「青島くん、ちょっと」
僕は署に戻るなり、袴田課長に呼ばれた。
課長のデスクの前にはふてくされた顔のすみれさんがいる。
「すみれさん、盗難やっぱり起きたんだって?」
近づきながら僕はすみれさんにそう話しかける。
課長達が『起こらないかもしれない』と言った盗難事件は、やっぱり起きた。
今回盗まれた物も、やっぱり『たいした物』ではなかったが、起きたことにはかわりない。
犯人はやっぱり『怪盗キッド』なのだろうか。
「その事件の事なんだけどねぇ、本庁から文句が来ているんだよ」
本庁から??
どういう意味だろう?
「青島くんも『怪盗キッド』見たんだって?困るんだよねぇ、本庁が追いかけている『怪盗キッド』に手を出されるの。君たちも知ってるよねぇ。本庁の捜査二課に専任の刑事が居ること、そこから文句が来てるんだよっ」
課長は額に青筋を立てて、半分泣きそうになりながら僕達に訴える。
「……どういう事?」
「昨日、本店のデータベースにアクセスしたでしょ?どうやら、それの事みたい」
「へぇ、だからぁ」
まるで、他人事の用に会話する僕とすみれさんに課長はますます青筋を立て、今にも泣き出しそうだ。
「そんなねぇ、他人事みたいに話さないでよ。今日ね、本庁の中森警部と茶木警視に怒鳴られたんだからね」
課長は、今にも倒れそうだ。
ともかく僕はすみれさんの援護をする。
「課長、すみれさんから話は聞いたんですよねぇ。盗難事件の犯人が『怪盗キッド』かもしれないって」
「だけど犯人が『怪盗キッド』じゃないかもしれないでしょう?」
「そうかもしれないけど、『怪盗キッド』が犯人って言う可能性も捨てきれないんです」
課長の言葉にすみれさんは引かない。
「ともかく、駄目な物は駄目なのっ。ほら、二人とも戻って」
「課長っっ」
すみれさんと僕の声に課長は無視を決め込むことにしたらしい。
あさっての方を向いたまま返事をしてこない。
「分かりましたっ。行こ、青島くん」
あきらめきれない僕を連れすみれさんは自分の席に戻る。
僕も同じく席に戻り、二人そろってため息をつきながら目の前の書類に取り込むことにした。
「青島さん、『怪盗キッド』に逢ったんですか?」
今までのやりとりを眺めていた雪乃さんが僕に話しかける。
「まあね。派手だねあいつ。それに、気障なかんじだったよ」
「いいなぁ」
ぼそっと言った雪乃さんの言葉に僕は聞き逃した。
「雪乃さん?」
「あっ何でもないです」
そう言って、雪乃さんは手元の書類に目を落とした。
さて、ここからどうするか。
すみれさんは、どうするんだろうか。
ともかく、何とかしないとなぁ…。
たばこに手が伸び火をつけた瞬間、雪乃さんに『罰金箱』を振られた。
シガレットケースにたばこを押し込む前に、100円を罰金箱の中に入れる。
「青島さん、無意識に吸い過ぎです」
「ごめん、ごめん」
「…で、ちょっと、話があるんですけど」
不意に小声で言われる。
「何?」
「すみれさんも、一緒に」
僕の後ろに視線をやりながら雪乃さんは言う。
「…『キッド』の事で」
雪乃さんの言葉を僕はすみれさんに告げ、こっそりと刑事課を抜け出し、資料室へと向かう。
「雪乃さん、『キッド』の事で話があるってどういう事?」
「私、少しキッドの資料持ってるんです。参考になるかどうかは分からないですけど、使ってください」
そう言って雪乃さんは資料のスクラップブックを見せてくれる。
『世界的マジシャン黒羽盗一、日本凱旋公演が大成功、武道館での華麗なるマジックショー』
の隣にあった記事。
『怪盗キッド、日本に現る。狙われた、月夜のしずく(ムーンパールの指輪)』
この二つは今から10年前の記事だ。
この時の事なら何となく覚えている。
マジシャン黒羽盗一の公演を見に行った事があったからだ。
