こえてこなかったので、(人数少なかったのかな?)と思いました。前日の夕方には、テントが立つのに、それもなかったしね。ただ、朝、「公園で体操しているよ。」と父が話していて、その後、マイクを通して男性が話しているのが聞こえたけど、スタートのピストル音は聞こえてこなかったんだよね。雨降ってなかったから、消防団の消火活動の様子もやると思っていたら、それもなかったし、抽選会もさびしそうだった。だから、なんか、今年は「ウォークラリーの宣伝が悪かったのかな?」と思いました。ただ、毎年ウォークラリーの景品が良いから、すごく稼ぎ時なので、ちょっと残念でした。
昨日は、朝から、「この変装している人、誰さんだよね?」と笑ってしまいました。どう見ても、成り上がり課長みたいだったんです。
私、この「盗聴器」で、「変装している人が分かる」みたいな放送されているみたいだけど、正直、分からないです。変装された人は、会社の従業員だったり、友達だったり、小学校時代の先生だったり、知り合いだったり、いろいろいるみたいですけど、変装している人、つまり、お面をかぶったり、かつらをかぶっている人は、分からないです。
でも、たまに分かる時があるんですよね。でも、考えたら、(普通じゃない人達が分かるだけなんだよな。)なんです。例えば、東京で働いていた時、同じ寮にいた男性が変装しているのを見て、(あれ?誰さんかな?元ガーナ派遣で、東京の寮にいた誰さん。)とか思うのは、考えたら、「一緒に住んだことがある」とか「彼が無意識にやっていたらしいダンスが特徴的」とか、あるいは、「私を見る目が変装された人と違う」だったんです。
私の会社の従業員って、結構、「私を嫌っている」あるいは「特に私に興味がない」んです。それなのに、他の人が変装すると、やたらと意識しているのが分かって、(あれ?)と思うんです。その人本人だったら、私のことなんて知らん顔するのに、違う人が変装してその人に成りすましているために、すごく私を意識して眺めているんです。そのために、(あの人、おかしい?今日の誰さん、別人みたい?)からスタートして、(ゲッ、あの時のあの人だ。)なんです。
それに、白人の男性で、子供の頃から父の親戚に会いに行くと言われた時だけ会っていた男性は、一緒に住んだことはないけど、「変装した姿を知っている」んです。白人だから、他の人と違って、ちょっと特徴あるのは事実なんですけど、それだけじゃなくて、「六本木ヒルズで会った時と同じ変装をしている。」とか、他の場所で会った時に見た姿と同じ変装しているんです。それに、やたらと私にそっくりに変装していたり、従業員に似た人がいると、少し化粧する程度でその人になってしまったりするだけなんです。だから、(あれ?どっちかな?)なんです。
すれ違っただけでは、変装した中身までは分からないんですけど、「声で分かる」人もいるんです。「あれ?大阪時代に所属していた合唱団の部長?」とか、不思議と分かったりします。成り上がり課長は、逆で、「声がいまいちわからない」んです。身体的特徴とか、昔一緒にいた時に見せた癖とか歩き方とか照れ屋さんとか、不思議とたまに一緒にいた時に見せた特徴的なものが一致して、(あれ?お面の下、成り上がり課長?)と思ったりするだけです。
ただ、これもびっくりなんですけど、たまに、「あれって、昔の局長?」と思うことがあるんです。理由は、その局長が私の前にあらわれた時の様子なんです。ハガキを送ると、熱心に直筆で丁寧に文章を書いてくれるんだけど、一緒に働いていた時は、すごく冷たい感じの人で、ほとんど一緒にいたことがないんです。そのために、ほんの一瞬一緒にいた時に見せた姿を彷彿とさせて、「あれ?元局長の誰さん?」になるんです。「立ち方が恰好良すぎ」だったのが最初の印象だったりするんです。特徴的な立ち方する男性だったんですよね。恰好良いんです。その姿になると、(あれ?)なんです。それに、たまに声を出すと、(あれ?)だったりするんです。あまり知らない相手のために、一緒に働いていた時に数回見た程度の部分が変装後に浮き彫りになると、(顔は別の従業員だけど、中身は元局長の誰さんだ。)になります。
だから、必ずしも一緒にいたかどうか?あまり関係ないと思います。ひどいのは、「あれ?あの人、窓口にいた電話の人?」でした。私、姿を知らないんです。名前はフルネームで知っています。電話の内線で声しか分からないんですけど、ちょっと接して、声をかけられた瞬間に、「あれ?窓口の元電話やってた人?内線の人だよな?」でした。だから、いつも一緒にいる人が必ずしも分かるか?と言うと、違うんです。むしろ、いつも一緒にいる人は、近すぎて見えないように自分が工夫したりしています。知りすぎると一緒に仕事できないので、無視です。逆に遠くにいると、黙って見ていて、覚えたりします。無視されるから追いかける人もいます。ただ、誰にでもそうするわけではないので、「変装した人が分かるのは、こうだから。」とは言えないんですよね。難しいです。
<ストレス解消に!>
昨日は、会社の帰りに、選挙に行ってきました。衆院選、一番大きな選挙でしたね。テレビで、地元は立候補者が「高校の同級生」みたいな報道で、びっくりしました。私は大学の同窓生がいたので、選挙に行ってきました。夜の放送では、(え?勝つの?まさか?)でしたが、今朝の新聞で、(ああ、僅差で負けたんだ。良かった。健闘したなあ。)でした。でも、就職のこと考えると、これから就職活動?と思ったりもしましたが、ああいう人達って、結構就職あったりするんだよね。
中国から帰国してしばらくして、高校の同級生が選挙に立候補したことがありました。私と同じで、東日本大震災の時に海外だったみたいで、(まあ、高校の同級生だから、応援しておくか?)と思って選挙に行きました。ただ、大差で落ちましたけどね(笑)。今何をしているのかな?もう選挙には出てこないです。正直、高校時代はまるで知らない人でした。同じクラスにでもならない限り、高校の同級生って、分からない人が多いんですよね。何かきっかけがあればしゃべるんだろうけど、そういうチャンスもないまま来ると、知らないまま、同窓会名簿があるから知っている。みたいな感じになるんだと思います。
