平和で行こう平和でね 君に逢う為に生まれた〜We Love The Earth〜

難波TMS病院
 和葉が意識不明になって4日がたとうしている。
 交通事故にあったものの外傷は擦り傷程度ですんだが頭部を強く打ち付けていた。
 打ち所が良かったのか死には至らなかったが和葉は意識不明の重体に陥った。
「…アホやで…こいつ」
 夕闇が迫った薄暗い個室の病室にオレはおる。
 最初の三日は検査や何かで慌ただしく過ぎていってようやっと落ち着いた今日。
 ずっと眠り続けていた和葉の側にオレはいた。
 オレがあの時おらんかったから…オレが買い物につきおうてやらんかったから…和葉は交通事故にあったんや。
「平次…、電気つけんと…アカンで」
 いつの間に入ってきたのかオカンが病室の電気をつける。
「…オカン…おばちゃんは帰ったんか?」
「そうや、一旦家に返した。あのままやったら倒れてまう。平次、あんたもやで」
「オレは……帰るつもりあらへん……」
 オカンの言葉にそう呟く。
 病院は身内以外の泊まりは不可である。
 当然といえば当然なんやが。
 がオレは和葉の側を離れる気無かった。
 その気持ちを知ってか和葉の両親も病院もオレがここにおることを咎めんかった。
「で…和葉ちゃんの何がアホなんや…」
「…そやろ…御守り拾おうとせんかったら…和葉は車に跳ねられんですんだんやで…」
 目撃者の話では何かの拍子で落ちた御守りを拾ったときに走ってきた暴走車に撥ねられたという。
 そして、病院に搬送されてきたとき…和葉はそれを握りしめとったと言う。
 今、その御守りは和葉の首に下げられている。
 いつも大概身に付けている場所に。
「アホ、あの御守りがあったから和葉ちゃんは怪我せんとすんだのやろ。もうちょっとえぇ様に考えられへんのか?」
「せやけど……」
「平次…あんたがそんなんでどないすんねん。和葉ちゃんが目ぇ覚めたとき多分絶対に怒るで。しっかりしぃや平次…」
 落ち込むオレにオカンはそう言う。
「オカン…和葉んとこのおばちゃんが戻ってくるまでおるわ…。そしたら帰る。えぇよな」
「そうしたいんやったら…、そうせぇ」
「おおきに」
 オレの言葉にオカンは病室の外に出ていく。
 意識不明の人間とは思えんぐらい静かに眠っとる。
 このまま意識が戻らんかったらどないなるんやろう。
 オレがあの時ついといてやれば…和葉は事故に遭わんかったかも知れんのに。
 なんでオレはおらんかったんやろう。
 その事だけが頭ん中をぐるぐるまわりよる。
「平次…和葉を轢いた人間が自首してきおったで…。こわなって逃げた言うてた」
 和葉のオトンが部屋に入ってくる。
 今まで和葉のこと轢いた車の捜査をしていた。
「…平次…和葉の側にいてくれておおきに」
「……礼なんて言われることない……オレが好きで和葉の側におんのやから……。礼、言ううんはオレの方やでおっちゃん……。和葉の側におらせてくれてありがとな……」
 おっちゃんの言葉を受けオレは答える。
 ホンマに礼なんて言われるような男やない。
 その場におらんかったんやから…。
「さっき病院の先生に聞いてきた……。今夜が峠や言うとった…うちのもんもまた来る言うとる……。こないなこと頼むんはあれやけど…和葉の側におってくれへんか?」
「おってもえぇんか?」
 オレの言葉におっちゃんはうなずく。
「おおきに……」
「平次……何か食べてきたらどうや?何も食べてへんのやろ」
「あぁ…」
「そやったら…食堂行って食べてきいや。お前まで倒れたら洒落にならん。和葉が怒りよる」
「……そやな……そうしてくるわ……」
 オレはそう言って病室の外にでた。
 病院の食堂で飯くうきには何故かならへんかった。
 せやから…病院内にあるコンビニにいって適当に買って病院の庭で食べることにした。
『……どうしたんだよ、いきなり電話してきて…』
「えぇやんか……電話ぐらいしたかて…文句言うなや工藤…」
『和葉ちゃん……まだ…意識もどらねぇのか…』
 そして飯食ってる間、電話したのは何故か工藤の所。
 和葉が病院に搬送されたと連絡があったときオレは工藤と電話していた…。
 せやから…工藤と蘭ねーちゃんは和葉が意識不明の事を知っとる。
 ホンマ…アホやでオレ…。
『……蘭が心配してる…』
「分かっとる」
『和葉ちゃんの事じゃねぇよ。オメーのことだよ』
「なんでや?」
 工藤の言うてる意味が分からずオレは工藤に聞く。
『ふぅ…。和葉ちゃんの病室にずっといるっていうこと言ったら、オメーが倒れんじゃねぇのかってさ……。そんなことなったら和葉ちゃんが心配するって』
「オレのことは心配せんでぇ…それよりこっちに来いへんのか?」
『…今そっちにオレ達が行っても何か出来るわけねぇだろ。邪魔になるだけだよ』
 オレの言葉に工藤は静かに言う。
 そんなこと無い。
 そう思う。
 にぎやかやったら…工藤と蘭ねーちゃんが来てくれたら病室ん中がにぎやかになって和葉が目ぇ覚めるやろ…そう思うとる。
『服部…しっかりしろよ。オメーがしっかりしなきゃ何ねぇんだから。和葉ちゃんの一番近くにいるのはオメーなんだから』
「分かっとる…工藤」
 そうやな…。
 オレがしゃんとせなアカン。
『またさ…二人で東京に遊びに来いよ』
 工藤がふと言う。
 オレを元気づけようと言うてるのはいたいほどに分かった。
「行ってもえぇんか?」
『来るなって言ってんのに来てんじゃねーかよ。待ってるからさ、絶対和葉ちゃんと二人で来いよ』
「分かっとる…ほな…また電話かけるわ」
『あぁ』
 携帯の電源を切りオレは病室に戻る。
 何時目を覚ましてもおかしないのに何で和葉は目を開けんのやろ。
 すぐに目を覚ましそうな和葉の頬に触れる。
 不安があったから…。
 死んどったら……。
 そんなことない言うのは分かっていても…。
 不安で仕方ない。
「和葉…はよ目ぇ覚ませや…。目ぇ覚ましたら好きなとこ連れてったる…。東京にも行こうや、工藤と蘭ねーちゃんがオレら来るの待っとる。あっちでいろんなとこ行こうや…」
 オレの言葉は和葉に届くのやろうか?
