序章
世界は、いつかの時を迎える。
二人は出会う。
其れは太古の昔神々より定められていたかのように……。
まるで、運命に導かれたように…。
「…メクネス・デュナン……」
上のほうからしか光が入らない暗い礼拝堂の中に低い男の声が響渡る。
「…傍に…ひかえております…。
カルス様」
と、低めの女の声が静かに響渡る。
「…首尾はどうだ…」
「整い始めておりますが…」
男の後ろのほうで女は立って答える。
言葉では敬意を示しているが態度では…。
「そうか…」
少し考えて男はうなずく。
男は広い礼拝堂の中を足音を立てて少しだけ歩く。
「メクネス・アルティア…、メクネス・エルフィノ。
メクネス・イクール。
…メクネス・ルフィー、メクネス・カチュア…、メクネス・フィーナ」
そして6人の名前を呼ぶ。
「お主達の方はどうだ?」
と、男の問に6人の……女達…は答えた。
「…それなりに…」
「…只今準備中」
「…ご希望に沿って…」
「…苦労してます」
「…探しております」
「…あと少し、時間をいただければ…」
と…。
「…メクネス・シリウス。そなた、どこに行っていた」
静かに現われた女に男は問う。
男は知っていたのだ。
女達が、その女以外そろっていることを…。
「あんまり怒らないでいただきたいですわ。せっかく探し物見つけたのに」
女はやんわりと男に反論する。
「カルス様、全てを計画通りにするためのアイテムですわ」
夢見るように話す女に、少し気にしながら男は聞く。
「…見つけたのか?」
「えぇ、もちろん。
それは、私たちの計画には必要不可欠な人物ですわ」
と、女は答えた。
「お主達よ……、人間は、滅びるべき生き物…。滅びなくてはならないのに、恩恵を受け生き続けている」
「恩恵がなくては、私たちも…カルス様、あなたもこの世に存在してませんわよ」
そう、女が言うと男は静かに言った。
「おまえ達の望みは何だ…」
「私たちの望みなど、あなたの願望に比べれば取るにたらないものですわ。私たちはただ……」
「ただ何だ?」
「ただ…私たちの願いが叶うことを祈るだけ……。失礼いたしますわ。それでは、あなた様の大願が成就なさいますよう心よりお祈り申し上げます……」
そう言い残し、8人の女達は消えていった…。
暗い礼拝堂の中に男は一人残された…。
「おまえ達の望みなど知らなくても一行に構わぬのだ。ただ、私の願えば叶えばいいこと…。全ての人間が滅びれば良いだけのことだ…」
と、男は一人、つぶやいていた。
星は静かに回り、静かに収束する。
星の願いは永遠に変わらずに、ただ我が儘に星を回し続ける。
星の我がままの儘に星は時を刻み、いつかの時を見つけ出す。
願いも我がままも気づかずに人々は生命の営みを続ける。
願いの先を気づかずに。
いつか我が儘の果ての願いのために。
永遠の願いを見るために。
名も無き予言者はその果てを視る。
星の願いを、そのいつかの果てを。
人々は、ただ気づかずに生命の営みを続けていくだけなのだ。
その年はただ誰も気がつかなかった。
だが世界は揺らいだ。
予言者達はそこに世界のすべてを視た。
レナウルス大陸の北、神に仕える聖道士や白道士達の国家ベラヌール聖共和国。
テラスにたたずむ白道士に一人の女性…聖道士…が話しかける。
「空に暗雲が立ちこめることが多くなってますね…ベラヌール法皇」
テラスにたたずむのは白道士達の頂点である法皇ミリオン13世。
ここは法皇が住まうベラヌールの首都ラショワの聖堂。
「エスナ、何を案じておるのだ。そなたが気にすることなど何もない…全てはあの方の意思のまま動き出すのだ」
と法皇は聖道士に話す。
「全ては…トゥルーラのルモイ・カミシホロの代表代理がそう申されたのだ…」
そう言い法皇は不安気な聖道士を残しテラスから出ていった。
