おれの言葉に香は軽くうなずく。
ナンパがてらの散歩から帰ってきて香にそう言われる。
「お前なぁ、何考えてんだ?」
「反対な訳?」
「あったりめぇだ!!」
酔っ払いの巣窟に香を置いとけるか!!
「撩。今、ピンチなの、あんたも知ってるわよねぇ」
そう言って香は通帳を2つオレに見せる。
「こっちの通帳は公共料金専門の引き落とし口座用通帳。これはその他の通帳。見て分かる通り、公共料金のお金はどうあいても引き出せないの分かるわよね」
しっかり者の香は通帳を二つにわけている。
使ってはまずいお金(公共料金用)とその他と。
公共料金用のは前回と同じぐらいの金額が書かれてあった。
そうしてもう一枚は残高が百数円(あるだけでもすごい)。
「これは昨日の段階の物なの。そして、今日が引き落とし日。その結果どうなるか分かるわよね」
香は静かにまるで子供を諭すようにオレに言う。
……何が待ちかまえてる?
ハンマーか、それとも他の事か。
どっちにしろ今の状況から逃げ出す手段はない。
仕事は………男の依頼だからって蹴った…しかも今朝…。
で、そのまま逃げてきた事を忘れてました。
「それなのに、ツケをためまくってるのは何処のどなたかしら?」
「か、香ちゃん」
笑顔が怖い。
目が笑ってない。
やばいなぁ。
確かに、今回はツケをためまくってるような………。
にしちゃあ、催促来ないよなぁ………。
「香、これにはふか〜い事情が」
「別にあんたのくだらない、ふか〜い事情なんて聞きたくもないわ。ともかく、あたしは頼まれたのよ!」
そう言って香はたくさんの請求書をオレの前にばらまく。
「ここら一体の飲み屋、キャバレー、クラブ、バー、のママやマスターや店長から!!あんたのツケなくすかわりに働いてくれってね!!」
はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜???!!!
「あたしはねぇ、あんたの後始末押し付けられたのよ。ツケで飲み歩いてる人間の!!!その人間があたしがバイトする事に何で反対するんだ、バカ!!!!」
「だからってなぁ」
「なんか言いたい事あるの」
「ある!!!」
「あるだぁ?冗談でしょう?どの面下げて、言いたい事言えるって言うのよ!!!だいたい、あんたがえり好みしてるからうちがピンチになるんじゃないか!!今までどれだけピンチになればあんたは気が済む訳?しかも今回100万以上もツケためて!!!何考えてんのよ〜〜〜〜!!!」
「わーーーーーーーーーーーーー」
あぁ、マジでヤバイ。
これはヤバイ。
ここまで怒った香は久しぶりだ。
しかも、最悪な事にオレ達の関係が変わってからは初めてだ。
ヤバイ、これじゃ、す巻きだなんだでおさまるはずない。
………お預けされる?
趣味のナンパに成功してお茶飲んでる時に香に見つかった時はあん時は確か………1週間…じゃねぇ、その後に仕事入ったから、その間に+αされて(しかも依頼人は女性)………1ヶ月……。
っつーか、それ以上になる可能性ありって事?
冗談だろぉ???
せっかく、せっかく〜〜〜〜〜!!!!!!
「分かった!!香、今朝お前が言ってた依頼を受けよう!!!!それで文句はないな!!」
「男だって言って蹴ったくせに」
「………そういう状況じゃないって言うのは分かった」
「ついでに、当分の間」
お預けやだ〜〜〜〜。
「当分の間、夜遊び禁止!!破ったらお預けよっっ。ついでにバイトもしてあげる」
「ま、待てよ!!お預けやだ、しかもなんでバイトもしてあげるってなんだよ!!!」
それってついでにつける事か?