 不安でたまらない。
「このまんま目ぇ覚まさんで死なんでくれ…和葉…」
 和葉の名前を呼んで涙が出そうになる。
 せやけどすんでのところで止める。
 もし、今、和葉が目覚ましてからかわれたらかなわんから。
 絶対こう言うに決まっとるんや。
『平次ぃ、何泣いとんの?もしかしてアタシのこと心配やったとか?そんなら心配やったとでも言ってぇな』
 ってな。

「平ちゃん、平ちゃん」
 耳元で声が聞こえる。
 誰やねん、人が気持ちよぉねとんのに……って?!!!
「おばちゃん、なんや、どないしたんや」
 オレをおこしたんは和葉のオカンやった。
「ったく、病院戻ってみたらアンタが寝とる。こっちは倒れたかと思うたんやで…」
 オレが元気な様子を見ておばちゃんはホッと一息吐く。
「堪忍な…」
「アンタが謝る必要あらへんやろ。和葉の側におってくれて感謝しとるのはうちの方やで…」
「……おばちゃん……」
「…平ちゃん、おおきに。和葉の側におってくれて」
「おっちゃんにも言われたで」
「ホンマ?いややわ、夫婦そろって同じようなこと言うやなんてな」
 とおばちゃんはつらさを振り払うかのように明るく言う。
「和葉は幸せ者やね…。好きな人がずっと側におってくれるんやもんね」
 おばちゃんは和葉の髪を梳きながら言う。
「おばちゃん…今何時や…」
「もうちょっとで夜明けや…。静華のところ電話したら朝一でこっちに来る言うてた…。平蔵さんも一緒やって…。うちの人も来る言うとる…。和葉は目ぇ覚ますんかわからへんて言うても朝日と共に目覚めるかもしれんと静華が言うて聞かんのよ。平ちゃんはどう思う、和葉、目ぇ覚めると思う?」
 おばちゃんの言葉がオレの中に突き刺さる。
 何度考えたことかわからへん。
 和葉が目覚めるか…。
 目覚めないままこのままずっと眠ったままなのか。
 オレは…目が覚めて欲しい…そう思うとる。
 そう願っとる。
「…オレは…目ぇ覚めて欲しい。そう思うとる、それ以外に何も思い浮かばん」
 ホンマはある。
 和葉に約束したいことあんねん。
 それ和葉にまだ言うてへんのや。
 いわれへんうちに変なことになるなや。
 和葉っ!!
「…どうや…和葉ちゃんの容体は…」
 オトンが病室にやって来た。
 オカンも和葉のオトンも一緒やった。
「まだ…かわらへん。まだ眠っとる」
 オレの言葉に部屋中は静まり返る。
 病院の医師に言われた「今夜が峠」これが過ぎたら和葉は目を覚ます。
 全員そう思うとる。
「夜明け……やね」
 オカンが明るくなってきた東の方角を見ながら言う。
「静華…ホンマに日が昇ったら和葉が目を覚ますと思うとんの?」
「…さすがにそうとは思えへん…。せやけどな、そう思うとったほうが気が休まるやろ。何時目覚めんとも分からんと考えとるよりも、日が昇ったら、日がこの部屋に差し込んできたら、日が中点を差したら……そう思うとったほうが気が休まると違う?」
 オカンの言葉におばちゃんはそうやねと呟いて寝ている和葉の手を握る。
 和葉……。
 もう、朝やで…。
 はよ、起きんと…遅刻してまう。

 朝8時、検査のために和葉の担当医師が病室にやって来る。
「容体は安定してますね。脈も正常です」
「まだ、目が覚めませんのや」
「そうですか…。今日もう一度脳波の方を確認しますので…。よろしいですね」
 先生の言葉に和葉の両親はうなずく。

 朝10時先生が脳波の検査をする。
「脳波に以上は見られませんね。意識不明者特有の脳波ではありませんからもう少しで目覚めるでしょう」
 そう先生は言って病室から出ていく。
「…和葉寝てるだけなんかもしれんな…」
「そうやね…」
 オカンとおばちゃんが話しとる最中やった。
「和葉…動いたで」
 おじちゃんの言葉に一斉に和葉を見る。
「ホンマか?遠山」
「何で嘘言わなあかんねん」
 オトンとおじちゃんの妙な掛け合いを無視しオレは和葉を見る。
「ん、…んー……」
 少しだけ、そう唸って和葉は目を開けた。
「和葉…、和葉?分かるか、おかんやで」
「和葉、オトンやで」
 おじちゃんとおばちゃんが和葉に声を書ける。
「オカン…オトン…?うち…どないしたん…何で…あ…車に…」
「えぇんよ和葉思いださんでも。良かったわホンマに」
 とおばちゃんは泣きだす。
「おじちゃんもおばちゃんも来てたん…?心配掛けてすいません」
「何言うとんの和葉ちゃんはうちの家族みたいなもんやし」
「ホンマやで、和葉ちゃん。はよ元気になりや」
「うん、で、平次は?」
「平次ならここに」
 と一歩さがとったオレを和葉の目の前に引っ張り出す。
「和葉、平ちゃんにお礼いいや。ずっと側におったんやで」
「………」
 引っ張り出されたオレを和葉は不思議そうに見つめる。
「和葉…どないしたんや?」
 そう声を掛けたオレに和葉は言うた。
「あんた……誰?」
 と……。

 和葉が目覚めてから3日、入院してから1週間が経った。
 そして、和葉は退院することになった。
「なぁ、オカン。平次は?」
