1.あなたに逢いたくて。
『誕生日おめでとう、蘭。今年は一緒にいられなくってごめんなさい。来年は一緒にいられるようにするわ』
カードのメッセージを読む。
お母さんからの誕生日プレゼント。
今日はわたしの誕生日。
けれども、今公判中で、裁判の準備の為にこれない。
だから、プレゼントを送ってくれた。
寂しいと思わないようにしようと思ったのはいつからだろう。
我が侭なんて言えないと思ったのはいつからだろう。
それでも、そばにいて欲しかった。
それでも、そばにいてって言いたかった。
誕生日が近くなると毎年憂鬱になる。
今年は得にそれが顕著だ。
理由はわかってる。
あえて口に出したくない。
無理だもん。
そんなの。
分かってるもん。
でも…でも…逢いたいよ…。
帰ってきてよ。
誕生日の我が侭ぐらい叶えてくれたって良いじゃないのよ。
無理だよね。
困らることぐらい分かる。
絶対、絶対に…。
困った口調になることぐらい分かる。
今までそばにいたのに急にいなくなる寂しさ。
改めて教えてくれなくたって良いじゃないのよっ。
目が覚める。
なんの夢だか覚えてないけれど…。
新一がいた。
ただ、もうそれだけで、幸せになる。
夢って凄い。
もう見れただけで、さっきまで落ち込んでた気分が飛んじゃうんだもん。
あれいつだろう。
覚えてないなぁ。
昔じゃないのかもしれない。
ただ覚えてるのは、わたしがいて、新一がいて。
新一が、わたしの方見て微笑んでるの。
フフフ、しあわせっ。
「蘭ねーちゃん、目、覚めた?」
コナン君が心配そうにわたしの方を見ているのに気がついた。
そうだ…わたし事務所のソファで寝ちゃったんだ。
不意に布団が掛けられてるのに気づく。
「コナン君が毛布掛けてくれたの?」
「うん…もう、夜遅いし、起こそうかなって思ったんだけど…。なんか気持ちよさそうに眠ってるから起こしたくなかったんだ…」
なぜだか寂しそうにコナン君は言う。
「気にしなくて良いんだよ。でも、コナン君が起こしてくれなかったおかげで良い夢が見れたから良かったかな」
「良い夢って?」
「新一がね、出てきてくれたの。さっきまで落ち込んでたのに…それだけでしあわせになれちゃうんだもんね。現金だよね」
でも…。
余計に逢いたさが募る。
夢を見て、目覚めてその余韻に浸っている間は幸せだけれども、その余韻が覚めてくると…逆に余計に逢いたくなる。
いつからだろう。
誕生日に願い事したことはかなうって信じるようになったのは…。
「ねぇ、コナン君。誕生日に願った事ってかなわないのかな…」
逢いたい。
ただそれだけで良いのに。
それも神様は叶えてくれないのだろうか…。
事務所から自室に戻る。
今夜もお父さんは徹夜なのかな?
時計の秒針の音がやけに大きく感じる。
もう少しで…わたしの誕生日も終わる。
その時だった。
予感なんて無くて、いつも突然で。
だけれども、スゴク嬉しいその着メロ。
「もしもし…」
声が震える。
『蘭、オレ』
「新一…」
心地よく耳に響く新一の声。
「どうしたの?こんな時間に」
『って、オメェの誕生日だろ?なかなか電話出来る時間、とれなくって…終わるギリギリになっちまった。やっべ、蘭、今時間あるか?』
時間?
なんで?
「あるけど…」
『じゃあ、即行、外に出てこいよ』
へ?!
