「優作君から新作の推理小説が届いたぞ」
と阿笠博士から電話があったのはその日の夕方だった。
今回の新作の推理小説は、アメリカ先行発売で、もちろん、英語だ。
父さんは日本語で書いているらしいのだが、今回の発売は英語圏が先なので製本されると英語になる。
それを、ここ、毛利探偵事務所に持ち帰ってコナンの姿で読むわけには行かない。
そのためにオレは探偵事務所を出て博士の家か、オレの家に戻る必要が出てくるわけだ。
「蘭ねーちゃん、今日ボク阿笠博士のところで、宿題しなくちゃならないから博士のところに泊まるね」
そう言って、探偵事務所を出る。
階段を下り、ふと蘭の部屋を見上げると…蘭はオレの方をみてニッコリと笑ってくれた。
それにつられオレも微笑み、家に向かう。 そうして、もう一度曲がり角の直前で蘭の方を見ると…蘭が空を眺めていた。
どこか寂しそうに眺めていた。
それが妙にオレの心をうった。
博士の家に付き、鍵と、推理小説を受け取り、自宅の鍵を開け、オレの部屋に入る。
『黄昏』
最新作の推理小説。
ナイトバロンシリーズではない推理小説だ。
ページを開け、目次をみて、登場人物を確認してから…何故か本を閉じた。
読む気がないというわけじゃない。
推理小説を読む気が失せたというわけじゃない。
気になっているんだ。
蘭の様子が。
寂しげに夜空を眺めていた蘭が。
………。
いつもなら、気にならないハズだった。
それよりも、推理小説の方が気になるはずだった。
それでも、気になるのは……。
ダメだ、電話しよう。
持ってきた携帯を手にとり暗記してあるし短縮にも入っている蘭の番号を表示して、通話を押す。
『はい…』
静かでどこか弾んでいる声。
「蘭、オレ…」
『新一?』
「なんで聞くんだよ。オレだって分かるだろ?番号入れてあるんだろ?」
『あるけど、確かめたくなるじゃない』
「ったく…」
他愛もない会話が続く。
その中でオレは蘭にさっきのことを聞いてみた。
「蘭、コナンが心配してたぞ」
『えっ?なんで?』
オレの言葉に蘭は驚く。
「博士の家に行くときオメェが寂しそうに空を見てたからどうしたんだろうって気になってしょうがないって」
『気づいてたんだ……』
「気づいてたんだって…。コナンはおれの代わりでオメェの側に入るようにってオレが言ってんだぜ。気づくよ」
『ダメだなぁ、隠してたのに』
知られたくなかったのだろうか…。
コナン(オレ)に知られたくなかったのだろうか…。
「あんまり、コナン君に心配掛けたくなかったんだよね」
『なんで…だよ…』
「だって…コナン君、子供だよ…。子供には心配掛けたくないじゃない」
コナンはオレなんだよ…と叫びだしたい気分を押さえ、オレはコナンの気持ちを思って蘭に伝える。
「……あいつは気づくよ。オメェがどんなに隠したって…。コナンには言いたいこと言えよ。あいつ、全部オレに報告してくるんだぜ?」
『そうなの?』
「あいつはオレの代わり。オレのかわりでオメェの側に入るんだから。きちんとオレの代わり果たしてるだろ?だから、オレに言いたいことがあったら全部コナンに言えよ。あいつ、上手い答え出せねぇかもしれねぇけど、あいつ大人顔負けの答え出すときあっからさ」
『………うん…わかった……』
「……コナンに甘えたって良いんだぜ」
…オレが今出来るのはこれしかねぇから。
工藤新一のかわりにいるのは江戸川コナンだから、これしか出来ねぇから、だから、…。
「ところで、空になんかあんのか?」
『今、暇?』
「まぁ、だから電話出来てるようなもんなんだけどさ」
『星がね、綺麗なの』
蘭の言葉に窓を開けて見上げると、星空が瞬いていた。
「ホントだ綺麗だな」
『でしょ……。同じ星座。見つけたいね』
「そうだな……。…そう言えば、小さいころさぁ、一時期、蘭と一緒にいられなくって凄くつらくって母さんに蘭のところ電話してって何度か頼んだ記憶が……」