「今回の依頼が高額依頼かどうか分かりません。文句ある?それとも次の依頼がどんな依頼主でもちゃんと受けてくれる?たとえ男の依頼だとしても」
そ、そう来たか。
受けなかったら、バイト&お預け。
受けたらチャラ。
ついでに美女からの依頼だったらラッキー(下手したらまたお預けって事にもなりかねないが)。
「………いいだろう」
「絶対」
じっとオレを香は見つめる。
「あぁ、男に二言は無い」
しばし見つめていた香はふぅっと息を笑顔になる。
………ってここで笑顔になるのは反則なんじゃ………。
「良いわ。その言葉信用してあげる。さ、行くわよ」
は?
突然、香の方向転換。
笑顔にやられたオレの伸ばしかけた手は空をつかむ。
「行くって、何処に?」
「依頼人に会いによ。まだ断ってないの。会う時に受けるか受けないかは聞くって事だったから」
そう言って香はオレを引っ張っていく。
「何処に行くかぐらい言えよっ」
「あぁ、そうね。キャッツアイで待ち合わせよ」
………………。
もしかして、うまくはめられたんじゃないのだろうか………。
うーん。
「前原公彦さんです」
と、かすみちゃんに紹介を受ける。
キャッツアイに撩を引きずってきて依頼人に会わせた。
のはいいんだけど、何でかすみちゃんから聞かされるんだろう。
「実はですねぇ、前原さんにお二人を紹介したのは、わたしなんです」
と申し訳なさそうにかすみちゃんは言う。
「って言うか………わたしからの依頼って事でもあるかなぁなんて」
「どういう事?」
「つまりですねぇ……」
かすみちゃんの話によると、この前原さんの大切にしていた美術品がある日何者かに盗まれてしまったらしい。
警察に届けを出したのは良いけど美術品はそうそう戻らないと言われてでも諦めきれない日々が続いていた頃、それをとある美術館で見かけたという。
で、美術館の館長に詰め寄った所、あれは美術館の『オーナー』の所蔵品だと言う返事が返ってきたらしいんだけど。
で、その『オーナー』を思い出した所……そのオーナーと前原氏は知り合いで、オーナーは前からその美術品を前から欲しがってたらしい。
おそらく盗んだのはオーナーの一味。
取り返してもらいたいがオーナーは全然聞く耳持たない。
と言う事で、知り合いだったかすみちゃんのおばあちゃんに相談して…こうなったという訳。
「その美術館ではまぁ………その………結構セキュリティが厳しくって……冴羽さんの力貸してもらおうかなぁと思って……。で、わたしから頼むと冴羽さんの事だし……」
そう言ってかすみちゃんは頬を赤らめる。
そういう訳ね。
かすみちゃんから撩に直接来たら絶対に『一発もっこりさせろ!!!』ってもっこりの報酬させられるに決まってるから。
かすみちゃんって……撩の事好きな癖してそこら辺は妙に潔癖なんだよなぁ………。
「確かに、直接撩に言えばとんでもない事要求してくるわね」
「なので、前原さんに頼んで依頼という形で………伝言板に書いてもらったんです」
「あたしに直接言ってくれれば良かったのに」
「え、香さんにですか?それも考えたんですけど…………」
かすみちゃんは気まずそうにする。
そっか…かすみちゃん知ってるものね。
あたしが女性の依頼は受けたくないっていうの。
さんざん愚痴ってるしなぁ…。
でも、一応知り合いは別よ。
冴子さんや麗香さんはあんまり歓迎したくないけど。
「で、依頼は受けてくれるんじゃな?」
前原さんは厳しい視線を撩に向けてくる。
確か、超有名企業、『マイン』グループの元会長で、引退した今でも経済界に顔が効くって言う人よね…前原さんって
「………1億……」
撩は吸っていたタバコを押し付けて前原さんを見る。
「依頼料1億だったらやってやってもいいぜ」
そう言って撩は、新しいタバコに火をつける。
……………1億って言ったわよね、このバカ。
「は?」
「さ、冴羽さん!何言ってるんですか?」
「あんたねぇ、おじいさんの気持ち考えてみなさいよ!!大事な物が盗まれたのよ。おじいさんが大切にしていた物よ。それを1億払うならやるなんて卑怯じゃないのよ!!!それに、第一この依頼は、元々かすみちゃんに来た物なのよ」
