三組三様のバレンタイン 子供たちは夜の住人〜We Love The Earth〜

改方
「和葉ぁ、あんた試験大丈夫なん?」
 突然、クラスメートの女の子が言う。
「いきなりなんで?」
「やって…ずーっとお菓子のホン覗いてるやんか」
「ずっとやないけど。去年はバレンタイン失敗してもうたから…今年は上手いこと行ったらえぇなっておもうてんたまに見てんねん]
「余裕やね」
「余裕?そんなんちゃうよ。息抜きやって。今年はアタシ一人が作るんとちゃうもん。おかんと、平次んとこのおばちゃんと3人でつくんねん。せやからなアタシは何を作るか決めてる最中なんよ。おおまかなところはおかんとおばちゃんがやってくれてな、カタチ作るところになったらアタシもやるんよ」
 そう彼女に言ってアタシは本を眺める。
 今年は…あきらめようって思ってたんだよね…。
 チョコ作るの…。
 受験…だし…。
 絶対…受からないとまずいし…。
 そんな気を張って勉強しているアタシを見ておかんとおばちゃんが今年は一緒に作ろうと言ってくれたのだ…。
 今はデザイン考え中。
 どんなの平次にあげようかな。

江古田
「青子、今年も快斗君に作ってあげるの?」
 蘭ちゃんから借りた、お菓子の本を読んでいる青子に恵子が声を掛ける。
「良いよねぇ、青子は成績いいもん。勉強しなくたって平気だもんねぇ」
「そんなことないよぉ。青子だって勉強してるよ」
 快斗や、みんなとおんなじ大学に行くために、青子だってちゃんと勉強してるもん。
 チョコレート作りは息抜きだよ。
「ねぇ、青子。あんたさぁ、快斗君と一緒に暮らしてるってホント?」
「べ…別に、一緒に暮らしてるって分けじゃないよ。たまたま、下宿って言うか、居候って言うか…そこに、快斗が一緒にいるって訳で…」
 ホントの事…言えないよぉ。
 快斗とおんなじ部屋に寝てるなんてぇ。
「そうなんだ。噂があったんだよね、最近、快斗君と青子が仲よさそうにスーパーで買い物してるの見たって言う人がいてね、二人が同棲してるんじゃないかって噂なんだよ」
「えぇ?!青子と快斗が同棲?」
 青子と快斗がしてるのって同棲じゃないよね……。
 それに、青子と快斗でスーパー行ったこと最近はないし……。
 あっ……。
 蘭ちゃんと新一君だ。
 二人の名前だしたらまずいよね。
「ともかく、それ、青子と快斗じゃないよ」
「ホント?あ、分かった。名探偵の工藤新一君だ」
「ちっ違うよ。青子と快斗、新一君の友達だけど、新一君じゃないと思うよ」
 うー怪しい答えになっちゃったよぉ。
「ともかくね、青子は快斗と同居って言うかおんなじ所に下宿してるだけだよっ」
 と何とか誤魔化しては見たんだけど…。
 大丈夫かな?