『そうなの?』
「そうだよ。オレ、蘭の側にいられないのが凄く嫌でだったら電話だったらいいだろうって毎日母さんに言ったんだから」
幼稚園の頃の話だ。
幼稚園に上がって少したったころ、母さんと蘭のお母さんが電話で話してると必ずその後はオレと蘭で話していた。
幼稚園に入ったころはいつも蘭と一緒にいられたけれど、幼稚園の先生の陰謀(笑)でそばにいられなかったから、オレがその日しゃべり足りなかったことを電話で話していた。
それでも、スゴクいやで仕方ながなかった。
母さんに蘭の側にいるってわめいた記憶がある。
だからなのか母さん達が幼稚園の先生に言ってくれたらしい。
「あの子達は一緒にしておいて下さい」
って。
今から考えるとすげーよな。
親が一緒にいさせるようにって言うんだから。
それ程…オレは蘭の側に居たかったんだ。
…逢いたい…。
言葉が喉まで出かかった。
かなわない…願いなのに。
すぐ側に居るのに、どうして側に居るって言えないんだろう…。
『ねぇ…我が侭言っていい?』
「え?」
『叶えてくれなくても良いの。ただ、言いたいだけだから…』
「良いぜ………オメェが言いたいこと…分かってるけどな…」
『うそ…』
「ホント、当ててやろうか?…オレもおんなじ事思ってるはずだから…」
『……新一も……逢いたいって思ってくれてるの?』
「まぁ……な…」
蘭の言葉にオレはどもりながらも素直に答える。
逢えるんだったら逢いたい。
『……うれしい…かも…』
「…今は、無理だけどさ…電話でだっていろんなこと話せるし、メールだって出来る。だから…もうちょっと待っててくれるか?」
『どうしようかなぁ』
え"っ。
ちょっと…それは…まって……。
『フフフ、待っててあげるよ。約束してあげる』
「………ハハハハ」
メチャクチャ焦った。
「工藤っっっっっっっっ!!!!!」
はっ?
『服部君?』
突然の進入者にオレと蘭は驚く。
「なんや、工藤、姉ちゃんと電話ちゅうか?」
「な、何しに来たんだよぉ」
蘭と電話中のために、変声機は外せない。
『……服部君がいるの?』
蘭が、オレに聞いてくる。
ヤバイ…ばれる…か?
「あ…う…あぁ、服部と、ちょっと逢ったんだよ」
『ふーん』
納得してくれたらしい。
が…、
『蘭ちゃーん、遊び来たでぇ』
電話口の遠くから、突然入ってきた乱入者の相方の声が聞こえる。
「オイ、服部。和葉ちゃんも一緒なのか?」
「そうや、和葉はねぇちゃんの所先いってんねん。オレなぁ、ほら、おまえ、オヤジさんの最新刊が入ったって電話したろ?オレ、それ読みにきてん」
「くんじゃねぇよっっ」
蘭との電話の最中だぞっ。
これでばれたらどうしてくれんだよ。
『服部君、新一の家にいるの?』
「へ?!」
『……新一、家にいるの?』
「えっ……」
ヤバイ…どう、ごまかせっつーんだよっ。
『新一っ今から行くからねっ』
蘭からの電話が切れる。
「オイ、服部」
「なんや?」
服部は父さんからの最新刊に既に目を落としている。
「蘭が今から来る」
「ふーん」
「オレが、ココに居るって分かってココにくるんだよっ」
「……どないすんねん」
「どうするってオメェが原因だろっ。フォローしろっ」
「ま、待て工藤っそんなん怒るなやっ」
「あのなぁ、オメェが悪いだろっどうするんだよっっ」
「そ、そうやな」
蘭が、オレの家に来るまで後、10分。
オレと服部はそれをどう回避するか頭を悩ませる羽目になった。
次の日、服部と和葉ちゃんは大阪に帰っていった。
服部は一晩中蘭に
「どうして、新一のこと引き止めてくれなかったのっっ」
とずっと攻め立てられていた。
もちろん、…オレも同席させられた。
蘭に言わせれば、同罪らしい。
あぁ、さっさと元に戻りてぇ…。