うん、開けてみようかなって。絵梨子に薦められたんだ。
「これで開けるの?」
美樹さん、結構簡単らしいよ?
「自分達で開ける方が病院で開けてもらうより安上がりなんですよ。私の友達にも自分で開ける子がいっぱいいますし」
そう、かすみちゃん、詳しいわね。
で、開けてもらおうかななんて思ってキャッツアイに来たんだけど。
「だったら、香さん撩に開けてもらったら?」
冴子さん色っぽくウィンクしないで……。
って、りょ、撩に???
「そうよ、冴羽さんに開けてもらいなさいよ」
み、美樹さん?
な、何言ってんの?
「いいなぁ、香さん、冴羽さんに開けてもらうんだ」
かすみちゃん、冗談でしょう?
誰が、あんな奴に。
「でも好きな人にピアスの穴開けてもらうのって結構あこがれなんだよねぇ。学校の友達もそういう子結構いるんですよ」
唯香ちゃんまで……。
って?唯香ちゃんそれホント?
ん〜〜〜、どうしよう。
「………」
目の前に出された物に撩は戸惑った。
そして出した相手である香は撩の顔を一心に見つめている。
「……ダメ?」
撩のお伺いを立てている香は小首をかしげてどこか上目加減で。
子犬がすがってきていると言う表現が似合う表情で撩を見上げていた。
当の撩はどうしていいか分からずに戸惑っている。
「スタッフの人とかずっとつけっぱなしの人もいるんだって。で、馴れれば気にならないらしいし、邪魔にならないって言うからあたしもしてみたいなぁって思ったの。絵梨子も薦めてくれたし…。美樹さんにちょっと相談したら、美樹さんもいいわねぇなんて言い出して。海坊主さんに開けてもらうんだぁなんて言ってたの」
と、ダメだという口実を見つけられないまま香は次々と撩の退路を消していく。
「冴子さんもね、その時いたんだけど。冴子さんも開けたそうだったなぁ」
などと撩の気も知らずに香はキャッツアイでの出来事を思い出す。
撩は今まで香におしゃれをするなと言ってきた。
それは自分の為が半分と周囲の為のカモフラージュだ。
槇村がことあるごとに言ってきた「香は可愛い」。
それは肉親の欲目でもなく全くの事実だった。
ボーイッシュな格好している為にそれは見えなくなっているが髪を伸ばせば確実に美人に入る部類。
デザイナーである絵梨子がほれ込んだぐらいだからプロポーションは良い。
変装した香とデートした事があるが一瞬あれが香?と我が目を疑ったぐらいだ。
その時に、撩は自分自身の気持ちに確実に気が付いた。
いや、その前から分かっていたはずだ。
自分の気持ちをごまかしている事を。
だからこそ、その姿を隠した。
自分に、他人に分からないように。
「でも、さぁ。せっかく綺麗な身体なのに」
そんな事を理由にしてしか彼女の身体に触れられない自分に内心でため息をつきながら撩は香の耳たぶに触れる。
「き、綺麗って別に、穴開けるだけだよ?」
撩のそんな仕草に香は緊張しながら耳に触れている手を横目で見て思わず照れて撩の顔を見ながら言う。
香の照れている様子に気分を良くしたのか撩は自分の隣に座る香を抱え出す。
「ちょ、ちょっと!」
いきなりの撩の行動に香は慌てふためく。
「で、どうしたいんだ?」
「………これ、外してよ」
自分の身体に巻き付いた腕を見て香は硬直する。
まだ、自分たちはそう言う間ではない。
あの奥多摩事件で心は通じ合った(はず)。
香自身、そうなっても別にいいかなぁっていう簡単な思いではなく、本当に『愛されたい』と思うようになっているのも事実。
だが、実際問題、いざそういう事になると躊躇してしまうのは誰の目で見ても明らかで。
撩としてはそろそろいいかなぁ〜と思っているのだが、香の方が全然余裕がなく。
たとえば何気ない時に抱き寄せられたとして、緊張で硬直してしまうのだ。
顔を赤くしながらにらみ付ける香に撩は苦笑しながら何事もなかったかのように腕を外す。
何となく名残惜しそうな顔を見せたのは香の方で。
そんな様子の香を見て
「外して欲しくなかった?」
なんて面白そうにからかうのは自分の悪い癖で。
「ち、違うわよっ」
と反論する香を楽しんでいるのも、我ながら性質が悪いなと思いながらも撩は甘んじて香の怒りを受けとめる。
「で、どうしたいんだ?」
ともう一度撩は香に問い掛ける。