 和葉が、目ぇ覚めてから、半ば頭がいたなるような出来事がオレの目の前で展開されとった。
 あの和葉が目ぇ覚めたとき病室におったのは、おじちゃん、おばちゃん、オトンとオカン…そしてオレや。
 和葉が目ぇ覚めたとき視線の中に確かにオレは入らんかった。
 せやから和葉の言葉は最初は誰もが冗談かと思った。
「何言うとんの、平次くんやで」
「そうや、平次やで和葉ちゃん」
 オカンとおばちゃんの言葉にも和葉はきょとんとしてた。
「こんなんが平次のハズないやんか、オカン、おばちゃんどないしたの?」
 同じようなことをオトンとおじちゃんが言うても和葉はその言葉しか言わんかった。
「な、な、な、何言うてんねん、服部平次はオレやど!!!和葉、冗談言うてる場合やないやろ」
「気安く和葉なんて呼ばんといて。あんた誰なん?あんたみたいなアホな奴が平次のはずないやんか!!」
 何でや、何でオレのことだけ覚えとらんのやぁ。
 和葉ぁ!!!
「記憶喪失の一種かと思われますね。多分、一過性のモノだと思いますが…。一応脳波を調べさせていただきます」
 その先生の言葉に和葉は入院して何度目かのCTスキャンをする。
 結果は『脳波に異常はなし』やった。
 何でオレのことだけ覚えとらんのや…。
 結局、心因による一過性の記憶障害…と言う事で片づけられてしもうた。
「で、何であんたが平次の部屋におんねん」
 といつもの習慣でオレの部屋に来る和葉はオレに向かってそう言う。
「そんなこと言うたかてしゃーないやんかぁ。ここは、オレの部屋やねんから」
「ちょー待ってや、ここはあんたの部屋やのうて、平次の部屋やで」
「せやから言うとるやろ。服部平次はこのオレやって」
「あんなぁ、何度も言うようやけど、あんたみたいなアホが平次のはずないやろ」
 と、永遠にこれが繰り返される。
 なんでやねん!
「…いい加減、平次の部屋から出ていってくれへんか?」
「アホ、何でオレが自分の部屋から出ていかなあかんねん」
「当たり前やろ、あんたは偽物やねんから。偽物が本物の部屋にいる言うことはアカンと違う?」
 何でオレが偽物にされなアかんねん…。
 はぁ…何で和葉はオレのこと覚えとらんのや…。
「なぁ、にせ平次……」
「なんやねん、何でにせ平次なんやねん」
「偽物と本物の区別するために決まっとるやろ」
 かーーーーーー完璧にオレは偽物扱いされとる。
 どうにかしてくれ……。
 仕方なしにオレは遊びに来い言うた工藤の所に電話する。
『和葉ちゃん、どうだ?あれから…』
「……かわらへん……」
『良いじゃねぇか、忘れられてるわけじゃねーんだから』
「そう言う問題とちゃうわ」
『ハハハ』
 服部平次を忘れているわけやない。
 ただ、オレを服部平次と認識してないだけなんや……。
 そんなん…忘れられてると同じや…。
「なぁ、あんた、工藤君と知りあいなん?」
「そうや」
「せやったらちょっと電話変わってや…うち工藤君に聞きたいことあんねん」
「あかん」
「何で?」
「なんでもや」
 いくらオレのこと忘れとる言うても嫌や!!!
「オレが聞いたるからいえや」
「じゃあ、平次がどこにおるか聞いて」
「あ、……」
 開いた口がホンマにふさがらん。
 アカン…ホンマに覚えてへんのや……。
「工藤、ちょっと聞きたいことがあんねんけどえぇか?」
『なんだよ』
「冗談抜きで聞いてくれへんか?」
『だから、なんだよ!!』
「服部平次はどこにおる?」
『……は?』
「せやから、和葉からの質問で、服部平次はどこにおるかと…聞いてんのや」
 その言葉に工藤は少し考えて言った。
『東京にいる』
 と。
 なんやねん、それは。
 オレはここにおるど。
『服部、和葉ちゃんに服部平次は東京にいるって伝えろ』
「何でやねん」
『和葉ちゃんにどこにいるか分からないって言うつもりかよ。オメーのこと服部平次って認識してねぇんだろ?』
「……分かった…和葉と一緒に東京に行くわ」
『分かったか……。じゃあ、待ってるからさ』
 そう言って工藤は電話を切る。
「で、なんやって工藤君」
「……東京に…おる言うてたで」
 あえて名前は出さん。
 意地みたいなもんや。
「ホンマそならうち東京に行かんと」
「オレも一緒に行くで」
「何で?何であんたも一緒にくるん?別々でもえぇやん」
「頼まれたんや、一緒に来ってくれって。和葉の事が心配やから…和葉のこと一人で東京に越さすんは心配やからって…」
 うわぁ、なんやめちゃくちゃ恥ずかしいこと言っとるでオレ。
 ともかく和葉はオレが服部平次や言うことがわかっとらん。
 せやからオレから言うた事やなくて、服部平次から言うた事にせなあかんねん。
 ……今ごろになって工藤の気持ちがわかったわ……。
 つらかったんやろうな……。
 自分が工藤新一やっていわれへんで…。
 まぁ、オレの場合は認識されてへんいうんやけど…。
「それ…誰が言うてくれたん?工藤君?」
「アホ…工藤のはずがないやろ」
 どうしてそこで工藤がでてくんねん!!!
