らいおんはーと
君に逢うために生まれた〜We Love The Earth〜
〜いつか来た道〜
「結婚してくれ」
顔中汗だくになった彼は息を切らしながら私の元へ走ってきてそう叫んだ。
「…い、いきなり何言うのよ」
周囲の人の目が気になった私は彼に向かってそう言った。
でも、彼はそんなことお構いなしに言葉を続ける。
「いきなりじゃない。ずっと考えてたことだ。君が誰かのものになってしまうのを黙って見てろっていうのかい?冗談じゃない」
いつもは透かしている彼がこんなに慌てるのを見たのは…初めてだった。
私達は幼なじみである。
でも彼はいつも冷静沈着で慌てているところなんて滅多に見たことがなかった。
でも、この今私の目の前で汗だくになっている彼は、全然違っておもしろくて思わず、笑ってしまった。
「な、…なに笑ってんだ」
「だって…いつも冷静沈着なあなたがそんなに慌てているんですもの。笑わずにはいられないわ」
笑いが止まらない私に彼は不機嫌にならずに言う。
「君のことではいつも慌てているんだが…気付いていなかったかな?」
嘘、そんなこと初めて聞いた。
「気付いてる訳ないじゃない。わたしはいつもあなたの冷静な部分しか知らないわ」
「そりゃ、当然さ。手の内は見せない主義なんでね。君のいないところではずいぶん慌てさせていただいたよ」
「ずるい」
「ん?」
そう、ずるいわ。
私が知らないところであなたが慌てているなんてずるいわ。
私はあなたの目の前でずいぶんあなたに対して慌てているのよ。
「ずるくないさ、それが駆け引きと言うものだろう?…と言いたいところだが……情けないだろう。いつも冷静沈着なこの僕が君の一挙手一投足に慌てているなんて。君には恥ずかしくて見せられないさ」
そう言って彼は赤くした顔を外に向ける。
「情けないなんて言わないで。私はあなたの意外な一面を見る事が出来て嬉しいわ。でも、ホント聞いてた通りね」
「へ?」
私の言葉に彼は驚く。
友達に聞いていたこと。
私がいない前では冷静沈着な彼も形なし。
その事がホントの事とはとても思えなかったから。
「聞いてたのよ。あなたのその慌て振りを。そんなことないって反論してたけど、ホントだったから……。ねぇお願いがあるの」
「なんだい?君の願うことで僕が叶えられることなら全て叶えよう。僕は君の夢を全て叶えられる」
「……それじゃあ、私と結婚して下さい。私が結婚したいと思う人は…あなた以外にいないの。叶えてくれる?」
「もちろんだとも。ありがとう」
彼となら私は生きていける。
何があっても彼なら何とかしてくれるだろうってそう思える。
けれども、彼の負担になってはいけない。
彼の為に私が出来ること。
それをしよう。
〜いつか来た道:数年後〜
「まま、ままはぼくのことすき?」
「すきよ」
「ぱぱよりも?」
3歳になったばかりの息子に彼女は返答に困る。
そして、彼女はちらちらと僕の方を見て助けて欲しいと目で哀願する。
子供と言うのは自分が一番でないと気が済まないらしい。
どうせ奴は僕の方にも来るはずだから、ここは彼女に頑張ってもらうしかない。
「ねぇ、まま。ぱぱよりもぼくのことすき?」
「……好きよ。でもね、ぱぱも好きなの」
二股か…上手い具合に逃げたな。
「むー……ぱぱ。ぱぱはままよりもぼくのこと好き?」
奴は母親の1番になれなかったので僕の方に来た。
我が家は片親だけになつくと言う状況にはない。
僕は彼の遊び相手であるし、彼の大概の身の回りの世話は僕の役目だ。
もちろん母親である彼女に勝てないときはあるわけだが。
「好きだよ。ただね、ママへの好きとは違うんだよ」
「?」
少し難しかったか?