今度はおとなしく何もしないで、テーブルに置かれた少し冷めたコーヒをすすりながら。
「ピアス、開けて欲しいのよ」
さっきの事でまだ少し動揺しているのか香は撩と目線を合わせようとはせず、少し投げるように言う。
「絵梨子に開けてもらおうかなって思ったんだけど、ピアス選びにまで付き合わせちゃったし、病院って言う手も合ったんだけど5000円するのよ!!高いじゃない。自分で開けるのも何だし………………だから……あんただったら、こういう事、器用そうだし」
と撩にやってもらうという言い訳をたくさんつけていく。
Cat's eyeで誰かに開けてもらおうとしたら
「撩に開けてもらったら?」
なんて冴子に色っぽく言われてしまい
「そうよ、冴羽さんに開けてもらいなさいよ」
と美樹が名案と言うばかりに言い出し
「いいなぁ、香さん、冴羽さんに開けてもらうんだ」
とかすみにいわれ、とどめに
「好きな人にピアスの穴開けてもらうのって結構あこがれなんだよねぇ。学校の友達もそういう子結構いるんですよ」
と唯香にとどめを刺された。
畳み込まれるように言われ「開けてもらいに来た」とは言うことが出来ずにただ香はその場を笑ってごまかしたのだが。
唯香の「好きな人に開けてもらう」と言う言葉に心が揺らいだのは確実で。
だからこそ撩に言ったのだが…。
了承してくれるかどうか…それが香の悩みだった。
「…ダメ?」
見上げるようにいう香に撩は今までの自制を揺るがされるがスンでの所でとどまる。
もちろん心の中でため息&泣くのは変わらない。
いい加減自覚してくれよ…マジで。
なんて思っては見ても香の自分の魅力の自覚なしの最大の原因は撩にあるわけで。
自業自得と言う言葉をかみしめていた。
「ったく、いいぜ。鏡はあるんだろ?空ける場所何処にするか決めとけよ」
そう言って撩は立ち上がる。
「ちょ、ちょっと何処行くのよ。開けてくれるんじゃなかったわけ?」
「すぐもどるっつーの!」
そう言って撩はリビングを出ていく。
そしてすぐに戻ってきた。
手には小皿が一つ。
「何持ってきたの?」
「ん?氷」
氷?
撩の言葉に香は首をかしげる。
「それより何処にするか決めたか?」
「う、うん。一応、印つけた。左右対称になってるよね」
向かい合って抱えるように座り、撩は香の耳を見る。
「ま、いいんじゃねぇの?」
「ちょ、ちょっと、ま、まじめにあたしは聞いてるの!!」
軽く言った撩に香は近距離に顔を近づいている事が引き金になって声がどもる。
「だから、まじめに言ってんじゃん。心配すんなよちゃんとなってるって」
そう言いながら撩は小皿にのさた氷を取り香の片耳につける。
「な、何すんのよ。冷たいじゃない」
「こうやったほうが良いんだよ。冷たくなったら痛くないだろう?一瞬だからって痛いもんは痛いんだから、少しこうやってマヒさせたほうがいいの」
「………妙に詳しいわね。さては、誰かの耳開けた事があるんでしょう?」
「あのなぁ?こういうのは常識だろ?耳を開けるって事は怪我するのと一緒。熱もつだろうが」
「……あ、そうか……」
撩の言葉に香は思わず俯く。
その耳は香の馴れない状況だけあって赤い。
当分開けられないな…なんて思いながらそれでもこの位置にいられるのをラッキーと思いながら撩は香の耳に氷を当て続けた。
「どうだ?」
自分の手が氷の冷たさに耐えきれなくなってきた頃、撩は香に問い掛ける。
「ん、なんか耳あんまり感じなくなってきたような気がする」
見れば片耳は赤身が消えている。
「じゃあ、これ持って、片耳に当てる」
片手で溶けかけた氷を香に渡しながら片方の手でピアサーを取る。
「こんな感じで平気?」
「ちゃんと冷やせよ。痛くなってもおれはしらねぇからな」
「薄情!!」
「開けたいって言ったのは香。おれは一応反対したぜ」
「むーー」
反論出来ずに軽く俯いた香の顔を片手で上げる。
「な、何?」
驚いている香をよそに撩は香の耳にピアサーを当てその機械を作動させた。
「っ」
バチンとすごい音を立ててピアサーが作動する。
「………片耳開いたぜ。痛くないか?」
「……………………すごい音。結構平気。どうかな……」
嬉しそうに言う香に撩は思わず視線を外す。
「撩?」
「いいんじゃ、ねえの?」