この「盗聴器」聞いていると、(馬鹿みたい。人任せなんじゃない?)と思います。私、以前は、そんなに友達いない人ではないんです。不思議と、仲間になっても、すぐに別れがくるので、連絡を取り合っていないというだけで、友達がいないというわけではないんです。それに、別れが早ければ早いほど、友達同士の付き合いは、どうでも良くなるんです。(どうせこれから一緒にいる人ではない。)と判断した方が、不思議といろんなことしゃべってくれるんです。(これからずっと付き合わないといけない。)と思うと、「黙る」んです。
それに、友達って、「ねえ、これ、どうなってるの?なんでみんなこうじゃないの?ああじゃないの?」って、結構しゃべりますよね?今の会社って、そういうのがないだけなんです。不思議と、「あれ、誰さんじゃない?」とか、教えてくれる人はいないです。不思議と、「ここに一緒に行こうよ。」と言う人もいないです。でも、昔一緒にいた人達って、学歴に関係なく、「ねえ、誰ちゃん(私のこと)、あなたも一緒にここに行かない?」とか、「ねえ、みんなこうしてるんだけど、どうしてあなたはこうしないの?」と言う友達がいただけだと思います。それに、「大人数だったら、その中の数人は仲良しになるよ。」なんです。今の会社って、人数も限られているけど、私が入社してから、ほとんどメンバーの顔触れが変わってないんです。女の心理、知らないんですかね?その時に仲間になれなかったら、一生友達いないんです。その時に仲間になれたら、会社辞めないし、ずっと仲良しです。大集団の方が権力握っているなら、少人数の方は小さくなって生きていきます。だから、「馬鹿みたい」なんです。「これも知ってて欲しい。」とか「あっちの団体はこれが有利になったのに。」と言われても、あっちの団体にいた時は、私に近づいてきて、「一緒にこれしよう。」と言う人、1人はいたもん。なんです。今はいないもん。なんです。こういう違い、分からないんですかね?裁判になったから騒がれても、私は知らないんですけどね・・・。
この「盗聴器」で、私の父方の親戚に会う時に、1人の白人の男性とよく会っていて、「知り合い」みたいなのを利用して、「この人も知らないか?」と聞いてくるんですけど、どうも、苗字が英語風で、名前は日本名なんですけど、子供の頃は、父方の苗字で、全部日本名だったんだそうです。東京都出身らしく、「会ったことないか?」と探しているみたいだけど、残念ながら知りません。
ただ、似ている人ならいます。背が低くて、華奢な体つきで、髪の毛が黒くて、長く垂れさがっていて、肩より少し下くらいで切りそろえていると、なんだか女の子みたいに見えるんだけど、体つきは男の人なんです。遠くから見ると、(あれ?誰さん?)と白人の知り合いの男性にそっくりに見えたりするんですけど、実は、違います。白人の男性の方は、背が高くて、私に瓜二つくらい似ているんです。それに、少し太っているんです。私よりは痩せているけど、もう1人の体が華奢な男性よりは太っています。それに、並ぶと、私と背丈がほとんど同じくらいなんです。顔つきも違うんです。彼は、実は、子供の頃は、白人とは思えなかったんです。でも、成長するにつれて、(あれ?白人?)と分かるようになったんですけど、困ったことに、『千と千尋の神隠し』に出てくる「ハク」と言う男の子にそっくりなんです。ただ、大人になるにつれて、顔の輪郭が丸くなったために、どこか私にそっくりなんです。でも、化粧をしないとダメなんです。彼の方は顔が真っ白で白人と分かる顔なんです。すごく綺麗です。それに、目の色が違います。目の色が真っ黒なんです。私は、肌の色が黒いので、彼が私に変装するなら、少し肌色の濃い化粧をたくさんして、肌を黒くする必要があるんです。それに、目の色が、私は「金色」とか「茶色」みたいに見えるんです。たまに「鉛色」と言われることもあります。それに、年齢が違います。白人の男性は、私よりも二学年上のはずなんです。でも、体が小さい男性の方は、私よりもはるかに年下の男性だと思います。長丸っぽい顔をしていて、白人とは思えないんです。この「盗聴器」でも、「黄色人種」と放送しているみたいですが、何度見ても、(あの子なら、白人ではないな。)と思います。それに、小さい男性の方は、正直、「顔がすごく優しい顔している」んです。白人の男性の方は、素顔は優しいんですけど、仕事がきついのか?すさまじく「きつい顔」してます。それに、変装ばっかりやってて、化粧をして、髪の毛をぐちゃぐちゃにすると、私に瓜二つになるけど、困ったことに、体の関係で「男性」と分かってしまうんです。骨格が男性なんです。がっしりしているからです。その割には、女装が似合う人で、白人女性そっくりに化けると、私よりはるかに綺麗でびっくりします。白人の人は、とっつきにくいし、おっかない感じがします。ただ、不思議と雰囲気が似ているんです。正直に書くと、「子供の頃の白人の男の子に雰囲気が似ている」が正しいんです。私が「お兄ちゃん」と呼んで慕っていた頃の姿に、別の男性がそっくりなんです。ただ、顔とか体つきは、似てないんです。遠くから見ると、「なんか雰囲気似てるんだけど、違うかな?」くらいなんですよね。だから、難しいです。それに、白人の男性の方は父方の親戚の席に出てきますが、もう1人の男性は、一度も会ったことないまま大人になっていると思います。どちらも、本名とか苗字や名前は知らないけど、姿は知っています。不思議ですね。
<最近の出来事から>
先日、犬の皮膚がんが見つかって、手術しました。犬の手術は、大阪にいたりして、あまり家にいない日に行われたので、送り迎えもしたことなかったので、緊張しました。ちょうど会社の出勤が夕方だったので、朝預けて、夕方退勤した後、動物病院にお迎えに行って、母と合流して、連れて帰ってきました。1つだけ大きなできものができていたので、「癌かな?嫌だな?」とは言ってたんですけど、実際は、「2つあったよ。」と言われて、手術の傷痕が痛々しくて、かわいそうなので、ペット服を買いに行って、ピンク色のペット服を着せました。「男の子だから、水色がいい?」と聞いたけど、ピンク色を購入してきました。ピッタリサイズが合うので、水色も購入しようか?と思ってますが、今の所、ピンク色のお洋服を着ている我が家のワンちゃんでした。なんだか心臓止まりそうなくらいびっくりして、胸がつぶれそうでした。まだ通院あるし、抜糸も終わってないです。でも、お洋服姿、かわいいです(笑)。