分かりやすく言ったつもりだが……。
「ママのことはこの世界の誰よりも何よりも好きなんだよ。もちろん、君のことも好きだよ。けどね、お前にもそういう子が必ずいるんだよ。ママよりも、パパよりも、この世界の誰よりも好きになるそう言う子が。分かるかい?」
「……ままよりもぱぱよりもすきなこ?」
そう言って彼は首をかしげる。
「そう…。いつか必ず逢うことが出来るはずだ。そして、パパがママやお前を守るようにそのことを守れるようになりなさい」
「まもれるように?」
「そう、お前が大嫌いなものからその子を守れるように。強く」
「うん」
そう言って彼は大きくうなずいた。
〜今から行く道〜
学校での一悶着から数日後。
一番懸念されていたことが解決できてオレは心底ほっとしていた。
ようやく…認められた。
そんな気分だ。
確かに、世間一般ではないというのが前提につくのだが、それでも蘭とのことを認められたのだ。
嬉しくないはずがない。
それでも、いつかやって来るであろう攻勢は覚悟しなくちゃならない。
だとしても、周りがみんな助けてくれるそう言ってるから…その言葉に甘えてしまおうと…情けないが仕方ないことなのだ。
オレに出来ないことはまだたくさんある。
だけど、オレは今やるべきことをやらなくてはならないんだ。
出来ることをする。
だから…事件現場にいる。
「済まなかったね、工藤君。いつもいつも」
「いえ、目暮警部が悪いわけじゃないですよ」
とは言うものの、蘭と過ごしたいとは思っているわけで…それを表には出せないから辛かったりもする。
たとえ、オレと蘭が同棲しているということを警部達、オレが親しくしてもらっている警察の面々が知っているとしても。
「工藤君、大学はどこの学部に入るつもりなのかい?」
「んーまだあまり考えてませんが、少し苦手な理科系でも入ろうかなと」
「理科系かね?てっきり法学部とかだと思っていたんだが…」
「どうしてですか?一応こういうことやってるんで法律関係は熟知してますよ」
「で…」
「ハイ?」
何か言いたそうな目暮警部。
「刑事にはならんかね」
「刑事ですか?そう…ですね」
あいまいにオレは答える。
刑事…考えたことがある。
日本で唯一拳銃の携帯を認められている職業。
あこがれないわけではない。
だが……警察官の忙しさも分かっている。
今だって事件だと呼びだされて蘭と一緒にいられない。
今は高校生だからと言う理由であまり呼びだされることもないが、刑事になったらどうなる?
今日は出かけるから、用事があるからといって事件現場に行かないわけには行かない。
それだったら…探偵の方がいい。
「工藤君は刑事になるの?なるんだったら一課にいらっしゃいよ。可愛がってあげるわよ」
「佐藤さん…それって…」
「何?高木君」
事件現場から家に高木刑事と佐藤刑事の二人に送ってもらうことになった。
この二人のペアもなかなか順調らしい。
「嫌、何でもないです」
「で、冗談は程々にして、工藤君はどう思ってるの?目暮警部は工藤君に刑事になってもらいたいって思ってるみたいだけれど…。少なくとも私と高木君はあなたのこと目暮警部よりは分かってると思うわ。いろんな意味でね」
「……そうですね…」
バックミラーごしにオレに話しかける佐藤刑事にそう答える。
「正直言って…まだ揺れています。刑事って拳銃が携帯できるでしょう?あれで蘭を守ることが出来るのなら…刑事も良いかなって思いますけど……」
でも………。
拳銃が必要な場所に蘭を置いておきたくない。
出来ればいつもオレが蘭の側で守っていたい。
それが正直な気持ちだ。
「……難しいわね……」
「確かに、刑事は拳銃の携帯を認められているけれど……。工藤君も知ってるように、それをいつでも抜いていいというわけではない。僕は……君が刑事になることを…あまり進めたくはないな……。工藤君は工藤君がやりたいようにすればいいと思う」
「そうね、私もあまり勧めたくはないわ。刑事になりたいって言うのなら止めないけれど、悩んでいる今の状態で…無理やり勧めることはしたくない。高木君の言う通り工藤君は工藤君がしたいいようにすればいいのよ。高木君も良いこというわね」
「いやぁ」
オレがしたいようにする。
か……。
簡単なようで…難しいよな。
「大学に行くんでしょう?だったらまだ時間はたっぷりあるわ。答えをだすのを焦る必要なんてないのよ」
佐藤刑事は悩んでいるオレにそう言う。
楽になった。
そうだよな。
焦る必要なんてない。
オレがやりたいことはちゃんと分かっているんだから。
高校卒業して大学行ってる間にずっと考えれば良いこと。
「ありがとうございます。高木刑事と佐藤刑事のおかげで楽になりました」
そう言って車からオレは降りた。
蘭が待っている家はもう目の前。
〜今からいくから〜
今日は新一は事件でいない。
どんなに寂しくても、あの事件に行く前のキラキラした目をみると行かないでなんて言えないのよね。
新一って将来何になりたいのかなぁ?
