「愚かな…。何故お前はそう苦しもうとする」
女の声が聞こえる。
何も分かっていない女の声。
あの時も聞こえた声……。
「何故、僕を生き返らせた」
ぼんやりと闇の中に浮かぶ女に僕は目を向ける。
暗い闇のそこに落ちていく感覚。
それは死ぬという感覚なんだと感じながら突然それが浮遊感にとってかわる。
突然、一人の、この白い服をまとった女が僕の前に現れる。
そして哀れみの目を僕に向ける。
「何故、僕を生き返らせた」
「…卑劣な裏切り者とののしられ、愛する者からは同情の目でしか見てもらえないお前が、あまりにも不憫に思えたのだ。だから、お前に幸福を与えようと思った」
「…幸福だと?僕にはそんな物は必要ない」
僕には幸せなんて必要ない。
彼女さえ幸せならばそれでいい。
「何故?そう言うのだ?かつてのお前の仲間達は皆、幸福を得ているぞ?愛とそして名誉を。一人は誉れ高き賢王と呼ばれ、一人は慈悲深き司祭と呼ばれる。一人はもう一人と幸せな家庭を築いている。それぞれ四英雄とよばれながら」
「そうか…」
あいつ等は幸せなんだな。
ならそれでいい。
「何故だ?愛と名誉、その両方を手に入れた彼等をうらやましくは思わないのか?お前も手に入れたいとは思わないのか?」
「………」
僕はもう何もいらない。
欲しても手に入らない。
だから、何も欲しくない。
彼女が幸せなら、それで充分。
「まぁいい。この世界を自由に動き回るといい。お前がなんと思われているかその目で確かめるといいだろう。そして知るがいい。お前がどれだけ惨めな人間なのかを。その上で、愛と名誉が欲しければ私の元へとこい。私はストレイライズ神殿でお前を待っているぞ」
「お前は…何者だ」
何も話す気力のない僕は女に名前だけ問う。
何故、この女がアタモニ神団の本拠地であるストレイライズ神殿にいるのかと思ったからだ。
「我が名は神の聖女の一人エルレイン。人々を導く宿命の者」
「一人?他にもいるのか?」
「いる。救世主を捜す宿命の者リアラ。何の力も持たず、ただ探すだけの小娘。間違ってもその娘にだけはついていくなよ。お前は我が力でしか英雄にはなれぬのだからな」
そういってその女は消えていく。
その女が吐いた言葉は気持ちいいものではなかった。
幸せなど、僕にはふさわしくないものなのに。
「ぼっちゃん、どうします?」
「……?シャル?お前、いたのか?お前まで」
「そうみたいですねぇ」
「…そう呑気に言っている場合か?」
「仕方ないじゃないですか。こうなっちゃったんですし。それより、今はいつなんでしょうねぇ?」
「さぁな。僕はあまり興味がない。」
「そんなこと言ってないで、近くの町にでも行ってみましょうよ。案外ダリルシェイドあたりかも知れませんよ?」
「あの女の口振りじゃ僕はお尋ね者だ。みすみすでていって捕まれと言うのか?」
「…捕まりたくないんですね」
「当たり前だ。あの女の思い通りに動くのは癪だがこの世界を回ってみたい」
「気になる人もいますしね」
「その事は言うなシャル」
「あぁ、はい。まあとりあえず。ここからでましょう」
相棒と共に僕は薄暗い場所から外へとでる。
どこだか見当もつかない。
ただ、青い空だけ広がっていた。