挙動不審になりながら、撩は片方の耳に氷をつけている香の手を外す。
「もう片方、そろそろいいだろう」
「あ、そうだね」
片耳を撩の方に軽く出し香は緊張しながらその時を待つ。
緊張しているのは香の方のはずなのに香のその仕草に撩は逆に緊張する。
さっきは余裕もって出来たよなぁ………。
そんな事を心で呟きながら撩はピアサーを香の耳に当て機械を作動させる。
バチンと音がして香の耳にピアスがはまる。
「…っ」
「平気か?」
そう言った撩の言葉は聞こえなかったのか香はもう鏡で両耳を確認している。
「わぁ、わぁ、開けちゃった。撩、撩、開けちゃったよ」
「だから、開けたのはおれなんだけど」
「あぁ、そうだね。あぁでも、ねぇねぇどうどう?」
鏡を見ながら、そして撩を見ながら香は楽しそうに言う。
その様子はどう見ても浮かれているとしか言えなくて。
それでも、そんな香を見ているのが楽しいと思わず思ってしまって。
撩はそんな自分に思わず嘆息した。
「あのね、だいたい1ヶ月ぐらいで新しいピアスの変えられるんだって。でもしっかりと皮とかがくっつくのは3ヶ月ぐらい後なんだって。だからだいたい2ヶ月ぐらい後になってからピアス外した方がいいって言われたんだ」
ピアスをくるくる動かしながら香は言う。
開けた後、ピアスを動かすのは、ピアスがつかない様にする為の予防策。
「だから、後で、ピアス買いに行くの付き合ってくれない?」
「……」
「嫌だったら、いいのよ。嫌だったら、別に。無理して付き合ってもらおうなんて思ってもいないんだから。どうせ、あたしの買い物付き合うのあんた嫌だろうし」
とっさに言葉が出なかった撩を香は付き合えない意思表示と取ったらしい。
が、撩は今までない香の仕草に思わず見とれていたのだ。
もちろん、そんな事を香に言えないが。
「別に嫌だとは言ってねぇだろう。買い物ぐらい付き合ってやるよ」
「あ、ありがとう」
柔らかく言った撩の言葉に香は照れて視線を下げる。
「………そうだな……たまにはパートナーでもいたわってやるか?」
「へ?」
顔を上げた香の耳に触れながら撩は言う。
「ピアス、2ヶ月したら変えられるんだろう?プレゼント。してやるよ」
「………嘘」
「うそって。今言ったろ?パートナーでも労ってやるって。ご苦労様って事だよ」
「……あ、ありがとう……。すっごく嬉しいかも」
やっぱり照れて視線を外す香に撩は苦笑しながら不意に沸いた疑問を口に出す。
「そう言えば、何でピアスなんて開けたいと思ったんだ」
「え?ピアス開けてみたいなぁって思っただけよ」
「きっかけだよ。ピアス開ける人って結構、理由持ってる人って多いからさ」
飲み屋やクラブ等で開けたと言う人は何かしらの理由を持って開けている。
そのうち開けた理由などどうでも良くなるらしいが。
「…………うーん、イヤリングより可愛いのが多いし…。ピアスだと邪魔にならないって言うし……。イヤリングだと外れやすいけど、ピアスなら外れないし……外さなくっても良いって言うから……」
と香は口を濁す。
理由はある。
絵梨子に言われたのだ。
「ねぇ、香。ピアスだったら、ボタンなんかよりも全然いいんじゃないの?発信機の場所。外す事だってないんだし。可愛いピアスが発信機だなんて誰も思わないわよ。それにおしゃれだって出来るし。いくらあなたがそういう世界の人間だからって言ったって、おしゃれしない人がいる?」
その言葉だった。
バレやすいボタンより、身に付けていてもおかしくないピアス。
それが香にピアスを開けさせる決意をさせたのだ。
すでに香は教授の所にいってピアスの事を話してついでに作ってもらうように頼んだ。
こういう話は教授の方が早いのだ。
その事は撩には言えない。
「ふーん、まぁいいや。2ヶ月後、楽しみにしてろよ」
そう言って撩はソファを立つ。
2ヶ月後。
香は、新しいピアスをつけてキャッツアイに向かう。
ピアスを変更してから新しいピアスが二つ手に入った事が楽しく、向かう足取りも軽い。
実は、その新しい二つとも発信機が付いていて。
一個は確実に香が教授に頼んだ物だったが、もう一個の撩からのプレゼントのピアスは教授から聞かされた撩が作った発信機付のピアスだ…と言う事を香は知らないが。