「………金ないって言ってんの誰だよ」
「…そ、それはそうだけど。あたし言ってるけど。でもそれとこれとは別問題でしょう!!!」
言葉に詰まりながらもあたしは反論する。
「いいじゃろう。冴羽さん、あんたの言い値で払ってやろう」
撩の顔をじっと見ていた前原さんはそう言う。
「ま、前原さん!!!」
「何言ってるんですか?そんな大金」
「払うよ。払えないんだったら諦めとる…。どうせ私が死んでもなにも残らん。その美術館のオーナーは私の息子。マインの現会長でない事が不満らしくてな。私に早く死んでもらいたいらしい」
「前原さん」
自嘲気味に呟く前原さんにあたしはなんと声をかけていいのか分からない。。
「気にせんでくれ。かすみちゃん、そして香さんと言ったかな?死んだら慈善事業に行く遺産の一部を少しお前さん達に渡すだけだ」
そう言って微笑んだ。
「一億だなんてふっかけすぎだわ」
当の問題の美術館にあたし達はやってきた。
盗みに入る前の下調べって所。
今回あたしの出番なしかぁ……。
「ありますよ。ここの警備会社すぐに来るんです。その為の逃走手段として香さんには外で待っててもらわないと」
「そうなの?でも撩の手伝いって何が必要な訳?」
あたしはかすみちゃんに問い掛ける。
撩はつまらなそうにあたしとかすみちゃんの後ろを歩いている。
美術品なんて興味なさそうに。
「実は……ここの部屋に問題があるんです」
と着いた所は美術館のギャラリーの一つ。
前原さんの盗まれたものと同じような物が飾られていた。
「とり合えず、見てみましょうか?その問題の美術品を」
とかすみちゃんの後を着いてくだんの美術品の近くに向かう。
「ここの館長はいらっしゃるかしら」
突然、声が響く。
その声は例の美術品が飾ってあるショーケースの側からで、その声の発する人は。
げ、美人。
「こんな所に、美しい人と巡り会えるとは思いませんでした。どうです?今夜僕ともっこりでも」
「って、あんたは何やってんのよ!!!美術館まで来てナンパするな!!!」
美人の側にいきなり行った撩をとっつかまえる。
「冴羽さん早く謝って、こんな所で喧嘩しないでぇ〜〜」
「わ、ーわー、香、分かったすまん!!!!つい癖で!!!」
「癖って何ですか癖って!!!」
あたしが突っ込むより先にかすみちゃんに突っ込まれる。
「香さんもここが美術館だって事忘れないでください!!」
かすみちゃんの言葉にハタッと我に返る。
しまった……思わず、いつもの癖で。
「もう…………」
そう言ってかすみちゃんは近くにあったソファに座る。
「しっかりしてくださいよ。二人とも」
「ごめんね」
謝りながらあたしはかすみちゃんの隣に座る。
もちろん、撩を捕まえたまんま。
そんなあたし達の様子をあぜんと見ていた美人は我に返り、もう一度館長を呼ぶ。
「あの人、どうしたのかしら」
「……思い出した」
へ?
「かすみちゃん、知ってる人?」
「知り合いではないですけど……有名な人ですよ」
「三田村小夜子。高田グループ傘下の高田美術館館長。閉鎖的な美術界に改革をもたらすと館長就任時に叫んで、美術界のジャンヌ・ダルクと称されている人物」
「……何で知ってるの」
…知り合いなのかしら……。
美人だし、あり得なくないけど。
「ん?美人だから。新聞で見かけたんだよねぇ〜〜〜」
…………………。
あたしとかすみちゃんは呆れて何も言えない。
撩らしいっちゃ撩らしいけど。
はぁ。
ため息ついて上を見上げれば、監視カメラが多数。
ついでに
「赤外線センサーに多数の監視カメラか」
「気が付きました、冴羽さん」
「そりゃね」
…赤外線センサーって何処にあるのよ。
「監視カメラについてるのさ」
不思議そうな顔をしてるあたしに気付いたのか撩は教えてくれる。
「こんないっぱいどうするの?」
「元を切ればいいんで問題ないんです。ただ一つ問題が」
そうかすみちゃんが言った時だった。
「初めまして。私、高田美術館の館長を務めさせていただいております三田村小夜子と申します。一つよろしいかしら?」
「何でしょうか」
「この美術品は偽物ではなくって?」
そう三田村小夜子さんが差したのは例の美術品だった。
え?
