「エロイム・エッサイム・エロイム・エッサイム」
床に魔法陣がかかれその魔法陣の四隅にろうそくがたかれている部屋で赤い魔女は呪文を唱える。
「エロイム・エッサイム・エロイム・エッサイム」
時は夜中。
魔界の者を召喚するにふさわしい丑三つ時。
「エロイム・エッサイム・エロイム・エッサイム」
彼女が召喚しようとしているのは、彼女の友人の影にうっすらと見える強大な闇。
光を遮る強大な白き闇。
「エロイム・エッサイム・エロイム・エッサイム…出でよ魔人怪盗キッド」
魔女の詠唱が終わった瞬間白い光とともにあらわれたのは白いタキシードとシルクハット、そしてモノクルをはめた魔人。
「何かご用ですか?この私を召喚したお嬢さん?」
「あなたに言いたい事があるんですの、魔人怪盗キッド」
魔女の言葉に彼は眉をひそめる。
彼は契約だと思ったのだ。
契約。
それは悪魔にとって格好の遊びである。
召喚した方の法外な報償と引き替えにする小さい力の行使。
「わたしはあなたと契約をするために召喚した訳じゃない」
「では、なんの用ですか?」
「わたしが召喚した理由をあなたはご存じでなくて?」
魔女が言った言葉に彼は少しだけ動揺するがそれを魔女に見せる事はもちろんしない。
「見当がつきませんね」
全く動揺を見せる事をしない彼に魔女は気づかれないように息を吐く。
弱みを見せればつけ込んでくる。
それが悪魔と言うものだ。
「では、はっきりと言わせて頂くわ。中森青子から手を引いて欲しいの」
彼は魔女の言葉に対して不思議そうに首を傾げる。
「分らないとでも言いたげね?彼女の影につきまとうあなたの存在にこの私が気づかないとでも思って?」
「で」
言葉を止めた魔女に促すように彼は言葉をつなげる。
「彼女から離れて。彼女は、あなたが思っているような欲深い人間でなくてよ。彼女はとても純粋な娘。そんな彼女をあなたの闇で染ないで頂きたいの」
最初は感情を表さないように話していた魔女がどんどん声を荒げるのを聞いていて彼は声を殺して笑う。
「何がおかしいんですの?」
「ご存じないのですか?悪魔はより純粋な物を望む事を。誰だってそうでしょう?欲望にまみれた汚い物よりも純粋で無垢なものの方がいいと」
そう答えた彼に魔女ははっと息をのんだ。
「ネェ、青子、ホントにこないの?」
何度も何度も恵子は青子に聞いてくる。
それは近日に控えたクリスマスの話。
クラスのみんなで昼間にクリスマスパーティをするって言う事になって…それに青子も誘われたんだけど…。
「うん、ごめんね。青子…ちょっと用事が入っちゃって」
イブに入った用事なんてだいたいみんな分っているんだけど…。
今までそんな様子を見せた事なかった青子にみんな驚いているんだ。
分ってるんだけど。
「どうしたの?急に」
今日の今日まで言わなかった事に恵子は驚いている。
「急にね」
「もしかしてっっ彼氏が出来たとか?」
「えっあっうーん」
思わず言葉を濁す。
彼氏…なのかな…。
「青子?」
「あ、何?」
「もう、なーんか青子このごろ変だよね」
ドキっっ。
恵子の言葉にどきっとする。
変って言われる理由が分っているから。
「どうして?青子ちっとも変じゃないよ」
それでも、ごまかした。
「変だよ。時々ぼーっとしてるし。そんなとき大抵あたしの声聞こえないみたいだしさっ。なんかただぼーっとしてるんじゃなくって物思いにふけってるって言うかそんな感じだよね」
「青子が物思いにふけっちゃダメなのぉ?」
「そう言う訳じゃないよぉ。ただ、その時間が長すぎるかなって」
恵子が笑う。
理由なんていえない。
あの人といる事、あの人が来る事、それって秘密の事。
誰にも言えないんだ。
「恵子、ホントッごめんね」
恵子は今回のクリスマスパーティーの幹事の一人だから謝った。
教室をでて昇降口に降りると紅子ちゃんがいた。
「今から帰るんですの?」
「うん、紅子ちゃんも?」
「えぇそうですわ」
「じゃあ、一緒に帰えろ」
そう言った青子の言葉に紅子ちゃんは優雅に微笑んでうなずいた。
「中森さん」
川沿いにさしかかった頃、紅子ちゃんが静かに青子の事を呼ぶ。
「何?」
「あなた…本当にそれでいいんですの?」
唐突に言われた言葉。
何を指しているのか…そして紅子ちゃんは気づいているのかをしって心臓が止まりそうになる。
「紅子ちゃん?急に…どうしたの?」
知られちゃいけない。
「あなた…彼といる事はあなたにとって不幸を招くわ」
「紅子ちゃんっ」
「天からの御使いだって彼から逃れる事はできないのよっ。彼と出会った御使いは堕ちていくのよ。…彼は…悪魔でしてよ。自分は天の御使いよりも白いのに、御使い達を黒く染め上げることが出来る悪魔。その白さは目をくらませるほどの強大な力をもってるんですのよ」
