Wild Heaven
 沈み込んだソファに驚いて一人分すき間を空けたのは、本能的な恐怖だったのかも知れない。

 空けられた空間には今の自分たちの関係を如実に表しているようでどこかやり切れず、苦笑する以外になかった。
Wild Heaven 〜今日から明日に〜

 会話とも言えないやり取りの後リビングにはなんともいえない重い沈黙が立ちこめた。
 撩が抱え込んだマグカップの中身も、香がひざに乗せているマグカップの中身もすでに存在していない。
 香はちらりと撩を盗みみて言葉を紡ぐタイミングを探すが、それに気付いている撩も話かけるタイミングを探すが、お互いなにも言い出そうとはしない。
 香は言ってもまた遮断されるだけだと思ってるし、撩は撩で沈黙に耐えきれないと言う事もある。
 とは言え、撩も口を開けば何をいいだすのか分からなかった。
 すっかり空になっているマグに口を付けてため息を一つ吐き出した撩に香は鋭く反応する。
 そして
「………あのさぁ………」
 最初に沈黙を破ったのは耐えきれなかった撩よりも耐えていた香だった。
「………なんだよ」
「一応、言っておくね。どうせ聞いてくれないかも知れないけど」
 その言葉に撩は大きくため息をつく。
 ため息は香の神経をことさら刺激する事を分かっていて撩はしているのだが、癖に近いものがあるのでそうそうやめられない。
「なによ、ため息つかなくたっていいじゃない」
「で、なんだよ。言っておきたい事って。ま、想像はつくけどさ」
「………………………言うのやめる。なんかむかついた」
「あのなぁ………」
 癖になっているのかもう一度撩は頭を掻いてため息をつき
「言いたい事。聞いてやるから」
 と柔らかくいった。
「…………助けてくれてありがとう。撩が来てくれなかったらホントどうなってたか」
 と香はしみじみと言う。
 そして、いつもの言葉を言う。
「それからさぁ…聞き飽きてるかも知れないけど………」
「お前が、無事ならそれでいい」
 最後まで言わせないで撩は香の言葉を遮った。
「…でも…」
「言ったろ?お前が無事なら、別にいいさ」
 そして撩は空になっているマグカップを持ち変え
「……香」
 と様子を窺うように名前を呼ぶ。
「何?」
「怪我はないか?」
 マグカップに向けていた視線を香に向けながら撩は聞く。
「…怪我?特にないかな」
 頬に手を当てながら香は撩の問いに答える。
 集英会で殴られたが、平手だったので後が残るような物はない。
 最も、集英会の方でもルチアーノへの献上品と言う事で気を使ったのだろう。
『献上品』に傷がついてはうまくいくはずの取引もうまくいかなくなる。
「なら、いいんだ。ま、お前の事だから集英会の連中と取っ組み合いでもやってるのかと思ったんだがな」
「どういう意味よ」
「お前、とんだじゃじゃ馬だからな」
 場を一応和ませる為に撩は軽口をたたく。
 雰囲気を和ませる為だとはどこかで分かっていても、撩のそういう言葉には反論する香で…。
「あのねぇ、だいたい、大変だったんだからねっ。集英会の連中には脱がされそうになるし」
「はぁ?聞いてねぇぞ、そんな事」
「言ってどうなるのよ。別に脱がされたわけじゃないし」
 そう言いながら、香は状況を思い出す。
 ルチアーノの所に連れていくという為に香は自分の服から赤いドレスに着せ替えさせられた。
 もちろん、服は没収されている。
「だいたい、なんでこんなドレス着てるんだ?集英会にいた時には赤いドレスだったじゃネェか」
 そう言って撩は黒いドレスの裾をめくろうとつまむ。
 伸びてきた手を叩いて香はため息をつく。
「こんなドレスってねぇ、これでも有名ブランド物よ。しかも有名イタリア製のね」
 そう言って香は自らもドレスをつまんでため息つく。
「……ルチアーノに渡されたの。着替えなきゃなんない雰囲気だったし」
「で、素直に着替えてあんな所に閉じこめられたって訳か?」
「閉じこめられたってねぇ。その前はもっと大変だったのよ。おいしいイタリア料理は食べられたけど、その後行きなりプロポーズされるわ、イタリアに行こうとか言われるわさんざんだったんだからねついでに、、ついでにキスされそうになるわ、押し倒されるわっても、思い出しただけでも腹が立ってきた!!!」
「押し倒されたぁ?」
 香の言葉に撩は驚く。
 プロポーズまでは予想していた。
 イタリアに連れていくとかどうこう電話ででも言っていたし、対峙した時もそんな事を言っていた。
 が、押し倒したと言う所までは想像していなかったのだ。
 いや、どちらかといえば想像したくなかったというほうが本音だろうが。
「ホント、撩が来なかったらどうなってたか。もう1回言っとく。ホントありがとう、撩。やっぱり撩が助けに来てくれて嬉しかった」
「香………」
 香の笑顔に撩はホッとする。