思わず顔を見合わせるあたし達。
「どうするの?」
「かすみちゃん、あの爺さんはホントにあれだと言ったんだな?」
撩の言葉にかすみちゃんはうなずく。
その間にも三田村さんとここの館長のやり取りは激しく続いている。
と言ってもジャンヌ・ダルクと呼ばれるのは伊達じゃないのか、三田村さんの方が館長を押しているんだけど。
「じゃあ、簡単だ。あれを盗めばいい」
「だって、あれは偽物で」
「だとしても爺さんにとっては本物かもしれないだろう?」
理屈としてはあってるかも知れないけど………。
「あなたに何と言われようと、これは本物だ!!!!!」
そう叫んで館長は三田村さんを追いだした。
「何て事、聞き入れて貰えないんなんて……。あの偽物……………あの………」
そう呟きながら三田村さんはその場から立ち去った。
館長もどこかに消えて、ギャラリーは人が少ないながらも騒然としてあの美術品の側に集まる。
「じゃあ、偽物だったらどうするの?」
「……ん?そん時はそん時さ」
そう撩は笑ってかわす。
相変わらずなにも言ってくれない。
でも、絶対なんか心あたりありそうって顔なのよね。
「じゃあ、それはそうするとして。かすみちゃん、もう一つ問題があるって言ったわよね。それってどういう事?」
「あの頭上のセンサーです」
例の美術品の頭上にあるセンサーにかすみちゃんは目をやる。
「あのセンサーはどうも別のラインのセンサーらしいんです」
かすみちゃんの話によると、実は一度忍び込んでいるらしく、そのセンサーをカットするスイッチが見当たらずに退散したらしいのだ。
「……あれを切って欲しいんです。あのセンサーはこのギャラリーに人を閉じこめる為のセンサー。あれをどうしようもない限り、ここから逃げる事は不可能なんです」
「なるほどな」
撩はギャラリーの入り口の方に向かいそのセンサーを見る。
「…大丈夫?」
と聞けば
「問題なし」
と軽く言った。
「じゃあ、香さん。後はよろしくお願いします」
かすみちゃんと撩は夜の闇に紛れて美術館へと侵入する。
『わぉ、ひっさしぶりの空飛ぶお尻ちゃ〜〜〜ん』
『冴羽さん、まじめにやってください!!』
『ごめんってば、かすみちゃん』
通信機から聞こえるあのバカの声。
仕事中に何やってるのよ。
『撩、まじめにやんなさい!!この依頼果たさないとねぇ、あんたのツケ返せないんだからね。あんたのツケ返せなかったら、あたしはねこまんまに売られるんだからな〜〜〜〜(大げさに言ってみた)』
効いたかな?
「………香さん、効き過ぎなんだけど」
え???
あっちゃ〜〜〜〜。
落ち込みすぎて、なんだか落ちてきたよ。
『あぁ、もう、あんたがしっかりやればいいの!!!ほら目的の美術館まではあと少しだよ!!』
ともかく声をかけて仕事を開始。
手順はまず赤外線装置を切り、美術館内部に侵入、目的のギャラリーにたどり着いたら撩が銃でセンサーを切り美術品を回収。
センサーを切った事で警報装置が作動して警備会社に連絡が行くからその間にふたりはここまで戻ってきて車に乗ったらすぐに逃亡!!!
と言う訳。
大丈夫かな?