やっぱり探偵かな?
お父さん見てるから探偵っていう職業ずいぶん理解してると思う。
もちろん、新一のことも見てたしね。
まぁ、行く先々で事件に遭遇するのはちょっと避けたいけど…。
わたしが新一の側にいることで少しは新一のこと癒してあげられてるのかな。
新一って結構抱え込んじゃうのよね。
そんなとき何とかしてあげたい…って凄く思う。
「でぇ、どうなのよぉ、ラブラブの同棲生活は」
で、今、目の前にいるのは園子。
今年こそ、きちんと京極さんにセーターを編むと言って家に来ているのである。
「しっかし、よくこんな面倒なことあんたもアヤツなんかの為にやったわよねぇ。感心しちゃうわ」
「ほら、園子。口動かすんじゃなくって手を動かす」
「もう、分かんないわよぉ。ぐちゃぐちゃになっちゃう」
「大丈夫だって。上手い具合に出来てるじゃない」
隣でわたしが編んでいることが功を奏してるのか思った以上にうまくあみ上がっている。
ふと園子がわたしが編んでいる物をじっと見て言う。
「それ、誰用?その青いセーターは」
「…聞かなくたって分かるでしょ。事件事件って言ってほっつき歩いてるバカのよ」
つい、そんなこと言ってしまうけど。
やっぱり心配だから…。
早く帰ってきて欲しいって思ってる。
「ハイハイ、新一君のね。そう憎まれ口たたいてもちゃんと考えちゃうのよね。あんたって娘は」
そう言って園子はうんうんとうなずきながらセーターを編み始める。
「クリスマスまでには編み終わるかなぁ?」
「クリスマスプレゼントにするの?」
「これだけじゃないけどね。っていうかその前に真さん帰ってくるか分からないのよ」
京極さんは試合と称して海外に行っている。
どうやらクリスマスに間に合うか微妙な状況らしい。
「帰ってくるよ。園子」
「どうしてそう思うの?向こうで彼女とか作っちゃわない?」
「そんなことする訳ないじゃない。園子、帰ってくるって思えばちゃんと帰ってくるんだよ。大丈夫、京極さんはちゃんと帰ってくるよ」
「そう?」
なきだしそうな園子にわたしは笑顔でうなずく。
……去年は逆だったね。
不安で押しつぶされそうなわたしをそうやって慰めてくれていた。
「ホントに大丈夫?」
「ウン、大丈夫。園子が、京極さんのことちゃんと信じていれば大丈夫だよ。強く思っていることは必ず、実現するんだから」
「そうだね」
わたしの言葉に園子はニッコリと微笑む。
「よし、京極さんが帰ってくる前にきちんと仕上げないとね。蘭、手伝ってよね」
「うん」
園子に幸せになってもらいたい。
わたしの幸せ願ってくれた園子にも幸せになって欲しい。
それから…新一にも。
新一…早く、帰ってこないかなぁ。
今、凄く幸せだから、この幸せわけてあげたいの。
「門の所に車よ蘭。ん?アヤツが帰ってきたわよ」
園子の言葉に窓辺に行くと新一が車の中に乗っている人に挨拶して門を開けて入ってきた。
わたしがここにいることに気がついたのか新一は手をあげて走ってくる。
そして、ほんの後、リビングの扉を開けて入ってきた途端に落胆した。
「お帰り、新一」
「お帰りぃ、新一君」
「ただいま…」
新一ってば何にそんなに落胆してるんだろう?
