「ハロルドさん」
さっきから、後ろからついてくるシャルティエが人の事を呼ぶ。
何度も、何度も。
いい加減にしてくれないかしらっ。
「ハロルドさん?」
「何よぉ、さっきから。何度も何度も人の名前呼んでぇ。何か文句でもあるの?」
振り向かずに聞くと、不機嫌な声が帰ってきた。
「あります。大体、どうしてハロルドさんの護衛に僕がつくんですか?」
「兄貴から聞いたんでしょう?」
「…聞きました。クレメンテ老とアトワイト大佐がダイクロフトにいるベルクラント開発チームを救出に行く。その為の準備から手が離せないからですよね」
ため息を付きながらシャルティエは答える。
「だったら、いつもだったら兄貴の代りとしてついてきてくれるディムロスやイクティノスもその件で手が離せないって言うのは分かってるわよね」
「…はい…分かってますけど…」
「で、ソーディアンチームの中で、一番暇なのはあんただって言うのも分かってるわよね!!!」
「…分かってます」
「だったら聞かない!!!今日中にスペランツァまで行って予定全部おわしたいの!!!時間がないんだからね!!!」
そう言いきった私に対しシャルティエは黙り込む。
ただ、なんだかぶつぶつ言ってるけど。
あぁ、もう!!!
「何が、言いたいのよっっ。はっきり言いなさい!!!」
「ハロルドさんなんですよね。ソーディアンチームのメンバーを選んだのって…。…何で、僕をメンバーに選んだんですか?そもそも、何で僕なんです?実力って前言いましたよね。僕より実力ある人っていっぱいいるんじゃないんですか?」
「…言ったでしょ、あんたは地上軍内でも戦闘能力がトップクラスの実力の持ち主なの。ソーディアンチームの最終目標はミクトラン。巨大レンズの力を得ることが出来る人物は生半可な力じゃ倒せないわ。トップクラスの人間でないとね」
「………でもぉ…」
「もぉ、でもも、へったくれもな〜い。文句を言ってる暇があるならねぇ、護衛をしっかりとやりなさぁい!!!今回あんたを連れてきたのはねぇ、あんたのレベルアップもかねてるんだからね!!!分かってるの!!」
「あ、はい」
シャルティエはそう返事をして警戒態勢をとる。
はぁ、先行き不安。
雪が降る中、シャルティエを連れて、スペランツァへの道。
ベルセリウムの保管所と、ソーディアンを作ってくれる鍛冶屋がスペランツァにいる。
ついでに、昔すんでいた家も、スペランツァにある。
今回、スペランツァに行くのはそれだけじゃない。
もう一つあるけれど、その事はシャルティエには秘密になっている。
出かける前に兄貴は
「シャルには申し訳ないけどね…。まぁ、彼のおかげで多分上手く行くと思うけど…。ハロルド、重々気をつけてくれよ」
「大丈夫よ、シャルティエだって、そうそう弱くはないわ。ディムロスが稽古つけてるんでしょ?ついでにHRXもある。大丈夫よ。へまなんてしない。兄貴に心配かける訳にはいかないものね」
そう言った私の言葉に兄貴はつらそうに微笑んだ。
「シャルティエ、気付いてる?」
立ち止まり、シャルティエに声をかける。
「…はい、気付いてます。いつの間に囲まれたんでしょうか?視界が悪いから余計なのかも知れないですね」
地上軍拠点地からスペランツァまでそうそう遠くはない。
…けれど、今ごろは季節が変わりやすいようだ。
大人しく降っていた雪は風と共に吹雪きになってきた。
「シャル、しっかりと前衛守ってね」
「…わかってますよ」
そう言って、シャルティエは剣を構える。
モンスターの気配を感じたからだ。
「シャル、時間を稼ぎなさい。30秒でいいから」
「ハロルドさん?」
「聞こえてないの?」
襲ってきたモンスターに武器で対応しながら、シャルティエに声をかける。
「りょ、了解しましたっ」
そして、シャルティエはモンスター巨人型の魔物(種別としては亜人)のエティンに向かっていく。
エティンは巨大な棍棒をたたきつける様に振り下ろす。
モーションが大きい為、攻撃は軽々と避けることが出来る。
だが、その巨大な体から繰り出される打撃はもちろんそれ以上の物がある。
「は、ハロルドさんっ。まだですか?」
シャルティエが情けない声を上げてこっちを向く。
はぁ、冷静にこの私がエティンを観察(データ採取)してるのに、そんな情けないこと言わないでよっ。
「もう少し、しっかりやりなさいっ」
「だからって、もう、1分以上たってますよ」
あら、細かいわね。
そう言う神経質なところ直した方がいいんじゃない?