まぁ、撩の事だし、かすみちゃんもその筋のプロだし。
大丈夫でしょう。
撩が……もっこり癖を出さなければ。
それだけが心配何だけど………。
一応脅しもしたし、大丈夫よね。
暇〜〜〜なんて言う間に警報装置が鳴り響く。
うわぁ〜〜来たわよ。
エンジンかけておかないと。
そうしてる間にもふたりはもどってくる。
「香」
撩の言葉にうなずいてあたしは車を発進させる。
逃走経路は前もって決めていた通り、そのまま前原邸に向かう。
「………かすみちゃん」
気になるのは黙り込んだままのかすみちゃん。
「やっぱり、これ偽物です」
そう言ったかすみちゃん。
一応泥棒だから美術品に関しては結構勉強しているんだって。
「あの時も言ったが、前原氏にとっちゃ本物かもしれん。それを確かめるのが先だろう?」
そう静かにいった撩の言葉にかすみちゃんは小さくうなずいた。
警察に見つからずに前原邸に着いたあたし達はそれを前原さんに見せる。
と……。
「……違う」
そう首を振ったのだった。
「どうするの?」
「………依頼は、受けているんだもの放棄する訳にはいかないわ。あたし、探してみます」
かすみちゃんはそう言う。
「……かすみちゃん、この件はオレに任せてくれないか?一つ心当たりがあるんだ」
「心当たり?ですか」
かすみちゃんの言葉に撩はうなずいた。
でも、心当たりって何だろう。
「撩、何処に行くの?」
「ん〜、知り合いの所」
そう言って撩は車を走らせる。
マンションを出てから撩はなにも言わない。
かすみちゃんにも何処に行くか言わないで出てきた。
相変わらずの秘密主義にあたしは分かっていてもかすみちゃんは納得いかないようで説得するのに少し時間がかかった。
「じゃあ、かすみちゃんは例の息子の所調べて貰えないか?」
その撩の言葉にしぶしぶかすみちゃんはうなずいたのだけど。
車は湾岸へと向かっている。
「何処に行くかぐらい言ってよ」
「ウォーターフロントの倉庫街」
ようやく言ってくれたその場所は倉庫街と名を出してはいても、本来の倉庫以外に利用されている所も少なくない。
湾岸を走り目的の倉庫街にたどりつく。
「こういう事に詳しい奴がいてね」
こういう事と言うのは偽物騒動の一件だと思う。
昨日、前原さんの所に持っていった美術品は一瞬本物と見間違うほどの偽物だった。
かすみちゃんもしばらくの間は気付かないぐらいだったし。
あの時美術館でこれは偽物だ!と指摘されなかったら気付かないぐらいの物だとかすみちゃんは言っていた。
その割には前原さんはすぐに気付いたんだけど。
持ち主だから分かるのかなぁ……なんて思ってたのだけど、本物はうっかり壊してしまい信頼出来る美術商に修復してもらったもので(ついでにその美術品を買ったのもその美術商)。
完全には直らなかったらしい。
でも、美術品としての価値は損なわれてはいなかったそうなんだけど。
ともかく、その傷を探したらないって分かって、偽物だって分かったらしい。
「詳しいからって、その人が本物の在りかを知っているとは限らないんじゃないの?」
「詳しいだけじゃないのさ。元々はニューヨークでメトロポリタン美術館のキュレーター(学芸員)をやっていたんだが………。何処をどう間違ったのか今は表向き贋作専門の画商だが、裏ではブラックマーケットにつながっている奴。いわゆる裏の世界の人間っていってもいいだろう」
口調はあんまり気が乗らなそう。
と言う事は
「ちょっと安心かなぁ〜」
思わず口に出る。
「何がだよ」
「え?今から会いに行く人。あんたのその口ぶりからすると、男でしょう?」
あたしの言葉に撩は怪訝な顔を見せる。
「なんでわかんだよ」
「今までの経験上」
「経験上ってなんだよ」
「だってあんまり気が乗らなそうだから。性格悪でも、どんなに利用されようとも、美人だったらもっこりしてそうだけど、そんな様子全然ないからね〜〜」
