「何故、ティンバー大佐は、バルバトス=ゲーティアを誅殺しなかったのだ!!!」
何も知らない振りをしている男は声を上げて今、この会議室にいないディムロスの行動に文句をつける。
「それは、彼が他の部下を守るために出来なかったのでは?その事は貴方も報告を受けているでしょう?」
やんわりと言葉を掛けると相手は文句を言いたげに黙り込む。
「それよりも、私は、バルバトス=ゲーティアの危険性について貴方が気付いていなかった事に驚きを隠せませんよ」
「な、何を言うか、カーレル!!!バルバトス=ゲーティアの危険性だと?彼は優秀な士官ではないか!!彼の地位は伍長だが、大佐であるディムロスに匹敵するほどの力を持っている。貴公もそう思ってないのか?」
あくまでもかばおうとしている男に呆れ、気付かれないように小さくため息をつく。
バルバトス=ゲーティアの噂を知らないでいっているとすれば物知らずもいいところだし、知っていていっているのならかなりの道化だ。
「本当にそう思ってらっしゃるのですか?アルバート中将殿。現在地上軍を統括なさっている方とは思えない、言葉ですね」
「何が、言いたい。カーレル中将」
アルバート=グレイはそう言いながら私をにらみつける。
「私はバルバトス=ゲーティアについていろいろな噂を聞きますよ。とても好戦的で残虐な人物だと。あまりにも手に負えなくて地上軍一優秀な戦士で大佐として以上の功績を納めているディムロスの下につけた。確か、配属をしたのは貴方でしたよね。アルバート=グレイ中将閣下」
「貴公は私を愚弄するつもりか?」
「まさか、そんなことはありませんよ。ただ私は事実を述べているだけにすぎませんよ」
「何が言いたい」
「この件でディムロスを処罰するのは間違っているのでは?私はそう思っているのですが」
「何を言うか!!!バルバトス=ゲーティアが謀反を起こしたのは上官であるディムロスの監督が不行き届きだったせいだろう!!それを処罰なしにするとはどういう事だ!!!」
その時だった。
「失礼しま〜す」
ハロルドが会議室に入ってきたのは。
「ハロルド、何しに来た」
入るなり、シュトレーゼマン准将が文句をつける。
兄貴の方を見ると疲れ切った表情の中に少しだけ安堵している様子が見える。
どうやら丁度いいタイミングで入れたようね。
相手はアルバート=グレイ…か。
同じ事何度も何度も繰り返し言わされたのかな?
腰巾着だから頭、悪そうだもんねぇ。
「ハロルド君、ココに来た用件は?」
「総司令、ディムロス=ティンバー大佐の言葉を伝えに来ました」
「ディムロス君の?彼の容態は悪いのか?」
「いえ、そういうんじゃありません。彼の容態は安定しています。まぁ、2.3日大人しくしていれば傷もある程度はふさがるでしょう」
「そうか…。で、ディムロス君はなんと?」
リトラー総司令はほっと胸をなで下ろした後、言葉の先を促す。
「はい、『今回の件は自分の不始末で起った事だ。だから、バルバトス=ゲーティアの処刑は私に任せて欲しい』との事です」
会議室内はざわめく。
そんな中兄貴が冷静に問い掛ける。
「どういう事だ、ハロルド」
「傷がある程度治り次第、ディムロスはバルバトス=ゲーティアと処刑と言う名の一騎打ちをしたいそうよ。まぁ、ディムロスからしてみれば無抵抗の人間を殺すには忍びないんじゃないの?」
「そうか」
今までこわばった表情が目立っていた兄貴の表情がふっと軟らかくなる。
もっとも、他人からしてみれば兄貴の表情の変化なんて微々たる物で、血のつながった双子である私しか気付かないぐらいの微妙な変化。
「ディムロス君はそう言っていたのか」
リトラー司令の言葉に私はうなずく。
「ハロルド君、君は今地上軍全兵士の能力を調べていたね。その事からディムロス君とバルバトス=ゲーティアに関してのデータはどう見ている?」
「バルバトス=ゲーティアの能力は現在伍長と言う立場ではありますが、能力的には佐官ほどの能力があると思います。ただ性格的な問題は多々ありますけど。ディムロス大佐は彼の能力は将官でもおかしくないと思います。武官としての能力はもちろんの事、状況判断の素早さ、そして的確さ。彼の能力は地上軍でもトップクラスでしょう。ディムロス大佐とバルバトスの一騎打ちの場合、ほぼ互角だと考えています。現在の状況をも加えますと、ディムロス大佐の方が俄然有利だと思っています」