「ハロルドさぁん」
情けないシャルティエの声が雪の平原に聞こえる。
「もう、しっかりやりなさいっ!!聖なる意思よ、我が仇なす敵を討て ディバインセイバー!具現せよ、精霊の結晶!ソルブライト 至高の意思よ我らに力を 願わくば、浄化の光!彼等を救わん!」
光の上級呪文『ディバインセイバー』を唱える。
すると、4本の太い雷が太い一本に集束しながら地に光の槍を降らせる。
そして、具現した精霊『ソルブライト』は浄化の光を敵に浴びせた。
動かなくなった『エティン』からレンズを回収してスペランツァへと向かう。
「……ハロルドさん、まだレンズ必要なんですか?拠点のレンズ倉庫にいっぱいにあるじゃないですか」
「シャルティエ?もしもの時に足りなかったらあんた責任とってくれる?」
「えっ、僕がですか?そんな無理ですよぉ」
「だったら、私がレンズ拾う事を文句言わない!!!」
「はい」
ため息をつきながらシャルティエは答えた。
スペランツァではベルセリウム保管所になっている家へと向かう。
「ここは…」
シャルティエは町はずれの一軒の家を不思議そうに見上げる。
黒くすすコケた場所と…まっさらな綺麗なところのアンバランスさを持ち合わせる家を。
「兄貴と…私の家よ」
感情をいれずにシャルティエに言う。
「………ここが……ですか……」
事件の概略を知っているのかシャルティエは静かに問い掛ける。
「……だれから…聞いた?」
「…カーレル中将に…以前、学生の頃ですから…」
「……そう……」
なにか話すきっかけでもあったのだろう。
10数年前…ここで事件があった。
思い出したくもない事件。
その事件があって私と兄貴はレアルタへとやってきた。
「…今は、そんなこと話している時じゃ無いわね。さ、シャルティエ、この中にあるベルセリウム全部運び出すわよ」
「……全部ってどのくらいあるんですか?」
「剣、6本分」
「………へ?……」
「だ〜か〜ら、剣6本分!!!!1本分を約1.5キロ。×6!あんたでも計算出来るでしょ」
言いたくないのよぉ。
おもいんだからっ!!!!
「……9キロですか?や、約10キロじゃないですか!!!」
多く見積もらないでよ!!!
仕方ないのよ、柄に使って、刃にも使うんだから!!
これでも軽い方なのよ!!!
「つべこべ言ってないで、行くわよ!シャルティエっ」
鍛冶屋がいるのは町の中心。
そこまで、文句を言うシャルティエにベルセリウムを運ばせる。
とりあえず、これで第一段階は終了ね。
刃を作ったら…柄の細かい装飾は拠点でも出来るから…完成したら、みんなに取りに来させなくちゃね。
町に降る雪をみながらそんなことを考えていた。
次の日、雪は静かに降り注いでいた。
「ハロルドさん、何で昨日のうちに帰らなかったんですか?」
「…あんた、野宿したかったわけ?」
「…なんでそう、飛躍するんですかぁ?」
「…あのねぇ、あんたスペランツァについたの何時だと思ってるのよっっ!! 私は寒い夜中に帰るよりも、まだマシな昼間に帰りたかったのよっ」
「す、すみません」
私の叫びにシャルティエは情けなく謝る。
そして、スペランツァとレアルタの丁度中間点までたどりついた。
風向きが変わる。
「……っ!?」
「…っハロルドさんっ!っっっ」
シャルティエも気づき叫んだ途端、膝から崩れる。
「バカっ」
…って言ってもしょうがないのよね…。
これは…即効性の……。
そこで、意識がとぎれた。
『首尾通りいったな。後は任せた』
『お任せ下さい!!』
『これであの……を!!!』
『そのとおりです!!!!』
盗聴器から聞こえる雑音。
…首尾通りいったな…。
それは…こちらのセリフと言うものだろう。
さて、どうしてくれようか…。
ハロルドを拐かした罪。