米花
 うーん、今年はトリュフにしようかなぁ。
「なーに考えてんだ、蘭」
「え…べつにぃ」
 新一の問い掛けにわたしは軽くはぐらかすように答える。
 バレンタインが間近に迫っている2月のある日、わたしは毎年のごとくお菓子の本(チョコレートの本)を眺めていた。
 上げる相手はもちろん新一と…お父さん。
 でも、今年はお父さんはお母さんからもらうから大丈夫ね。
 お母さんって料理は全然ダメだけど、お菓子作り得意なのよね。
 新一って甘いの大丈夫だっけ…。
 なんかお菓子って作らないからつい忘れちゃうな。
 コーヒーはブラックだし…。
 困ったなぁ…何にしよう。
 さっきテレビでやってたリゾネロを観たとき新一いやそうな顔してたし…。
 ハァ、悩むよぉ。
 和葉ちゃんはどうするんだろう。
 和葉ちゃん…受験だけど、お母さんと作るって言ってたし。
 よし、電話しよう。
寝屋川
「ハイ、遠山です」
「毛利ですが、和葉さんいらっしゃいますか」
「あら、蘭ちゃん?久しぶりやねぇ」
「お久しぶりです」
「ちょっとまっとてねぇ。かずはぁ、蘭ちゃんから電話やで」
「え?今行くわ」
 階下から聞こえるお母さんの声にアタシは返事する。
 蘭ちゃんからなんて思ってもみなかった。
「和葉」
 したに降りていこうとするアタシに向かって平次は呼び止める。
「何?平次」
「あんま長電話するんやないで」
 その言葉に頷き、アタシは下へと降りていった。
「もしもし、蘭ちゃん?」
「和葉ちゃん、ゴメンね急に電話なんてかけたりして」
「それはかまわへんのやけど、どないしたん」
 アタシの言葉に蘭ちゃんは、少し間を置いてから問い掛ける。
「あのね、和葉ちゃんは服部君にどんなチョコレートを上げるのかなぁっておもって…。わたし、新一にどんなの上げようかって悩んじゃって…」
「そうなん?無難に板チョコかなぁ?青子ちゃん何上げるって言うてる?」
「青子ちゃん?青子ちゃんも悩んでるんだよね」
 そう言って蘭ちゃんはため息をつく。
「やっぱり、アタシは無難に型抜きチョコやないかな?ハート型にしてぇ、平次好きって……いやーん」
「それ、去年やろうとした」
 一人意識が飛びそうになるアタシに蘭ちゃんは低い声で言う。
「ホンマ?」
「うん……でも……いなかったじゃない。直接渡したかったんだけど……本人いないんじゃ上げようもないじゃない。だから…わたし諦めて」
「あげなかったん?」
「うん…………………上げなかったって言うのかな…あれは」
 そう言って蘭ちゃんは言葉を止める。
「……やっぱり工藤君、薄情やわ」
「そんなことないよっ」
 ふと呟いたアタシの言葉に蘭ちゃんは声を荒げて反論する。
「ゴメンな、蘭ちゃん」
「わたしの方こそゴメンね」
 そう言って蘭ちゃんは謝る。
 その後アタシ達はどのくらいしゃべっていたのだろうか。
「和葉っ、いつまで電話してんねん」
 とあたしの部屋にいた平次が戻ってこないアタシにしびれを切らして降りてきたから…。
米花
「………青子の様子がおかしい新一ナンカ知ってるか?」
 新一に青子の様子がおかしいことを尋ねる。
「コレは、こっちのセリフ。蘭の様子がおかしい。快斗、ナンカ知ってるか?」
 蘭ちゃんも様子がおかしいらしい。
 はっきり言おう。
 確かにオレ達は同居してる。
 けれど、生活のリズムはばらばらだったりする。
 まぁ、青子とオレの生活のリズムは一緒だけど、新一と蘭ちゃんの生活のリズムは一緒だけど。
 新一の家からオレ達の通っている江古田高校は遠い。
 電車でかよっているのだ。
 だから朝起きる時間も、朝食食べる時間も違うのだ。
「蘭のやつナンカ本読んでんだよなぁ。何の本だって聞いても教えてくれねぇし…」
「青子と一緒だ。青子のやつも本読んでんだよ。それに…」
「そう、それにだ。二人揃って同じこと隠してんだよ」
 新一の言葉にオレは頷く。
 何、考えてんだ?
 青子のやつ。
米花
 快斗とひとしきり悩んだ後にオレは二階に行く。
 一階の戸締まりを快斗にまかせオレは二階の各部屋を見て回る。
 そして自分の寝室に入ったときだった。
「あっ」
 入ってきたオレを見て青子ちゃんと蘭が驚く。
 なっなんだ?
 床にはたくさんの本の切り抜きと、広げられた本があった。
 それらは全てお菓子の物。
「ゴメン、新一。今片づけるからね」
 そう言いながらも蘭は床にある雑誌や本を片づけていく。
「何やってんだ、二人して…。青子ちゃん、快斗が心配してたよ。この頃様子がおかしいって」
 そう言ったオレに二人は顔をみあわせる。
「もしかして気付いてないとか……」
「ありうるよ。だって快斗、去年青子が勇気をもって上げようとしたら『バレンケンシュタイン』って言ったんんだよぉ」
「ホントぉ?さすがにそこまではひどくなかったけど…新一って推理バカだから…忘れてる可能性高いわね」
「服部君は…気付いてるのかな?」
 不意に服部の事が蘭の口から出る。
 なっ何で急に服部のことが出てくるんだ?