部屋の窓の鍵に手をかけ窓を開ける。
その開ける時間がもどかしい。
「…うそ…」
事務所の下に…新一がいた。
「待って、今から行くから」
上にカーディガンを羽織ってわたしはパジャマ姿のままでていく。
「なんで…いるの?」
「なんでって……ちょっと時間がとれたから…逢いに来たに決まってんじゃねぇかよっ」
新一は照れながら言う。
「先に言う。蘭、誕生日おめでとうっこれ、誕生日プレゼント」
ぶっきらぼうに言ってわたしに差し出したプレゼントが入っている小さな紙袋。
「いいの??」
「オメェの為に買ったんだから良いに決まってんだろっ」
「ありがとう…」
「開けてみろよ」
「う、うん」
新一の言葉にわたしはプレゼントの包装をとく。
小さな小瓶に「Pleasures」と書かれたそれは香水だった。
「……」
「なんだよ」
よっぽど、変な顔をしていたのかもしれない。
新一はそんなわたしの態度に文句を言った。
「嬉しくねぇのかよ。メチャクチャ恥ずかしかったんだぞ。これ買うのっ。化粧品売り場で、どれが蘭に似合うかって考えてっ」
「違うの、ビックリしたの。新一からまさか香水もらうとは思わなかったから」
ホントに驚いた。
まさか…香水なんて。
どうしよう…スゴク嬉しい。
逢えるなんて思わなかったし、ましてや直接プレゼントもらえるなんて思っても見なかったから。
「おっオイ。何泣いてんだよっ」
「だって…うれしいんだもん」
「だからって…泣くなよ…頼むから…蘭…頼むから…」
「泣いたら迷惑?」
「違う…違うっ」
新一?
「新一?」
名前を呼んだ途端、わたしは新一に抱きすくめられた。
「迷惑じゃない。オレなんかの為に泣いて欲しくない…」
包まれた体の中から聞こえる新一の声。
「…どうして?」
「まだ…帰れないから…」
そうだと思った。
「たった…この逢うときだけ許された…。たった少しの時間だけ…。蘭の誕生日だけ。それも終わる直前…。参ったよ」
自嘲気味に聞こえる新一の声。
わたしは、ただじっとそれを聞いている。
「だから……だから…ごめん」
「謝らなくてもいいよ…。分かってたから。嬉しかったんだよ。新一に逢えて。逢えるなんて思わなかったから…」
やっとの思いで、それだけは新一につげる。
我が侭…言えないもんね。
「蘭…帰ってきたらオメェの我が侭いっぱい聞いてやるよ。だからいっぱい考えとけよ」
わたしのココロを見透かしたのか、新一は静かに言う。
「うん…考えておく。だから…だから…」
「分かってる…なるべく、早く戻るよ」
その新一の言葉にわたしは頷く。
しずかな時間が流れる。
新一の心臓の音が耳元で鳴る。
それがスゴク心地いい。
「新一?緊張してるの?」
「…………余計なこと言うんじゃねぇよ……」
ばつが悪そうな新一の声。
当たってるみたい。
わたしも緊張してる。
新一に抱き締められてるから。
「…蘭…」
その心地い時間が終わることをつげる新一の声…。
「何?」
「戻ったらオメェに話したいことがあるんだ……」
「うん」
「必ず、戻るから…」
「うん」
新一の言葉にわたしはただ、頷く。
静かに離れて行く。
いかないで…って言えたらどんなに良いだろう。
そんなの無理に決まってる。
だから、今は笑顔で見送るの。
「……蘭、オメェ、先に部屋に戻れよ…」
突然、新一は言う。
「でも…」
「オメェ、オレが見えなくなるまで、ココにいるつもりか?あぶねぇだろ。そんなことオメェにさせられねぇよ。オメェが部屋に戻るまでココにいるから…」
その、新一の言葉に頷く。
「じゃあ、お休み」
「うん…お休み」
新一のことずっと見てたかったけれど、わたしが部屋に戻ってから帰るって言うから…わたしは素直に部屋に戻る。
窓を開け、新一を二階から見る。