しっかりと考えてあげないとならないね…。
「カーレルいるか!?」
インターフォンから聞こえるディムロスの声。
「あぁ、いるよ」
答えたと同時に扉が開く。
「どうしたんだい、そんなに慌てて。君らしくもない。作戦決行に関しての不備でもあったのかい?」
「違うっっ!!!!!おいっっ」
扉の外にいたのであろう人物にディムロスは声をかける。
「失礼します。カーレル中将」
入ってきたのはハロルドの一の部下ロバート=ハミル。
ハロルドが一番に信用し、そして私も信用している部下だ。
「ハロルド博士、及びシャルティエ少佐はホープ川(スペランツァとレアルタの間に流れる川)付近で消息を絶ちました」
扉を閉め、そう発言する。
「現在地は?」
「はい…現在地は…」
「まてっ!!!」
突然、間にディムロスが割り込んでくる。
「…なんだい、ディムロス」
「…現在地とはなんだ!?」
「ハロルドとシャルティエの現在地に決まってるだろう?」
「…消息をたったと今言ったんだろう?」
「ともかく、君は黙って聞いていてくれ。で、現在地は」
説明するのが面倒になったので、私はハロルドの部下に話を続けさせる。
「はい、現在地はスペランツァ側の森の中にある屋敷です」
「そうか…」
確かあそこは…シュトレーゼマンの持ち物だったな…。
「…わかった。ありがとう。君もハロルドの事心配だろうが、あのコの事だから心配はないよ」
「はい、承知してます。逆に持ち主とかその屋敷の方が心配になってしまうんですよね」
彼の言葉に苦笑いをするしかない。
彼も苦笑いをしている。
まったく、下手したら屋敷を破壊しかねない妹だからな。
「ありがとう。引き続き何かあったら報告をくれ」
「了解しました。では失礼します」
そう言ってロバートは部屋から出ていく。
扉が完全に閉まったのを見てディムロスは声を出した。
「カーレル、何故、ついて行かなかったんだ?まるで、こうなることを予測していたようじゃないか」
「言っただろう?ディムロス。私は、ハロルドに危害を与える者を許すつもりはない。たとえ何人であろうともね。やるんだったら徹底的の方がいいじゃないか。その方が後腐れないだろう。そう、思わないかい?ディムロス」
私の言葉にディムロスは頭を抱える。
「ハロルドに危害を与える者を許すつもりはない…って、そこまでは聞いてないぞ、カーレル。泳がしておくんじゃなかったのか?」
「泳がしておいたじゃないか。ハロルド誘拐という暴挙まで演出してあげたんだ。彼等は気がつかないよ。自分の策だと思って大喜びしているさ」
「すべて…お前の手の内というわけか…」
独り言の様に呟いたディムロスの言葉に何も答えず、手元の発信器を見る。
反応はない…。
「カーレル、随分ゆっくりしているようだが、助けに行かなくてもいいのか?」
「問題はないだろう?ハロルドだし」
「心配じゃないのか?!」
声を荒げるディムロスに私はうなずく。
「カーレル、自分で、ハロルドに危害を与える者を許すつもりはないって言っただろう?ハロルドに何かあったらどうするんだ?」
「大丈夫だよ。君が心配する事じゃないだろう?」
そう言った私にディムロスは腹を立てたのか乱暴に部屋から出ていく。
…問題は…ない。
ハロルド、無事でいておいで。
兄さんはお前を誰にも渡すつもりはないから。
そう…誰にもね…。
まだ、頭がぼうっとしている。
手足のしびれはない。
深呼吸をして頭の回転をよくする。
目を開けると、あれを思い切り吸い込んだのか、外はすでに暗くなっていた。
風に流れてきたのは即効性の睡眠薬。
さすがの私も、あれを回避するのは難しいわ。
まぁ、とりあえず、私は敵の手の内って言う事ね。
あ、シャルティエどうしたかしら?