華麗なるマジックショーと書いてある通り、ホントにすごかったという印象が強い。
確か、この『月夜のしずく』も見に行ったんじゃなかったっけ?怪盗キッドからの予告状が来たって事で、展示会場は大騒ぎだったはずだ。
「『怪盗1412号』通称『怪盗キッド』。各国の警察をあざ笑うかのように宝石をかすめ取っていく。18年前、パリに出現し、10年後にいったん姿を消す。そして8年後、再び、その姿を現す。彼が盗んだ数々の宝石は世界の秘宝と呼ばれる『ビッグジュエル』もその中に含まれている」
雪乃さんが集めた資料をすみれさんが読み上げる。
「すごいですよね。怪盗キッドって『平成のルパン』『月下の魔術師』とも形容されることもあるんですよ」
感心するように雪乃さんは言う。
その様子は、まるで『怪盗キッド』がアイドルの様だった。
「雪乃さん?」
「あ、スミマセン。えっとぉ、『怪盗キッド』何ですけど、何度か失敗していることがあるんです。去年の話なんですけど」
そう言いながら、雪乃さんはスクラップブックのページをめくる。
それは去年の記事だ。
『漆黒の星(ブラックスター)をたった一人で死守。お手柄小学生』
これは4月の記事
『またまたお手柄小学生!!怪盗キッド、大失敗』
これは、10月の記事だ。
お手柄小学生は苦笑しながら写真に写り込んでいた。
黒縁のめがねをかけた、ちょっと小生意気な男の子。
「この子、江戸川コナンって言うんですけど、この子が出てくると必ず『怪盗キッド』は失敗するんで、キッドファンの中でも結構有名なんですよ」
「何?『怪盗キッド』にファンが居るの?」
「いますよぉ。気障な台詞回しに華麗なマジック。モノクルとシルクハットに隠れて素顔は分かりづらいですけど、なかなかかっこいい人何ですよ!……っ………って…友達が言ってました」
雪乃さん、…『怪盗キッド』のファンだ。
誤魔化したりしてるけど、間違いない。
あえてつっこまないで、話をながす。
「で、この男の子、毛利探偵事務所に居るんですけど」
毛利探偵事務所?
どっかで聞いたことある。
「忘れたの青島くん、去年、うちで捜査本部が立ったとき、新城さんを米花町まで連れて行ったじゃない」
「嫌な記憶、思い出させないでよ、すみれさん」
運転手として米花町の『毛利探偵事務所』に行ったことを思い出した。
お台場で起こった殺人事件、被害者の友人が毛利探偵事務所の主『毛利小五郎』氏だったのだ。
著名人が被害者の知り合いだと言うことで、何故か新城さんがやってきて、運転手をさせられた。
嫌な記憶。
嫌みたらたらで、事務所からおりてきたときの新城さんの苦虫をかみつぶした顔は少しおもしろかったけど、その後も嫌みたらたらだったのは忘れもしない。
「どうです?探偵事務所だから資料はあると思いますし…」
ん〜しばし、考え込む、僕とすみれさん。
本店はきっと情報おろしてくれないだろうし。
ハッキングするって言うても有るけど、今結構厳しくなって来ちゃってるんだよなぁ。
「すみれさん、どうする?」
「青島くんはどう思うの?」
「オレは、行ってもいいと思うよ、手がかりくらいは探偵事務所だから有るかもしれない。でも、この事件はすみれさんの事件だから、すみれさんの判断にまかせる。オレはすみれさんのサポートはしてあげたいけど」
「ありがと、青島くん」
すみれさんは鮮やかにほほえむ。
「で、どうするの?」
「行きたい。行っても意味がないかもしれない。けど、行かなかったら、捕まえるチャンスすらなくしちゃうかも」
「そう来なくっちゃ」
すみれさんの言葉に僕と雪乃さんはうなずいた。
「そうだ、雪乃さん」
「何ですか?すみれさん」
「青島くん、借りてもいい?」
へ?
いきなり何?