女神は何を望むのか。
何が故に生を受けるのか。
世界はそれが故に揺らぐのか。
世界を支えるべくある礎はただ揺らぐ。
それは女神の願いか……ただ誰もわからず、予言者達は未来を見つめる。
中央大陸より南にあるトエルブス大陸、魔道国家トゥルーラの森が背後に忍び寄る首都ルモイ。
その中心、ルモイ・カミシホロ。
道士協会の総本部。
「……あれから五年……。全てが始まるのか……」
賢者はつぶやく。
トゥルーラにその人ありと呼ばれた知識人。
そのつぶやきを聞いた傍らにいた聖道士。
予言者でもある彼女は静かに答える。
「そうです。全てが始まります。それを彼らは選択する。そのための準備を先達はしてきたはずです。私たちのために……いえ、彼らのために……」
「彼らのためか……。星だけがかなえることのできる願い。……彼らが、我々が願う願い……。滅びる運命か……先もあるのか……」
「彼女ならば……どう願うでしょうか」
今はここには居ない少女を思い出しながら聖道士は賢者の答えは求めずにそっと問いかけた。
星の願いは女神の我が儘。
星は女神の我が儘に答える。
聖堂国ベラヌールがあるレナウルス大陸と、商業都市ハイリアのあるコーラルス大陸はスクードの小径によって地続きとなっており、二つの大陸を通常、中央大陸と呼ぶ。
その中央大陸より北東の大陸、リスブルク大陸。
先の二大陸よりは面積は狭いが、大国が一つ存在している。
聖道王国ラヌーラ。
「聞いたか?黒の魔道士がこの街にいるそうだ…」
「あぁ。黒の魔道士の噂はすごいからな」
「黒の魔道士の噂か…。女の魔道士で、正規の魔法は使わず特異な魔法を使うそうだ」
いま、この街の酒場では黒の魔道士と呼ばれる女魔道士の話で持ち切りである。
「…だから団体専用の魔道士なのか?ま、オレたち個人相手にやってるとは大違いだな」
「まったくだ」
「ははは」
ここは、ラヌーラのの小さな街ツキサムの酒場、ツキサム・カムイ。
街に一軒しかない酒場のおかげで街がにぎわっている。
ただし、その酒場が普通の酒場であったら、このようには栄えなかったであろう。
そこには、魔道士協会の支部が置かれていているからだ。
魔道士協会とは、魔道士と呼ばれる、魔力を使う道士を一括登録管理しているところである。
ちなみに、この団体に入るには地域別にある免許センターでライセンスを取らなくてはならない。
ライセンスは、CランクからB、A、S、SSと、分かれているのである。
そして、ライセンスを得た魔道士は合法的に街ごとにある酒場で仕事を請け負うことができるのである。
種類は人、物探しから果ては殺人、テロの手伝いまで……。
依頼内容は多岐に渡って幅が広い。
「…ルイセ・ケイ・エシルさん、支払の領収書です。銀行にて確認してください。なお、紹介、斡旋料として5分の一ほど引かせていただきます」
と、窓口の人に言われると黒い髪に黒い瞳、服装まで黒ずめの彼女はうなずく。
ルイセ・ケイ・エシル。
一年ほど前に登録したばかりののSSクラスの魔道士。
彼女は『黒の魔道士』という色称号の持ち主。
気がついた者はすぐに魔道士協会を仕切っているハーシャに問い合わせすれば称号持ちと判明。
すぐに登録されたのは言うまでもない。
「やあ、ルイセ。仕事の様子はどうだい?」
酒場から出てきたところを一ブルーブラックの髪と瞳の男に彼女は呼び止められる。
「マリーチ、久しぶり。こんな所で会うとは思わなかった」
と、友人であるマリーチ・ドゥ・アルファの出現に彼女は驚く。
「ルイセ、仮にも召喚士の俺にそう言うつもり?」
「だって、この辺には用事ないでしょう?エカルマ周辺の町で会うならわかるけど、ここはエカルマの反対側だし」
「まあね、っていうか俺は君を捜しに来たって所かな?」