首、手足、上半身、下半身にあるかもしれない異常を確認しながら、シャルティエを探す。
同じ部屋に…シャルティエもいた。
かわいそうに、床の上。
ちなみに私は悪趣味な天蓋のついてるベッドの上。
武器は…取られていた。
ただし主武器の杖。
隠し刀はちゃんとある。
身体検査はしなかったようね。
賢明な処置だわ。
シャルティエはどうだか分からないけれど。
シャルティエでも起こしますか。
「シャル、起きなさい!」
耳元で叫ぶ。
「うわあああああああ!!!!はあはあはあはあ、は、ハロルドさんっっっ!!!」
「あ、起きた。おはようシャルティエ」
「お、お、お、お、お、おはようじゃないですよぉ。び、びっくりしたじゃないですか!!耳元で叫ばないでください」
「今の状況わかってるの?」
私の低く出した声と言葉にシャルティエは緊張し、当たりを見回す。
「…捕まった様ですね。すみません、僕がいたらないばっかりに…。帰ったら、カーレル中将とかディムロス中将とか、クレメンテ老とか、アトワイト大佐とか、イクティノス少将にいろいろいわれるんですね…僕…。はぁ…」
……何考えてんのよ…こいつ。
「しっかりしなさい!!!あんたはソーディアンチームのメンバーなの、この天才の私が選んだのよっっ。あんたが情けなかったら、この私まで誤解されちゃうじゃない。だいたいねぇ、部屋に『いい上司・悪い上司の見分け方』とか『楽しい人生』とか『プレッシャーに負けない』なんて本、おいとくんじゃないわよ!!」
「な、な、なんで知ってるんですかぁ」
はぁ、ホント、情けなくって涙が出てくる。
「あれで、隠しておいたつもり?」
「ああああああああああああ」
「叫ぶなっっ!!!ともかく、今現在の状況あんたなりにきちんと把握しなさいっ」
シャルティエに活を入れて、ポケットに入っているはずのものを探す。
解析君1号。
かわいくないから2号を作ろうかとと真剣に考えてる1号。
で、隠しカメラ、盗聴器など仕掛けられていないか確認する。
センサーには反応せず。
壁にそって歩き、壁の向こう側に存在するであろう熱源反応をさがす。
…それも反応せず。
……もしかしてバカにされてる?
この、天才と呼ばれている私が?
隠しカメラも、盗聴器もマジックミラーも何もかも存在しない、なんの変哲もない部屋。
「…ハロルドさん、外の木の影に数名隠れてます。…見える範囲で15名…。見張りの数としては多くないですか?」
「…まぁ、そりゃそうでしょ。この私を誰だと思ってるの、シャルティエ君?」
「………ハロルド=ベルセリオス。我が軍が誇る天才軍師、カーレル=ベルセリオスの妹にして天才科学者。……科学以外のあらゆる分野にも精通……。すみません」
「わかればよろしい。ともかく、今はまだじっとしていた方が正解ね。この分じゃ逃げてもまた捕まるのがオチだし。それに奴らの目的は私だけじゃないし」
そう何気なしに言った言葉にシャルティエは驚く。
「え?どういう事ですか?カーレル中将への取引とは違うんですか?」
「それもあるけど、どちらかと言えば、兄貴と私を天上に引き渡すって言う方がありかもね」
「はぁ?!そんな、無茶苦茶な」
「無茶苦茶でもないのよ?元々、天上軍はこの私と兄貴の天才的な頭脳を欲していたわけだし。まぁ、そう焦ることもないわよ。とりあえず、もう少し休みましょ?」
そう言って私はベッドに戻り休む。
「なんで寝るんですか?」
「時間的に逃げるのにも速すぎるのよ。普通、逃げたり奇襲かけたりするのって夜中って相場が決まってるでしょう?」
その言葉に、シャルティエがため息つくのが聞こえた。
「…どこへ、行くつもりだ、ディムロス」
ラディスロウの入り口に立っていたディムロスに私は声をかけた。
風の音が、中にまでも聞こえてくる。
どうやら、外は吹雪になっているようだった。