「ほんなら…平次?」
「しかいないやろ」
 めっちゃ恥ずかしいわ…。
「ホンマ?ホンマに平次が言うてくれたん?」
「そうや!!」
 半ばやけになって和葉に言う。
 何でオレが服部平次や言うんがわからへんねんこいつわぁ!!!
「ホンマ…。めっちゃ嬉しいわぁ」
 と和葉は穏やかな笑顔を満面に浮かべて言う。
 こんなん穏やかな笑顔見んの初めてや…。
 こいつ…オレのこと話す時いつもこんなん顔しとんのかな…。

「いらっしゃい、和葉ちゃん、服部君」
 玄関先で蘭ねーちゃんが出迎える。
 和葉が中途半端な記憶喪失のまま、東京にやって来た。
「和葉ちゃん、具合は大丈夫なの?」
「大丈夫や、蘭ちゃん。心配せんでも平気やで」
 と和葉は蘭ねーちゃんの問いに軽く答える。
「工藤はどないしてん?」
「新一なら、阿笠博士のところに行ってるけど…すぐに戻ってくると…ア、戻って来た」
 と蘭ねーちゃんの声に振り向くと工藤が門を開けて庭に入ってきたのが見えた。
「来たか、二人とも、玄関にいねぇで入れよ」
「二人とも今来たばっかりよ」
 そう言って蘭ねーちゃんは幸せそうに笑う。
 二人が同棲を初めて2ヶ月がたった。
 和葉はうらやましそうに二人を見とる。
「和葉、どないしたんや?」
「工藤君…久しぶりに会うたけど…、やっぱかっこえぇなぁ」
 いきなりなんやねんそれは。
「平次もかっこえぇけど…、工藤君もかっこえぇよなぁ。そう思わん、にせ平次」
 にせ平次っちゅう呼び方やめや…。
 前半のセリフで気は良うなったけど…、後半でやられたわ。
「なぁ、工藤君、平次どこにおんの」
 和葉の突然の言葉にあたりは静まり返る。
「服部…あいつ…ちょっと今いないんだ…」
 工藤は静かに言う。
 オレはここにおるのにどうしてそないな事言わなあかんのやろ…。
 和葉を安心させるため。
 それは分かっとる。
 せやけど……。
「そう…なん…。ならしゃあないなぁ」
 そう言って和葉は目を伏せる。
 やっぱり嫌や。
「……なんか……嫌やな…それ以外に方法はなかった言うても…」
 夜、オレは……工藤の部屋でくつろいでる。
 しゃーないんや…、和葉が記憶戻ってへんから。
「……悪かったな……。オレがあんなこと言わなければさ…」
 オレの呟きに工藤が答える。
「工藤が…悪いわけやあらへんやろ…」
「……ただ……さ…、蘭が…和葉ちゃん見てつらそうにしてるのが…さ…言って失敗したかなぁって」
 ベッドで仰向けに横たわる。
「なんや、結局蘭ねーちゃんのことかい」
「あのなぁ…そう言うつもりじゃねぇよ…。別に…」
「それは工藤が悪いわけやないやろ…。言うたのはオレや。そこでオレが嫌やったら和葉に言わんかった。違うか?それが、一番良い。そう思うたんやろ?オレもそう思うたから和葉に言うたんや」
「…そう…だな…」
 工藤とオレが会話をしとるとき蘭ねーちゃんが入ってきた。
「蘭、どうした?」
「ちょっと、いい?」
 そう言って蘭ねーちゃんはオレ達の前に来る。
「あのね、…和葉ちゃんが和葉ちゃんぽくないの」
「和葉が和葉っぽくない言うんはどういうことや?」
「和葉ちゃん…なんか服部君に対する感情が…ファンの女の子的立場なの」
 と蘭ねーちゃんは言った。

「ねぇ、和葉ちゃん」
「何、蘭ちゃん」
 蘭ちゃんがうちに声を掛ける。
 夜、ホンマは蘭ちゃんは工藤君と寝るはずなんやけど…うちが心配やからってうちと一緒に寝てくれる言うてくれた。
「和葉ちゃんって服部君のどんなところが好きなの?」
 突然、蘭ちゃんに聞かれる。
「平次のどこが好きって……そんなん決まってるやんか。めちゃくちゃかっこえぇ所かなやっぱり。剣道やってるところとか…。平次、鬼のように強いんやで。それからな、推理しとるところも好きやねん。そりゃ、どうしょうもない推理ドアホやけどな。高校生探偵って言われとるだけあるで。工藤君もかっこえぇけど…、平次もかっこえぇねんで」
 なんか、平次のことはなしてたらめちゃくちゃ幸せになったわ。
「……そうなんだ…。ア、わたしちょっと新一のところに言ってくるね」

「…って」
 と蘭ねーちゃんは和葉が言うとったことを言う。
「いろいろ、和葉ちゃんに聞かされたから和葉ちゃんがどう思ってるかわたし知ってるの。でもね、あれは…和葉ちゃんのホントの気持ちが入ってないのよ」
 ……。
 蘭ねーちゃんの言葉にオレはうなずく。
 あんなに褒められるんはなんか気持ち悪い。