「お前ねぇ、そういう見分け方すんのやめろよなぁ」
「誰のせいだ誰の」
ハンマー見せて脅したら
「……すいません」
「よろしい」
素直に謝ってきた。
「……ここだな」
ウォーターフロントの倉庫街は今いろいろなお店がある。
ファッション専門だったりカフェだったり。
で綺麗な倉庫に看板『ギャラリーフェイク』
車からおりて中に入る。
お客はあまりいなさそう。
掛かっている絵は全部贋作って言うけど…………。
「なんか全部偽物とは思えない。これなんか本物っぽい」
とあたしは一枚の絵を差す。
「これ学生の頃、美術の本で見た事ある」
他でも見た事あるから結構メジャーな絵なんだろうな。
「見た事あって当然ですわ。この絵は有名な絵ですもの」
声に振り向けば、あの時美術館にいた三田村小夜子さん。
「あら?あなたは………」
「覚えて!!!!」
「あの時の非常識な男」
三田村さんが覚えていた事に喜んだのもつかの間、思いっきり落とされて撩はショックを受けてる。
ざまぁないわね。
「あの、あれは偽物だったんですか?」
盗んどいて聞くのも何だけど、その後どうなったかあたしはちょっと知りたかったのだ。
新聞にもニュースにもなってないあの事件。
「…私はそう、信じているわ。でも肝心の物がない。盗まれたのよ!!こんな事あなた方に言っても仕方ないですわね」
盗まれた……。
彼女の耳には届いたって事か…。
「そうそう、あなた良い目を持ってらっしゃるわ。その絵は本物ですわよ。最も、盗難品ですけど」
そう言って三田村さんはさっそうとギャラリーから出ていった。
……盗難品?
「言ったろ。ここはそういう店だって」
驚いているあたしに撩は言う。
「やっと三田村さん行ってくれたネ。あたしあの人キライヨ。ってお客様。いらっしゃいませ。ギャラリーフェイクへようこそ。その絵をお買いお求めですカ?」
ちょっとだけ片言のアラブ系女の子があたし達の前に現れた。
「…………………君、ここの従業員?」
「そうですケド」
撩の言葉にその娘は少々おびえぎみ。
「………あいつ、いつからロリコンになったんだ?」
「ロリコンってフジタの事?サラは子供じゃないヨ」
彼女『サラ』さんの言葉に耳を傾けないで撩はうなってる。
一体何だって言うんだろう。
「藤田玲司、呼んで欲しいんだが」
「あなた、フジタとどういう知り合い?」
サラさんは撩の言葉に警戒する。
その時だった。
「サラ、三田村さんは行ったのか?」
ブランド物らしいスーツを着た少し背の高めな(と言っても撩ほど高くはない)男性が奥にあった扉の中から出てきた。
髪をオールバックにした様子からはあまり感じられないけれど、撩よりは年上の様な気がした。
「全くあの人はしつこいなぁ」
「フジタ、お客さんヨ」
あたし達に気付いていなかったのか、その人はサラさんの言葉でようやく気付いたのかあたし達の方を見る。
「……よ、藤田さん。相変わらずなようで」
「冴羽。生きてたか」
「そう言う言い方やめて欲しいなぁ。それはオレのセリフだと思うんだけど」
「冗談よしてくれ。お前ほどオレは死に急いじゃいないぜ。で、用件はなんだ?」
「出来れば、ここじゃない方がいいんだがな」
そう言いながら撩は何かを取り出す。
「あ、あんたそれ!!」
撩が取り出したそれは前原さんの美術品だった。
……前原さんっのって言うのは間違ってるか……。
「別に問題ないだろう」
しれっとした顔で撩は言う。
た、確かに、問題ないけど。
「………いいだろう。この向こうが事務所になってる」
その美術品を厳しい目で見ていた藤田さんは顔を上げてあたし達を促した。
サラさんがお茶をあたし達の前に出す。
彼女の名前はサラ・ハリファさん。
アラブの出身で今は藤田さんの秘書をやっているそうだ。
聞けばすっごいお金持ち。