「やめてっっ」
思わず発した言葉に青子はハッとした。
どうしよう…。
紅子ちゃんにばれちゃったよ。
「中森さん…分ってらっしゃるの?あなたは…彼が何者なのかって。彼は危険よ。人の隙につけ込むのが得意なのよ。そんな彼に好意を持つなんて以ての外。それを分ってあなたは言っているの?」
「それでも…好きじゃ…ダメ?」
「頭のいいあなたの言葉じゃないわ」
青子の言葉に驚きながらも紅子ちゃんは言葉を紡ぐ。
「…そうだね…青子…バカかもしれないね」
そう言った青子に紅子ちゃんは寂しそうに微笑んだ。
「あの娘の純粋な心をもてあそぶつもり?」
力を振り絞り魔女は彼に問い尋ねる。
「もてあそぶ?それは心外ですね。一応本気のつもりなのですが?」
「悪魔が本気?そんな話初めて聞いたわ」
彼の言葉に魔女は何か汚らわしいものでも見たかのように悪魔より顔を背ける。
「困りましたね、こちらはいつでも本気なのですが。では、ここらであなたに本気と思われるような事でも言ってみましょうか?」
「何を…」
彼の言葉に魔女は静かに警戒をする。
「人々が喜び祝福する聖なる夜に攫ってみようか」
「何を言っているの?」
「何って彼女を…中森青子を人々が浮かれる聖夜という夜に連れ去ると言っているんですよ?何か不都合でも?」
「どこに連れて行くつもりなの」
「もちろん、私が住む魔界にですよ」
おそるおそる聞いた魔女に彼は平然と答える。
「ふざけないでっっ」
声を上げる魔女に彼は驚いた風に肩をすくめる。
「彼女は人なのよっ。あなた達悪魔とはちがうっ」
「では、彼女がそれを望んだら?あなたはそれを止められる事が出来るのですか?小泉紅子さん」
彼の言葉に魔女は今度こそ絶句せざるを得なかった。
「こんばんは、お嬢さん」
「快斗っ」
夜の闇を縫って快斗は青子の所にやってきた。
クリスマスに約束していた快斗との逢瀬。
その快斗は悪魔。
そんな事誰にも言えない。
それは秘密の事。
「中に入っても良い?」
快斗の言葉に青子はうなずく。
うなずいた青子をみて快斗は一瞬の隙がない身のこなしで部屋に入る。
「何か…あった?」
青子の顔をじっと見ていた快斗が言う。
「…何にもないよ」
ウソを小さく吐いてみる。
何にもないなんてウソ。
青子、紅子ちゃんの言葉、気にしてる。
別れ際紅子ちゃんにこう言われた。
「彼はあなたを滅ぼす事なんて訳もない悪魔だと言う事を忘れないでいなさい」
青子は好きになっちゃいけなかったの?
快斗の事。
そんな事考えたくないよ。
快斗は青子の事どうするの?
そんな事考えてしまう。
ある新月の夜に青子の目の前に降ってきた快斗。
あぁ、この人だ。
って直感的に思った。
なにがこの人だって思ったのはそのときは分らなかったんだけど。
青子が逢いたいって心の奥の奥の奥の方で思ってた。
頭の奥の奥の奥の方で気づいてた。
そこがこの人だよって囁いているような気がした。
「青子?ホントにどうしたんだよ」
「ごめん、快斗。ちょっと青子ぼーっとしちゃったの」
「ちょっとどころじゃネェぞ?オメェオレが何回オメェの事呼んだか分ってないだろう」
快斗がふてくされたように言う。
うっごめん快斗。
「学校でも言われたよ。このごろ青子がぼーっとしてるときは何度呼んでもと気づいて貰えてないって…」
「学校ならいいけどよ。オレといる時ぐらいはしゃんとする」
「了解っっ」
そう言った青子に快斗はクスッと笑って青子の事を抱き寄せる。
「で、何があったんだ?」
「やっぱり…聞くの?」
「当然」
ハァ、言わなくちゃダメなのかなぁ。
快斗の方を盗み見るとにっこりと微笑んで青子が言うのを今か今かと待ち受けている。
「あのね…快斗の事好きになっちゃいけないって言われたよ」
「誰に?」
「友達…紅子ちゃんって言う綺麗な女の子」
「ふーん。言わせておけば」
「青子もそう思ったよ。でも…なんか…気になっちゃって…」
気になる必要なんてないはずなのに。
「青子、ちょっとだけ目ぇつぶてって」
不意に快斗は青子にそう言う。
「いきなりなんで?」
「いいから」
そう言って快斗は青子の目を閉ざす。
「では、中森青子さん、あなたに今からとっておきの魔法をお見せいたしましょう。魔人怪盗キッドがあなただけにお見せしたいもの。目は…閉じてらっしゃいますね。ではワン・トゥー・スリー!!」
快斗がそう言った瞬間、感じていた部屋の明かりが一瞬にして消える。
「…かい…と?目…開けて良い?」
「どうぞ」
そっと目を開けると。
えっ?
