蘭と同じ目線で米花町を歩く。
蘭は凄くうれしそうに何度もオレを見る。
見下ろすんじゃなくって見上げる。
そう、やっとオレは元の身体に戻ったと思える。
「新一、お父さんとかいるのかな?」
「オレに聞かれても……」
「そうだよね。二人そろって出かけてたらいいなぁ」
「おっちゃん用事なかったんだっけ?」
「うん、ないよ。だって昨日から明後日まで絶対開けてねって頼んだんだもん」
と、蘭は言う。
「うん。知ってるよ」
そう、オレはまだその様子を見上げていた。
「なんかずるいなぁ……新一って」
「何で?」
分っていながらオレは聞き返す。
「ずっと黙ってて見ててさ。わたし全然分らなくって」
そういいながら蘭はうつむく。
本当の事だからオレは蘭の気持ちがすむまで聞いている。
オレが出来るのはこれしかないから。
蘭に全部言った時点で許してもらえるとは思ってないから。
「蘭…オメーの言いたいこと全部言ってもいいよ。オレ、聞いてっから…」
「ずるい。そうしたら言えなくなっちゃうよ」
「何で?」
「わたしの言いたいことなんてホントは一つしかないもの」
そう言って蘭はオレの腕を組む。
「側にいてっていうのしかないんだよ」
蘭の言葉に思考回路が飛ぶ。
「あ、ある!!」
「え"っ何?」
「お風呂、露天風呂一緒にはいって身体見たこと許してないからね」
おいおい、オメーそこは許せねーのかよ。
「いいじゃねーか。過去のことだし、それに昨日の夜さんざん見せてもらったしな」
とからかうと蘭は顔を真っ赤にしてくんでた腕を外し、
「最低!!!」
とむくれる。
「どうして新一っていっつもそうなの。信じらんない、もう知らない」
そう言って蘭は先に行ってしまう。
「らーん、待てよぉ」
後から追いかけるが悲しいかな、探偵事務所はすぐそこに見えていた。
「ちょっと待っててね」
とオレを毛利探偵事務所に入る階段で待たせ、蘭は自宅の方に入っていく。
階段から上を見上げる目線がやっぱりいつもと違う。
そして、一抹の寂しさを感じる。
蘭の後をついてこの中に入っていけないこと……。
どこか出かけるとき蘭の前を歩いてこの階段を下りていくこと。
当たり前と言えば当たり前だけど、もうオレにはそれが出来ない。
その時がすべて嫌だったわけではない……。
ただ、蘭が泣いているのが見るのがつらくって、それだけのために戻ろうって思ってた。
不純って言われれば不純なのかも知れない。
でも、好きな女のために何かするって言うのもありなんじゃないかな……。
この頃思う。
ふとその時ポアロの方から聞いたことのある大きな声が聞こえる。
そうっと覗くと…。
げっ!!!!!!!
大阪二人組が喫茶店の中でケンカしてる。
マスターが困り顔で見てる。
やっべーなぁ。
見つかったら邪魔されるのは間違いない。
もうちょっと蘭と二人っきりにさせてくれよ。
その時蘭がいつの間に事務所の方に行ったのかその入り口から顔を出しオレを手招きしていた。
「なんだよ、蘭。着替え終わったんだったら早くこいよ」
「ちょっと来て欲しいの。ダメ?」
甘えた声の蘭にオレはしぶしぶ(内心はドキドキしながら)階段を上る。
「なんだよ、蘭……」
事務所にはいってオレは驚く。
きれいな桜色の春らしいワンピースを身にまとった蘭が待っていた。
一度、その姿を見たことがあった。
前に蘭が園子と買い物に行ったときに気に入ってかってきたワンピースだった。
凄く気に入ったらしく、オレ(コナン)の前で
「これ可愛いでしょ、これ新一が戻って来たら見せるんだ」
って言ってたワンピース。
に爪にはピンクがかったパール系のマニキュアが塗られていた。
……ってさっきは塗ってなかったよな。
事務所の中がシンナー臭い理由はそれか。
「どう、新一」
きれいだ。
そう思った。
はかなげで今にも居なくなりそうで折れそうで…月の光の中で見た蘭は空手をやっているせいで結構しまっていて…でも空手をやっている割には華奢で…。
「マニキュアも塗ったのか?」
「うん、このワンピには絶対このマニキュアだなぁって昨日かってきちゃった。一目ぼれ。これねすぐ乾くマニキュアでねもう乾いちゃった。…って新一、わたしが言ったことちゃんと聞いてるの?」
蘭は光の当たる窓際からオレをにらむ。
「聞いてるよ」
「聞いてるんだったらちゃんと答えてよ、どう?この格好」
「わーったよ」
そう言ってオレは蘭の側にいき蘭の腕をつかんで引き寄せる。
「し、新一?」
突然のオレの行動に蘭は驚く。
「ど、どうしたの新一?」
オレは抱き締めた蘭の髪をいじりながら蘭に言う。
「きれいだ。きれいすぎて誰にも見せたくねーよ」
……気障…だな。
だから蘭の顔を見ては言えねーよ。
「…きざ…ね」
「バーロ」
「他の人は関係ないよ。わたしは新一にだけ見せたいんだもん」
思考回路停止。
抱き締めておいて良かった。
今、オレの顔は誰にも見せられないくらいに真っ赤になってんじゃねーのか?