今週、便器の交換をするそうで、家にまた工事が入るようです。でも、なんだか変なんですよね。「便器取り替えるのに、何で奥の部屋の壁を直すの?」とか、なんか変です。ただ、心配なのは、トイレの回数が多いことなんです。「1日で使えるようになるんだよね?」と母とも話していたのですが、トイレが近くて、すごく頻繁にトイレに行くようになってるので、トイレがない時間どうしようか?今から心配なのに、「夜もトイレないの?」となって、「夜トイレ行く人もいるのに、どうするの?」となってたのが今朝でした。地震で壁があちこちぶち抜かれていて、壁の修理もしたいみたいですが、今回は、トイレの便器の交換とトイレ内の壁紙の交換だけ聞いていたので、今朝はびっくりしました。でもま、新しいトイレになるみたいなので、喜んでいます。
私、この「盗聴器」、ちょっとだけびっくりしたんです。だいぶ前から、(何で弟が両親に大金払ってるの?)だったんですけど、ついこの前、犬の手術代の話になった時に、父が、
「誰々(弟の名前呼び捨て)が振り込んでくれたお金がおろせない。どうやっておろしたらいいのか?分からない。」
と言って、ATMに向かっていって、一応お金はおろせたみたいなんですけど、次のセリフは、
「誰々(弟の名前呼び捨て)から振り込まれているお金、なんだか気持ち悪いから、さっさと使ってしまいたい。」
と言い出して、(え?)となったんです。ただ、母が慌てて、「それは、保険金を解約したお金でしょう?」と言ってたんですけど、それでも、なんだか、「胸糞悪い」みたいな勢いだったんです。どうなってるんですかね?
それから、「盗聴器」の話、もう1つあるんですけど、私、大学院時代のゼミの先輩や後輩とは、手紙のやり取りしていないです。この「盗聴器」では、「手紙を出しているけど、届かない。返送手続きをしている。」と言ってますが、私はその現場にいたことないので、手紙が私に送付されているのかどうか?分からないです。
ただ、1つだけ言っておくと、この「盗聴器」が正しいなら、私、大学院時代の先輩や後輩とは、手紙のやり取り、できないです。ある意味、「一般会話ならできる」「諸侯の挨拶ならOK」状態ですが、例えば、専門知識や研究で手紙のやり取りをするなら、できないんです。「ヒューマンエラーで手紙のやり取りをしたい。」と言うなら、それは、「通過するのを待ってください。」なんです。私自身は、「そういう手紙のやり取りはしたくない。」なんです。「お互いの近況報告ならOK」です。
でも、正直言うと、私、今、会社内で一番下っ端なんです。部署も一番下で、高校のレベルで言うと、一番下の高校のランクの人達がやる仕事の部署なんです。正社員なら、1日中会社にいて、「そう言う仕事もやるけど、上の人がやる仕事もするよ。」だから、問題ないんですけど、そうではないです。「2時間なら2時間しか会社にいないし、一番下の部署なら一番下の部署の仕事しかしていない。」です。だから、私の方から大学院時代の先輩や後輩を求めることはないと思います。諸侯の挨拶状が来ているなら、待っているけど、私から手紙を出して、いきなり「自尊感情について語りましょう。」と言われても、「ごめんなさい。分からないです。」と言う状態です。「セルフハンディキャッピングについてはどうですか?」と言われたら、「私の高校では、十八番です。」となるだけで、つまらないんです。「自己開示について語りましょう。」と言われたら、「現在、自己呈示中で、会社の人達は、私については、何一つ分からない状態になっています。」と言うのが返事で、まるで研究の論にはなりません。「統計について語りましょう。」と言われたら、「大学院時代も今も統計は無知のままです。」と言う状態です。だから、あまり手紙のやり取りしたいと思ってないんです。
それに・・・もう1つ言うと・・・私もあの高校出てる人間なんですけど・・・「大学院時代抜きで私の話ができるというなら、やらせてみれば?」と言う変な気もあるんです。それでダメなら、慌てて手紙通過させるようになるんじゃないの?大学院抜きでできるなら、その方がいいでしょう?なんです。私、大学院の裁判、やってること、知らないです。私が、自分の友達の中で裁判やっているのを知ってしまったのは、「宮崎あおい」と言う芸名を持っている元同期なんです。頭に来るなんてもんじゃないです!!!大河ドラマ『篤姫』、大好きだったのに、主役を見ていると、なんだか頭に来ています。(どうりで最新作ないよな?どうせ裁判でしょう。)です。ただ、同期だったので、どうなのかな?私にも関係あるのかね???ないと思いたいけど、ちょっと心当たりがあるので、裁判やってるなら?と、手紙やメールの量は増やしてはいますが、同じ高校と大学院時代の先輩や後輩、ゼミが違う同級生とは、一切手紙もメールもやってないんです。ただ、「院卒とは手紙やメールやってますか?」と言われたら、「院卒の人と手紙もメールもやってるかもしれません。」と言う返事しかできないです。理由は、会社内に大学院卒がいると分かっているので、知らず知らずに転勤挨拶のお返事を書いたら、その人が大学院卒だったということはありうる話だし、大阪時代の大学のゼミの先生とは手紙でやり取りを続けています。それに、昨年10月に地元でセミナーを開いてくれた先生も大学院卒で、今でも手紙は書いています。本当は手紙書くの、やめようかな?と思ったんです。返事もないし、それっきりになる気もするからね。そしたら、(あれ?あの車の運転手、先生だよね?)となった8月のある日の翌日、(頭に来た。暑中見舞い、書こう。)だったんです(笑)。だから、一応、手紙の返事はほとんどなくても、全くなくても、手紙だけは書いています。それに「隠れ大学院卒」と言うのが会社にいるので、もしかしたら、大学院卒に手紙が渡っている可能性はあります。会社の人とはメールのやり取りがないです。電話と手紙だけです。
10月の犬の手術で、もう会社に入って、「9年」を感じます。犬は9歳半になりました。もうお年寄り、悲しいです。今の犬は、私の今現在の会社の合格お祝いだったりしたので、一緒にいる年数が、今の会社にいる私の年数と同じなんです。大笑いですよね。
<年齢の話>
この「盗聴器」で流れている「年齢の話」、面白いね。西暦と旧暦の年齢計算の話なのかな?と思って聞いています。西暦、太陽暦になる前は、旧暦で、太陰暦を使用していたと聞いているけど、年齢計算が違うというのは、知りませんでした。旧暦で計算すると、私の年齢は、「8歳」とか、変な話で、面白いです。しかも、私の人種が、もし「白人」なら、「36歳」だそうです。面白いですね。