 香が今まで本人は分からずとも緊張していた事を撩は気付いていたのだ。
「はぁ、なんかホッとしちゃった。あたしお風呂入れてくるね。ついでに先にシャワーでも浴びて寝るわ。良いわよね」
 そう言って立ち上がり自分のマグカップと撩の手からマグカップを取ってリビングに行こうとした。
「りょ、撩?」
 向かおうとする香の腕を撩は取る。
「…ちょ、ちょっと」
「あ、……いや………」
 そう言いながらも、撩は香の腕を放そうとしない。
「撩、放してよ」
「香、もう少し、ここにいないか」
 香に向けていた顔を外して腕はつかんだまま言う。
「………どうしたの?………撩」
 香の問いに、撩は明後日の方角を向いたまま答えない。
「………分かった」
 撩の言葉に香はうなずく。
 そして、迷った揚げ句、と言うよりも撩の腕に引かれるままソファに座る。
 今度は一人分空けられていない。
 わずかなすき間ぐらいでそのすき間はホンの少し動いただけで隣と触れ合える距離にある為、香は妙に緊張した。
 撩と言えば、なにも言わないでただ、どちらかといえば困っている様子が見て取れた。
「撩………どうしたの?」
「………いや………」
 実は、困っていたのだ。
 香の手を取ったのは思わずだった。
 口から出た言葉は本音だが、その本音を漏らすつもりは毛頭なかったのに、腕を取り、隣に座らせた。
「撩?言いたい事があるんだったら、さっさと言ってよ。言えないんだったら、せめて着替えぐらいさせて。これならすぐ戻るし別にいいでしょう?」
 香は一刻も早く脱ぎたいのか声をいらだたせる。
 ルチアーノから渡された服。
 それを来ているのが嫌だというのは撩も分かっていたが。
 だが、撩は立ち上がろうとした香の腕をもう一度つかみ
「別に、そのままだっていいじゃネェか」
「良い、悪い、じゃなくってあたしが嫌なの。ねぇ、撩。何か言いたい事があるんでしょう?あるんだったら言ってよ」
 撩に腕をつかまれて、あまり近づかない至近距離に香は戸惑いを隠せない。
 ここまで近寄った事はない。
 と言うわけではない。
 が、今はどうあがいてもいつもの自分じゃない。
 自分の服は着てないからいつもの調子が出ない。
 だから戸惑いを隠すように香はけんか腰で撩に怒鳴りつけてにらみ付ける。
 驚きと困惑と戸惑いの表情を見せる香の顔を見ていた撩はふっと顔をほころばせた。
「撩?」
「……そう……だな」
「何が……よ……」
 撩の呟きに香は戸惑いを隠せない。
 何が「そう」なのか。
「なぁ、香。おれ達、これからもこのままか……?」
 呟く様に吐き出された撩の言葉に香は目を見張った。
 時計の音がうるさく耳に響く。
 窓の外からはサイレンが鳴り響いている。
 車のエンジン音がこの時間でも切れ目なしに聞こえる。
 窓の外はいつもの新宿の風景だと言うのに。
 香の意識の中にその音は聞こえない。
「……りょ…う………」
 どうしていいのか、どう答えていいのか。
 撩が香に問い掛けている意味は聞き返さなくても分かるというのに。
 香の心の中は決まっているというのに、戸惑う。
 この先にすすんだら。
 望んでいた事が突如、考えもしなかった形で現れたのだから香は戸惑う以外になかった。
 そう言う場面を夢見なかったわけじゃない。
 ただ、こんな日にという思いと今までの関係の心地よさが香の気持ちを戸惑わせる。
 そして、いつもの冗談なのかと。
 奥多摩の一件から、こういう冗談を酔っぱらいがてら言うことが時々増えた撩。
 そしてそれを酔っ払いの戯言として受け流してきた香。
 だから、今回の事もアルコールは含んでないにしても『冗談』と思わず考えてしまう。
 が………。
「…………なんてな………」
 困ったように撩は微笑み香の腕を放す。
 撩は香の戸惑いを敏感に感じ取っていた。
『そういう気分にない』
 今が香にとって状況的にあまりいいタイミングではないという事は撩は気付いていた。
 船から戻ってきて表面的には落ち着いてきたとしても内面ではまだホッとしきれていないのだろう。
 だからこそ……という思いもあるが、香の嫌がる事をしたくない。
 それは撩の本音であった。
 ナンパ等趣味以外に関しては特にそう思う。
 香を困らせて悩ませたくなかった。
 どちらかと言えばと言うより、どうせなら香には『笑って』いて欲しかった。
 気障な言い方をすればだが。
「風呂、あいたら呼んでくれ」
 その場にいられずに撩は部屋に戻ろうとドアへと向かう。
「………っ」
「??!」
 突然だった。
 撩の腕を香がつかむ。
「お、おい」
 戸惑いの撩の声が頭上から聞こえるが、香は撩の腕をつかんだまま放さないで俯いている。
 撩の腕をつかんだのは香にとって反射的に行ってしまった事でいまだに撩に言われた言葉を飲み込んではいなかった。
 ただ、離れてはいけない。
 そう思ったからだ。
