朝、目が覚めたときから気分は最悪だった。
理由はわかっている。
月に一度やって来る身体の行事。
もともと、ひどいほうだったけど、『灰原哀』から『宮野志保』に戻ってからよけいにひどくなっているみたいだった。
理由は単純。
APTX4869の後遺症。
学校を休みたいけれど…そうも行かない。
私は、転校してきたばかりなのだ……。
今日の朝は…何もないわよね。
朝礼なんて合ったら最悪だわ。
頭と下腹部のひどい痛みに耐えながら学校へ向かう。
「宮野さん、早くしたくしたほうがいいよ。今日、緊急の集会があるんだって」
教室に入った途端クラスメートにそう告げられる。
冗談でしょう……。
そんな話しいつの間に起ったわけ?
今にも倒れそうなのに集会なんて……。
並んで話しを聞いている間が苦痛だ。
長いくだらない話し。
何が楽しくて聞いてなくちゃいけないの?
頭痛がひどくなっていくのがわかる。
目の前が揺れて……。
「キャーーーーー、宮野さん」
「宮野!!!!」
工藤君の声がする。
私、倒れたのかしら……。
「工藤君……」
「宮野、オメー大丈夫か?」
「宮野さん大丈夫?」
「工藤君……私……」
目を開けると工藤君が心配そうに私をのぞき込んでいる。
「あぁ、私、少し貧血気味なのよ。」
「貧血気味って言う顔じゃねーよ、真っ青じゃねーか」
私…そんなに顔色悪い?
「……宮野?」
遠くで工藤君の声が聞こえる。
良かった、私、あなたの声がきけて……。
意識が消えそうになるとき私は重力を失った。
何故?
「保健室へ連れていこう」
「ハイ…(お願いします)」
工藤君と、聞いたことのない男の人の声……。
そのとき私は誰かに抱き上げられていることに気がつく。
私、工藤君に抱き上げられているのかしら………。
そこで、私は意識を失った。
無機質な程殺風景な天井。
しきるために備え付けられているカーテン。
少しだけ消毒液臭い部屋。
そこが保健室と認識するには時間はかからなかった。
カーテンでしきられている保健室のベッドの上は独特の雰囲気を持っていて何故か私を不安にさせた。
ここまで、連れてきてくれたのは工藤君なのだろうか……。
淡い期待を抱いては見たがすぐに打ち消す。
あの彼がそんなことする訳ないじゃない。
彼女の見ている目の前で他の女を抱き上げるようなバカなことは…。
とすると…誰が……。
しきられていたカーテンが突然開く。
「気がついた様だね、気分はどうだい?」
白衣に身を包んだ甘い顔の男。
確か……新出智明……。
保健室の先生だった気がするわ。
クラスの女子が騒いでる人ね。
他のクラスでは工藤君と人気を二分するほどの人物。
「顔色はさっきより良くなったみたいだけど、まだ寝ていたほうがいい。熱の方はどうだい?」
そういって彼は私のおでこに触れようとした。
「触らないで!」
咄嗟に出てくる言葉。
傷つけた。
顔見れば分かる。
困ったような顔。
分かっていても謝りの言葉がすぐには出てこない。
「……あ、…あ、…………ごめん、なさい……」
私の言葉に彼は少し微笑みいう。
「いや、僕の方こそ警戒させてしまったようで申し訳ない。僕より言った、君の方が傷ついてるんじゃないのかい?」
私の方が傷ついている?
「どうして……、そう思ったの」
「どうして…と聞かれても君が納得いく様な答えは出せないよ」
納得いく様な答え…。
彼は私の心の傷を気がついているのじゃないのかしら……。
まさかね……。
「それより薬は飲むかい?一応メジャーな薬は常備してあるけれど……」
そう言って彼は薬品棚に向かう。
「ここにある薬じゃ効かないと思うわ……。前だったら効いたでしょうけど…」
そう、APTX4869の後遺症で効かないわ。
「だったら、これを飲んだらいい」
そう言って彼は私に湯呑み茶わんを渡す。
そこにはお湯らしきものが入っていた。
「毒じゃないから安心していいよ。ただの白湯だから……」
一口飲むと体中が何故か温まってきた。
少し、アルコールの味がする。
「ブランデーを少しだけ入れたんだよ身体を暖めるには丁度いい」
「学校なのにいいわけ?」
「君はこの後授業に出るつもりかい?僕はそれは進めないな。どうせなら家に帰って休んだほうがいい。家族の人には連絡するから……」
「まって……」
連絡すると言って出ていこうとする彼を私は呼び止める。
「連絡しないで、大丈夫だから……」
「大丈夫って言う問題じゃないだろう」
「お願い、連絡しないで」
「そう言うわけにもいかないだろう」
「お願い、心配かけたくないの」
そう、心配かけたくない。
さんざん今まで阿笠博士に心配かけて、迷惑かけて来たのにこれ以上迷惑かけるわけにはいかないのよ。
その時だった。
「宮野、大丈夫か?」
「宮野さん大丈夫?」
二人の声が保健室に入ってくる。
工藤君と毛利さんだわ……。
「宮野、阿笠博士に連絡しておいたから」
ベッド際まで工藤君はやってきてそう告げる。
「余計な事しないでよ…どうしてそんなことしたの?」
「何言ってんだよ、オメーに何か合った場合一番心配するのは博士に決まってんだろ」
「だから、連絡しないで欲しかったのよ」
「あのなぁ!!」
工藤君はさらに言葉を続けようとする。
それを遮ったのは毛利さんだった。
「新一、ちょっとまってよ、わたしが話すから。……宮野さん、博士から新一の携帯に電話が合ったの。朝つらそうにしてたから学校で倒れてないかってかなり心配していた見たいよ」
博士から電話が?