「…こいつはとある所から持ってきたものでね」
一息ついた所で撩は藤田さんにもう一度美術品を見せる。
前原さんの名前も美術館から盗み出したと言う事も出さない。
「…そいつは贋作だろう」
「見ずによく分かる」
「本物は」
そう言って藤田さんは撩を見る。
撩はというと黙ってその先を待っている。
「本物はとある美術館にあるはずだ」
「飾ってあると?」
撩の言葉に藤田さんは静かにうなずく。
「……、さっきの、この事務室から出てきた『三田村小夜子』さんって言ったか?その美術館では偽物だと言ったんだが」
「……知ってるなら性質が悪いな」
そう言って藤田さんは苦笑いする。
「確かに、こいつは偽物だ。ついでに手配したのは」
「やっぱりあんたか」
「残念ながらね。本来の持ち主は前原公彦。マインの元会長だろう?」
藤田さんの言葉に撩はうなずく。
知っててこの人は贋作を手配したというのだろうか。
「フジタ、やっぱり騙されたネ」
「……」
サラさんの言葉に藤田さんは憮然とした表情を見せる。
「どういう事?」
「前原元会長の息子がこれと同じものがないかと言ってきたのさ。贋作でもいいから側に置きたいとね」
「そしたら、あの美術館に飾られちゃったんだよネ」
サラさんが藤田さんを楽しそうに騙されて残念ねって言う感じに見る。
「じゃあ、本物は?」
「おそらく、息子の所。で、今ごろ、かすみちゃんが見つけてるだろうさ」
そう撩が言った時かすみちゃんから連絡が入った。
前原邸に向かうとそこには前原さんとかすみちゃん、そして顔を真っ赤にしているくだんの息子がいた。
息子はマイングループ系列の会社の一応は社長らしい。
「ふ、藤田さん!!!あんたか親父に言ったのは!!!」
入ってきたあたし達を見て息子は叫ぶ。
「これは、社長さん。一体どうしたって言うんですか?」
藤田さんは息子の言葉にしれっとした顔で答える。
「あんたが、親父にこの美術品の事を言ったんだろう?」
机の上にある美術品を指さしながら詰め寄るように息子は藤田さんに言う。
美術品は息子の所にあってかすみちゃんは盗み出し、前原さんに返した。
そして、前原さんは息子を呼び出して「どういう事だ?」と聞いたらしい。
「一体なんだって言うんですか?」
「しらばっくれるな!俺がこいつの贋作を用意しろとあんたに言った事に決まってるだろう!!それを親父に言いつけたんだな!!!!」
藤田さんの顔を見て我を忘れたのか、息子は叫ぶ。
「そうだったんですか?俺は何も知りませんぜ。だいたい俺はここに連れてこられただけの事」
「何が、連れてこられただけの事!だ。ふざけるなっ!お前のせいでこっちがどんな目に会ったと思う!美術協会からは贋作とはどういう事だ!!と詰め寄られるし、警察にも事情を聞かれた。おまけに、美術館には泥棒は入られる始末。あの贋作品はとられる始末。せっかく、良い客引きが出来ただろうにと思っていたのに!!!」
そう顔を真っ赤にして息子は言う。
「ふざけるなと言うのはこっちのセリフだな。俺はあんたが贋作でもいいからそれを所持したいと言うのを聞き入れたんだ。だからそれの贋作でも有名な奴を探し出してあんたに渡した。それがなんだ?そいつを本物だと偽って美術館に飾ったのはあんただろう?そいつは贋作の中でもかなりヤバイヤツだ。表に出さない、自分の身の回りに置きたいからと言うから俺はそれを承知したんだ。あんたに怒鳴られる筋合いはないと思うぜ?」
「っっ」
何か言いたそうにでも言えないで口を金魚のようにさせている息子に今まで黙っていた前原さんが口を開く。
「お前が盗み出した事は知っていた。それを身の回りに置きたいと言うのであればそれでもいいだろう。だが、偽物と知っていながらそれを本物として展示するというのはどういう事だ?お前は客に偽物を売るつもりか?だからお前をマイングループの会長には出来ないんだ!!本物と謀るお前に本物を売る資格はない!!!!!」