「新一君、そんなにわたしがいることがショックだった?あ、もしかしてお邪魔だとかぁ」
「そう言うわけじゃねぇよ」
「安心してよ。もう少ししたら帰るからさぁ。そうだ、新一君、コーヒー入れてよ」
「あのなぁ、帰ってきたばっかりのやつにそう言うんじゃねーよ」
新一は園子の言葉にけんか腰になる。
もう、どうして、けんか腰になるのよぉ。
「もう、二人とも。園子、わたしがいれるわね。新一も飲む?」
「あぁ、頼む」
「もう、蘭が入れる必要はないのよ」
園子の言葉を後ろで聞きながらわたしはコーヒーを入れ始める。
寂しいのよね。
京極さんがいないこと。
だからつい新一をからかっちゃうのよね、園子ってば。
まぁ、新一をからかうのは昔からなんだけど…。
「蘭、コーヒー飲んだらわたし帰るわね」
そう言って園子はコーヒーを持ってきたわたしに少しだけ寂しげに微笑んだ。
「新一?大丈夫?」
園子が帰った後に蘭はオレにそう尋ねた。
「大丈夫って?どういう意味?」
「なんか…悩んでそうだから……」
ふと沈めた視線に蘭は気づいたんだろう。
「後味悪い事件だったの?」
「違うよ…蘭」
事件よりもオレの中を悩ましているのはこれから先のことだ。
オレには刑事と探偵と二つの道がある。
これ以外に実は考えられない。
サッカー選手と言うのもあるが…。
さすがに、これは今の段階では難しいだろう。
「工藤の、あの芸術的なフリーキックを見てみたいんだ!!!」
と言ってオレを勧誘してきたやつは相変わらず今も後を絶たない。
だいたい3年のブランクがあるオレにサッカーをやれなんてもともと無理な話だ。
「これから先のことだよ。蘭」
「これから先のこと?」
おれの言葉に蘭は首をかしげる。
「将来のことだよ。刑事になるか…探偵になるか…だよ。この日本で合法的に拳銃が撃てるのは刑事だけ。蘭が誰かに狙われたとき守れるだろう?でもな、そんな誰かに狙われるような所に蘭を一人でおいておきたくない。そうするといつでも側にいてやることが出来る探偵の方がいい」
「専属のボディーガード?」
「見たいなやつだな」
オレの言葉に蘭は嬉しそうに微笑む。
「蘭?」
「じゃあ、わたし、新一と一緒に現場行っても良いのね?」
「はぁ?」
蘭の言葉にオレは首をかしげる。
「だからね、お父さんの時みたいに、その場所にわたしも連れて行って欲しいの」
「遊びじゃないんだぞ」
おれの言葉に蘭は頑として首を立てに振らない。
「蘭、いいか?そう言う場所にはどんなやつがいるのか分からないんだぞ。わかってんのか?」
「分かってるわよ。だからよ。わたし、新一のこと心配なの。危ない目にあってないかって…。事件解決した後時たま辛い顔してることあるでしょ?でも、わたしに何も言ってくれないでしょう?言ってほしいの。それが無理ならどこにでもついていくわ、お父さんの時みたいに。わたし、そんなに弱くない。知ってるでしょ?」
そう言って蘭はオレに抱きつく。
「知ってるよ…。でも蘭には空手使わせたくない」
「良いのよ。わたしが空手を始めたのは新一の側にずっといるためだもの。探偵の助手をするには体力あったりしたほうが良いでしょ?」
そう言って蘭は無邪気に微笑む。
……負けた。
「何があっても良いんだな?」
「大丈夫よ。慣れたとは言えないけれど」
「分かったよ。でも、お前を守るのはオレの役目だぜ」
蘭を守るのはオレの役目。
父さんが、母さんを守ってきたように。
「世界中で一番大切な子を守れるぐらい強く」
そうオレに教え続けた父さん。
オレは蘭を何人からも守れるぐらいに強くなったのだろうか…。
答えは否だ。
まだ、オレは蘭を何人からも守れるぐらいに強くはなっていない。
蘭を守る。
世界中の誰よりも……大切な蘭を……。
*あとがき*
らいおんはーと、3部作の新一編。
冒頭の優作さんがお気に入り。
でも、優作×有希子が幼なじみじゃないと知ってショック…。
『君に逢うために生まれたシリーズ』のみ、優作×有希子は幼なじみ。
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