「…カーレル。待っていたぞ」
「待っていた?私を?」
「そうだ、どうせハロルドを助けにいくんだろう?オレも手伝う」
「先に行ったと思っていたんだけどな」
「まさか…。部屋を出た後、お前の行動を冷静に考えたんだ。もし、ハロルドが本当に危険だったら、とっくに助けに行っていただろうとな」
ディムロスの言葉に驚く。
「お前の手元にあった、機械。あれを見てお前はハロルドは無事だと確信したんだろう」
「さすがだな、ディムロス。そのとおりだよ」
そう言いながら、私は発信器を出す。
「この発信器はハロルドのピアスに反応するように出来ている。正確に言えば、ハロルドの心拍数に反応するようにね。心拍数が一定値よりさがったら、ハロルドに何かあったと言うことだ」
「………いつの間にそんな物を作ったんだ」
「さぁ?ハロルドがね、私があの娘をあまりにも心配するからって、これが反応出したら、心配しろって…これが出てからだと遅いと思うんだけど…押しつけて行ったんだよ」
「何を考えているんだ!あいつはっ」
「本当よね。何を考えてるのよあの娘は…」
「ハロルドの考えてる事は常人では図りかねますね」
柱の影から出てきたアトワイトとイクティノス。
「アトワイト、それにイクティノス。何故、君まで」
「怪我したら、誰が見るの?大事な作戦前だって言ってるのあなた達でしょ?それに…ハロルドの事は私も心配なのよ」
「情報収集に必要です。私が以前言ったように…あなたの方が動きやすいですから…」
「すまない……」
そうして、ラディスロウを出る。
リトラー司令には話してある。
彼は短く
「そうか…」
と呟いただけだった……。
「お〜い、起きてる?」
「ん、ん〜。ハロルドさん?」
寝ぼけ眼でシャルティエが声を出す。
「あんた、ホントに寝てたの?」
「……大体ですねぇ。ハロルドさんが最初に少し寝ようと言ったから…」
「本気にして、熟睡してたわけだ。私がかけた毛布にも気付かず」
「あ"、ありがとうございます」
……シャルティエっやっぱり、どこか論点ずれてるわ。
一度、解剖してみたい対象よね〜。
ともかく、論点ずれてるシャルティエは放って置いて。
「シャル、ここから脱出するわよ」
短く告げて、シャルティエに短剣を渡す。
「ハロルドさん、これ、ハロルドさんのでしょう?どうするんですか?」
「ばかねぇ、あんた私は晶霊術で何とかなるのよ。魔法封じの気配はないから平気なの!!さぁ、行くわよっっ」
っと、その前に、耳のピアスを外して。
「何してるんですか?」
「いいからいいから」
シャルティエの疑問を無視して、ピアスを無くさないようにポケットの中に入れる。
「まずは、この扉ね。鍵は…外からかけられるようになってるのね」
だったら、壊すしかないんだけど。
いつも持ってる薬品は何故か、回収されてるし。
「壊すしかないようですね。ハロルドさん、さがってください。僕が壊します」
そう言ってシャルティエは短剣を構える。
「ハアァァァァァァァァァァッッ!!」
気合一発、短剣をふるうと扉が見事なまでに粉々になる。
「スゴいじゃない、シャル。さすが私の見立てたとおり、見直したわ」
「……見立て…と見直す…ってなんか矛盾してるような」
「なんか言った?」
「いえ、何も」
そう言ってシャルティエは私の短剣を鞘にしまう。
「ともかく、あんたの愛剣と短刀と、私の武器『ロリポップ』探すわよっ」
「武器…?あれ、ペロペロキャンディーじゃ?…」
「ちがーうっ!!私の崇高な理念と、合理性に基づいて作った武器を…そんじょそこらにある飴と一緒にするなぁ!!!」
全く、どうしてあれが飴に見えるのかしら。
かわいいじゃない。
「ともかく行くわよ、シャル」
ロリポップどこにあるのよぉ!
脱出は二の次、ロリポップが先。
私の研究の成果なんだからぁ!!!!