 いつもやったら、アホ、デリカシーなし、鈍感…さんざんいろんなこと言われとるけど…、なんか……調子が狂う。
「……ちょっと和葉のところ行ってくるわ……。やっぱりオレが服部平次や言わんと気も悪いし……。そんなん褒めまくる和葉も気も悪い…」
 そう言ってオレは和葉がいる部屋に向かった。
「誰?蘭ちゃん?」
 部屋から和葉が言う。
「オレや、入るで」
「なんや…にせ平次か」
 そう和葉はおれの顔を見て言う。
「あのなぁ、オレはにせ平次と……和葉何見てたんや」
 和葉が目を落としたその手には何かを持っているのが分かった。
「………御守りや…」
 そう言って和葉はオレにそれを見せる。
「こんなん…拾おうとせんかったら…うち事故に遭わんかったと違う?なんでうちこんなん大事にもっとんの?なんでこれがうちの首にかかっとったん?」
 と和葉はそう言った。
 オイ…何でそんなこと言うねん。
 オレが、御守り忘れたらさんざん怒るくせに、何でそんなこと言うねん…。
 そう思った途端オレは和葉が記憶喪失だということも忘れて叫びだしていた。
「こんなん言うな。和葉、覚えてへんのか?これは、その御守りは…オレとお前が手錠に繋がれたときの鎖が入ってる…お前が記念や言うて作った御守りや!!!それがあったときはオレは大怪我せんですんどる。死にそうな目にも何度も負うたけど(海に落ちたりとか、がけから落ちそうになったりとか)。こうして無事でおるのも、その、その和葉、お前が作った御守りで命たすかってんのやど…。それをこんなん言うなや…」
「それ……ホンマ?」
 和葉がオレの剣幕に驚いたのか、小さい声で聞いてくる。
「…覚えてへんのか?」
 オレの言葉に和葉は小さくうなずく。
「……そうか…覚えてへんのか……。堪忍な、怒鳴ったりして」
 そう言ってオレは和葉の隣に座る。
「…アンタが…謝る必要あらへんやろ……」
 そう言って和葉は小さく笑う。
「…あんな…うち、今思うたんやけど…、名前以外自分のことほとんどおぼえてへんねん…」
「……ホンマか、それ?」
 突然の和葉の言葉にオレは驚く。
「うん。オカンとかを病室で見たとき…、何となく顔は覚えててな、二人に和葉言われて、あぁ、オトンとオカンなんや……って思うたん」
「んならなんでオレは」
「しゃーないやんか、大好きな人があんたみたいなアホやとは思いたないねんもん。…正直なところ言うとな…、平次ってどんなやつか今一つ分かってへんねん…」
「和葉……」
「せやけど、何でうちが思うとる平次とあんたと違うんやろね…。アンタが平次やって理解はしたで。せやけど…納得いかへんねん」
 和葉はそう言うてうつむく。
「納得…いかへんでもえぇで」
「そんな……つらそうな顔……せんといてよ……」
 そう言って和葉はオレの服を掴んでうつむく。
「……お前は…記憶喪失なんやから納得する必要あらへんよ…」
「覚えてへんで…堪忍な」
「アホ…、何言うてんねん。気にする必要あらへんやろ。和葉が好きで忘れたわけやあらへんのやから」
「せやけど……」
「はぁ、しけた面するなや…、こっちまで気が滅入るやろ」
 まだ何か言い足そうな和葉にオレは喧嘩をふっかけるように言う。
「アホ、そんな言い方せんでもえぇやろ!!」
 よしよし、乗ってきたで。
「何、笑っとんの?」
 オレが笑ったのを和葉は不思議に思うたんか首をかしげる。
 喧嘩したほうがいつものオレらに戻るような気がするんはオレだけやろうか…。
「それで、えぇんや、それで」
「……平次……」
「やっと……偽…外してくれたんやな」
 そう言うオレに和葉は照れ臭そうに言う。
「やって…アンタガ平次なんやろ」
「そうや」
「せやったら…外さんと…」
「そやな」
 何となく、いつもの和葉らしくなってきたような気がする。
 やっぱり、喧嘩したほうがいいんやな。
「なぁ、平次。ちょっと聞きたいことあんねんけど」
 少しだけ考え後としていたのか和葉は突然オレに聞く。
「なんや?」
「うちと、平次の関係。どないになっとんの?」
 ……な、な、何聞いてんねん。
 そんなこと聞くなや。
 恥ずかしいやろ!!!
「な、何いきなり言うねん」
「やって気になるやんかぁ。うちが好きなんは平次やって言うのは分かっとるやろ?せやけど、平次はうちのこと好きなん?それとも嫌いなん?」
「あんなぁ……」
「なぁ、教えてぇな。気になんねんもん」
「そんなん気にするなや!!」
 何とかこの話しからかわす何かを考えるが、よう思いうかばへん。
 なんて言ったらえぇんや!!!
