「和葉、まだ眠たいんか?」
「平気やで」
海岸でオレは和葉に聞く。
オレの言葉に応えた和葉はやっぱりなんか眠たそうやった。
オレが和葉のこと迎えに行ったとき和葉はまだ眠っとった。
約束の時間は8時やと言うのに和葉が眠ったのは朝の5時。
眠たいのは当たり前や。
「なぁ、和葉なんでそんなにねむたいんや?」
そう聞いても和葉はただ静かに笑ってオレの方を見るだけやった。
わけ…分からん。
「今日は温かいなぁ。コート着て来るんや無かったかも」
そう言って和葉はコートを脱ぐ。
「アホ、バイクやで。着てへんと風きるんやから寒いで」
おれの言葉に和葉はそうやったと言って微笑む。
どっか…寂しそうやった。
理由…は分かる。
気持ちも一緒や…。
せやけど…表に出そうともおもわへんかった。
恥ずかしいから。
「平次…これからどこ行く?」
振り向いて和葉はそう聞く。
「どこでもえぇで。和葉が行きたいとこにしたらえぇよ」
「そんなんずるいわ。アタシ決められへんで」
「せやから決めや言うてんねん」
「ほんなら……平次の行きたいとこでえぇわ」
…なんやねん、それは。
オレがどこがいいって聞いてる意味ないやんか。
「ホンマ…どこでもいいんか?」
「えっ…ちょっと待って…平次…どこ行こうって思うてんの?」
「どこやと思う?」
そう聞くオレに和葉は考え込む。
「………やっぱり…平次、アタシが決めてえぇ?」
何を考えたのかわからへんけど和葉は考えを改めた。
「かまわへんよ。今日は、和葉の行きたい所連れてったるって約束やろ」
「そうやね」
「で、どこ?」
そう聞くオレに和葉はちょっとだけ考え言う。
「通天閣っ」
と。
「なんで通天閣やねん」
「えぇ、やっぱりココからの景色見たいやんか」
アタシの選択に平次は納得が行かないらしい。
大阪からでるのにやっぱり名所というところは押さえておきたいと何となく思ってしまったのだ。
「やっぱ…大阪はえぇな」
「そうやね」
アタシは平次の言葉に頷く。
もう…一生帰ってこないって言うわけじゃないけれど…やっぱり寂しい。
「ほんなら次どこ行くか?」
「それやったら大阪城もいかへん?」
「そうやな…後、府警本部にも」
忘れてた…、大阪城のすぐ近くには大阪府警の本部があったんだっけ…。
大阪城行こうって言ったら府警本部にもって平次が言うの目に見えてたじゃないのよぉ。
「和葉、どないしたんや」
「何でもあらへんよ」
「ほなら、府警本部にいこか」
「メインはそこちゃう。大阪城やっ」
そう言うアタシに平次は
「どっちも変わらへん」
と笑って言った。
大阪城は無視して府警本部に向かう。
「……大阪…とりあえず、最後やろ。せやから挨拶しとこと思うてな」
府警本部に行くのを納得しない和葉にオレは説明する。
「それもそうやけど…。事件とかあったら行かんといて。引っ越しの準備せんとあかんのやから」
その言葉に頷いたけどそれが耳に痛い。
せやけど…ホンマの事やから、とりあえず、今日のところはおとなしくしとることに決めた。
勝手知った大阪府警本部の捜査1課室に向かう。
「和葉ちゃん、刑事部長やったら本部長室におるで」
「平ちゃん、なんか会議や言うて締め出しや」
1課室に向かう間も知り合いの婦警さんやら刑事さんに声をかけられる。
せやけどようまぁ、ココに来たなぁ。
事件が無いか言うて来て、オトンの後付いて来て。
和葉もオレの後付いて来とったから結構顔見知りの刑事が多い。
そういやぁ、和葉のオトンは和葉がココに来ることいい顔せんなぁ。
それも当然か…。
「ん?和葉ちゃんに平ちゃんやないかどないしたんや?」
捜査一課の部屋の前で、知り合いの刑事、大滝ハンにあう。
「どないしたって、ほら、オレら大阪から引っ越すやろ。とりあえずは最後やから挨拶しとこうと思うて…」
「そうやなぁ、平ちゃんや和葉ちゃんがおらんようになると寂しなるなぁ」
「大滝さん、そんなこと言わんといて下さい。そんなこと言うたら平次、東京から事件のたんびに大阪に来るようになってまうんやから」
「それもそうや」