「あ、あのね」
 だから、どうしていいか戸惑う。
「……香」
 静かに撩が香の名を呼ぶ。
「な……何?」
 答えた香の声はいまだ戸惑いに満ちている。
『どうしたらいいのか』
 香はもとより、撩ですら悩んでいた。
 この決断しだいで、この先の二人の関係が大きく変わるのだから。
「…香…」
 もう一度、撩が香の事を呼ぶ。
「何?」
 今度はためらいなく、返事が返る。
 相変わらず、俯いたままだが。
「……おれが言った意味…分かってやってるのか?」
 同じ事は言わないで問い掛ける。
「………わかんない」
「おまぁなぁ」
「わかんないわよ。あんな風に言われたって。撩はいつも肝心な事言わないじゃない。いつもふざけてばっかりで…。……今の何?どう取っていいの?あれも冗談?ねぇ、ちゃんと言ってよ」
 声を押し殺して香は半分なきそうになりながら答える。
 言いたい事の意味は分かっても、どうしても過去の男の行動から冗談と受け取る自分がいる。
 本気かどうか分からない。
「言わなきゃ、わからない……か………」
 そう呟いて、撩は俯いている香の顔を上げ、指で香の唇をなぞりながらその瞳を見つめる。
「……何……」
 戸惑う香に撩はかすかに微笑んで、香の唇に自分のそれを重ねる。
 暴れる香をそのまま抱き締め、撩は無理やり口を開けさせその内部に進入していく。
 香の口腔をゆっくりと味わうようにむさぼる。
 離れようと抵抗していた香も、ゆっくりと力を失っていく。
 そして、寄り掛かってきた香の様子を見て撩はゆっくりと唇を放す。
「これでいいか?」
 顔を上に向けさせられたまま息が上がっている香は撩のからかい声の言葉に二の句がつけない。
「…言ってないじゃない…言ってくれないんだったら…放してよ…」
 撩が与えた口付けにどうしていいか戸惑っている香は強気に言葉を吐き出せない。
 撩の行動も、言葉も香はどう取っていいのか分からない。
「放さねぇよ…」
 撩がぼそっと呟いた言葉に香は目を見開く。
「…今更放すわけネェだろ?せっかく取り戻したのに、ずっと側にいたのに。今更放すと思ってんのかよ」
「…………………え?は?」
 香は今何を言われているのか頭の中が真っ白になる。
「呆けてんじゃねぇよ」
「……だって…」
「言って欲しいって言ったのはお前だろうが。そんな事も忘れたのかよ」
「……バカ」
 照れながら悪態つく香に撩は呆れたようにため息をつく。
「で、おれは言った。じゃあ、お前は?お前はどうする?」
 撩は香を開放して問い掛ける。
「……」
 まだ照れが先行する香は目をあちこちに泳がせ、意を決して撩の顔を見つめる。
「あたしの気持ちは変わらない。撩の側にいる事。撩の隣で生きていく事。変わらないわ」
 そう言って撩の肩に手をかけて軽くその唇にキスし素早く離れる。
 驚いたのは撩で、ついでに戸惑う。
 そして苦笑して頭を抱える。
「参ったよ」
「な、何よ」
「参ったってんだよ。全くおまぁって奴は……」
「だから何よ」
 撩が頭を抱えてるのも香には意味が分からない。
 その方が良いと撩はこっそり思う。
 どうしようもなく、惚れてるのは自分だと、今更ながらに自覚させられてしまった事を悟らせるわけにはいかない。
「香」
 撩が静かに香を呼ぶ。
「いいんだな。もうおれはおまえを手放す気なんてこれっぽっちも考えないからな。おれから離れようなんて無理だからな」
「それは、あたしの台詞。撩こそ覚悟してよね。あんたに何を言われても、絶対に離れないから」
「上等だ」
 そう言って撩は香を抱き上げる。
「ちょ、ちょっと、何するのよ」
「いや、おれの部屋にご招待しようかと」
「ちょっと待ってよ〜〜」
「あ、あんだよ」
「シャ、シャワー浴びたい」
「却下」
「却下って何よ」
「さんざん待たされた揚げ句これ以上待たされるのは却下って言ってんの」
 撩の言葉に香は思わず苦笑いをしてしまったのだった。

あとがき

後書きでやんすよ。
書き出せばすごい勢いでどんどん台詞が出てくるCityHunter。 楽しいねぇ……。
って言いながら3人称で書いたのですが。
なんだか全体的にくどくないか??
くどかったらごめんなさい。
結構な割合で心理描写とかを入れてしまいましたよ。
ラストは台詞だけで突っ走ったけどね。
そして二度と出てくるか分からないキスシーン。
当サイトのCHはどうやら事件物がメインなので、ほとんどキスシーンが出てきません。
うわぁ〜〜〜原作並かよ、キスシーンの珍しさは………。
その後の話は…とりあえずいまのところ書きません。
事件物が書きたいと妄想が駆けめぐってるから。
…次は次の日の朝&海に行こう編です。
そこまではだいたい続き物。他はもう時間軸ランダム。

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