「そうだ、和葉ちゃんにも電話してみようか。服部君、気付いてる?って」
「そうだね。わたし達みたいな目にあってたら、和葉ちゃん絶対落ち込んじゃうっ」
 そう言って二人は大阪に電話をする。
「新一ぃ、青子しらねぇ…って何やってんだ?」
 青子ちゃんを探しにオレの部屋にやって来た快斗が二人の様子を見て首をかしげた。
寝屋川
「平次?どうやろ……気付いてへんかったら嫌やな」
 隣で電話している和葉の隣で…オレは珍しく東京からかかってきた電話を受ける。
「どないしたんや?工藤」
「あのさぁ、今和葉ちゃん。電話してるだろ」
「しとるけど…何でや?和葉に用あんのか?」
『違う…。和葉ちゃんの様子おかしくないか?蘭の様子が…おかしいんだよ』
『青子の様子もおかしい』
 同じ声の二重奏が電話から聞こえる。
「二人揃って電話口でしゃべるなや…」
『良いじゃん。それで、どうなんだよ、和葉ちゃんの様子』
「和葉の様子か?」
 工藤に言われてみてふと考えてみる。
 言われてみたらあったかもしれへんなぁ。
 そういや…オカンもおかしいで?
 ナンカあったっけ……。
 オレは和葉に聞いてみる。
「和葉、近いうちにナンカあるか?」
「ナンカって急に平次どないしたん?」
 和葉はオレを驚きながらオレを見る。
 どないしたんって……。
 それはオレのセリフやで。
「ともかく、平次には関係あらへんよ。今のところはな?」
「やって…聞こえたか。工藤、快ちゃん」
『服部もわからなかったか…』
 せやから何ガやっ。
 理由もつげられずきられた電話にオレは毒づいた。
 それから何分か後に和葉も電話を切り、オレと和葉は試験勉強を始めた。
 せやけど…何のために電話してきたんや?

 改方:当日前編
 おばちゃんとオカンと一緒になって作ったチョコレート…。
 問題は…タイミングだ。
 学校で渡そうか。
 それともうちに帰ってからの方が良い?
 けど…朝、教室に入ったら、既に平次を待つ女の子がいた。
「これ…受け取って下さい。お願いします」
 綺麗にラッピングされたチョコレート。
 一目で、買ってきたものじゃないと分かるそれは…作ったものだろうか……。
「誰に?」
 目の前に差し出されているチョコレートにもらえるはずの張本人は間抜けなことを聞く。
「アンタ…何言うとんの?アンタのためにこの子は持ってきてんねんで」
 いつものお姉さん調子で言うアタシに彼女はジロッとにらむ。
 アンタに言われたない…。
 そんな気持ちが見えてしまった。
 彼女は…アタシが平次と付き合っていることを承知で持ってきたのだろう。
「悪いけど…それ受け取られへんわ」
 周りの視線が平次に集まっている中で平次はしずかに言う。
「何で…?受け取ってももらえんの?」
「堪忍なぁ。オレがもらうって決めてんの一コしかないんや…。…もう何日も前からお菓子作りのホントにらめっこして…受験や言うのに…昨日チョコレートつくとったやつのしかな…」
 平次の言葉に顔が赤くなってくるのが分かる。
「せやから…堪忍な」
 平次がそう言った途端、クラスメートからはやし立てる声が聞こえる。
 そして、告白してきた女の子はその場から立ち去る。
 そんな声も耳に入らないで…アタシは顔を赤くしてその場に立ち尽くす。
「なっなんやねん。見せもんやないで。ちれっちれっ」
 そしてタイミングよく授業開始のチャイムがなる。
 あ…渡すタイミング逃してしもうた……。
「平次…昼休み…時間えぇ?」
 前の席に座る平次にアタシは小声で話しかける。
「えぇけど…何でや?」
「えぇから」
 そうしてアタシはお昼休みに平次にチョコレートを渡すことにした。

江古田:当日前編
「青子、作った?」
 恵子に聞かれ青子は頷く。
 昨日の夜中…蘭ちゃんと一緒になって作ったチョコレート。