さすがにオレかてそんななんべんも大阪と東京往復なんかせんわ。
「そんなこと言うたかてわからへんやんか。あんた工藤君に逢いにこの2年間なんど大阪と東京往復したと思うてんの?」
うっ…。
和葉の言葉に反論できひん。
「和葉ちゃんの勝ちやな」
背後から声が聞こえる。
「本部長、どないしたんですか?」
「平次が来とる言うの聞いてなぁ」
やっぱりオヤジや、振り向きたくないわ。
「和葉ちゃん、引っ越しの準備は終わったんか?」
「まだ終わってへんねん」
そういや…オレも引っ越しの準備終わってへんなぁ。
「平次、なんや遠山が話しあるって言うてたで」
「……何?オレ…なんも怒られるようなことしてへんで」
和葉のオトンに呼ばれるときは大概なんか怒られてんねん、オレ。
「そんな話ちゃう、せやからはよ行け。本部長室で待っとるから」
オヤジに追い立てられるようにオレは和葉のオトンが待つ本部長室に向かう。
本部長室の扉を開けると、和葉のオトンがなんか感慨深げに座っておった。
「おじさん…話って…なんです?」
目の前に座ったは良いけど妙に緊張する。
一番、嫌な…相手やでホンマに…。
「いやな、平次君とこう向かいおうて話す機会も無いなぁ思うてな。和葉とオマエがココに来た言うの聞いて、ちょっと平蔵に時間作らせてもろうたんや」
と…和葉のオトンは淡々と話す。
おっちゃんの様子からは何にも感じ取ることができひん…。
「…で…話しって……」
「和葉のことや…」
やっぱリー。
何となく、予想は立てた。
和葉のオトンから直々に話しがあると聞いたとき嫌な予感がしたんや…。
オレ……殺されんとちゃうか?
和葉…そう言えば東京に行くのってどうやって行く言うてへんよなぁ。
オレは一応オヤジに工藤のこと話してそれから…あの嵯峨野っちゅうオバハンの事話して……工藤のとこに和葉も一緒に居候するって言うてもうた。
オヤジから和葉のオトンに話しが行くやないかぁ………。
まずい、絶対に殺される。
うぅ、まだ殺さんといてや。
オレ…まだやってへんこといっぱいあるんやでぇ。
オレまだ…死にたないわ…。
「…和葉を……よろしく頼む」
「へ?!」
不意におっちゃんに頭を下げられる。
「ちょ、ちょっとまってや…。ど、どないしたんです?」
「……和葉のことよろしく頼む言うてんねんや」
おっちゃんは頭を下げたまま言う。
「…頭なんて上げて言うて下さい…」
オレの言葉におっちゃんはさげた頭を上げて言う。
「…オマエが幼なじみやからって言うてるわけや無い。平蔵の息子やからって言うてるわけでもない。和葉がオマエがいいって言うてるからこうやって頼んでんのや……」
おっちゃん……。
「和葉が迷惑かけるかもしれんけど…その時はよろしゅうな…」
淡々と響くおっちゃんの声…。
それが物悲しく…聞こえてもうて…申し訳なく思ってもうて……。
「それはこっちの言うことです…。今まで…迷惑かけてすんませんでした…」
「ホンマやで…。和葉のこと泣かせたらそん時は許さへんからな!!!」
「はっハイ…」
最後に言ったおっちゃんの言葉はやっぱりいつものおっちゃんらしかった…。
「和葉ちゃん、平次のことよろしゅうな」
「アタシでえぇの?」
捜査一課室に戻ってくると和葉とオヤジが話してるのが見えた。
何話しとんのかわからへんが…どうせくだらへんことやろ。
「そうや、色々迷惑かけてまうかも知れんけどほんまそん時はよろしゅうな」
「…ありがとうおじちゃん。そうやね、アタシは平次のお姉さん役やもんね」
「誰が誰のお姉さん役や」
突然現れたオレに和葉は驚いてオレの方を見る。
「きゅっ急にあらわれんといてよ。平次、ちゃんとお父ちゃんと話してきたん?」
その言葉にオレは頷く。
「それやったら、次のとこ行こ。アタシまだ行きたい所あったんやから」
「そうせかさんでも行くから……。えっと……捜査一課の皆さん、今までホンマ世話になりました」
そうオレは捜査一課にいる全ての人に挨拶した。
もう、大阪に戻ってこないわけや無いけど…今までほいほい遊びに来たオレに礼をいうたんや…。