「そうか…」
私の言葉にリトラー司令は考え込む。
「総司令、よろしいでしょうか」
兄貴が司令に声を掛ける。
「なんだ?カーレル君」
「私は、ディムロス大佐の望み通り、一騎打ちをさせても良いかと思っています。シュトレーゼマン殿アルバート=グレイ殿のおっしゃる通りディムロス大佐を処罰するのは簡単です。ですが、現在の地上軍の状況は正直、良いとは言えない。その中で戦果を上げているディムロス大佐を処罰するのはどうでしょうか?私は、それよりも彼には昇格をさせた方が今後の地上軍のためにもなるのではと考えています」
兄貴はリトラー司令にそう言う。
呆気にとられるシュトレーゼマンとアルバート=グレイ。
それをしり目に兄貴は言葉を続けていく。
「先ほども言いましたが、ディムロスは大佐以上の働きをしています。先日のイクシフォスラーでの作戦、これもディムロスの働きによるものです。今回のバルバトス=ゲーティアの件もそうです。確かに、数名の死傷者が出ました。ですが、彼に逃亡を許さず、この拠点まで連れ帰ってきた。もし取り逃がし天上にまで向かったら被害はそれだけでは済まなかったでしょう。恐らく、地上軍の全滅もあり得たはずです」
「だが、バルバトス=ゲーティアが謀反を起こしたのは上官であるディムロスの責任だぞ!!」
「そして、ディムロスの下につけた貴方の責任でもある…。違いますか?アルバート=グレイ中将」
兄貴の言葉にアルバート=グレイは言葉を詰まらせる。
「だがっ」
何か言い足そうなシュトレーゼマンの言葉を遮ったのは
「ハロルド」
クレメンテのじいさんだった。
「何、じいさん」
「ディムロスは確かに『自分でバルバトスは処刑するといったんじゃな?』」
クレメンテのじいさんの言葉に私はうなずく。
「そうか…。カーレル、儂はお主の意見に賛成じゃ」
「クレメンテ老!!!」
「カーレルの言っとる事はもっともな事じゃ。儂も以前からそう考えていてな。良い機会はないかと思案しておった所じゃよ」
「処罰はどうするのですか?なしですか?」
「自分の部下を自らの手で処刑する。その事でディムロスは手を汚す。そう思えば処罰にはならんかね?シュトレーゼマン、アルバート」
静かにじいさんはそう告げる。
それで…、決定的だった。
シュトレーゼマンとアルバート=グレイは苦虫をかみつぶした顔で黙り込む。
シュトレーゼマンとアルバート=グレイが黙った会議は滞りなく進み、あっけなく終わりを告げる。
「お疲れさま」
会議室を出た兄貴に私はそう声を掛ける。
「あぁ、ハロルド、今回の件ありがとう。お前には迷惑を掛けた」
「何言ってんのよ、その事を了承したのは私。兄貴が気に病む必要なんてないでしょ?」
「そうだね…」
そう言って兄貴は穏やかに微笑む。
「兄貴、ディムロスの所いくんでしょ?」
「あぁ、そのつもりだよ。バルバトスの処刑の件、ディムロスには伝えないとね」
そう言いながら兄貴は思案顔を見せる。
疲れているのは傍目から見ても良く分かる。
心労…へらしてあげたいんだけどね。
かわいい妹としては。
「兄貴、ディムロスが言ってたわよ」
「なんだい?」
「自分は兄貴の味方だから。って…。ディムロスってば忘れてるのよっ。兄貴にはこの天才である私がついてるんだから」
「そうだね」
私の言葉にクスリと兄貴は笑う。
早々、兄貴に言わなくちゃならないことがあったんだ。
これも言ったら兄貴の心労ももう少しへるわよね。
「兄貴、ディムロスの所行った後、私の部屋に来てくれない?ホントだったら私が兄貴の部屋に行けばいいんだけど…。ちょっとそう言うわけにも行かないの」
「…どういう事だい?ハロルド」
「会議前に話してたこと、あんな事になって結局うやむやになっちゃったでしょ?その話の続きをしたいの」
「……分かった。なるべく直ぐに行けるようにするよ、ハロルド」
そう言って兄貴はディムロスの所へと向かう。
さて、私はこの間にもう少し調整でもしますか。
「……ハロルド」
部屋の前にはアトワイトが私の帰りを待っていた。
「…?アトワイト、ディムロスの看病はどうなったの?」
「……今は薬を飲んで眠っているわ」
え…、それマジ?