そう一喝した前原さんに息子は愕然とうなだれ部屋をすごすごと出ていった。
「……前原さん、申し訳ありません」
ふと藤田さんが頭を下げる。
「今回は、俺のせいです」
「いや、あんたのせいじゃない。悪いのはあの息子だ………。迷惑をかけたな」
「いえ、そうおっしゃらずに。今後ともご贔屓に。何かいいのがあったらお見せしますよ」
藤田さんの言葉に前原さんは苦しそうに微笑んだ。
「かすみちゃんにも冴羽さんがたにも迷惑をかけたな」
「いえ」
「こっちは仕事だ。礼にはおよばんよ」
「…あんまりお役に立てたとは思えないんですけど」
そう言ったあたしに前原さんは苦笑した。
「そう言えば、フジタとサエバさんっていつ会った丿?カオリさんは知ってる?」
不意に、サラさんは聞いてくる。
前原邸からの帰り、かすみちゃんとは別々になりあたし達は藤田さんとサラさん(くっついてきた)をギャラリー・フェイクまで送る為にウォーターフロントへと車を走らせている。
「ん〜あたしも知らないのよ。ねぇ、いつ会ったの?」
そう聞くと撩は何だか苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
藤田さんはなんだかにやにや。
「『面倒な事』持ち込んでくれたなあれは」
「けっ。勝手に言ってろ。こっちは命の恩人だろうが!面倒な事はそっちだろう?」
「いや、確かにその通りさ」
「だいたいなぁ。ブラックマーケットに詳しいくせに、素人相手に本気になるなっツーの」
「別に俺は本気になった覚えはないぜ?お前さんが本気になっただけだろう?」
「だいたいあれは槇村と冴子が」
アニキ?
「ちょっと、なんでアニキがそこに出てくるの?」
まずいといった顔を撩はする。
ちょっとどういう事よ。
「たまたまだよ。依頼。一般からの依頼と冴子に頼まれた潜入捜査がこいつが絡んでたブラックマーケットの捜査って訳。冴子がバイヤーになって槇村はその付添。だいたいああいう所は二人一組だからな。色気だどうのこうの言って冴子がバイヤーになったんだよ。ばか高い金額ふっかけたら、こいつがのって来やがったんだ」
…なんか…あんまりその話聞きたくないなぁ。
「俺だって言いたくないって。その後さんざんだったんだからな!!!こいつのせいで!!!!」
「俺だって思い出したくないな。お前さんのせいで俺は生命狙われた」
「ふざけろ。守ってやったのは何処の誰だと思ってんだ!!!」
「高いかね払わされたがな」
「当然だ!!!」
延々と喧嘩する二人にあたしとサラさんは頭を抱えた。
でもまぁ、いっかあ。
依頼料は入ったし(銀行確認したらもう入金されてた。1億太っ腹だ〜〜〜)、ツケは返せるし、それからどうしようかなぁ。
「サラさん、依頼料が入ったんだ。部屋に飾る絵なんかあるかなぁ〜〜あんまり大きくなくっていいんだ」
喧嘩して黙り込んだ二人をよそにあたしはサラさんに聞いてみる。
「そしたら、いいのがあるヨ。この前フジタが見つけてきた。カオリさんにならあげてもいいかな?」
「香〜お前無駄遣いするつもりかぁ?依頼料せっかく入ったのにパーになっちまうぞ」
「サラ、まさかあの絵じゃないだろうなぁ!!!」
男二人の声が被る。
………なんて言ってるのか分かりづらい。
「いいの?」
「全然問題ないヨ。ギャラリー着いたら見せてアゲル」
サラさんはそう言って笑った。
ギャラリーに着いて見せてもらった絵はとても綺麗でリビングに飾ったら良いなぁなんて思ったんだ。
藤田さんはなんだか頭抱えてるけど。
撩はそんな藤田さんをみて苦笑いだけど、あたしのする事には文句言わないみたい。
バイトは別みたいらしいけど。
部屋に飾ったら、皆呼んでパーティーしようかな。
なんて考えてみたり。