部屋を出て、片っ端から人を捜す。
「…やっぱり、ここは親玉のところに行った方が早いんじゃ…」
「あぁ?そんなの面倒じゃない。どうせ、もうそろそろ兄貴が来てくれるわよっ」
「え?そうなんですか?そうだとは…思うんですが…そろそろって言うのは早くないですか?普通、敵との取引とか…」
「取引やってる時間あると思ってるわけ?明日、明後日にでも例の作戦始動させなくちゃならないのに!!!!」
「すみません!!」
「そうと分かれば、ロリポップ探すわよぉ!!」
「結局それが先ですか」
「当然!!!」
曲がり角と曲がった時だった。
「…!!!!!ハロルドっっ。誰か〜、ハロルドが逃げたぞぉ!!!」
ばったりであった人がそう叫ぶ。
何よぉっっ。
「…って僕もいるんですが…。ともかくこの人は倒しましょう」
と当て身を喰らわせる、シャルティエ。
そうして、その倒れていた人が持っていた、地上軍兵士標準装備品『ゴシックソード』をぶんどる。
「これで、武器は確保出来ました。ハロルドさん、これお返ししますね。それから、あなたが手を下す必要はないですから…」
そう言って、剣を構える。
遠くから人が来るのが見える。
「援護ぐらいするわよ」
「……エンシェントノヴァはやめてくださいね」
「…あのねぇ、いくらなんでも、そんなバカな事はしないわよ。ある程度、減らしたら突破するわよ」
「はい」
私の言葉にうなずきシャルティエはかかってくる人の群れに突入する。
「三点の光、敵を貫け、デルタ・レイ!出でよ稲妻、滅殺せよ!!トリニティスパーク!」
光が敵を貫き、その光が反応を起こし、雷となり敵を焦がす。
「シャル、突破するわよ」
「はいっっ」
シャルティエから返された短剣を持ちながら、人の合間を突破する。
「どうするんですかぁ?」
「走りながらしゃべりかけないっ。今、考えてる最中なんだから!!!」
突然、人の波が消える。
何?
注意深く辺りを観察する。
「ハロルドさん……っ!ウワアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
気付いた時には大音量の爆音と、立っていられないほどの振動。
「な、何ナノよぉっっ!!!」
…って言って気付いた。
……あぁ、兄貴が来たんだ。
「……カーレル中将ですか?」
「多分ね。兄貴ってば私がこういう事すると怒るくせに、自分は平気で使うんだから嫌になっちゃうっっ」
ふらふらする体を立たせながら、私達はその場を移動する。
「…あのお」
「何よ」
「…カーレル中将と合流した方が」
「兄貴の目的はあくまでも、今回の首謀者を捉える事よ。私の救出なんて二の次よ。さ、その間にロリポップ、探すわよっっ」
「……まだ探すんですか?」
「当然でしょ?あれは、合理的な武器なのよ」
「武器に見えないじゃないですか」
「だから、合理的なのよ。わざわざ隠す必要も、なし。敵に、武器を持っていない様に見せかけることが出来るじゃない」
「でも、とられましたよね」
「なんか、言った?ピエール・ド・シャルティエ少佐」
私の言葉にシャルティエは平身低頭して謝る。
この辺でシャルティエを許して、本格的に、ロリポップを捜しに行く。
部屋を片っ端から開けていく中、最後の部屋に到達する。
大きく豪華な2枚扉。
いかにもボスがいますって言う執務室らしい部屋。
「ねえ、ハロルドさん、もしかして僕達ってカーレルさんより先にここに到達している様な気がするんですが」
「そりゃ、そうでしょ?入り口から来る兄貴よりも屋敷の途中にいた私達の方が先にボスの部屋到達するもの」
「……どうするんですか?武器」
「問題ないでしょ?あんたには、そのゴシックソードだってあるし、私には呪文がある。問題点があって?」
「……ないですね」
「でしょ?じゃあ、突入するわよ」
扉を開けるとそこには腰巾着アルバート=グレイがいた…。
ここは、スペランツァ近郊、カール=シュトレーゼマンの屋敷。
あそこから、大人二人を運び込むのに一番近い屋敷だ。
「…!!!ハロルド!!!」
「…何であんたがいるの?てっきりシュトレーゼマンがいるのかと思った」
「いつの間に出てきた!!!」
……気付かなかったのかしら、外の物音。
「…いつの間にって…普通、逃げるでしょ?大体ねぇ、捕まえるんだったら、拘束とかしておく物よ。そんなに私を傷つけるのが怖いの?まぁ、相手はあの兄貴だしね〜。兄貴と取り引きした?この分だったらまだしてないようだけど」