 快斗は甘いもの好きだけど、新一君はあんまり好きじゃないって良いながら話してた。
 快斗ってお子様だよねっ。
 ……青子も…快斗のこと言えないけど。
「ねぇ、黒羽君知らない?」
 F組の女の子が遠くでクラスの女の子に言っているのに気付く。
 そう言えば…快斗どこに行っちゃったんだろう……。
 ふと思ったときだった。
「青子、黒羽、どこに行ったか知らない?」
「……知らない。青子も気になったんだ…どこに行っちゃったんだろって」
「だって…」
「しょうがない、出直してくるか」
 そう言って踵を返した彼女が手に持っていたものは綺麗にラッピングされた箱…。
 多分、チョコレート。
 彼女も快斗にあげるのかな…。
 そう思った。
 嫌だな……。
 これ…独占欲だよね。
 青子の我が侭…。
 やだな…快斗に知られたくないな…。
「私からのバレンタインのチョコレートですわ」
 紅子ちゃんの声が青子の席の前から聞こえる。
「今年も配ってるのね、小泉さん」
「そうだね」
 紅子ちゃんも…快斗にあげるのかな…聞いてみよう。
「ねぇ、紅子ちゃん。紅子ちゃんも快斗にあげるの?」
「黒羽君?そうね…上げようかしら…」
 そう言ってニッコリと微笑む紅子ちゃんに青子はドキッとする。
 凄く…綺麗だよね…それに凄く大人っぽい。
 紅子ちゃんって。
 それに比べて…青子は…。
 お子様だし…ムネないし……。
「今年も一杯もらっちゃったぜ!!!」
 そう言って教室の中に入ってきた快斗は両手一杯にチョコレートを抱えていた……。
「ん?紅子、今年も配ってたんだ?オレにもくれよ」
「去年も言ったわよね。私のチョコが欲しければ、他のチョコを捨てることって…。あなたは忘れたのかしら?」
「なーんだ、じゃあ、いらねぇよ」
 そう言って快斗は紅子ちゃんのチョコレートを断る。
 何で…なんだろう。
 どうして快斗って簡単に他の女の子からのチョコレートもらっちゃうんだろう。
「ん?青子、ナにしてんだ?」
「快斗なんか……」
「へ?」
「快斗なんか…大っ嫌い。快斗のバカッ」
 暴発。
 青子の心の暴発。
 あの女の子の気持ちがわかるのに、快斗への気持ちの暴発。
「なっなんだよ」
「快斗なんか知らないっ」
 持ってたチョコレートを快斗に投げつけ、昼休みな事を良いことにして青子は教室を飛びだした。

帝丹:当日前編
「工藤君、いますか?」
 入れ替わり立ち替わり教室にやって来る女の子達。
 今日はバレンタインなのに、当の本人は教室にいない。
 理由は…出かけにかかってきた一本の電話のせい。
 つい最近おきた殺人事件。
 後一歩というところまでなんだけど、その後一歩が難しいために新一が呼びだされた。
 今日に限って…と言うべきなんだろうか。
 いつもは「事件のバカヤローっ」って叫びだしたくなるのに今日は…逆にそれが嬉しい。
 だって……目の前でチョコレートが新一に手渡されるっていうのを見ないですむから。
「工藤君、事件なの?」
「工藤先輩…いらっしゃらないんですか?」
 後輩の女の子がたくさん来る。
 突然、クラスの男子が騒ぎだす。
「工藤先輩いらっしゃいますかぁ?」
 かわいい声と共に入ってきた女の子。
「…1年の女の子。男子の間では可愛いって有名。女子の間では男の前では可愛い女」
 相変わらず、情報に素早い園子が言う。
 対応に出たのは志保さん。
「工藤君なら事件だそうよ。この前起こった殺人事件の犯人探してるわ。そうよね、蘭さん」
 と急にわたしに話しを振る。
 な、なんでわたしのところまで来るのよぉっ。
「えぇそうなんですかぁ。どうしよう……すいません…毛利先輩。これ…工藤先輩に渡してもらえませんか?」
 と目の前に差し出されるチョコレート…。
 何で、わたし?