「いいですよ、今、強行犯係は忙しくないですから。あっ一応、魚住係長にも了解は取ってくださいね」
「もちろん。青島くん、サポートしてくれるんでしょ?」
「するけど……なに?全部、付き合え…って事?」
「当たり前でしょ」
まぁ、いいけどね。
すみれさんの頼みだし。
聞かないわけにも行かない。
それに、乗りかかった船だ。
正直、あの時逢った怪盗キッドをもう一度見てみたいって言うのもあるし。
「さ、今から行くわよっっ!!!」
「二人ともがんばってくださいね。で、『怪盗キッド』がどんな人か教えてくださいね」
資料室を出ようとした時、嬉々とした雪乃さんの言葉に僕とすみれさんは立ち止まる。
「…雪乃さん?」
いぶかしげに見る僕達に雪乃さんは
「…あっえっと……なんてな?エヘ」
と、和久さん口調で誤魔化した。
「雪乃さん、『怪盗キッド』のファンね」
「道理で詳しいはずだよ」
「真下くん、『怪盗キッド』に敵うかしら?」
「どうだかねぇ」
「二人とも、早く、行ってくださいっっ」
僕とすみれさんのこそこそ話に雪乃さんは気づいたらしい。
「あれだけ大きな声でしゃべってれば分かりますっっ」
「ハハハ。行って来ま〜す」
雪乃さんが怒り出す前に、僕とすみれさんは資料室を出た。
刑事課によったときに課長は居ないようで、『怪盗キッド』の件でどやされることはないなとほっとしたのに
「恩田くん、聞き込み、頼んだよ」
と言う中西係長の激励と
「青島くん、邪魔だから連れてっちゃってもいいよ。そうそう、事件見つけないように、気をつけてねぇ」
と言うありがたくもない魚住係長の言葉を貰って、僕とすみれさんは米花町に向かった。
米花町2丁目。
トロピカルランドの観覧車が近くに見えて、見えるなり
「行きたいなぁ〜、トロピカルランド。あそこの中にあるレストラン『ローリストン』って言うレストランのアフタヌーンティーとマフィンがすっごくおいしいのよねぇ」
そう、すみれさんがつぶやく。
さすが、食のスペシャリスト。
おいしいものを食べることにかけては、誰にも負けてない。
「でも、行ったの…かなり昔だし…、今もあるかなぁ」
「じゃあ、今度行く?」
さりげなく、誘ってみる。
すみれさんとのデート先に『トロピカルランド』って結構いいかも知れない。
「えぇ〜、青島くんとぉ?ん〜お昼と、豪華ディナーをおごってくれるって言うならね」
「言うと思った。給料日前でなかったらいつでもいいですよ」
「ホント!!!!」
すみれさんは目を輝かせる。
運転しながらちらりと見ると本当にうれしそうで、子供みたいな印象を受ける。
「やった。おいしい、お昼と、豪華ディナー!!」
「メイン、そっち?」
「……ついでに楽しいアトラクション」
普通、楽しいアトラクションがメインだと思うんだけどなぁ。
ため息付きながら、毛利探偵事務所の前に車を止める。
一回来たことがあるけど、一応、駐禁かどうか確認。
大丈夫らしい。
『ポアロ』と言う喫茶店の2階、そこが、『毛利探偵事務所』。
下から見た感じ、事務所内は人の気配を感じることが出来なかった。
「青島くん、行こ」
そう言って、すみれさんはさっさと事務所への階段を上る。
その後を僕も追う。
事務所への階段は綺麗に掃除されいて、清潔感がある。
『毛利小五郎』氏は…だらしがない人物って聞いたこと有るんだけど(推理の時は何故か凛々しくなるって言うのが彼の七不思議の一つだそうだ)、誰か、掃除している人がいるらしい。
まぁ、彼一人で住んでいる訳じゃないんだから、当然と言えば当然か。
「…駄目、事務所、誰もいないみたい」
事務所のインターホンを鳴らしたすみれさんが僕の方を見て言う。
「上に続く階段、…上は彼の自宅らしいから、そっちに行ってみる?」
3階の扉を見て僕は言う。
結構、こう言う個人事務所は自宅と事務所が一緒になっている所が多い。
もしかすると、目当ての人物か、それにつながる人物は自宅にいる可能性がある。
いてくれたら、助かるんだけどな。
子供に頼るって言うのも何だけど、本庁の知り合いになった刑事に話を聞けば、『江戸川コナン』と言う少年は、『自分たちが気づかないところを気づいてくれる。何気なく頼りになる少年』だそうだ。
ともかく、頼りになるもならないも、『怪盗キッド』を探す手段か『怪盗キッド』に近づく手段か、ともかく『連続窃盗事件』の犯人を捕まえる手段を探さなくてはならないのだ。
「は〜い」
すみれさんが押したインターホンの声に若い女の子の声が返事をする。
「どちら様ですか?」
出てきたのは、まだ高校生らしい女の子。
髪が長く、誰かに似ているような顔をしていた。
「えっと、ここに『江戸川コナン』くんが居るって聞いてきたんだけど」
「……コナン…くんですか?」
少し、戸惑っている声。
彼女の表情はすみれさんの突然の言葉に困惑していた。
「そう」
すみれさんは焦っているのか、僕達が何者か名乗らずに話を進めている。
「蘭、誰?」
その女の子をかばうように、高校生らしき男の子が出てきた。