わたしが窓から顔を出したのに気づき、新一は片手を上げて、そして帰っていく。
それをわたしはずっと眺めていた。
ありがとう、新一。
素敵な誕生日プレゼント。
嬉しかったよ。
次の日、目を覚ますと、コナン君が忙しそうに動き回っていた。
「おはようコナン君。何してるの?」
「おはよう蘭ねーちゃん。僕ね、昨日ずっと蘭ねーちゃんの誕生日プレゼント考えてたんだけど、全然浮かばなくって…それで結局、蘭ねーちゃんの誕生日終わっちゃって…だから今日は僕お洗濯とかするね。蘭ねーちゃんはゆっくり休んでいて」
そう言って器用に動いていく。
「ありがとう…コナン君。でも、危ないからわたしが…」
「大丈夫……だけど、心配だったら、そばで見てて」
わたしの言葉を遮りコナン君は言葉を紡ぐ。
どこか揺れているコナン君の瞳。
メガネの奥に見えるその瞳は新一と同じ、……深い深い海の色……グランブルー。
「ありがとう、コナン君。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。でも、危ないなって思ったらわたしが替わるからね」
「うん。ボクに任せて」
微笑みながら言ったわたしの言葉にコナン君は顔を赤くしながら頷いた。
甘えて良いんだね。
わたし…。
今日は、甘えさせてもらうよ。
昨夜の幸せと今朝の幸せ。
感じてて良いんだよね。
2.そばにいるのが喜び
「誕生日おめでとうっ」
少年探偵団のみんながわたしを祝ってくれる。
事の発端はコナン君(新一)が少年探偵団のみんなに今日がわたしの誕生日で、パーティを開くから遊べないと言ったことから少年探偵団のみんなはだったら自分たちも祝うということになって、博士の家でパーティを執り行うことになった。
「蘭おねーさん。これ、みんなで作ったの。おいしいか分からないけれど、一生懸命作ったんだよ」
そう言って冷蔵庫から歩美ちゃんが取りだしてきたのはホールのケーキ。
ちょっと飾り付けがごちゃごちゃしてるけれど、なかなかにおいしそうなケーキ。
「ありがとう、歩美ちゃん、元太君、光彦君。哀ちゃん」
わたしの言葉にみんなは恥ずかしそうにする。
昼間から阿笠博士の家の台所にずっと籠もって作っていたのがこれだったのね。
博士と新一と、哀ちゃんがいたからまぁ、大丈夫だとは思ったんだけど。
やっぱり心配になるわよね。
まだ小学1年生…そう小学1年生なのよ。
全く分かってないわよね。
新一(コナン)につられて無茶するから博士も心配だろうなぁ。
「コナンくん、蘭おねーさんに誕生日プレゼントあげたんですか?」
「えっ…まだ…だけど」
「早くあげないと、パーティ終わっちゃいますよ」
「パーティが終わったって誕生日は終わったわけないだろ?後であげるんだよ」
「えぇ、ダメだよぉ。わたし、コナン君が蘭おねーさんに何をあげるのか知りたい」
少年探偵団の言葉に新一(コナン)が困っているのが分かる。
助けてあげたいけど、まぁ、少し見てようかな。
「助けてあげないの?」
「見てるのもおもしろそうじゃない?」
「それもそうね」
わたしの言葉に哀ちゃんはシニカルに微笑む。
「わーったよっ渡せば良いんだろ渡せばっ」
そう言って取りだしたのは、小さな箱
これってなんだろう。
「蘭おねーさん、開けてみたら?」
歩美ちゃんの言葉にわたしは、包みを開ける。
………って香水じゃないのよっ。
「わぁ、これ香水でしょ?」
「うん…」
って普通、小学生がプレゼントに香水なんて買わないわよ。
「あら…結構やるじゃないの江戸川君」
「どー言う意味だよ灰原」
「別に」
哀ちゃんはそう言ってからかった。
全く。
何考えてるんだか、新一のやつっ。
普通、小学生からの誕生日プレゼントとしたら、小さいけれどきれいな花束って言うのが普通じゃないの??