そう言ったマリーチの言葉にルイセは首をかしげる。
「でも、よくわかったね、あたしがこの辺に居るって」
「ターナにね。まぁ、そのあたりも俺が追ってきた理由になるんだけど」
「理由?」
「ランデールの女王から依頼受けたんだよ、俺とお前が」
「は?」
マリーチの口から出た意外な人物の言葉にルイセは驚く。
「何で?聖道王国の頂点である白の乙女(ブランシュ・ラ・ヴィエルシュ)の女王の依頼がわざわざ、魔道士と召喚士に?」
「まぁ、依頼内容は逢ってから話すって言うらしいんだけど」
「でも、何でマリーチが先に知ってるのよ。ギルドからの依頼なら直接あたしに言ってくれればいいものを」
「俺がハーシャに帰ってたら、カルロが俺に言ってきたんだよ。さすがのあいつもランデールの女王からの依頼は断れないみたいでさ。お前を見つけることができたのもそんなところ」
マリーチの言葉にルイセはそれまでの経緯を納得する。
「なるほどね、カルロが直接持ってきたんだったら…あたしの居場所もすぐにわかるか……。現在の受けてる依頼を確認すればすぐにわかるってやつか…」
「そう言うこと。っていうか、お前と付き合ってるせいでどうも俺まで有名になってるんだけど……黒の魔道士みたいな悪名は欲しくなかったなぁ」
「あ、あたしだけのせいじゃないでしょう?もう、それより女王依頼かぁ。国家か法人か。どっちにしろ依頼料は悪くはないわね」
「お前、結構稼いでいるんだろう?女王からだからってあんまりがめつくなよ?」
すでに依頼遂行時の青写真を描いているルイセにマリーチはため息をついた。
「良いじゃない、夢ぐらい見たって〜。さ、さっさと行くわよ、エカルマに!!」
世界は病んでいる。
だからこそ、人々は願う。
女神の出現を。
女神は、人々にとって希望なのだ。
ランデール首都エカルマ。
ルイセとマリーチはエカルマの王城に居る。
目の前にいる赤褐色のマホガニー色の髪に栗色の瞳を持つエスナ・ラヌーラ・ジョーカー。
ランデールの女王であり、国家法人聖道士協会エカルマ・ケトイの代表でもある。
「……ここに来られたと言うことは、私の依頼を受けてもらえると、解釈してよろしいのですね」
「まずは、依頼内容を。多少の事ではお断りいたしませんが」
ルイセは目を伏せて言葉を発した女王の問いに答えた。
女王のギルドを通さない依頼はいつの間にかギルドを通っており、正式にルイセに依頼を要請していた。
だが、そこにも依頼内容は書かれてはおらず、結局の所女王に会うしかなかった。
「……実は、アリーナ・ラヌーラ・ニールが居なくなったのです。依頼は彼女を捜す事」
「アリーナ王女、エカルマ・ケトイの代表代理であり、次期王位継承者ですね」
マリーチの問いにエスナ女王は頷く。
「彼女は、私がベラヌールへと出かけたあと、行方がわからなくなったのです」
そう言いながら、エスナ女王は北側に備えられている窓を見る。
「心当たりがあるんですか?」
ルイセが静かに聞くとエスナは窓の外を見ながら言った。
「…エカルマの…森です」
窓の外に広がる森を見ながら…。
「この窓の向こうに見える森全てがエカルマの森です。ご存じでしょう?エカルマの聖地を『風のエカルマ』。アリーナは、あの森に向かいました。どうか、私の代わりに、娘を、アリーナを探してはもらえないでしょうか」
そう言った女王はその日初めて、母親の顔を見せた。
女神は希望。
なぜならば、彼女は願うから。
そして星は彼女の願いを叶えるから。
だが人々は願いを知らない。
彼女の願いを。
エカルマの森。
一人の栗色の髪と瞳を持つ聖道士がどこかを目指して歩いている。
だがその姿はまるでさまよっているようにも見える。
「母様、あなたは私では見つけられないとおっしゃった。でも、今見つけずにいつ見つけると言うのです……」
