地上軍拠点からさほど離れていない所に、処刑場が設けられる。
「では、二人ともよいか?ディムロスに、バルバトスよ。立会人は儂と、カーレルの二人でつとめるが構わんな?」
「もちろんです、クレメンテ老」
とディムロスはクレメンテ老の言葉にうなずく。
「バルバトス、おぬしはどうじゃ?」
「小生も構いませんよ」
バルバトスは短く言葉を吐き剣を構える。
「それでは、初めっ」
クレメンテ老の言葉にバルバトスは不敵に笑い愛用のディアボリックファングを持ってディムロスに向かってくる。
「まさか、ディムロス大佐殿直々にお相手していただけるとは、思いもしませんでしたよ」
そう言いながら、バルバトスは、ディアボリックファングを振り上げ、力強くディムロスに振り下ろす。
「おしゃべりするのも程々にしたらどうだ?オレはお前がそこまで軽口をたたく男だとは思っても見なかったが」
ディムロスは、ロングソード程度の長さの剣でバルバトスの斬撃を受け流す。
「さすがは、ディムロス。このオレの剣を軽々と受け流すとはなっ」
「お前も、見事だ、このオレに剣を両手で持たせるとはな」
ディムロスはバルバトスの斬撃に耐えるため、両手で剣を持っている。
「カーレル…。お前さんはどう見ておるんじゃ?」
不意にクレメンテ老に話しかけられる。
「…どう見ていると…おっしゃいますと…。この…一騎打ちの事ですか?それとも…」
「…わかっとるじゃろ?」
…クレメンテ老は静かに言葉を紡ぐ。
あの会議の事か…。
ふと思い出し、ため息をつく。
「お前さん、ちと今回の件、強引すぎやしないか?」
「そうでしょうか」
クレメンテ老の言葉を交わすように答える。
確かに、強引だったかも知れない。
けれども……そうでもしないと。
「…まぁ、お前さんの意見に賛同した儂が言うのも何なんじゃがな」
クレメンテ老は苦笑しながらそう、呟く。
「ご心配かけている様で…」
「…何、お前さんなら上手くやる。そう信じておるからな」
「ありがとうございます。クレメンテ老」
神妙に謝るとクレメンテ老は少し顔をゆがませる。
「…これ、老と言うな。余計に老け込む。まあ、お前さん達双子が…レアルタに来てからのつきあいじゃからな…。かれこれ、10年以上は…たつかのぉ…」
「…そうでしたね」
私とクレメンテ老の間に流れた沈黙を遮るかの様に、ディムロスとバルバトス=ゲーティアの剣戟は続く。
「カーレル」
「はい…」
不意にクレメンテ老が名前を呼ぶ。
「状況は、厳しいぞ」
「分かっています。今後、どう展開してもいい様に手は打つつもりです」
「そうか……」
目の前で繰り広げられる剣戟を見ながら、言葉を紡ぐ。
「老…、一つお知らせしたいことが」
「なんじゃ…」
「例の計画が目星がたったと、ハロルドが言っていました。この件の後、提出するそうです」
「そうか…切り札となってくれれば良いんじゃが」
「…切り札にするつもりです。いや、なってくれなくては困る。その為の犠牲も払うつもりですから」
「切ることでか?」
「……そうかもしれません」
紡いだ言葉に…クレメンテ老はそうか…と短く答えた。
「バルバトス、覚悟はいいな?」
「覚悟…か…。処刑しようとする人間に聞く言葉か?ディムロス」
「情けで聞いてやっているっ」
「ほう、情け深き上官殿だ」
ディムロスが望んだ一騎打ちと言う名の処刑は、ほとんどの人が望んだ通り、ディムロスの勝利で終わった。
処刑場となった場所のあとかたづけを本来処刑を行うはずだった兵士がしている。
それを横目で見ながらクレメンテ老はこちらに向かってきたディムロスに声をかけた。
「ご苦労じゃったな。ディムロス」
「…クレメンテ殿…。今回の件了承して頂きありがとうございます」
「…会議で決まった事じゃ。別に儂の一存だけで決まった訳じゃない」
「しかし…」
まだ何かを言おうとするディムロスをクレメンテ老は止める。
「ディムロス。その血を洗い流してから司令室に来るんじゃ。おぬしに特別辞令が下った」
「は?」
「昇進じゃ。今回の件で『手を汚した』代りと思ってくれて良い。早々、アトワイトも向こうで心配しておる。カーレル、ハロルドも待っておるようじゃから、二人とも早く顔を見せてやれ、良いな」
そう、一方的にクレメンテ老は言って、地上軍拠点へと向かっていく。
「ふぅ、ディムロス。とりあえずはお疲れさまと言っておこうか」
「…カーレル」
何か言いたげなディムロスを無視して言葉を続ける。
「さすがの君も参っているようだね。いくら相手が自分より万全じゃないと言っても…。…さすがは、バルバトス=ゲーティアと言った所かな?地上軍内で君に敵う男は彼ぐらいだと言うハロルドのデータも間違っていないようだな」
「カーレルっっ」
強く言葉をぶつけてきたディムロスを無視するわけにも行かず、今度は答える。
「なんだい、ディムロス」
「クレメンテ殿が言っていたことは、本当か?」
叫び出したいのを押さえているようにディムロスは言葉を紡ぐ。
「あぁ、そうだね。おめでとう、ディムロス。二階級飛び、君は中将に昇進だ」
「カーレルっオレが言いたいのはそう言う事じゃないっ」
「分かっているさ、ディムロス。君は自分の部下の後始末をしたにすぎない。事件を起こした部下に対する上司としての責任をとったにすぎない。そう言いたいんだろう?ディムロス」
「なら、何故?」