あっちゃ〜、兄貴がディムロスの所行っちゃったよ…。
早く来るか、遅く来るかどっち?。
その間に調整すませたいのよねぇ。
「それに…カーレルが見ていてくれるって行ったから…」
遅くなること決定!!!!
「アトワイト、ディムロスはどのくらいで起きるの?その時間によっちゃ私、アトワイトの話聞けないけど」
「……1時間ぐらいよ…」
問題なしね。
「で、何?」
「会議…どうなったの?最後までいたんでしょう?」
部屋に招き入れた後、アトワイトは一息ついて問い掛ける。
「会議ね…。まぁ、ディムロスがどうしたいのかって聞いてたんでしょ?」
「……本気でそれを許可したの?」
「まぁね、ディムロスぐらいだし、この地上軍でバルバトスに敵う奴って。」
私がそう言うとアトワイトはきつく目をつむる。
「だからよ…、だから私はディムロスを止めてって言ってるの。ディムロスは怪我をしている。万全の体勢のディムロスだったらバルバトスに勝てる。でも、ハロルド、貴女も見たでしょ?ディムロスの怪我の具合を」
「見たわよ。だから、あきらめなさいって言ってるの。ディムロスの性格あんたが一番分かってるでしょ?」
「そうだけど…」
「大丈夫よ。あんたがディムロスの看病してる限りね。何だったら、バルバトスに実験中の新薬でも飲ませてみる?いろいろ、混ぜて」
「ハロルド…」
私の言葉にアトワイトは呆れたようにため息をつく。
「ま、心配しなくても平気。ディムロスには秘密兵器を渡すから」
「秘密兵器?」
「そ、秘密兵器」
そう言った私にアトワイトは首を傾げ、私の手元を見つめたのだった。
「済まない、ハロルド、遅くなった」
兄貴が部屋に戻ってきたのはディムロスの部屋に行ってから3時間後だった…。
「兄貴、遅すぎ!!!暇になっちゃったじゃないっ」
「だから済まないと…」
平身低頭謝る兄貴。
ま、良いわ。
そのくらい許してあげないと兄貴がかわいそうだもんね。
「で、ハロルド。さっきの続きというのは…」
突然、兄貴が聞く。
…何の話してたんだっけ……。
「ハロルドっ。冗談で言ってるのか」
「やぁねぇ、ソーディアンの話。分かってるわよ。あのね、兄貴。たった今、試作品ができあがったの。さっきも言った通り、疑似人格を組み込んだのみだけどね」
そう言って兄貴に試作品1号を渡す。
「……これかい……」
「そ、」
兄貴は試作品一号を手に取り眺める。
あまりディテールにはこってない。
製作時間あんまりなかったしねぇ。
まぁ、試作品だし。
「……ん?ハロルド、これは…」
兄貴は驚いたように呟く。
「何?」
「……これは剣…なんだな」
「そうよ。疑似人格を投影した試作品初号機」
「あまり、剣とは…思えないな。何というか……こう、自分の一部のような感覚を得る。これで人格を投影したら、全く剣とは思えないんじゃないのか?」
「そうかもね」
「……ん?ハロルド、もう一つ良いか。この剣は……まさかっ」
気付いたらしい。
この剣につけたもう一つの特徴を。
「もう、あわせるの苦労したのよねぇ。愛用の剣、借りてきて(無断だけど)柄の所あわせて、さすがに刃の部分は合金だからどうこう出来るような場所じゃないけど、柄の所は、ベルセリウムだからどうにでも加工出来るのよね」
「アトワイトが言っていたのは…これか…」
机の上に戻しながら兄貴が呟く。
「聞いたの?」
「あぁ、何のことかとアトワイトは首を傾げていたけどね。これが何なのかは…説明するのかい?」
「まさか、しない方が先入観なくていいでしょ?ま、存分にふるってもらおうって思ってるからねぇ」
「そうか…」
私の言葉に兄貴は静かに微笑んだ。
まるで、この結末が見えているかの様に…。