 クラス中の…正確にはこの教室内にいる全ての人物からの視線がわたしに注がれる。
「ダメですか?毛利先輩。毛利先輩って工藤先輩の幼なじみなんですよねぇ」
 と何故か幼なじみのところを強調される。
 彼女…わたしが新一と付き合ってることも…一緒に暮らしてるって事も知らないのかな?
 そんなこと…ないよねぇ。
 その時だった。
「〜じゃれてるぅだけでもぉ時間が凄くったぁってるやさしい指先、耳ぃにキスして。こんな午後はぁそのままぁ、服ぬがせて天国に連れていってぃ一緒に連れていって I'm fallin love〜(着メロだっぴ。by globe:Love again)」
 携帯がなる。
「新一君?」
 新一からの着メロを知っている園子がわたしに聞く。
 その言葉に頷きながら携帯を見ると…着信の相手はやっぱり新一。
 まぁ、新一しかこのメロディ登録してないけどね。
「もしもし…」
『蘭か?』
「他にいないでしょ。何?」
『事件片づいたからさ午後には学校に出られそうだって先生に言っといて』
「ホント?でも、現場って都内だっけ?」
『ったりめーだろ。何とか6時間目までには間に合うようにすっから。夕飯何にするか考えとけよ。今日、オレと快斗が作る日だろ』
「今日は、わたしと青子ちゃんで作るよ。新一と快斗君はゆっくりとしてて」
『そういうわけにもいかねぇの。約束だろ』
「でも…」
『でも…じゃねぇよ。いいな、ともかく今日はオレと快斗で作るから。夕飯の買い物つきあえよ』
「分かったわよ。ちゃんと間に合わせなさいよ」
『わーってるよ』
 新一からの電話が切れる。
 それを何故か固唾を呑んで見守っている教室内の人物達。
「蘭、何だって新一君」
 何事もなしに園子は雑誌に目を落としながら言う。
「えっ。6時間目までには帰ってくるって言ってたよ」
「じゃなくって…何が蘭と中森さんとで作るの?」
 あぁ…そのことね…。
 ってココで言っていいの?
「えっと…今日の夕飯。ホントはわたしと青子ちゃんトで作るって決めてたんだけど…。一応当番制で…今日は新一と快斗君の日で………」
 快斗君も新一も料理上手なんだよねぇ。
 なんて思いながら言う言葉に教室中、どよめきに包まれる。
「ちゃんと同棲してるのね」
 志保さんが微笑みながら言う。
「同棲って……共同生活見たいになってるよ…」
「あら…同棲を邪魔されてしまってるのかしら?」
「そういう意味じゃないわよっ。もう志保さんは知ってるでしょう」
「えぇ、知ってるわ。にぎやかよね」
 確かににぎやかよね。
「あのっ。工藤先輩、来るんですか?」
 立ち直ったか、そのわたしに新一にチョコレートを渡して欲しいと言った女の子は…言う。
「…多分…来るんじゃないのかなぁ?事件解決したって言ってたし…」
 そう言ったら…女の子は嬉しそうに教室から出ていく。
 もしかしてわたし…言わないほうが良かったのかも知れない。

改方:当日後編
 屋上に出ると北風がカナリ強く、オレと和葉は風のこない建物の影に隠れる。
「今日はさっむいなぁ。和葉、さむないんか?」
 薄着をしている和葉に向かってオレは言う。
 セーラーにカーディガン。
 セーラーの下に着込んでいると言われても、はた目からは薄着をしているように見えて
メチャクチャ寒そうに見える。
「平気やって言うてるやん」
 そう言いながら和葉はうつむく。
「やっぱり寒いんとちゃうか?風邪ひくで」
 そういうてるオレは、防寒対策ばっちりや。
 コートにマフラー手袋。
 全部持ってきた。
「アンタは…ホンマ温かそうな格好しとるよね」
「ほっとけ。ところで、何でこんなところまで連れてきたんや?教室でも良かったやろ?」
「教室やと…嫌やってん…」
 和葉はうつむきながら…手は後ろにやりながら言う。
「どないしたんや?」
「平次…今日何の日か知っとる?」
 予想していた言葉やったが…それでもその言葉にオレは緊張をしてしまう。
「バレンタイン…やろ…。オカンに言われて思いだしたわ」
「やっぱり…忘れてたんや…」