彼女を見つめる瞳は優しいが、こちらを見る視線は鋭い。
「どちら様ですか?」
落ち着いた口調、物腰、で思い出す。
高校生探偵と呼ばれ、日本警察の救世主とマスコミがうたっている『工藤新一』その人だった。
「あ、君、工藤新一くんだよね?よく、テレビで見るよぉ。本店の人が噂してたしね」
僕は愛想良く、彼に話しかける。
「そ、そうですけど」
僕の営業スマイルに彼は毒気を抜かれたらしく、とまどいながらも応える。
「ミーハーしてないのっっ」
「ミーハーっていいじゃない。有名人だよ、彼?」
「今はそう言う問題じゃありません」
僕とすみれさんの掛け合いにあっけにとられる工藤くんとその彼女の『蘭』さん。
「立ち入ったことかもしれないけれど、教えてほしいの。江戸川コナンくんについて。その子、ここに住んでいたのよね」
すみれさんの言葉に工藤くんを一瞬見て蘭さんはうなずく。
「その子、今どこにいるの?どうしても居場所を知りたいの」
「誰なんですか?あなた達」
冷静に工藤くんは僕達に問いかける。
うっかり忘れていた、名乗ることを。
「ご、ごめんねぇ。うっかりしてたよ僕たち。すみれさんがあわてるからだよ」
「どうして、あたしのせいになるのよ、あんただって、名乗らなかったじゃないのよ」
「ごもっともで」
再びの掛け合いであっけに取られているなぁと横目で見ながら、警察手帳をかざして言う。
「湾岸署の恩田です」
「同じく、湾岸署の青島です」
驚いたまま工藤くんは聞いてくる。
「その、湾岸署の刑事さんが何で『江戸川コナン』を」
「怪盗キッドを捕まえたいの」
すみれさんの言葉に彼の視線が変わる。
今までどこか、普通の高校生の雰囲気を醸し出していたけど、すみれさんが『怪盗キッド』の名前を出した瞬間に一気に変わった。
『名探偵』と呼ばれるその鋭い気配。
「本店のキッド専任の警部さんは所轄に協力なんてしてくれないし。情報だってくれやしない。で、過去のキッドの事件をさらっていたら、江戸川コナンくんの事が出ていたの。本店にちょっと仲いい刑事がいるんだけど、その人の話だと、彼は結構すごいって言うからほとんどわらにもすがる思いなのよぉっっ」
「『連続窃盗事件』の重要参考人って感じなんだよね『怪盗キッド』が。で、ほら、何度か、守ってたりするでしょう?『怪盗キッド』が犯人かどうかまだ分からないんだけどさ。結局、僕たち所轄だから本店みたいなことできないんだよね。で、こうやって一般の人たちから協力を仰ごうと思って」
愚痴にも似た言葉を吐き出したすみれさんに僕はフォローをする。
すみれさん、かなり『連続窃盗事件』入れ込んでいるから、熱くなってるんだけど。
まぁ、僕の言葉も愚痴に似てるかも。
「残念ですが、彼はここにはいませんよ。というよりも、日本にはいません」
…。
工藤君の言葉に一瞬、すみれさんは呆然となる。
「そうなんだ…。やっぱり、あたし達だけでやるしかないわね」
が、すぐに開き直る。
「でもねぇ」
「なんか、文句あるの?」
「情報ももらえない、首つっこんだら文句言われるって言う状況じゃ身動き取れないでしょう?」
「じゃ何?怪盗キッドの事あきらめろって言うの?あれだけ馬鹿にされたのよ、悔しくないの?」
「悔しいよ。悔しいけど、今のところ、何もできないでしょう」
「青島くんらしくないっっ。いつもの、青島くんはどこに行っちゃったのよっ。本店のデータベースハッキングするくらいの勢いいつもだったらあるでしょう?」
「するつもりだけどね。だとしても、今、ここで言い争ってる場合じゃないよ?まずは署に戻って」
「僕が協力しましょうか?」
「ほら、……???はい?」
工藤君の突然の言葉。
視線を工藤君に移すとどこか、うれしそうにしている。
「協力?君が、高校生探偵の君が?」
「はい、何度かキッドともやり合ってますよ。それにキッドの資料だったら、うちにありますし。警視庁のデータ以上のものがあると思いますよ?」
工藤君の言葉を聞いて、何故か隣の蘭さんはため息をついた。
それを横目に見ながら僕はすみれさんと見合う。
そして、もう一度、工藤君に視線を戻す。
「いいの?本当に」
「はい」
「ありがとうっっ。正直、どうしていいか分からなかったの。本店にあるコネでも使おうと思ってたんだけど、多分無理だと思ってたのよ」
「本店のコネって眉間にしわが寄ってる人?」
室井さんの事だろうな。
新城さんや…間違っても沖田さんじゃないな。
「他にいないじゃない」
「確かに」
すみれさんと僕の会話に工藤君はクスリと笑う。
そして蘭さんも。
「工藤くんも知ってるの?」
「まぁ、何度か顔を合わせたことがありますよ。確かに、いつも眉間にしわが寄ってますよね。あの人は」
工藤君の言葉にもう一度その場の人間が全員クスリと笑う。
室井さん、どこでも話題になってるなぁ。
まぁ、結構目立つ人だしね。
「本当にいいの?工藤くん」
「えぇ、今から、行きますか?」
「協力ありがとう!!!」
そう言うわけで、僕とすみれさんは工藤君の自宅へと移動した。