私、年齢、あまり気にしたことないです。正直、子供の頃から、不思議と、「あまり長生きしない」と思って来たんです。特にひどくなったのは、中国から帰国してから数年後からでした。既に今の会社に入社していたんですけど、不思議と、「私はもうすぐ死ぬから、自分が中国で経験してきたことを、書き記さないといけない。」と言う強迫観念に縛られるようになりました。帰国してすぐは、特にそう言う状態ではなくて、就職がないから、何もすることないし、中国の経験を今時間があるうちにブログや日記に書いておこうと思っただけでした。でも、どんどん自分の人生の時間が短く感じるようになると、急に「急がないと」「急がないと」と思って、必死になって文章を綴っていました。特に、その頃は、もう「手紙」になっていて、不思議と「公害病」の話ばかり書くようになってました。
私、子供の頃、祖母から変な話を聞いたことがありました。「不思議と40代になると、人脈切り替えがある。それまでの人脈とお別れして、新しい人脈の中に入る。」と言われていたんです。どう言う意味か?分からなかったけど、どうせその頃は死んでしまうと思っていたから、どうでも良かったんです。大阪時代に本屋さんで立ち読みした占いも、びっくり仰天で、「3年後くらいに外国に行って、数年住んだ後、帰国する。帰国後は、ずっと同じ場所に住んで、(一生を)送る。」みたいな文章なんです。ただ、「一生を」と言うところを()にしたのは、「想像」なんです。ただ、この時の心理、違うんです。「私、帰国後は同じ場所にずっと住んで何をするの?いや、またどこかに行く気がするけど?」と言う変な予感だったんです。
それで、再び、「生きる」と感じたのは、ここ数年くらいの出来事なんです。2,3年前くらいから、「あれ?私、今度はすごく長生きする気がする。」でした。「公害病」とかどうでも良くなって、急に、「長生きするよなあ?死なないよね?」だったんです。それ以降は、あまり「死ぬ」と言う話はしないようにしていたんですけど、西暦の年齢計算が仕事をしている短い人生に対して、定年後の人生の方が長いというなら、合っている気がしています。不思議と、これからは、すごく長すぎる人生のスタートのような気がしています。
私、「年齢」に関しては、気にしたことないのには、理由があります。子供の頃、友達のお母さんが、結婚する際に、年齢を少し下に下げたんだそうです。そしたら、結婚後、旦那さんからすごく嫌がられたらしく、「お見合いする時に、少し年齢若くして言っただけなんだ。」と言う話だったんだそうです。結婚した後、年齢が違うと分かっても、嫌がられたんだそうです。そんな話は聞いたことがありますけど、私、実は、年齢、どうでも良いんです。
大阪時代は、私より年下の人に囲まれているのが分かったので、「私の方が年上」と言ってきました。ある意味、もし私が「白人」なら、「年上に見える」と言うのは、知ってました。不思議と人種の中で、白人と黄色人種なら、白人の方が年上に見えるんだそうです。それに、体のことが分かってから、「こんな体だったら、年上に見えるだろうな。」と分かりました。体が人よりも重いのかもしれない部分があると分かってきたからです。今は、脳味噌がおかしいみたいで、記憶が変な時がたくさんあります。
私、地元では、「地元の大学出身者」になっています。ただ、高等学校だけは、違います。教育実習の都合上、履歴書違うんです。大阪は、逆なんです。「大阪にある某大学出身で大学院進学者。」となっています。実際、最初の頃は、地元の大学の話をしたんですけど、みんな嫌がるのが分かったので、それっきり話をしなくなって、2年後に一緒になった人達には、年齢も含めて、全て隠したんです。でも、それから2年後にまた別の場所に所属した時は、一直線で履歴書通ったようにおしゃべりするように変わったので、全学歴知ってるはずです。ただ、そこを去ってからの経歴は知らないだけなんです。
私、『アニメ三銃士』のアラミスが好きなんだよね。トレビル隊長には、「女」とか「本名」とか話してあるけど、銃士隊の仲間とか、パリの人達には、「男」で「アラミス」で通っている。でも、故郷の、「ノワージ・ル・セック村」だったかな?では、「女」で「ルネ」と言う名前で通っている。
私、そう言うのが好きなんです。会社とか学校、企業団体には、普通に履歴書書いて、それで通過して、同僚とかそこに住んでいる人とか同級生には、でたらめの履歴書を言うんです。それでいて、不思議と、そこを離れる運命だから、そうするんです。この「盗聴器」で、ある正社員が、どうもそうらしくて、不思議と、配属先の支店にいるのは、たった2カ月くらいで、後は吹っ飛んであちこちで仕事をしている人がいるんだそうです。だから、どこに行っても、「どうせ自分はまたすぐここを出ていく。」と思う付き合い方をその支店でやるんだそうです。おしゃべりも、すぐにいなくなるのを前提にやるんだそうです。私、それでいいと思うんですよね。
もし、それが嫌なら、こうしてもらいたいんです。『花子とアン』で偶然見たんですけど、「ここを出て行ったら、何をするの?」「まだ決まってないんです。とりあえず、家に帰って、何か仕事を探してみようと思ってます。」と言ったら、「それじゃあ、ここで英語の先生をずっと続けてやっていきませんか?ただ、今まで先生だった私とは同僚になってしまうけど、それでいいなら?だけど?無理に?とは言いませんけど?」とね。昔は、その人を引き留めるために、一生懸命仕事を提供したと言う話、ドラマとか小説で知っているけど、私は違う人生だったんです。どこに行っても、「2年契約終わりだから、帰る。」「じゃあ、さよなら。」「1カ月半の東京生活終わり。もう帰る。」「そうなんだ。それじゃあ、また。」でした。誰一人、「ここに残って働いたらどうか?」と言う人、いなかったんです。だから、全部出会った人に出たらめの経歴を言うの、大好きです。それのどこが悪いんですか???実は、逆が、ずっと一緒にいる人なんです。何もしゃべらないか(地元、または、今の会社)?本当のことだけをしゃべるか(大学院時代)?一時期の真実だけを話すか(地元の大学の話を知らない大阪の人達)?のどれか?になります。今の所ね。この先の人生では、まだ分かりませんけどね。