「カーレルとの取引は明日だ。明日にはお前は天上行き。そうして我々も天上へ行くことになる」
部屋の奥からアルバート=グレイを守るように用心棒らしき人達が出てくる。
「先の見えない、勝つことすら不可能な天上への戦いは、最初から無謀だった。それを知りながら、リトラーは戦争を天上へ仕掛けた。バカな男だよ。天上へとあがれたはずの男がだ。帝王ミクトランにわざわざ戦いを仕掛ける。これがバカと言わずして何をバカと言うんだ。ハロルド、残念だが、眠っていてもらう。天才科学者であるお前を殺すわけには行かない。我々を迎え入れてくれるミクトランに申し訳が立たないと言うものだ」
アルバート=グレイがそう言った瞬間、用心棒達が襲ってきた。
「バカはあんたよ。ミクトランがあんたを受け入れるって本気で思ってるの?地上軍を裏切って、私と兄貴を取引に天上へあがろうと考えたあんたや、シュトレーゼマンを本気で受け入れると思ったの?天上へ行ったら、あんた達、即行、殺されるわよ。あんたの様子を見るとホントに分からなかったみたいだったけど。そんな頭でね、私や兄貴と張り合おうなんて1億光年早いのよ!!!!」
襲ってくる男達を短剣で裁きながら私はアルバート=グレイにそう言い放つ。
「それにね、私を兄貴の取引に使おうなんて事も大間違いよ。悪いけど、あんた、兄貴の足下にも及んでないわ。私が遠出するのに護衛がシャルティエなんておかしいでしょ?」
「ハロルドさんひどいっ。そんな言い方しなくたって!!」
私の言葉にシャルティエは反応し話の腰を折る。
「ごめん、シャル!!ともかくねぇ、スペランツァまで来るのに兄貴が護衛に来ないはずがないって言いたいの。あんた達はねぇ、作戦を立てた時点で、もう、すでに兄貴に泳がされていたのよ」
「何!!!?」
呆然としつつあるアルバート=グレイはやっとの思いで声を出す。
「兄貴が来たわ」
「ハロルド!!!!!!!!!」
背後から兄貴の声がした。
「無事か、ハロルド!?」
「どうやら、無事のようですね」
「シャルティエも怪我はない?」
…へ?
振り向くとそこには兄貴…ディムロス、アトワイト、イクティノスまでもがいた。
「なんで、あんた達まで来るのよぉ!!!!!」
呆気にとられている私をみんなは呆れたようにため息をつき、アルバート=グレイの捕獲に向かう。
「アルバート=グレイ、カール・シュトレーゼマンはすでに捕まえたとさっき地上軍拠点から連絡があった。なにか申し開きはあるか?」
ディムロスの言葉に、アルバート=グレイは頭をたれ首を振るだけだった。
「アルバート=グレイ殿、申し訳ありませんが、あなたにはそれ相応の償いはして頂きますよ。ハロルドを拐かした罪。あなたが思っているほど、軽くはありませんから」
そう言って兄貴は穏やかに微笑んだ。
「怪我はないかい?ハロルド」
誰もいなくなった屋敷の中にはロリポップを探す私と、兄貴がいた。
「まぁ、大丈夫ね」
「全く、ピアスの反応が出た時は驚いたよ。勝手に外すなとあれ程言ったじゃないか」
兄貴がピアスのはまってない、耳に触れながらそう言う。
「…一応ね。兄貴が私が捕まってること知らなかったら、…やっぱり問題かなぁなんて思って。ヘルプですって…意味で…怒ってるわよね」
「当然だろう?と言いたいところだが、本当に無事でよかった。お前に何かあったら…兄さんはどうしていいか本当に分からなくなるから…」
そう言って兄貴は私の手を引き抱きしめ、私の髪に顔を埋める。
「兄貴?もう、ほら、大丈夫、だから」
突発的な兄貴の行動に言葉が切れる。
「…ね、兄貴」
「あまり、無茶はしないでおくれ。兄さんは、いつもお前を思っているのだから」
「うん…」
素直に、うなずく。
顔を上げて目に入ってきたのは…兄貴の赤い髪。
おなじいろのかみ。
視線を彷徨わせて…飛び込んできたのは。
「あぁ!!!あったぁ!!!」
思わず、兄貴を突き飛ばして、その場に向かう。
「兄貴、あった、ロリポップ!!!よかったぁ!!!!!」
私が精魂込めて作ったロリポップ(ヒーリングLv.2)!!!
「兄貴、大丈夫?」
「………大丈夫だ」
…何となく、怒ってたのは気のせい…?
まぁ、ロリポップ、見つかったし、良しとしよう!!!