 そう言って和葉は少し呆れ気味に微笑む。
「忘れてたんや…ってどういう意味や?」
「蘭ちゃんと青子ちゃんにいわれたんよ。平次、バレンタインのことなんてすーっかり忘れてもうてるかもしれへんって。そんなことないって言おう思うても…ナンカホンマに忘れてそうやったから……アタシ反論できひんかったんやけど……せんといて良かったわ…。ホンマに忘れてんのやもん…」
「スマン……」
「えぇよ…。何謝ってんの?アタシ嬉しかったんよ。平次が他の女の子からのチョコレート受け取られへんって言うてくれてんの聞いて…。嬉しがったら…その子に悪いって思うてまうのやけど…やっぱりうれしかってん…」
 そう言って和葉は後ろに隠し持っていた包みをオレに差し出す。
「……いる?」
 何を言いだすかと思えば…。
「当たり前やろ…オマエからのしかもらわへんって思ってたんやから」
 そう言うと和葉はニッコリと微笑んだ。

江古田:当日後編
「快斗なんか知らないっ」
 そう言って青子はオレに包みを投げつけた。
 なっなんだよ。
 急に…。
 オレにあたり落ちた包みをオレは拾う。
 青子らしい可愛い包み紙でラッピングされたそれは…多分…チョコレートなんだろう。
 貰うまで忘れてた。
 今日がバレンタインデーと言うことを。
 去年は…つい…誤魔化してしまった。
 青子から貰えなかったせいもあったのかも知れない。
 知らないふりして…他人から貰って青子にヤキモチ焼いてもらおうと。
 そしたら去年は「自分で食べちゃったわよっ」って言われた。
 だから…バレンタインデーを知らないふりした。
 その…つけなのかな?
 ともかくオレは青子を追う。
 だいたい検討はついている、屋上だろうな。
「お待ちなさい、黒羽君」
 呼び止める声。
「なんだよ紅子」
 振り向くと紅子の手にはチョコレートだった。
「今年こそ…私からのチョコレートを受け取って頂きます」
「ワリィな紅子…。オメェからのチョコレート貰うわけにはいかねぇんだ」
 そう言ってオレは紅子を振りきり屋上に向かった。
「快斗のバカっ。女の子の気持ち全然分かってないんだからっ。……でも…やだよぉ」
 青子は風の来ない日向で一人うずくまって泣いていた。
「なーに泣いてんだよ。アホ子」
「何よっバ快斗。快斗なんか…快斗なんか……」
 一度はオレの方を見たがまたうつむいて泣きだす。
「はぁ…何泣いてんだよ。言わなきゃわかんねぇだろっ」
「だって…快斗は女の子の気持ち全然分かってないよ。快斗が受け取ったチョコレート全部本命のチョコレートだよ。義理チョコなんて全然ないんだよっ。それなのにどうして受けとちゃったの?」
「それは……」
 今年こそは…青子に妬いてもらおうなんて思ってたなんて言えねぇ……。
「……青子……自分の事嫌い」
「はぁ?何言ってんだよ」
「だって…快斗が他の女の子からチョコレート受け取ったの見て…凄く嫌なの。けれど…女の子の渡したいって言う気持ちもわかるの。だから…だから…」
 …って事はヤキモチ妬いてくれたって事だよな。
 当初の目的は達せられたけど…。
 泣きっぱなしにするってわけにもいかねぇよな。
「青子…。よく聞けよ。オレが…他の女の子からチョコレート貰ったのは軽率だった。けど…ホントに貰いたいのは…オメェだけなんだぜ」
「じゃあ…なんで他の女の子から貰ったの?」
「それは……それは…」
「それは?」
 涙で濡れた顔で青子はオレに聞いてくる。
 潤んでる瞳見てたら…泣かしたくねぇな…って思ってつい
「…オメェに妬いて欲しかったからだよっ」
 と本音を漏らしてしまった。
「何それ。じゃあ、青子は快斗の「妬いてもらいたいなぁ」って言うのに振り回されたってわけぇ?」
 え…いや…そう言われてしまっては身も蓋もねぇんだけど……。
「快斗…青子がもしそれやったらどうするの?青子…いつも不安なんだよ。青子、お子様だし、ムネないし…」
「それコンプレックスか?」
「だって…蘭ちゃんも和葉ちゃんもスタイル良いんだもん……絶対…青子見劣りしちゃうよ…」
 気になるようなことか?