「せやったら蘭ちゃんとこいって聞いてくるわ」
「アカン」
「なんで?」
「もー、寝とる」
 絶対寝とる……。
 じゃま…させるわけにはいかへん。
「せやったら、教えてぇな」
「アカン」
「何でもや!!!!もーえぇ加減にねろや」
 夜も遅いし、一応和葉はこれでも退院したてや。
 東京に来る言うことでも、何が何でもオレが守る言うたから連れてこれたんや。
「嫌や。なぁ平次…嘘、言うたって、ホンマのこと言うたってどっちでもえぇんよ…。どうせ記憶戻ったら忘れてると違う?」
「せやけど…嫌や」
 言うた事…嘘にされるのが嫌や。
 嘘にされたないねん。
「しゃあないなぁ、今日は平次に免じて寝たるわ」
「なんやねん、その言い草は」
「えぇやんか、うちは退院したてやで。お休み、平次」
 そう言って和葉はすぐに眠る。
 寝つきがえぇ。
 何で…和葉はオレのことを覚えとらんかったんやろ。
 …工藤もこんなん気持ちやったんやろか…。
 蘭ねーちゃんが記憶喪失になったとき工藤のことも忘れとったらしい。
 そん時は他のも全部忘れとったから…しゃあないけれど……。
 まぁ、それでも工藤の落ち込みようは凄かったしな。
『服部…オレって蘭にとってどういう存在なんだろう』
 オレそんときどない風に答えたんやったっけ…。
 忘れてもうたわ。
 あんまり工藤のみになって考えてはおらんかった様な気がする。
 …せやけど、今なら工藤の気持ちもわかるわ。
 和葉がオレのことを覚えてへん。
 それがこんなにつらい事とはおもわへんかったで。

 次の日オレらは4人で出かけた。
 今日の予定は買い物や…。
 蘭ねーちゃんが元気のない和葉を元気づけるためにそのために買い物にオレらもつきあうはめになった。
 何でオレらまでいかなあかんねん。
 そう言うたら
「和葉ちゃんとわたしに何かあったらどうするつもり探偵さん!!」
 そう言って蘭ねーちゃんはニッコリと微笑む。
 反則やで。
 その微笑みのせいで工藤はすっかり蘭ねーちゃんの言うことしかきかへん。
 せやからおれ一人反対しててもしゃーないしなぁ。
 それに蘭ねーちゃんの言う通り和葉に何かあったらたまったもんやない。
「ったく、素直に行くって言えよな」
「なんやねん。工藤こそ、かわいい彼女の微笑み悩殺されよって」
「うるさい!!!」
 そう言って工藤は顔を赤くする。
 やってられへんよ…。
「蘭ちゃん。コレどない思う?」
 そう言って和葉は洋服を蘭ねーちゃんに見せる。
 それをオレらは遠巻きに眺めとる。
「ったく…なんで女の買い物はこんなになげーんだよ…」
「ホンマや…」
 買い物が終わったようでオレらはデパートから出る。
「何買ったんだ?」
「ワンピースだよ」
「和葉は何買うたんや?」
「うち?うちはレザーのジャケット……って何でにせ平次に言わなあかんねん」
 オイ…偽はとったんと違うんか?
「甘いもん食べたいわ」
「そうだね、わたしおいしいケーキ屋さん知ってるからそこに行かない?」
 和葉の言葉に蘭ねーちゃんが答える。
 これ以上どこに行こうっちゅうんや…。
「和葉、自分病み上がりやで?ふらふらするなや」
「そのためににせ平次がおるんやろ」
 そう言って和葉は微笑む。
 やっぱりいつもと違う和葉の様子にオレは調子を狂わされる。
 いい加減に戻れや!!
 そう言うて和葉の記憶が戻るんやったら…、苦労はない。
 キレそうやで…。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 叫び声の後どさっという音。
 事件や!!!