背後にある城を見つめ彼女はつぶやく。
『ズズズズズズズズズズズズズズ』
地の中を進む響き。
ナニカガクル
その時だった。
「そこの聖道士、逃げた方が良いわよ」
ふと、上のほうから声が聞こえる。
「聞こえなかったの。巻き添え食らっても知らないから」
そして、何が何だかわからないままだれかに抱きかかえ上げられる。
次の瞬間瘴気と共に怪物が出てきた。
怪物というより巨大な緑色をした芋虫と言った方が正しいかもしれない。
(……キャ…キャリオンクローラー…)
アリーナが声なき声の叫びを上げたときだった。
「太陽の光よ、今わが手より放たれよ(リヒトソナ・ストロジェスト・メイナハンデン) ライトニングアローライトニング・アロー!!」
光の矢がキャリオンクローラーに向かったかと思うと立て続けに呪文が聞こえる。
「ベートを解し、水星を通す、ケテルビナー。マジシャンよ4つのエレメントを創造せよ。マジックアロー!」
と、声が響き魔法の矢がキャリオンクローラーに命中する。
『ギュオォォォオォオォオオオォオォオオオオオォオオオォオオオ』
キャリオンクローラーの叫び。
「あんまり効いてないみたいだぜ。やっぱマジックミサイルじゃ弱いんじゃないのか」
「確かに…どうしよう?」
聖道士を抱えている人物、マリーチ・ドゥ・アルファともう一人ルイセ・ケイ・エシルが会話を始める。
「しかし、何にも聞かされないで森に送り出されるなんて思っても見なかった。キャリオンクローラーのこと絶対知ってたわよ。女王陛下は」
「まぁ、そう言うなよって…。もしかしたらルイセに別料金とられたくなかったんじゃないのか?」
そう言うマリーチをルイセはキッとにらむ。
「さて、問題はキャリオンクローラーだよね…マリーチ、良い案考えて。礎強化版のキャリオンクローラーの攻略法」
と、ルイセがマリーチに聞いたときだった
自分を抱きかかえている主ともう一人が会話を始める。
「他の地では存じませんが、この地のキャリオンクローラーには炎が効くと聞いたことがあります」
聖道士がマリーチに言う。
その言葉にルイセとマリーチは驚き一つの疑問が浮かび上がる。
いったいこの聖道士は何者だろう…と。
しかし、それを考える時間を少なくともルイセには与えられなかった。
なぜならキャリオンクローラーが戦闘体制に入ったからである。
「…ヘット・ヌン・ペーを解し、巨蟹宮と天蠍宮の火星を通すビナーケブラーよ。崩壊という名の勝利とともに炎よ戦車となりて狙いしものに終末を与えよブラックリング」
と、唱えながらルイセは戦車と死神と塔のカードをキャリオンクローラーに投げつけた!
『グルギュウウウウゥウゥウゥゥゥウウゥウウゥゥゥゥウウウゥゥゥウウ』
と言う断末魔の叫びにも似た声とともにキャリオンクローラーは黒い炎に包まれたかと思うと跡形もなくなってしまった。
「知らなかった……。タロットって暗黒系の魔法もあるんだ…」
地に降り立ったマリーチが驚いたように言う。
「見せたこと無かったっけ?タロットには正位置と逆位置があるんだから暗黒系も聖光系もどっちでもあるの。で、聖道士さん」
と、ルイセは聖道士に話しかける。
「あの、先程はどうもありがとうございました」
「そんなことより、ここは、危険な森。キャリオンクローラーばかりじゃない、ほかにもたくさん危険なモンスターがいるわ。たぶんどこかににある礎にひかれてだと思うけど…。ともかく貴女のような半人前の聖道士が来るようなところじゃない」
「ルイセ…それは言いすぎじゃないのか?失礼お嬢さん、オレ…いや私はマリーチ・ドゥ・アルファ。召喚士協会所属のSランクの召喚士。彼女はルイセ・ケイ・エシル。魔道士協会所属のSSランクの魔道士です。私たちは人探しの最中で…」