 …か…。
「…オレが良いって言ってんだから…良いんだよ。チョコレート…貰うぜ」
「ウン…。それね、昨日の夜中。蘭ちゃんと一緒にチョコレート作ったんだ」
「だから眠そうな顔してたのかよ」
「分かった?」
「ったりめーだろ。誰だと思ってんだよ」
「バ快斗」
「オメェなぁ。……少し…寝るか?ココ…風こねぇし…昼寝するには…悪くないし…オレがいてやるからさ」
 オレの言葉に青子は頷きオレにもたれ掛かって眠った。
 けど…他のやつらから貰ったやつどしよ。

帝丹〜米花:当日後編
 6時間目の始業開始のベルがなるころ…。
 オレは首都高にいた。
 首都高なら早いだろう。
 そう思って入り込んだが…事故のせいで…大渋滞になっていた。
 降りるに降りれないこの状況。
 6時間目になるころには戻れるって言ったけど…この様子じゃ…ちょっと無理かも。
「凄い、渋滞ですね」
「そうね。さっき由美に聞いて確認したんだけど…この先でトラックの横転炎上事故があったらしいわよ。その間は通行止めにしたらしいんだけど…どうもその影響受けてるみたいね、この渋滞は」
 運転は高木刑事。助手席には佐藤刑事。
 後部座席にはオレ…。
 このところのいつもの配置。
「工藤君…学校…間に合わないかも知れないわね」
「そう…ですね」
 佐藤刑事の言葉にオレはぼんやりと呟く。
「ゴメンね…いつもいつも迷惑かけちゃって」
「佐藤刑事が悪いわけじゃないですよ」
「でも…誰かが謝らなくっちゃならないことだわ…」
 そう言って佐藤刑事はオレに謝る。
「…佐藤刑事…謝らなくても結構です。それは…オレの方です。一介の探偵気取りの高校生を…かわいがってもらってるんですから……。それに…感謝してます。色々と…」
 オレの言葉に佐藤刑事は息をのむ。
「……ありがとう…」
「いえ……」
 佐藤刑事の言葉にオレは微笑む。
「ところで、工藤君…どうするんだい…君は」
 高木刑事の言葉にオレはふと首をかしげる。
 どうするって何をだろう。
「…特捜室への…事だよ」
「……高木刑事も知ってたんですか?」
「と言うか…僕と佐藤さんは年度付けでそこに配属されることに決まったんだ。まぁ表向きはやっぱり捜査一課の刑事なんだけどね」
 高木刑事の言葉に驚く。
「嵯峨野室長はいい方よ。あなたの…あの組織の事件の時もバックアップしてくれたわ。わたし達が内調所属になったのも彼女の口添えがあったからのようなものだわ。彼女の口添えがなかったら…あの事件の解決はもっと後になっていたはずよ」
 佐藤刑事がそう言葉を紡ぐ。
 オレは佐藤刑事と高木刑事に告げる。
「近いうちに…行きますよ。警察庁の方に…。その帰りに…警視庁の方にも顔を出します。目暮警部に…今後の事…話しておきたいんで…」
 今後のこと。
 甘いっていわれたらそれまでだけど…。
 とりあえず、おっちゃんに先にいわねぇとな。
 そうこうしているうちに学校につく。
 時間は?
 …時計を確認したその時…6時間目が終了した。
 ……結局、今日休んじまった…。
 とりあえず、教室に向かう。
「新一?」
「よぉ…蘭」
「よぉ…じゃないわよ。間に合わないんだったらねぇ電話しなさいよっ」
「ワリィ」
 蘭の様子がちょっとだけおかしい。
 なんだろう?