「新一……照れてるの?」
ふと見ると蘭が不思議そうにオレの顔を見ている。
「ば、バーロちがう…よ」
突然の出来事にオレは頭がまわらない。
「そうなんだ。ふぅーん」
面白そうに蘭は笑う。
なんか腹が立ったので蘭の口唇をふさいでみた。
蘭の反応が面白くっていじめてしまう。
「もう、新一のバカ!!!」
「このオレをからかった罰だよ!」
「ん、もう……」
そう言って蘭はそっぽを向く。
そんな蘭の顔をもう一度こっちに向かせキスをしようとしたときだった。
「じゃあーかしぃ!なんでオレが怒鳴られなぁあかんねん!」
「当たり前やろう、あれは平次が悪いに決まっとるやないの」
毛利探偵事務所の外から関西弁が聞こえる。
「……服部君と、和葉ちゃん?」
蘭が驚きながらオレを見る。
忘れてた………。
ポアロに大阪二人組がいたのを。
頭が痛くなりそうな状況にオレは止まっていた頭を動かす。
「ともかくどないすんの?平次」
「ここでまっとってもえぇやろ」
和葉ちゃんの言葉に服部はそう答える。
おいおい、オレと蘭ここに居るんだぞ。
事務所からでてお前らに邪魔されたくねーよ。
頼む和葉ちゃん否定してくれ!!!!
オレの心の叫びを聞きつけたかは謎だが和葉ちゃんは服部の言葉に反対する。
「そんなん嫌や。平次、道ん中で待つんは」
「そんならこの階段とこでまっとってもえーやんか」
「それはもっと嫌や!!蘭ちゃんがここに戻ってくるなんて保証ないんと違う?」
そうだ、そうだ、和葉ちゃん頑張れ!!!
「そうやけどなぁ」
二人の会話を聞きながら蘭は小声でオレにささやく。
「和葉ちゃんに電話したほうが良い?」
それは、一瞬考えた事だ。
あの二人をここから離すにはそれが良いだろう。
和葉ちゃんだけだったらそれが可能だ。
問題はあの服部だ!!
服部は京阪神地区ではオレと並ぶ(らしい)探偵と称されている(らしい)ので、下手したらオレと蘭がここに居ることを感づかれてしまう。
それだけは絶対に避けたい!!!
邪魔されるのはまっぴらだ。
昨日の園子からの電話だけでたくさん。
それでなくても今朝の電話で甘い時間が破れたんだから。
まぁ、蘭のきれいな姿見れただけからそれはそれでいいけど。
「なぁ、平次。のどかわいた。アイス食べたい。平次買ってきて」
「何でオレが買ってこなぁならんねん。自分一人でいきや」
「平次のせいやんか、喫茶店追い出されたんは」
どうやら、服部のやつさんざん怒鳴ってポアロを追い出されたらしい。
「しゃあないなぁ、ほな和葉いくで」
「ホンマ?うちたっぷりスーパーカップのアイスがえぇ」
「がりがりくんや」
「いやや、ハーゲンダッツがえぇ」
「何でたこうなってんのや」
その二人の声が遠くなっていく。
「行ったみてーだな」
「そう、だね」
蘭はオレの言葉にうなずく。
「ともかく、オレの家に戻ろう。ここに居たらいつおっちゃんが帰ってくるかってビクビクしてなきゃ何ねーしな」
「何でいーじゃない」
「バーロ、そしたらこんなこと出来ねーじゃん」
と蘭の口唇を奪う。
「バカ……」
蘭は恥ずかしそうにうつむく。
ったく、照れるなっつーの。
こっちまで照れるだろう。
「ともかく、戻ろ」
「ウン」
と照れていた顔をオレの方に向け、無邪気にというか無防備に笑う。
この無邪気で無防備な笑顔はさんざん見せられてきた笑顔だ。
幼なじみから身も心も脱却したはずなのに、感覚はまだ幼なじみって言うのは問題だな。
それはオレも一緒か。
蘭のことを抱き締めながらオレはそんなこと考えていた。