ただ、年齢詐称は、興味ないです。私、自分が年下の方がいじめられるせいか?年上で、上にしてもらえている方が幸せなんです。ごめんなさいね。
<同じ人と一緒でもいい条件?!>
今朝は急に寒くなって、ベストを着ていきました。暑かったり寒かったりで、嫌ですね。最近「盗聴器」を聞いていて、思ったんですけど、「8時間+超勤」、私、やっていていいなら、お金のために、やっていたかったというのが、本音です。ただ、1つだけ、「合っている」んです。ずっとそれで働いてきて、問題がないためには、「好きな人同士」じゃないとダメなんです。好きな人同士だと、集団行動するようになるので、朝から一日中お弁当時間も含めて全部同じメンバーで過ごしても、実は、あまり問題ないんです。お弁当なんて、交代交代ですし、おしゃべりも話題が似ているので、飽きないんです。同じ話題でいつまでもしゃべっています。私は女なので、平気なんです。
先日、同じ県内で、「結核」の集団感染があり、仰天しました。私、地元の大学の1年生になったばかりの時、いきなり、学校から、「結核患者が皆さんと同じ学科の同級生から出たので、レントゲン写真を撮影してください。レントゲンだけでいいです。」と言われて、「結核」のために、レントゲン写真を撮影したことがあったんです。同級生の中には、「運が悪い。元々こんなレベル低い大学に入りたくなかったのに、結核?」と言う人もいれば、「レントゲン写真撮影してくれるなら、いいね。」と言う人もいましたけど、「結核患者の人って、誰かな?病院に入院しているのかな?それとも、学校通ってきているのかな?迷惑だよね。学校来てたら。」とか、いろんな不安が飛び交って、噂になりました。私の家では、「最近新薬が開発されて、すごく良い薬が出たから、結核は将来なくなる。」と言って大喜びしていたんです。それなのに、「結核菌が新薬に打ち勝って、さらに強くなって、また姿を現してきた。」とか言われて、(え?)となりました。「結核菌も薬に負けて死滅するわけにはいかないんでしょう。新しい薬が出たら、それに対応して、強くなるのが結核菌みたいです。」とか、いろいろ言われて、(そんな馬鹿な?)でした。
ちょうどその頃、私、大学に入学して、まだ半年も経たない頃で、付き合っていた友達も、それから4年間で入れ替わりました。ただ、不思議と、この大学では、「友達定着型」だったんです。つまり、「4年間同じ友達しかいない。」なんです。「10人少々の友達と4年間一緒」なんです。その友達のグループの中で、「今日は誰さんがこの授業に出席しているから、一緒。でも誰さんはこの授業履修していないから、今日は会えない。」となっていただけなんです。しかも、大学キャンパスは結構広々としていて心地よいけど、周囲にお店や遊ぶところが全くないんです。そのために、「今日は1限から5限まで授業があって、中1限くらいあいているんだけど、どこにも遊びに行かないで、学校にいる。」とか「私は2限くらいあいてるけど、遊びに行く場所ないよね。あなたの授業一緒に受けようかな?でも馬鹿みたいだから、行かない。」とか、そう言う状態だったんです。それに、「空き時間は空き教室でトランプゲームやおしゃべりを楽しむ。」と言うのが基本で、キャンパスから出ることはほとんどない生活だったんです。他にも大勢同級生や先輩や後輩がいても、ほとんどしゃべったこともないです。同じ友達だけと見事に4年間一緒に付き合ってきたのが私です。お弁当も一緒だし、学食も一緒だし、授業も一緒で、空き時間も一緒で、問題なく4年間同じ人だけです。それで問題を感じたことは一度もないです(笑)。
でも、職場って、そう言う風にならないんです。入ってみると分かるんだけど、既に、最初にいた人達が大勢集団になっていて、その集団に入らないといじめられたり、無視をされたり、1人だけ仕事をさせられたりするんです。それで、「どうやったら私も仲間に入れてくるの?」と言って泣きながら寄っていけば、「こうするなら仲間に入れてあげてもいいよ。」と言うことでもあるのか?不思議と、その仲間に入れる人と、入れない人が出てくるんです。私は、不思議と、同僚達の仲間に入れなかったんです。そのために、孤立型になったんです。
孤立型になった後、「私、お弁当の時間、窮屈。同じ人とばかりずっと一緒に会社の中にいるなんてできない。ニュースも分からないし、何一つ勉強にもならないし、新しい知識も入らないし、新しい人との付き合いもないし、つまらない。」となって、お弁当の時間、外に飛び出して行ったんです。「会社に一日中いると息がつまる。」と言ってね。しかも、家に帰ってきて、「新聞読んだことない。」と言ったこともあります。
この「盗聴器」では、男性の話だったし、私が知っている東京の職場の話だったんですけど、正直、男性の方は、分かりません。その男性は、会社の中に「8時間+超勤」でいると、社交性も薄れるし、同じ顔しかいないところで一日中いるのは息が詰まるし、会話がつまらないし、出張したいし、お弁当の時間は外に必ず出たいというだけなんだそうです。それに、やっぱり、「勉強にならない。」なんだそうです。男性の場合は、女性と違って、友達との付き合い方が違うからなんです。でも、私は、女友達の中にずっと一緒にいられるだけ仲良しで、おしゃべりの話題も似通っていたら、それで十分満足なんです。大阪時代の2年間にも、そう言う時代があるんです。2人とか3人とか4人くらいでべったんこで、いつも一緒で旅行も一緒で、すごく仲良くて、その中の2人は、毎月一回必ず映画館に行って、「一日映画3本立て」と言って楽しんでいました。ある意味、「同僚と仲良しだったら、8時間+超勤の方が私は嬉しいけどな?」でした。ただ、女の人達って、問題があって、「その集団に入れないと、仲間外れになるから、職場にいることができない人がいる。」だけだと思います。それに、「一匹狼が好き」と言う女性もいるしね。それに、「こういうことやったら、仲間に入れてあげるよ。」みたいな、宗教的ゲームも、嫌いな人大勢います。だから、「そんなことやらないと仲間に入れないなら、仲間外れでいいよ。」だったりします。ただ、そうなると、「5時間にしてもいいかな?」と言われると「はい。」だし、「2時間でもいいかな?」となると、「はい。」なんです。
理由ですか?「友達がいないから、職場にいてもつまらない。」と言うだけです。ダメですかね???