 なんか…いらいらしてる。
 やっぱ…怒ってんのかなぁ…。
 学校休んじまったし……。
「工藤先輩っ」
 教室内にざわめきが広がった瞬間にオレに話しかける女の子が一人。
「何?」
「チョコレート、受け取って下さいっ」
 チョコレート?
 ん?今日って………あっ。
「バレンタインかぁ」
 うっかり忘れてた。
「そうか、蘭と青子ちゃんの様子がおかしかったのは今日がバレンタインだったからか」
「……何?新一忘れてたの?」
「ウン、すっかり」
「…はぁアンタってホント推理バカっよね」
「悪かったなぁ」
 悪態ついた蘭をにらみつけたときオレの目の前に立っていた女の子がオレの袖を引っ張る。
「工藤先輩、このチョコレート受け取って下さい」
「んーワリィけど、それ…受け取れないから。どうせ一コしか食えねぇし…そんな何コも貰っても無駄になるだけだからさ。さて、蘭、夕飯の買い物つきあえよ」
「えっ…あうん…」
 何かいいたそうな女の子をしり目にオレは蘭と連れ立って学校外に出る。
「…あの子…泣きだしそうな顔してたよ」
 受け取ろうともしなかったオレの態度に蘭は不満を持ったのか、オレにそういう。
「じゃあ、何か?オメェは受け取ってもらいたかったのか?オレに」
「えっ……」
「オレは…オメェ以外のは欲しいっておもわねぇんだよ。他の貰ったって無駄になるだけだろ。だったら最初っから受けとらねぇ方が良いんだよ。で、蘭オレのは?」
 そう言うと蘭は苦笑いをする。
 な…なんだよ…その顔は。
「家…なんだよね。新一のチョコレート。多分…玄関かな?出掛けにかかってきたじゃない?目暮警部から。だから今日は学校来ないだろうからって玄関に置いたままかな?」
 ハハハハ……笑うしかねぇじゃねぇか…。
「…クスっ」
「なんだよ、急に笑って…」
「去年のこと思いだしちゃったなぁって」
 そう言って蘭は笑いだす。
 笑いだしている原因はわかってるんだ。
 オレも…まずいことやっとは思ってる。
「……笑うなよ」
「だって…センスないんだもん新一」
「悪かったな」
 そう言っても蘭は笑い続ける。
「それよりも、あの時どこにいたの?わたしが起きたら電話かけてきたじゃない?」
「…事務所の…ドアのところ…」
 そう言うと蘭はうつむく。
「だったら…そばにいてくれても良かったじゃない」
「バーロ……側にいたら、オメェ、コナンとしてオレに対応するだろ」
「まぁ…そうだけど…」
 オレの言葉に蘭は頷く。
「それにさ…コナンの声からじゃなくって…おれの声で…オメェに礼をいいたかったんだよ」
「新一……」
「それにさ…オメェもおれの声聞きたかったんだろ」
「…バカ…」
 バカっていいながら蘭は顔を赤くする。
 言ってるオレも恥ずかしいって…。
「…一人で泣くなよ…。……オレのせいだって事はわかってる。けど…一人で泣いて欲しくない…。…そんなマネだけはもうしねぇけどさ…。オメェのこと…一人で泣かすようなマネだけはさ……」
 そう言うと蘭は嬉しそうに微笑んだ。
「…蘭……来週…快斗達の試験が終わったら……おっちゃんに全部話す。何がおこるのか…わかんねぇけど…。…その前に…オメェにも話さなくちゃな…」
「…何を?」
 オレの言葉に蘭は不安になる。
「大丈夫だよ、オメェを一人にするって事だけにはならねぇよ…。安心しろ。オレは、もう二度とオメェを一人にはしないって決めてんだから……」
 オレは、蘭にそう告げたのだった。
余談:
「なあ、結局。蘭のチョコレートってどんなやつ?」
「去年は型チョコだったから、今年は、トリュフに挑戦してみたの。…今年はハートじゃないからモモって誤解されなくてすむしね」
「…それは言わない約束だろう」

*あとがき*
原作バレンタインデー話に軽く絡めて。


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