一つの作戦が行われる日はずっと慌ただしく動いている。
情報部、作戦司令部、工兵隊、工作班、看護班、メインで動くのはこの辺だから、ラディスロウ内はさらに慌ただしい。
「イクシフォスラーに荷物詰め込みました。アンカー動作不慮なしです」
「ディムロス大佐っ。リモコンの具合は問題ないです」
ハロルドの部下がディムロスに小さな機械を渡す。
どうやら、イクシフォスラーのリモコンらしい。
昨晩ずっと作っていたのを思い出し、この場にハロルドがいないことに気付いた。
「ディムロス、ハロルドはどこだ?」
「ハロルドなら部屋に閉じこもったぞ。オレにこれを突き出して、試作品が完成しないとか騒ぐだけ騒いでな」
ディムロスはそう言ってリモコンを見せる。
「教えてくれてありがとうディムロス。そうか、ずっと作っていたのか…。眠ったかどうか分かるかい?」
「…そんなの分かるわけないだろう!!!お前じゃあるまいしっ」
あぁ、確かにそうだね。
ディムロスの言葉に納得する。
「今回、お前は参加するのか?」
「いや、私は参加しないよ。今回の作戦の提案者は私ではないし、それに作戦を立てられたシュトレーゼマン殿が張り切っておられるからね」
とイクシフォスラーの前で意気揚々と演説をしている初老の男に目を向ける。
カール・シュトレーゼマン准将。
元、スペランツァの指導者。
現在はこうやってリトラー司令の元天上軍との作戦を練っている。
だが…選民意識の強い人間だ。
「…そうか…」
「気に病むことでもあるのかい?」
「いや?…特に…な」
そうつぶやいて、ディムロスはイクシフォスラーの方に目を向けた。
「ディムロス大佐」
ディムロスの部下が彼を呼ぶ。
これから…ディムロスの演説が始まる。
「必ず、生きて帰れ」
ディムロスの言葉に最後に必ずつく。
それがどれだけ難しいか、戦場にたつ者は誰もが知る。
「いつ…終わるんだろうな」
不意に考えても仕方なかった。
隊の中央で背の高い男に気がつく。
「…あれが、バルバトス=ゲーティア」
地上軍の中で抜群の戦闘能力を持つ人物。
現在、大佐の地位ではあるが実際はそれ以上の力量を持つディムロスと同等の力を持つ。
だが、彼は地上の開放を望んで天上軍と戦っているわけではない。
それは、彼の行動を見ていれば分かる。
自分の欲望だけで…戦ってる。
それがどれだけ隊に影響を及ぼすか、想像に難くない。
不意に、気配を感じる。
その気配に思わず微笑んでしまった自分がいて…改めて苦笑する。
「あにき、おあよ」
「遅いじゃないか。ハロルド」
「仮眠5分だけ取ったのよ。あぁ、イクシフォスラーのリモコンなんて作るんじゃなかった」
隣に来たのは起きたばっかりの顔をしているハロルド。
重要な作戦前だと言うことで出ないわけには行かないと起き出してきたのだろう。
「もう少し寝てればよかったじゃないか」
「やっぱりね気になるのよ。ちゃんと動くかって。試験運転では動いたのに本番で動かない〜なんてなっちゃったらしゃれになんないでしょ?」
ホントだったら、もう10分ぐらい寝てたかったんだけどね〜。
眠たげな顔をこちらに向けながらハロルドは言う。
作戦が開始され、イクシフォスラーが地上軍基地から天上に向けて発進していった。
それを見届けるとラディスロウ内に戻るため踵を返す。
「…で、どうして、兄貴がこんな所にいるの?」
隣に並ぶハロルドの歩みに併せてゆっくり歩いていると突然聞かれる。
「ディムロスにも同じ事言われたよ」
「誰だって思うでしょ?地上軍の最高軍師が作戦に参加しないでただ遠巻きに見てるんだもの、不思議だって思うわよ」
「最高軍師と言うわけではないよ。ただ、作戦を練っている一人にすぎない」
そう言った言葉にハロルドは納得いかないのか口をつぐむ。
「ハロルド?」
「正直に言わせてもらうけど。兄貴以外の人が考えた作戦、あんまりいいものがないわよね。クレメンテのじいさんや司令もよくそれを受け入れる気になると思うわ」
「ハロルド、それは言い過ぎだ」