<人違い?からスタート>
10月ですね。涼しくなっても、パソコン、やらないですね。ごめんなさい(笑)。
私、高校生だったのかな?友達と一緒にどこかのお店の入り口にいた時に、3人の男の子が入ってきて、すれ違ったんだけど、その時、友達が、
「あれ、誰ちゃん、どうしたの?」
と真ん中を歩いていた男の子に声をかけたんです。その時の名前が、今の会社の成り上がり課長と同じだったんです。それで、もしかしたら?と、ずっと頭にあったんです。まだ小さい時に、私の母校となった小学校の校庭で姿を見かけた記憶は、今年の5月に思い出していたんだけど、同時に、(誰さんの友達か知り合いなのかな?)と思ってたんです。それで、その友達を中心に、(誰か知っている人いないかな?)と思って、小学校の同級生とかにも書いてみたんです。結局、同じ小学校だった記憶はないからだったんです。でも、連絡を取り合っている友達は、ごくわずかだし、地元に残っている人も少ないから、情報ゼロのまま、ずっと半年間過ごしてきたけど、9月に入る直前くらいから、(大学院だ。大阪だ。それなら、ダメだ。)になって、それから手紙もメールもあまりその話題に触れなくなって行ったんです。結局、非正規みたいな形で入社して、1カ月足らずで課長職になったのが解せなかったんです。そんなことやっていいの?だったんです。どこの田舎の馬鹿がそんなことやってるの?でした。でも、大学院卒なら、話は違うかもしれないんですよね。ある意味、「裏がある」と思うから、怖いんです。
「あれ、誰ちゃん、どうしたの?」
と声をかけていた友達には、最後まで話をするために、メール連絡をし続けていました。でも、考えてみたら、思い出せば思い出すほど、(大学院を書かないと、連絡取り合っても仕方ない。)と思いました。結局、一方的に連絡をするだけで、メールが届かないんです。ラリーできないから、その友達かどうか?教えてもらうことができないので、進めるしかありませんでした。たぶん、誰さんが知っている人ではないと思いますけど、それも分からないんです。
私の小学校に来た人達は、幼稚園が大きく分けて2つあったんです。同じ地域から同じ幼稚園に行っている人ばかりではないので、他の幼稚園に行った人を知っているのは、同じ幼稚園の人だけだし、住んでいる場所が違うと、子供の頃の友達って、分からないんです。だから、私が知らないだけで、友達の家の近くに住んでいた可能性もあるし、そこから別の幼稚園に通っていた可能性もあって、同じ小学校に入学しようと思って何度か来ていたけど、入学を辞退した人かもしれないんです。あるいは、別の地域からその日だけ親戚宅に遊びに来ていた人とも考えられました。
ただ、お手紙とかメールって、難しい側面があるんです。私、高校の同級生、1人も連絡を取り合っていないんです。「競争心」があるから、卒業する時に連絡を取らないまま卒業した友達とは、それっきりなんです。それに、今更、連絡を取り合って、どうするのかな?とも思います。それに、もう1つ言うと、この日記もそうだけど、「大学院」と聞いて、読むのを辞めた人、いると思います。逆に、「大学院なら読んでみたい。」と言う人もいると思います。それに、「勝った。」「負けた。」と言うのもあるので、手を広げたくないんです。
私、大学を2つ梯子してるんですけど、最初の大学は、レベルが低いんです。知名度もありません。偏差値が低くても、誰もが嫌がっていたけど、そこしか合格しなくて、仕方なく通っていました。そう言う人が、別の大学に行って、少し偏差値が高くなると、高卒にも恨まれるけど、同じ大学出身者なら、もっと恨まれる可能性があります。同窓生になっているけど、心理が違うんです。通っている時は、平気で言えるんです。「中退するかもしれない。新しい大学に行ってるけど、つまらない。」だったからなんです。だから、知っている人はいるんです。でも、今になったら、「こういう人生を送ってきたから、今会社でこうなった。すごいでしょう?」ならいいんです。でも、違うんです。「大学を卒業する時に正社員になれた人は上役になれたかもしれないけど、私みたいにあちこち大学梯子した人は、非正規で出世ゼロで、お給料も安いし、シフトも入らないよ。」となると、なんだか話したくないです。「次の大学は卒業してないのかな?」と思われても仕方ない人生しか送れないのが今の日本ですからね。だから、あまり話したくないんです。
むしろ、大学院に進学したことを知っている人とか、私と一緒にいた時に、今の会社の成り上がり課長も一緒にいたと言う事実がびっくりなんです。私の友達って、今の会社の課長、知ってるの???なんです。学校違うから、びっくりです。それに、思い出せば思い出すほど、今年3月までいた副部長も私の大阪時代の友達が知ってるはずだし、2018年度の部長兼主治医も大阪時代の友達が知っているはずだし、びっくりなんです。大阪在住だったらしい、子供の頃から何度となく会ったことがある白人の男性も、私の友達が知っているはずなんです。どことなく、日本国内が狭いんです。
ただ、「話せる相手」と言うのは、「学歴を気にしない人」じゃないと困るんです。ある意味、どうでもいい人です。いろいろと心理があるからめんどくさいですね。むしろ、通っている時の方が、「卒業できるかどうかわからないし、中退するかもしれない。」と言う話し方なので、平気で、「どこどこ大学に行ってるんだ。」と言っていたんです。1つ大学出てしまってから大阪の大学に行ったので、それが可能だったんです。つまらなかったのも事実だったんです。やっぱり、大学なんて、どこに行っても同じだと分かってから、ダメだったんです。ある意味、私のやり方では、「就職できない。」からだったんです。難しいですね。