……まぁ、少年探偵団がいないと思って買ったプレゼントなんだよね。
ありがとう、コナン君(新一)。
みんなも帰ってわたし達だけになる。
後片づけを確実にしてわたし達は家に戻る。
お父さんとお母さんには昨日祝ってもらって、その二人は仕事で揃って出掛けていった。
二人の仲が戻ってきたみたいで嬉しい。
だから家は隣の新一の家の方。
「楽しかったね」
「そっか?オレは疲れたけどな」
リビングに入るなり、新一(コナン)はソファに寝転がる。
「ありがとう、新一。嬉しかったよ」
「ま……まぁな」
「あの、香水には参ったけど」
「どーいうー意味だよっ」
「べっつにー」
むすっとして新一はそっぽを向く。
「…蘭さん、ちょっと良い?」
新一(コナン)が書斎に行ったのを見計らって哀ちゃんが部屋に入ってくる。
「話しがあるの」
静かに、哀ちゃんはソファに座る。
「コーヒー飲む?」
「うん…」
そしてコーヒーを淹れてわたしは戻ってくる。
「話しって何?」
「……私からの誕生日プレゼント。蘭さんに受け取って欲しいの」
そう言って目の前に出したのは一つのカプセルが入った小瓶。
「これは…」
「APTX4869の解毒剤。飲ませれば、元に戻るわ。けれど、まだ試作段階だから、戻る時間は短いのだけれど……」
APTX4869の解毒剤……。
「なんでくれるの」
「逢いたくないの?」
わたしの目をまっすぐに見据えて哀ちゃんは言う。
「逢いたいけれど…まだ、側にいてくれるだけでいいと思うから…。それ以上は望めないよ」
「側にいるんだったら、余計にそうは思わないの?」
強い口調で哀ちゃんは言う。
側にいるから余計にそう思う。
でも…ね。
それじゃ、ダメなんだよ。
「我が侭になるから。会えればいい、会えたら、側にいたい、側にいられるようになったら、好きになってもらいたい。好きになってもらえたら、触れて欲しい。……どんどん際限が無くなるのよ。だから…まだ側にいてくれるだけで良いのよ」
「…蘭さん…ごめんなさい…」
突然、哀ちゃんが涙を流して謝る。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「謝る必要ないんだよ。哀ちゃんだけが悪いわけじゃないもの。だから謝らないで」
「…私、蘭さんによろこんでもらいたかったの…」
うつむいた哀ちゃんの膝には涙の後が大きくなっていく。
「ありがとう、哀ちゃん…気持ちだけ今のところもらっておく。完成したら、その時はよろしくね」
わたしの言葉に哀ちゃんは小さく頷いたのだ。
「なーんか灰原、オメェにべったりしてるよな」
新一(コナン)がむっとしながら入ってくっる。
「別に良いじゃない。なんか妹が出来たみたいで嬉しい」
「オレらより年上だぜ」
「知ってるよ」
泣き疲れてわたしの膝で眠ってしまった哀ちゃんにわたしは視線を移す。
わたしは知ったのだ。
彼女の真実を、彼女の苦しみを。
「だってわたしお姉さんみたいって言われたんだもの」
わたしの言葉に新一(コナン)は静かに微笑みわたしの隣に座る。
「ありがとう、香水。これPleasuresでしょ?よく買ったわね。恥ずかしくなかったの?」
「あのなぁ、恥ずかしいに決まってんだろ。……なあ、つけねぇのか?」
「…つけて欲しいの?」
「…まぁ…せっかくやったんだし…」
「分かった。ちょっと待ってね」
瓶の蓋を開けるとふんわりとしたフローラルな薫りあたりにただよう。
ほんのちょっとだけ、取って耳元につけてみる。
ちょっとだから分からないのかななんて考えてみる。
ふと新一(コナン)の視線が外れたことに気づく。
「新一…?」
定まらない視線は宙をさ迷う。
「どうしたの?」
「なんか……この身体が…憎らしい」
「な、何いってるの?」
「…つけろって言うんじゃなかったな…」
そう言って新一(コナン)は頭を掻く。
「あら、誘われたの?」
眠っていたはずの哀ちゃんが新一に声を書ける。
「お、オイ。灰原、オメェ寝てたんじゃねぇのかよっ」
「うとうとしてただけよ。蘭さんに渡さないで正解だったかも。ね、蘭さん」
哀ちゃんがわたしの方をみていたずらっ子のように微笑む。
その瞬間新一が何を言いたかったのか分かってわたしは苦笑するしかなかった。