 そう思うか思わないかのうちに体が動きその叫び声のするほうにオレと工藤は向かった。

「行っちゃった…」
「ホンマ…やね」
 うちと蘭ちゃんは呆気に取られて二人の行ったほうを見つめる。
「全く、二人して事件バカなんだから…」
 蘭ちゃんはしょうがないと言う感じで二人が行ったほうに向かう。
「どうしたの?和葉ちゃん、行かないの?ここで待っててもしょうがないよ。新一も服部君も下手したら戻ってこないかもしれないから、いこ」
「せやけど…人…死んどんのやろ…そないなとこ行きたないわ」
「大丈夫だよ、死体の側に行くって言うわけじゃないんだから…。私も人の死んでるところには生きたくないけれど…。あの二人がここに戻ってくる可能性の方が小さいかも知れないんだよ。家に帰るってあの二人に言ってこよ」
「そう…やね…」
 蘭ちゃんの言う通りにうちらは平次達が行った方に向かう。
 何で、一人にさせんのやろ…。
 何で、置いてくのやろ。
 一人にせんといて言うても…。
 一人は嫌や言うても……。
 聞いてくれへんのは何でやろ。
「…何で、事件なんかおこるのやろね」
 そう言ったうちに蘭ちゃんは振り返る。
「…そう…だね…。事件がなければ…側にいてくれるのにね」
「そうなん?事件がなかったら工藤君側にいてくれんの?……うちらはちゃうなぁ。側におって言うたくても…言えへんねん…。事件なくても側におってくれへんねん」
「そんなことないよ。服部君、ちゃんと和葉ちゃんの側にいてくれてると思うよ」
「ホンマ…?」
「だから、一緒に東京に来てるわけでしょ?大丈夫だよ、心配しなくても。不安にならなくても。…なんてわたしが言える立場じゃないね。わたしも心配で不安でしょうがないもの」
 心配なんやろか。
 不安なんやろか。
 今の気持ちがようわかっとらん。
「新一、なんだったの?」
「飛び降り…見たいだよ」
「え……」
「大丈夫だよ、命はとりとめてる。今救急車が来るからすぐに病院に搬送されるだろうな」
「…良かった」
 そう言って蘭ちゃんは工藤君の言葉にムネをなで下ろす。
 蘭ちゃんは工藤君の顔を見た途端、憂いのあった顔が晴れ渡った。
 工藤君がホンマに好きなんや。
 そう思う。
 安心しとる。
 信頼しとる。
 そんな顔やった。
 うちは…どないなんやろ…。
 平次のことどう思っとんのやろ。
 好き…なんやろか…。
 好きやと思う。
 平次が側におることがどんなに安心出来ることかうちは知っとる。
 せやけど…どんな感じだかが思いだされへん。
「和葉、どないしたんや?」
 突然平次がうちの顔をのぞき込む。
「な、何でもあらへんよ。気にせんといて」
 にせ平次の顔にどきっとしたとは言えへん。
 ……好きなんや…。
 平次のことが。
 その瞬間、思いだした。
 でも、それだけ。
 どんな思いで平次のことが好きやったかわからへん。
「何で、側におってくれへんの?」
 ふと帰り道、平次に呟く。
「何、言うてんねん。側におるやろ」
「せやけど、何であんとき側におってくれへんかったん?」
「あんとき…って和葉何言うてんねん」
「あんとき…に決まっとるやろ。うちあんたに側におってほしかったんよ。平次のアホ!」
 もう自分で何言うてるかわからへんようになってる。
 こんなん嫌や。
 側におりたくない。
「和葉、何飛び出してんねん!!!」
 そう言うた平次の声にうちは泊まる。
「か、和葉ちゃん、危ない!!!」
 へ…。
 二つのライトが自分に迫ってくるのに気がついた。
 アカン…、轢かれてまう…。
 そう思うた瞬間に腰が抜けて座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
 車がうちの直前で止まったらしく、運転手が降りてくる。
「こっちは大丈夫や、気にせんと行ってくれるか?」
「でも」
「平気や。立ちくらみおこして座り込んだだけや。それより堪忍な。飛び出してもうて」
「怪我?ないんだね」
「あらへん」
 その平次と運転手の会話が遠くに聞こえる。
「和葉ちゃん、大丈夫?」
「蘭ちゃん、うち…生きとんの?」
「当たり前やろ、轢かれてへんから安心せい」
 そう言って平次はうちを抱き起こす。
「そうか…そうなんやな」
 そう呟いた途端、うちの意識は消えた。

「和葉、和葉?」
「安心しろ、気を失っただけだよ」
 工藤が和葉の脈を取って言う。
「……退院したてだろ。無理したんじゃねーのか、和葉ちゃん」
「無理、オレは和葉に無理なんかさせてへんど」
 工藤の言葉にオレはそう反論する。
 オレは、和葉に無理なんかさせてへん。
「……和葉ちゃん…つらいんだよ……。事故に遭ったとき……服部君側にいなかった…んでしょ。それ…少しだけ覚えてるんじゃないのかな…。だから…不安になって…自分の中で混乱しちゃってどうしていいか分からなくなっちゃって…それで無理してるつもりないはずなのに…知らず知らずのうちに無理してたんじゃないのかな…」
 蘭ねーちゃんが、和葉の髪を整えながら言う。
「ここにいるのもなんだから早いとこ戻ろうぜ。このままじゃ和葉ちゃんが風邪ひくぞ」
「そうやな…」
 工藤の言葉にオレはうなずく。
 和葉…側におられへんで堪忍な。
 事件や言うて側におってやらんで堪忍な。
 工藤の家に戻り和葉を寝室に寝かせる。
「思いだすといいね……和葉ちゃん」
「そうやな…」
 部屋に入り際、蘭ねーちゃんが言う。
 気…失うてるだけやから……すぐに目が覚めるやろ。
 そう思う。
 せやけど…このまま目覚めんかったらどないしよう…。
 そんなんのもある。
「和葉…、オレ…お前がおらん様な世界は嫌やで…。側から離れんなや言うて側におらんかった奴が何言うてんねんって思うかもしれへんけどな…。せやけど……せやけどな…、オレはお前のこと絶対に死なせたらアカンそう思うとるんやで…。オレが絶対に守ったる…から…なぁ、和葉…」
「平次…それホンマ?」
 か細い声が聞こえる。
 和葉が目を開けてオレの方見とる。
「和葉…か?」
「何言うとんのアタシに決まっとるやろ……って平次ここどこ?見たことあんねんけど…、思いだされへんわ…」
「工藤の…家や」
「工藤…くん…?そうか…工藤くんちなんや。せやけど、何でアタシ工藤君の家におんの?…そう言えばアタシ……!!!御守り、御守りはどこ?」
 そう言って和葉はお守りを捜しだす。
「首にかかっとる……気ぃついて…良かったわ…」
「平次…アタシ車に引かれたんよね…。それなのに何でアタシ工藤君の家におんの?」
 和葉はこの何日かの事を忘れとるみたいやった。
「和葉、お前が事故に遭うてから2週間たってんやで」
「ホンマ…なん?」
「そうや…。忘れてんのも無理あらへんやろ。記憶喪失やってんから…」
「嘘、アタシ記憶喪失やったん?」
「そうや、オレのことだけすっぱり忘れてたで」
 元の和葉に戻ったのが嬉しいはずやのに…つい余計なこと言うてまう。
「……アタシが…平次のこと忘れるわけあらへんやろ。勘違いしとんのとちがう?」
「せやけど、忘れてたで。オレのこと偽もん扱いしとんのやから」
「忘れてへんやん」
「何言うてんねん。オレのことお前服部平次やない言うたんやで!!!それのどこが忘れてへん言うんや」
「忘れてへんやん、平次のこと。…確かに、平次って認識しとらんかったもしれんよ。せやけど、覚えてたんやろ。平次のこと…」
「……せやけどなぁ」
「それなら一緒や。な、平次」
 納得いかへん!!!