<涼しくなって!>
「暑さ寒さも彼岸まで」と言うけど、涼しくなってきて、やっと落ち着いてきました。暑くて、今年は、パソコンやりたくなかったです。中国から帰国した後数年間は、パソコンを立ち上げて、ブログや日記を書かずにはいられなかったけど、今では、クーラーをつけてまで、パソコンをやりたいと思わなくなっていました。今年4月に携帯電話を新しくしたら、結構長文が書けるので、パソコン離れが始まっていました。でもまた涼しくなったので、パソコンに戻って来れたら嬉しいです。
この「盗聴器」で、団体時代の同期の1人で、看護師だった友達の話が入ってくるのですが、(私と誰さんが、患者と看護師の関係になったって、どういうこと?)と不思議でした。私が彼女に連絡を取らないのは、特に、何の問題もありませんでした。ただ、帰国後、彼女には仕事があるのが分かっていたし、年齢が、どうしても10歳くらい年上の女性だったことが原因で、連絡を取りたいとあまり思わなかっただけなんです。でも、彼女が私に話してくれた故郷が愛媛県で、その愛媛県で、大きな地震があったと知った今年4月に、ちょうど携帯も新しくしたばかりだったし、長文も書けるようになってたので、安心して、短文のメールを送信したんです。そしたら、思いがけず、メールの返信があったんです。その頃から、「私と誰さんは、中国から帰国してすぐに宿泊した先のホテルで、私が倒れて、患者と看護師の関係になった。同期だけど、私が彼女に助けてもらったために、同期だけの関係ではなくなった。」と言う放送が流れたんです。
私、まるっきり、記憶ないです。ただただ、彼女と13年ぶりに連絡が取れて、愛媛県の地震にはあまり関係ないと知って、喜んだだけでした。むしろ、「患者と看護師の関係になった。」って、どういうこと?記憶ないよ。でした。今年は、今まで連絡取っていた団体時代の同期だけではなく、日本航空や愛媛県地震のこともあって、いろいろと少しずつ連絡を取る人を増やしていました。まさか?の情報で、(本当の話?)と思いました。正直、それならそれで、むしろ、仕事がなくても、彼女にだけは連絡を取り続けないといけなかったのではないか?とも思います。ただ、13年の月日が、一番良い状態になってからの連絡と言うこともありえます。正直、仕事がないのに連絡をしても、迷惑なだけですからね。
先日、職場で、タイムカードが磁気エラーを起こしたみたいで、いきなり、入力もできないし、解錠もできなくなりました。総務の人がその直後に知って、「後で直してあげる。今はこの紙に退勤時間を書いてくれればいいよ。」と言ったので、そうしたんですけど、なかなか直してくれないので、(おかしいな?)と思いながら、別の人にその旨を話して、仮の対処をしてもらいました。
私、会社に入ってから、不思議と、他の先輩の非正規社員から見ると、何事もおかしいみたいで、「何で窓口の解錠ができないの?いちいち開けてあげるの、めんどくさい。解錠できるようにしてもらって。」「何であなただけパソコン使えないの?IDを部長に言ってもらってきて。」「パソコン使えるようになったのはいいけど、アクセス権がないのでは仕事ができないよ。あなたが1人で仕事できるように、部長に言ってアクセス権もらわないとダメだよ。これでは何の仕事もできないし、その仕事をするたびに私のIDを貸すのは嫌だ。」「他の人の社員証の上にあなたの写真とかを張り付けただけだから、交換するね。解錠とかは問題ないからそうしてきたけど、自分のを交付したから、変更。」とか、とにかく、何か月もたってからやったものもあれば、誰かが気づいて言ってもらってやったのもあればで、「なんか、誰さん(私のこと)の時は、どうも他の人と違うね。シフトも入ってないし、研修も行くはずなのに行かないし、どうなってるの?」と散々言われました。
そのせいか、他の人から言われるのが怖いんですよね。「これ、早く作ってもらって。やってあげるの、めんどくさい。」とね。今の部署に移動になってからも、「何であなただけパソコン開かないのかな?誰さんに言って、IDもらってきて。」と言われるんだけど、上司を見ると逃げ回ってるし、「誰さん」と言う人は、非正規で総務で、私の部署と違うから、その人からIDを発行してもらうことはできないのに、どうも今の部署の人がそれを知らなくて、(どうなってるの?)だったんです。
部署移動すると、1つ困るのは、「知識が違う」でしたね。今考えると、前の部署で知った知識の方が、ある意味、「上の知識」のものがあるんです。逆に、今の部署の仕事は知らないので、先輩達に仕事は聞くことになるので、知らない人は知らないみたいで、完全に私が下みたいな扱いなんですけど、困るのは、「それ、違う。」なんです。結局、前の部署で知っていた知識があるので、先輩の言うことが聞けない部分と聞ける部分があるんだけど、先輩の方は、違うんです。完全に私の方が下として扱うから、しゃべれないんです。学歴ではないです。下には教えない知識と言うのがあるのも知ってます。でも、それとも違うんですよね。仕事上は、下に教えない知識山ほどあります。ただ、パソコンのIDとかは、全員同じ人から発行してもらっていると思い込んでいたのが、私だったのかもしれないです。たまに日記書きたくなりました。
<学会で出会った人は?>
一カ月近く書いてなかったんですね。暑くて、ぐったりしていました。やっと少し涼しくなったかな?と思います。甥っ子との夏休みも終わり、ホッとしています。台風が多くて、びっくりしています。お盆の出勤の時は、台風の避難指示で「特休」をもらえて、約15分で帰宅しました。初めての経験でした。