ええええええええええええええええええええええええええええええ!!?
な、なんで青子空に浮いてるの?
足元に見えるのは東京の夜景。
「すげーだろ」
青子を抱いてる快斗は平然としている。
「って……なっなっなっなっ」
「見せたかったんだ。オレがいつも青子に逢いに行く時に見るこの景色を」
「じゃなくってなんでっ浮いてるの?」
「オレの魔法」
あっけらかんに答える快斗。
「それに、落ちたりしない?」
「大丈夫。オレ達の周りに結界張ってるから」
「快斗、青子の事放さないでっ」
「怖い?」
「当たり前だよっっ」
足元何もないから怖い。
快斗に抱きかかえられている感じだから地に足が着いてなくて怖い。
「大丈夫、青子の事は放さない。青子の事おろすからそっと足をつけてごらん」
そう言う快斗に青子は渋々うなずいてそっと降りる。
もちろん、快斗につかまったまま。
すると、何かあるのか青子は空中で立っていられた。
「信じられないよ。スゴいね快斗」
「当然だろ?オレは何だって出来るんだからな」
自慢げに言った快斗がすぐに真顔になる。
「快斗?どうしたの」
「青子…青子の事連れ去って良い?」
ハロウィンの夜に告げられた言葉。
「……」
あのとき快斗は青子に冗談だって言った。
だから青子も冗談でかたづけて…それでも側にいたいなって思いはあって。
「ハロウィンの時は青子の気持ち確かめた。けれど、今回は遠慮しない。本気で青子の事を魔界に連れて行く」
青子を抱き寄せ囁いていく。
「あのときはどこか迷いがあったんだ。青子の事守れるかって…。けれど、もう悩まない。青子の事本気で連れて行く。青子が嫌だって言ったって無駄だから」
快斗の声が静かに響いている。
「青子は快斗が好き。快斗は青子の事どう思っているの?」
顔を上げてまっすぐ快斗を見て青子は聞いてみた。
最初は驚いていたもののすぐに不敵な笑みを浮かべ快斗は言った。
「好きだぜ、青子。誰にも触れさせたくないぐらい。オレの側に置いておきたい。青子が望むなら何でもかなえたい。金色の夢だって見せてやりたい」
「金色の夢?」
快斗の言葉に青子は首を傾げる。
「そう、金色の夢。誰もがうらやむ夢」
快斗はそう言って優しく微笑む。
「青子、オレは青子の事を守る。だから、何も心配しなくて良いから。オレと魔界に来てくれ」
遠慮しないって言っておきながらどこか一歩踏み込めてない快斗。
青子の置かれている状況、青子と快斗は違うって事でなのかな。
気にしなくても良いのにね。
青子、気づいたんだよ。
好きならしょうがない。
だれも、それは変える事出来ない。
「快斗、青子の事連れて行って…、快斗の側にいさせて」
「いいんだな?もう、こっちに帰ってこれなくなるぞ」
快斗の言葉に青子はうなずく。
「分ってる。それでも青子は快斗と一緒にいたい」
青子の顔をじっと見つめていた快斗はそっと青子に囁いた。
「では、お連れいたしましょう。私が住む国へ。あなたには見せたい物がたくさんあります。ダイアモンドで作られた宮殿や水晶の森、望むところへ連れて行ってくれる泉や眠れる竜がいる洞窟。そして金色の夢を」
「…それで…いいのね…」
魔女は空に向かってそっと呟く。
自分の力及ばぬ地へ友人が行く事に少し胸を痛めながら。
それでも、その地にいける友人に少しだけ嫉妬をして。