 認識しとらんって言うのは忘れてると一緒なことや。
「平次、…心配かけて…ごめんな」
 突然和葉は言う。
「何言うてんねん、気にする必要あらへんやろ。それより、何で御守り拾おうとしたんや?拾おうとせんかったら事故に遭わんかったんやで」
「…ひも…」
「ひも?」
「そうや、御守りのなヒモが突然切れたんや…。平次に…何かあったんかと思うて…拾わんかったら平次が側におってくれへん様になる。そう思うて……」
 そう言って和葉は泣きだす。
「アタシ、平次が側におらんようになるのだけは絶対嫌やから…。平次には…側におって欲しいから。せやから…」
「アホ…。ホンマにアホやな」
「な、何言うん?」
 そう言って和葉は起き上がる。
「ヒモ切れたから心配したんやで。それなのにアホ言うことあらへんやんか!!!」
 突然、蘭ねーちゃんの言葉を思いだす。
『服部君が側にいなかったから不安になっているんだよ』
 そうか、そうなんやな。
 オレは、和葉の腕を引き抱き寄せる。
「平次?」
「心配になったんやろ…。不安になったんやろ…。もう、そない思いはさせへん。せやから…安心せぇ。な、和葉」
「へい…じ……平次ぃ」
「すまんな、買い物つきあわへんで。おこっとるんやろ?」
「もう、おこってへんよ。側におってくれるんやったら、それでえぇんよ。平次」
 泣いている和葉をオレは抱き締める。
 大事な女や…。
 改めて気ぃついたわ。
 側におる。
 せやから、安心せぇな。

 それから1週間後。
『和葉ちゃん、具合はどう?』
「平気。蘭ちゃんにも心配かけて堪忍ね」
『元気になって良かった』
「ホンマ、迷惑かけてもうたよね。工藤君と蘭ちゃんには」
『そんなことないよ。和葉ちゃんの姿見て安心したもの』
「ホンマ?それならわざわざ東京に行ったかいがあるわ」
 遠距離電話ただいま1時間過ぎ。
 和葉はオレの部屋にきてずうっと蘭ねーちゃんと電話しとる。
 えぇ加減にせぇよ、和葉!!!
「ア、なんか平次がおこっとるからそろそろ切るわ」
『服部君もおこってるの?』
「そうや、…平次も…言うことは工藤君もおこっとんの?」
『そう、なんか長電話が気にくわないみたい。新一ね、わたしが構わないからすねちゃってるんだよ』
「ホンマに?」
『うん、園子がねわたしが構わないときの新一って見る見るうちに機嫌が悪くなるんだって、それ見て園子ったら知ってていろいろするんだよ』
「やりそうやわ、鈴木さんやったら」
『もう、ア、ホントにじゃ、またね』
「ホな、またね」
 ようやっと和葉は電話を切った。
「あぁ、めっちゃ楽しかったわ。蘭ちゃんとの電話」
「そりゃよかったなぁ」
 やっと終わった電話にオレは不機嫌になる。
 全く、人の家に来て長距離電話するんやない言うとんねん!!!
「平次、心配してくれておおきに」
 そう言って和葉はおれの首に抱きつく。
「なんやねん、いきなり」
「感謝の気持ちや、感謝の気持ち」
 和葉が検査入院から退院して1週間がたった。
 検査の結果脳波に異常はなし、記憶障害も元に戻った。
 そう結果が出た。
「おこっとる?」
 突然和葉はオレの顔をのぞき込むように聞いてくる。
 不安そうな…顔で。
「何が…や。和葉」
「アタシが、平次のこと…忘れとったこと…」
「気にしてへんよ。忘れたわけやない言うたんは和葉やろ。オレは怒ってへんよ」
「平次……。平次、好きやで」
 突然、和葉は言う。
「な、何言うてんねん」
「何って、アタシの素直な気持ちに決まってるやんか。平次、平次はアタシのことどう思うてんの?」
「そんなん言わんでも分かるやろ」
 そう言うてるのに和葉は引かない。
「言うてくれへんとわからへんよ。それにアタシかて言うたんやで、平次も言わんとずるいんと違う?」
「あ"ー、好きに決まっとるやろ。世界中で一番大事におもっとるんやから……ってなんちゅうこと言わせんねん!!!」
 全く、…かなわんわ…。
 ホンマに…。
「平次…ホンマ?」
「嘘言うて…どないすんねん」
「そうやね」
 オレの言葉に安心したのか和葉はニッコリと笑った。
 オレのことを認識せんかったときオレのことを言うとったあの穏やかな笑みで。

*あとがき*
前半部分(和葉入院部分)に力の入った一品。


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