最近、ちょっと思い出します。今回は、学会です。私、学会に参加したのは、北海道と兵庫県と、二つあります。北海道は見学で、兵庫県は発表でした。北海道の時、初めて懇親会に出ました。L字型の不思議な部屋で、私は、折れ曲がった先にあった窓の近くのテーブルでした。でも、上の挨拶の時は、Iの字の所の一番後ろに行って、挨拶を聞いてました。私は文系だから、理系がいるなんて知りませんでしたが、挨拶をした人が、「今日は理系の皆さんにも来ていただいています。」と言っていて、前から2番目か3番目くらいの列が、理系の人達で占めていたようで、一斉に後ろを見て、軽く会釈していました。その中に、どうも、私の会社の上司がいて、私の労働時間を削った人がいたようです。正直、その上司も、また変装で、多くいたんでしょうか?やたらと頭の良い上司もいれば、そうではない人もいたんです。ただ、労働時間を削るとなると、言葉巧みに上手な言い回しで話を持ち込まないといけないので、頭の良い人がやったんだと思います。2人だけの部屋で、ずっとしゃべっていた記憶があります。ただ、もっと前に会っていたとすると、北海道の学会の懇親会会場のような気がします。
その北海道で、もう1人記憶があります。今の会社の「成り上がり課長」です。立食パーティーだったので、ある程度お酒が進むと、席を回り始めます。挨拶をしながら、お酒で乾杯して、おしゃべりしながら先に進みますが、彼は、私の真後ろに立って、話しかけてきました。挨拶をして、自己紹介をして、少し一緒におしゃべりして、一緒にテーブルにある食べ物を食べて、あっという間に姿を消しました。今考えると、姿も声も似ています。あの日、一緒にいたのかな?ムーンライト九州の翌年が北海道学会、そして、次の年が兵庫県の学会で、年明けの3月が大分県になります。そんな馬鹿な?!
次は、兵庫県の学会です。私は発表でした。「どうせ私の発表なんて見に来る人いないよ。何で資料なんて作成しなければならないの?どうせポスター発表の前に突っ立っているだけの壁の花にしかならないのに。馬鹿みたい。」と言って、「印刷用紙もったいない。」とか言って、先生に配布資料を作るように言われたので、ろくに印刷しなかったんです。「10部前後あればいいか?10人も来たらすごいわ。」でした。
でも、当日、すごくたくさんの人に並ばれて、1時間の発表と質疑応答時間がものすごく短く感じました。先輩達や同級生達とは、「写真撮影しようね。ポスターに指を差し出して、人に説明しているようなポーズをして、ハイチーズ。とか、やらせの写真でいいよね。」と約束していました。でも、当日は、理由は分からないけど、並ぶお客さんが多くて、自然な発表風景の写真なら撮影できるけど、やらせはできませんでした。冷や汗だらだらだったし、統計は分からないし、資料は底を尽きるし、「答えられないのに発表するの?そんないい加減?」とか言われるし、「統計分からないって、どういうこと?」と言われるし、もう散々でした。チャイムが鳴って、終わる頃、(どうしよう?まだお客さんならんでいる。)と思ったら、同級生の友達が声をかけてきて、「いい加減、もう時間なんだから終わりにしなよ。片付けしないとダメなんだから、お客さんには、もう終わりだと説明して、帰ってもらった方がいいよ。」と言われて、そうしました。そしたら、後ろに並んでいた数人の中の1人が、「資料だけでももらえませんか?」と声をかけてきて、「え?」と思いました。(椅子の上にもう資料ないの、分かってるはずなのになあ?)と思いました。それで、「すみません。もう資料ないんです。準備した資料、少なかったみたいで、すみません。」と言って謝って帰ってもらったんです。
あのう・・・「資料だけでももらえませんか?」と声をかけてきたの、今の会社の「成り上がり課長」なんですかね???そうじゃないことを祈ってるんですが・・・。私の過去、これ以上知られたくないんですけど???最悪な話ばかりになってきたよ(泣)。
私、その後、資料の話を先生としたら、「普通、お客さんが1人も来ないと思っても、大量に資料を印刷して準備するものです。何で、そうしなかったんですか?」と怒られました。そんなこと言ってもねえ・・・。先輩達や同級生達の発表見てても、お客さんがいる人って、ほとんどいないんです。「知名度」があればこそ、結構人が集まってきて、発表聞きたい人がいるというだけで、知名度も名声もない人では、ダメなんですよね。だから、不思議だったんです。「裏あり」ですかね?なんか怖いんですけど???
私、立食パーティーって、学会をきっかけに、あちこちで経験あるんですけど、歩き回ることが一度もないんです。自分の所だけにして、動かないんです。そしたら、徐々に、「あなたが一番偉いんですか?」みたいになって、(え?)となったことがあります。中国時代だったかな?「普通、一番下と言うのは、あちこちのテーブルを回って挨拶をするものなのに、あなたは歩き回らないから、一番偉いのか?とね。」みたいなことを聞いたことがあります。そんなつもりではなく、ただ、社交性がなかったり、他のテーブルに行くのがめんどくさいだけだったり、お酒持ってあちこち歩いて、そこのテーブルの食事をちょこちょこ食べるのが嫌だったりするだけなんです。ずっと陣取ったテーブルでおしゃべりして、食事するのが好きだっただけなんですけどね。いろいろと面倒ですね(汗汗)。でも、人生って、面白いですね。
| PerlDiary Ver.1.05 |