咎めた言葉に対しハロルドは肩をすくめる。
「分かってるわよ。ま、どうせ兄貴に敵う人なんていないんだから。そのうちに分かるわよね。じゃ、私は試作品の製作にでも取りかかるわ。今日中って言うのは難しいけれど、2.3日中には見せられると思うわ」
そう言ってハロルドは自室兼ラボへと戻っていた。
…ハロルドの言いたいことも分かっていた。
地上軍の状況は作戦を行っても一向に改善されない。
それは改善策を提示しても、拒否される事が多いからだ。
たとえ、総司令のリトラー司令や最高幹部であるクレメンテ殿が賛成してくれていたとしても、現在の全地上軍戦闘指揮を取っているのはアルバート=グレイ中将殿とカール・シュトレーゼマン准将。
彼等の発言の影響力は大きい。
リトラー司令やクレメンテ殿がここレアルタの出身に対し二人はスペランツァの出身。
作戦を考えるのに出身地は関係がない。
が…、他の地域から招き入れた…という状況である二人に対し、遠慮がどこかであるのだろう。
だから、無謀な作戦でも受け入れざるを得ない。
それが、現在の地上軍の状況を悪化させていた。
「何とか…出来れば良いんだけどね…」
まだ…静観するしかない。
誰に言うでもなくそうつぶやいた言葉はラディスロウの喧噪の中に消えていった。
イクシフォスラーでの作戦から2日後。
完成した資料を持って司令室へと入る。
結局、兄貴には見せることが出来なかったけれど、仕方ないわよね、なんか忙しいみたいだったし。
ぶっつけ本番!!
「ハロルド中佐、今会議中だぞ」
陰険カール=シュトレーゼマンがいきなり因縁をつけてくる。
私、この人嫌いなのよねぇ〜。
人の発明にけちつけるんだもの。
あんなのほっといて、えっと兄貴は…いるわね。
じゃあ、良いわ、新兵器の発表でもしましょ。
「リトラー司令。以前お話にあがった新兵器についての話をしたいんですが。お時間いただけません?」
「新兵器?本当か?ハロルド中佐」
嬉しそうにカール=シュトレーゼマンが言う。
何よ、さっきまでいや〜な顔してたくせにっ。
「ハロルド博士、試作品とかはあるのかな?」
「一応ですけど。使い物にはなりませんよ。見本と取ってください。これで良いのであれば試作品を製作し、お持ちします」
私の言葉にその場は今後の展開に夢を持ち出す。
「では、博士。新兵器の構想について話を聞こう」
「はい」
大荷物の中から一降りの剣を取り出し、机の上に置く。
ただし、模型の剣。
「ハロルド中佐、これは」
「これが新兵器のモデルです。私はこれをソーディアンと名付けました」
「ソーディアン?ただ剣じゃないか、これのどこが新兵器なんだ!!」
文句をつけるのはカール・シュトレーゼマンの腰巾着アルバート=グレイ少将。
戦闘指揮官らしいんだけど、ディムロスの方がよっぽどまし。
「そう怒るな。何か意味があるのじゃろ?ハロルド」
その場をやっぱり押さえてくれるのはラヴィル=クレメンテのじいさん。
「カーレル、おぬしは見たのか?」
「いえ、話しか聞いていません。ハロルド、詳しい説明をしてくれないか?」
兄貴が促してくれて、やっと話を進めることが出来た。
「一見すると普通の剣に見えると思いますが、実際は普通の剣とは違う構造を持たせています。柄と刃の境目となる所にレンズを埋め込むと使い手の意思をくみ取る事の出来るように設計をしました」
「使い手の意志をくみ取る?」
「そうです、つまり意思疎通が出来る剣です。ある特殊なレンズと特殊な金属を組み合わせることによりそれが可能となるのです」
「特殊な金属とは?」
「生体金属ベルセリウムです」
私の言葉に場内はざわめく。
「もちろん、ベルセリウムだけでは耐久に疑問がありますから、他の金属を混ぜ合わせ合金とします。ベルセリウムはご存じのように人の能力に感応します。その特性を利用してレンズ、この場合使用するのは圧縮した純度の高い高密度のレンズですが、それに使い手の人格を投影させます。そうすることにより、剣と意思疎通が出来るようになります。そして、晶紋術(注1)を組み込みます」
