Runawan From The Night 蘭サイド

 遠くから雨の音が聞こえる。
 陰気な雨音が私の心を乱していく。
 こんな夜は…声が聞きたいのに、側にいて欲しいのに、あいつはいない。
「…新一…」
 …夢でも良いから出てきてよ…。
 恨み言言っても仕方ない。
「今、厄介な事件抱えててさぁ」
 いつもの新一の口癖。
 どのくらい待てばいいのか分らなくなりそうでしょうがない……。
 薄れゆく意識の中でそんなこと考える。
 憂鬱な夜はいつもそう、決まって夢をみる……あの夢を。
 新一がいて、わたしがいる。
 いつもの風景がそこに展開される。
 買い物に行ったり、映画を見に行ったり、隣にいる新一にわたしは楽しく話しかける…のに…突然暗転して新一がわたしの側からすり抜けてしまう。
 そして、わたしは暗やみに吸い込まれてしまう。
 いつもそこで目が覚める。
 新一…逢いたいよ。
「新一…逢いたいよぉ」
 わたしがあなたに逢いたいって思ってることあなたは知ってる?
 わたしがあなたのこと好きだって知ってる?
 聞いて欲しいの。
 いて欲しいの。
 触れて欲しいの…。
 願望という名の欲望がわたしの中を走り始める。
 分ってる……分ってるけど止められない。
 ただ、あなたに側にいて欲しいだけ。
「………?」
 ふと気がつくと、水音が聞こえる。
 どうやらシャワーの音みたい。
 時計を見ると、1時近く。
 誰?こんな時間にシャワーなんて…。
 ベッドから起きだし、お父さんとコナン君が寝ている寝室をのぞき見る。
 コナン君がいない。
 お風呂場の前に行くとシャワーの水音に紛れほんの少し、ほんの少しかすかに嗚咽が聞こえる。
「…コナン君…」
 小さい声で名前を呼ぶが返事がない。
「コナン君」
 少し大きく声を掛ける。
「ら、蘭ねーちゃん、ど、どうしたの?」
 少し驚いたのか、コナン君は声が上ずっている
「コナン君こそどうしたの?こんな夜中にシャワーなんて浴びて。怖い夢でも見たの」
 一瞬の沈黙の後、コナン君は弁解を始める
「ち、違うよ、ちょっと目が覚めちゃったから……。蘭ねーちゃんこそどうしたの?」
「ちょっと……怖い夢を見たの。………新一がね、もう戻ってこない……って言う夢」
「蘭……」
 戻ってこないというより消えてしまった夢。
 つらくて口には出せない
「なんでこんな夢見ちゃうんだろう。……新一に逢いたいって思うときは必ず見ちゃうんだよね……。なんか、いやだね、正夢だったら」
「蘭…ねーちゃん。逆夢かも知れないよ。きっと新一兄ちゃんに逢えるんだよ」
 ますます弱気になるわたしにコナン君は精一杯慰めてくれる
 わたしったら何やってるんだろう。
 コナン君に余計な心配を掛けて。
「そうだね、コナン君。逆夢かも知れないね」
 コナン君を安心させるようにわたしは言う。
 何度か疑ったことがある。
 コナン君が新一だって。
 でも、怖い夢見て怖がってるのはコナン君。
 新一は怖がりじゃなくってわたしが怖がってるのを楽しんでるんだよね。
 コナン君がお風呂から上がり部屋に戻るタイミングを見つけわたしは捕まえる。
「ど、どうしたの?蘭ねーちゃん」
「コナン君、一緒に寝よ」
 怖がりなのはわたしよりもコナン君だもんね。
「へ?!」
 わたしの言葉にコナン君は聞き返す。
「だから、一緒に寝よ」
 その時のコナン君の驚きようは多分ずっと忘れないわね。
 黙っていることを良いことにわたしは畳みかけることにした。
「ダメなんて、言わせないわよコナン君。結構大人ぶってる割には怖がりなんだねぇ」
「え、っででも………」
 決めた!!
 このまま抱きかかえて連れてっちゃおっと。
「ら、蘭ねーちゃんはなしてよぉ」
「だーめ。今日は一緒に寝るの。そうすれば、怖い夢なんて見なくてすむもんね」
 抱きかかえられるのが嫌なのかコナン君はちょっとだけ暴れる。
「暴れないの」
 わたしは暴れるコナン君を抱きしめ、否応もなしに自分の部屋に連れていった。

 わたしは夢を見る。
 新一がそばにいる夢。
 満面に笑をたたえてすべてを見透かすようなあのグランブルーの瞳でわたしを見つめる。
「……蘭……」
 あのすべてお見通しと言われてしまう透明な声。
 中学の担任だった松本小百合先生は言っていた。
「生意気なくせして、あんな良いテノールなのに音痴なんてもったいないわよねぇ。あれで歌が上手だったら余計に生意気か」
 って……。
「……新一……」
 わたしは新一の呼ぶ声に彼の名前を呼んで答える。
 優しく抱きしめられ、軽い口付けをかわす。
「……蘭……(愛してる…)…」
 誰よりもそばにいて欲しい人から言われる愛の言葉。
「……新一……」
 こんなにうれしいことはない。
 そうして、もう一度口付けを……。
 
 そこで目を覚ました。
 時間はいつも通り。
 なんか、凄く幸せな気分。
 コナン君が隣で寝ていてくれたせいかな。
 幸せっ。
 夢だけど、新一が『……蘭……(愛してる…)…』って言ってくれたんだもんっ。
「コナン君、起きた?」
「おはよぉ…蘭ねぇちゃん」
 コナン君はわたしの声に目を覚ましたのか寝ぼけている顔をこっちに向ける。
「蘭ねぇちゃん何か機嫌いいね」
「わかる?あのね、コナン君」
 何か聞かれると余計に幸せになる。
 単なる夢なのに新一が側にいるみたいだったー。
「あのね、コナン君にだけ教えてあげちゃう。夢にね、新一が出てきたの。でね…でね、キャハ」
 わたしのテンションにコナン君は引き気味だったけど、そんなこと構ってられない。
 だって、今幸せなの。
「……あのね、新一ね、キスしてくれたの」
 コナン君にそっと耳打ちする。
 きゃー恥ずかしい言っちゃった。
 新一、まだこの夢に浸らせてね。
 そうすれば、まだわたしは頑張っていけるから。
「そうだ、コナン君。これは新一に秘密ね」

 夢で逢いたいの。
 側にいてくれないのなら夢に出てくるぐらい良いでしょ?
 出てこれないくらい忙しいなんて言わないでよね。
 わたしだって忙しいのにあなたの夢に出てるんだから。

乱入!!!!!

 学校に行く前に蘭が言う。
「そうだ、コナン君。今日も一緒にねよーね」
 え"っ突然思考が止まる。
 今、蘭のやつなんて言った??
「コナン君、いいよね。何かコナン君が隣で寝てくれると良い夢がみれるような気がするんだもん」
 …マジ?
 やめてくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
 ますます眠れなくなるだろう……。
 ……オレ、戻っても蘭にコナンだったって言えなくなるじゃねぇか。
 殺されるかも…。
「良いよね」
 蘭の極上のほほ笑みにオレはつられてうなずいてしまった。
 ますます、まずい……。
 どうしよう、オレ。

*あとがき*
歌聞いててんーこれは蘭の気持ちだよなぁと思って書いた一品。


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