「元々、君が大佐で納まっていること自体がおかしかったんだ。そうだろう?すでに一個師団を率いてしかも重要な作戦の主な中心は君じゃないか。そんな君がいつまでも大佐であっては格好が付かないだろう?」
「だが」
「まだ、言いたいことがあるのかい?」
「……いや、別にいい。言ったらきりがなくなる」
そう言ってディムロスは不満そうに顔を背ける。
だが、不意に真顔になり、問い訊ねる。
「いいのか…カーレル。このままじゃ、地上軍はまっぷたつに別れるぞ」
「…クレメンテ老にも同じようなことを言われたよ。大丈夫、そのくらい、何とでもなる」
「……オレは、お前に味方するつもりでいるからな」
…ハロルド伝手に聞いていた言葉に思わず苦笑する。
「ありがとうディムロス。それよりも、その剣だけど…」
「ハロルドにいきなり渡された」
そう言いながらディムロスは剣を眺める様に上げる。
「使い心地は?」
恐らく、ハロルドが後で聞くだろうと思う事を聞いてみる。
「まぁ、悪くはないな。使い手の意思をくみ取る…。よく言えば、そんな感じがした」
なるほど。
ハロルドの実験はあらかた成功したと言うことか。
人格を投射すれば能力は格段に上昇するだろう…。
ハロルドが絶対的な自信を持っているだけはあるな。
「…なるほど。ディムロス。洗って返さないと文句を言うから気をつけた方がいい。出来れば、磨いた方も良いかも知れないかな?」
「あぁ、分かっている」
そう言ってディムロスは、刃についた血をふき取る。
その様子は、戦いがまるで楽だったかのように見えて、思わず苦笑する。
「何だ、カーレル」
「いや、何。戦いを思い出してね。ディムロス、あぶなかったじゃないか、もう少し長引けば君は負けていたからな」
そう言いながら、ディムロスの右肩を少しだけ押す。
「うっっ。う"っっ。か、カーレル、っお前っっっっっ」
そううめいて、ディムロスは剣を落し、肩を押さえる。
「気付かないとでも思ったのか?どうやら、痛み止めはきれたようだな」
「…ハロルドかっ」
憎々しげにディムロスは私の最愛の妹の名前を言う。
「当然だろう?痛み止めを作ったのはハロルドだからね。まぁ、それに、君が無意識に肩をかばっていることには気付いていたからね」
そう言った私にディムロスはがっくりと肩を落した。
降り続く雪の中。
処刑場の整備に当たっていた兵士はクレメンテのじいさんより先に出てきた。
その後に出てきたクレメンテのじいさんはディムロスとバルバトスの戦いを見て何か思ったのか、後から来るであろうディムロスを今か今かと待ち続けているアトワイトをからかうことすらせず、2、3言言っただけで、先に地上軍拠点まで戻って行く。
で、その後、戻ってきたディムロスはと言うと、心配し続けたアトワイトに済まなそうに謝り、試作品は洗ってから返すと、私に言った後、先にアトワイトと戻る。
……兄貴が…戻ってこない。
クレメンテのじいさんがディムロスや兄貴よりも先に戻るのは分かる。
けれど、ディムロスと兄貴が一緒に出てこないのは…おかしい。
何か…あった?
だとすれば…ディムロスがなにか言うはずだ。
その場で待っているのも何だと思い、兄貴を迎えに中に入ろうと思った時、兄貴の姿が処刑場から見えた。
「兄貴、何してたのよ、遅いじゃない」
開口一番に告げた言葉に兄貴は決まり悪そうに答える。
「済まないハロルド。見回っていたら、遅くなってしまった」
は?
見回ってた?
何のために?
「何の為にって…一応、ココは簡易に設置した処刑場だからね。後かたづけに似たようなものだよ」
「それは、ちゃんと係の兵士がやってるでしょ?兄貴がやる事じゃないんじゃない?」
「まぁ、そうなんだけどね…。それに考えたいこともあったんだ」
そう言って兄貴は私を見る。
「考えたい事って?」
「これからの事だよ。一人になって…少し考えたかったんだ。兄さんがした選択は間違っていなかったか…とね」
「… 間違っているとか間違っていないとか、今考える事じゃないんじゃない?結果は最後に現れるものだし、たとえ、今間違っていたと考えても、後から考えると、その事が正しい事がたくさんあるわ。大丈夫、兄貴は何も間違ってなんかいない。この私が保証するんだから安心してよ」
「ありがとう…ハロルド…」
兄貴はふぅっと一息つくそして、話題を変える。
「戦いの方は…お前が最初にシミュレーションした通りだったよ。なかなかいい感じだ。ディムロスも手応えを感じていた」
ホント?
それなら良いわね。
「でも、疑似人格でも良いんじゃないのか?」
「うーん、最初はそう思ったんだけどね…。でも、疑似人格だといつプログラムが崩壊する可能性が高いの。だったら人格を投影させちゃった方がいいわけ。あの疑似人格はディスクに組み込んだの。ディスクっていうのはソーディアンの能力アップの為におまけのようにはめ込むものなんだけど…。出来れば私としては、ディスクは能力アップの為に使用したいわけ」
私の説明に兄貴は納得する。
分かってくれたようで嬉しいわ。
「ハロルド、そろそろ戻ろう。いつまでもココにいるつもりじゃないだろう?」
「あのねぇ、私は兄貴を待ってたのよっ。全く、妹に世話を焼かせるなんてなんて兄貴なわけ?」
「済まない、ハロルド。まぁ、ともかく戻ろうか。クレメンテ老に伝えておいたから。ソーディアンの目処が立ったと」
はぁ、さっさと言ってくれちゃって。
せっかく、驚かそうと思ってたのに。
…まぁ、いいわ。
それが兄貴だもんね。