そした、東京に行く理由をみんな知ってたのか和葉とのことからかわれて…そして他の課にも出してたら府警本部をでるのが遅くなったのは……何もオレのせいだけやないと思うで、ホンマ。
平次と寝屋川に戻ってきたときには陽が傾き始めていた。
いつもだったらこんなに早やく戻ってはこないんだけど……引っ越しの準備があるからそうも言ってられなかった
寝屋川の中心より少し離れた高台の団地にアタシと平次はいる。
ちょうどいいあんばいに公園になっている場所にバイクを止める。
そこは夕日が綺麗に見え、寝屋川市内を見下ろすことの出来る絶好の場所だった。
暗くなってきたから…公園に人はいない。
夕方だから寒くなってきて…アタシはちょっとだけ身震いをする。
「和葉、寒いんか?」
平次がアタシを見て声を掛ける。
「明日卒業式やからな」
そう言って伸びた髪を切った平次が少しだけ大人っぽく見える。
アタシは…なんかおいてきぼりを食らった感じでだけど…やっぱりなんかカッコイイ、隣にいる平次の手にそっと手をのばす。
それに気付いたのか平次はアタシの手を握ってくれた…。
温かい…平次の手…。
「どないしたんや?」
平次の目が優しく微笑む。
「平次……あのな…お願い事があんねん」
「なんや?言うてみ」
「あんな…アタシ、きっと平次に我が侭ばっかり言うてもうて困らせてまうと思うねん。せやけど……せやけどな……」
平次の視線が優しいから…思わず照れるんだけど……。
アタシは言葉を紡ぐ。
「これからもずっと平次の側におらせてな…」
恥ずかしい…わ……。
アタシは思わずうつむく。
平次はなんて言うんだろ。
そんなこと無理って言うのかな?
……そんなん嫌や……。
「………手…離さんからな」
低く囁くように聞こえる言葉。
「平次?」
驚いて顔を上げるアタシに平次はつないでる手を見せながら言う。
「コノ手…何があっても…何言われても、何されても……離さへんからな…」
そう言って平次は微笑む。
ハッとした…。
平次がアタシにつないでる手は…右手で…。
その右手の甲には……アタシが傷つけた傷が………ある。
「平次……アタシ……」
「何も言わんでもえぇ…。和葉…オレの方こそ、オマエに迷惑とか我が侭とかいっぱい掛けてまうと思うねん…。せやからオマエの我が侭ぐらい大目に見たるわ。オレの我が侭の方が大きいねんからな」
そう言って平次はアタシを抱き寄せる。
寝屋川市内の夜景が…少しだけ…ゆがんで見えた…。
それは涙のせいかもしれない…そう思った。
信号が赤なのでバイクを止める。
これでもう最後やと思うとなんか寂しい。
決めたのはオレや。
オレはコノ選択を間違ってないと思うてる。
絶対とは言わんけど…多分はあやふややけど…間違ってへんと信じたい。
『コツ』
メットが当たる音がする。
和葉…寝てもうたんやろか。
「和葉?」
「っなっ何?平次」
妙に慌てとる。
「眠いんか?」
「な、何言うてんの?眠い訳ないやんか。バイクの後ろにのって眠ろうとは思うてへんから安心して」
それもそうやな。
安心してオレは前を向く。
『コツ…コツ…コツ…コツ…コツ』
と5回ぶつけられるメット。
「な、なんやねん。何してんねん」
「何って…んーわからへんのやろ?せやったら気にせんといて」
「はぁ?分け分からんこと言うてへんで。何でメットをぶつけたか言うてみぃ」
おれの言葉に和葉はどもり始める。
「そっそんな事言える訳ないやんか……平次には関係…無いことないか…もう、ホンマ気にせんといて」
んなこと言われたかて気にするっちゅうねん。
「5回ぶつけたのに意味あんのか?」
何かにピンと来てオレは和葉に聞く。
「もう、ホンマ聞かんといて。知りたいんやったら…工藤君か快斗君か蘭ちゃんか青子ちゃんやったら知っとると違う??!」
そう言って和葉は引かん…。
結局、家に帰るまで教えてくれへんかった。
後日…オレはその意味を嫌っというほど工藤と快に教えられ、からかわれる羽目になるとはその時は思いもせんかったんやけど…。