気付いていた……って訳ね。
心配かけないように誤魔化していたのに。
「どのくらい、そばにいたと思ってんだよ」
そうね…………。
博士はずっとそばにいてくれたのよね……。
「志保君、大丈夫かね」
博士が保健室のドアを開けてはいってきた。
「宮野さんの保護者の方ですか?かなり貧血が激しいみたいなのですが……ココまでは何で?」
「車できたんじゃよ」
「そうですか、では車まで彼女を連れていきましょう」
そう言って彼は私を抱き上げる。
「ちょ、ちょっと何するのよ」
「別に気にする必要はないですよさっきも僕がココまで連れてきたんだから…」
と彼は言う。
そう、工藤君じゃなかったの……。
何故か分かってほっとした。
工藤君だったら私は戸惑って困惑して取り乱していただろう……。
工藤君のことが好きだったはずなのに…彼の腕にいると何故か安心している自分に気がつく…。
何故かしら……。
1週間後
私はお礼とおわびのために保健室に訪れた。
保健室の中は彼に好意を持っている人たちがいっぱいいた。
扉を開けたけれど、中に入る気にはなれず、授業開始のチャイムが鳴るまで外にいた。
授業開始のチャイムがなり終り他の生徒がいなくなったころ私は保健室に入った。
「宮野さん、具合悪いのかい?顔いろ見るとまだ青いみたいだけれど…」
「そんなことはないわ。あなたのおかげで、とりあえず、体調は良くなったわ。病院に行ったら点滴とか打たされたからかなり参ったけどね……」
「そうか、教室に戻らなくてもいいのかい?」
「いいわけはないわ。ただ、あなたに言いたいことが合ったから」
「なんだい」
静かに彼は私の方を見る。
「この前はごめんなさい。色々してもらったのにあなたのことを傷つけてしまったから…」
「僕は気にしていないよ。そんなこと気にしていたのかい?」
「だって……」
……気にしていたわけじゃないわ……。
ただ、ただ、ここに来る口実にしたかったのよ。
口実?
どうして口実なんて作るの?
別に口実なんて作る必要ないじゃない。
何故?
うつむいている私に顔をあげさせるかのように彼は私の名前を呼ぶ。
「宮野さん」
それがまずかった。
それが始まりだった。
それがすべてだった。
彼の透明な瞳に私は捕らわれてしまったのだ。
工藤君のすべてを見透かすようなあの鋭い瞳とは違う、穏やかで静かで、純粋な瞳に私は心を奪われてしまったのだ。
「……先生……」
どちらかとも言えないまま顔を近づけていた。
「……わ、私…………」
今、自分が行った行動に私は分かっていなかった。
「ごめんなさい。私」
「僕の方こそ…ごめん」
お互いが他の方向を見てしまう。
「先生……私……」
「宮野さん、それは言ってもいいの?君はそれを僕に言ってもいいの?」
え……。
「今ので、流されて言っているのなら止めたほうがいい。僕はあまり…君を困らせたくはないんだ」
何が言いたいのか彼には分かってしまったらしい…。
流されてるの私?
違うわ。
捕らわれてしまったのよ。
あなたの透明な瞳に。
私の心の中を映し出すあなたの瞳に。
見抜かれるより、映し出されるほうがいいわ。
「流されて何かないわ…。私が先生のこと好きじゃダメなのかしら?」
「そんなことないよ。僕は君を始めて見たときから気になっていたんだから……」
どこで私を見たの?
職員室かしら?
転校してきたとき職員室に行ったから……。
「職員室?」
「違うよ。警視庁だよ。あそこでなにしてたんだい?」
不思議そうに聞く。
…………。
もとに戻ってから行った警視庁……。
見られていたなんて………。
「ある事件の参考人として呼ばれたのよ……。あなたこそ何故警視庁なんかに?」
「えぇ、僕は臨時の検死官として行ったんだよ。君が転校してきたときは驚いたよ。また逢えるとは思わなかったから……」
そう言って彼は私を抱き締める。
「先生、私あなたのこと好きになってもいいの?」
「僕は構わないよ」
そう彼は優しく言う。
信じていいのね。
この想いだけは……。
あなたを好きで、私のことを好きだという想いは……。
それから私の毎日の日課は保健室に行くことになった。
でも、周りの人は誰も知らない。
私が彼、新出智明と付き合っていることは……。
工藤君が知ったらどんな顔するのかしら……。
少しだけ興味があるわ。