「晶紋術を?」
「はい、簡単な詠唱をすれば魔法が発動するようにです」
「ほぉ」
資料を見ながら幹部達は感心の声を上げる。
はぁ、ホントにこんなかで理解してるのって兄貴ぐらいかもねぇ。
他の連中は、なんか分かったような分かんないようなって顔してるから。
「ハロルド博士、使い手はどのようにして決めるのかな?」
資料に目を落としながらリトラー司令は言う。
「とりあえず、能力検査機を作ってありますから、それで調べるつもりです」
「ハロルド、まさか…HRX…なんて言わないだろうね」
私の言葉に兄貴は何かを感じたのか、横目で見やりながら言う。
HRXって言うのは昔から作っていたロボットの名前。
データ採取、サンプル収拾、結果算出に威力を発揮する。
戦闘マシーン。
「あら?何で分かった?やっぱり、双子ねぇ。さすが兄貴」
「…お前の考えそうなことだからね。大概は想像つくよ」
そう言って兄貴はふぅ、っと息を吐く。
「まて、ハロルド中佐っ。調べるとはどういう事だ?」
アルバート=グレイ中将が私の言葉に疑問を投げかけた。
聞かれるとは思ってたけどね。
だから、考えていた通りの返答を相手に出す。
「この新兵器は対ミクトラン戦を想定しています。他、ありとあらゆる場面を考え、知力、体力共にトップクラスの人間を捜し出す必要があるとそう考えたのです。まぁ、全兵士調べるつもりですけどね」
「ハロルド、儂も調べてくれるのかな?」
突然クレメンテのじいさんが言い出す。
「クレメンテのじいさんも?やりたいんだったらいいけど、怪我してアトワイトに文句言われても、私、責任取らないわよ」
私の言葉に、爺さんは楽しそうに笑う。
ハァ、言っても聞かないからなぁ。
きっと後でやるなんて言いそう。
「で、司令、どうでしょうか?意見を聞きたいんですが」
私は司令に向き直り問い掛ける。
やっぱり、なんだかんだと言っても最終決定権は総司令であるリトラー司令にある。
「ふむ。ハロルド君、完成までどのくらいかかる?」
「そうですねぇ…。使い手の人選。使い手に合わせた剣の作成、それと平行してレンズの作業などありますから…。3ヶ月ぐらいいただければ、出来れば半年は欲しいですけど。1本と言うわけには行かないですから。予定では6本の予定です」
「6本か」
リトラー司令の言葉にうなずく。
減ることはあっても6本以上にはならない。
魔法の属性が6つあるからだ。
火・土・風・水に光と闇。
出来れば、一つの剣に一つの属性にしたかった。
「よし、では、この新兵器『ソーディアン』作成はハロルド君、君に任せよう。人選などはある程度決まったら報告してくれ」
「了解しました」
リトラー総司令の了解がでる。
これで地上軍全兵士をサンプリングできるわ。
実験にも使えるし、一石二鳥ね。
「ハロルド、お疲れさま」
会議終了後、兄貴が声を掛けてくる。
「どうだった?」
「こんな短期間でココまで理論を完成させるとは兄さんは感心したよ。さすが、お前だな」
と兄貴がほめてくれる。
「当然でしょ、私を誰だと思ってるの?そうだ、兄貴、兄貴も調べるわ。HRXと戦ってね」
「本気なのかい?」
「当然、地上軍全兵士って言ったでしょ?当然、兄貴も含まれるのよ。ま、兄貴なら大丈夫だけどね」
私の言葉に兄貴は苦笑する。
「なんでそこで苦笑いするのよ」
「いや、HRXに地上軍が全滅させられなければいいが…って考えてたんだよ」
「そんなことあるわけないでしょう。いくら私でも、そこまでのは作らないわよ。今回のはサンプル&データ採取が主で作ったんだから」
2型だったら全滅しかねないけど。
と心の中で呟く。
ココまで言ったら兄貴にロボット作成はやめろって止められちゃう。
それだけは、阻止しないとねっ。
「分かったよ。何かあったら、言うといい。出来る限り手伝うよ」
そう言って兄貴は微笑んだ。
(注1)一般的に使われる呪術の事。略して晶術。ソーディアンが使うは晶介術。