と、マリーチが丁寧に自己紹介をする。
「あたしの言ってることは正論です。ん?まさか〜」
マリーチの丁寧な言葉遣いに対しルイセは面白そうに笑う。
そんなルイセの様子に無視したようにアリーナはマリーチの話を聞く。
「黒魔道士と召喚士……。私はこの森にあるといわれる聖地を探しています…世界の礎の一つ、風のエカルマ。私は聖道士協会の国家支部エカルマ・ケトイの代表代理、アリーナ・ラヌーラ・ニール。クラスはAランクの聖道士ですわ」
その言葉に、ルイセとマリーチは顔を見合わせる。
「この半人前の聖道士が…アリーナ・ラヌーラ・ニール?依頼終わったのはいいけど…なんか面倒な予感」
「まぁ、案外当たってるかもな、その予感。次の依頼はお姫様を伴っての礎探し?」
マリーチの言葉にアリーナの顔色が変わる。
「…マリーチさんと言いましたわね。女王陛下に伝えてください…。私は聖地を探すので帰りませんと」
「そうは、いかないのよ。あたしの報酬はどうなるの?あなたを連れて帰らないと報酬がもらえないの」
そうルイセがアリーナの言葉に反論したときだった。
突然の揺れ。
「キャー」
アリーナがたまらず叫ぶ。
「まさか、この揺れは…」
「当たり」
その揺れ方はさっきと同じ揺れ方。
そう、キャリオンクローラーが現われた時と全く同じ。
「キャリオンクローラー!!」
現われたと同時に三人は声をあげ、次の瞬間には木の上に飛び乗っていたのだ。
「大丈夫ですか?アリーナ
アリーナの震えに気がついたのかマリーチは丁寧に声を掛ける。
「もう一体居るなんてね。代表代理、あなたご存じだった?…キャリオンクローラーが2体いること」
ルイセが聞くとアリーナはゆっくりと頷く。
「ルイセ、アリーナを責めるつもりか?」
非難めいて言うマリーチをアリーナが止める。
「…構いません。1体は情報があったのです。でも……2体ともども出て来ることはなかったので……」
アリーナは神妙な面持ちで言う。
「アリーナ……。あなたが悪い訳ではありません」
マリーチは落ち込むアリーナを慰める。
「マリーチ、あのキャリオンクローラー怪我してる。しかも、傷口がまだ新しい」
ルイセがキャリオンクローラーの生々しい傷跡に気付く。
それは、ただの傷跡ではなく剣による傷であった。
突如、キャリオンクローラーが身を翻す。
何かを見つけたらしい。
ルイセがその何かを探すと、それはあった。
というよりいたというほうが正しいであろう。
銀の兜、銀の鎧を身にまとっている騎士と呼べるであろう人物。
手には、大振りの剣…バスタードソード…を握りキャリオンクローラーに斬りかかろうとしている。
「…銀の…聖騎士?」
アリーナはその騎士をそう呼んだ。
「…知り合い?」
ルイセの言葉にアリーナは答える。
「いえ……。昔、ランデールに銀の聖騎士と呼ばれる男がいました…。常に銀の鎧を身にまとっていたからと聞いています。彼の名はバヌア・エルバート・リクーム…。でも彼は18年も前にランデールから…」
と、アリーナは言う。
その視線の先にあるのは銀の聖騎士。
聖騎士は、キャリオンクローラーから伸びる触手を切り払っている。
「なるほど…でも、そんなこと話している暇はなさそうだぜ。ルイセ、あの聖騎士やばいんじゃない?」
マリーチは必死に応戦している聖騎士を見ながらいう。
触手は切り払っているもののキャリオンクローラーには近づけない、むしろ無数を交わすのに精一杯のよう。
その言葉にルイセは一つ微笑みながらいう。
「銀の聖騎士さん、助けてあげる」
「どこの誰だか知らないが手出しは無用…」
「そんなこと言わずに、ヌンを介し天蠍宮を通るティファレト・ネツァク。悪魔の呪縛よ、鎖となれ。デビルロック」
ルイセがタロットカードを投げつけた途端にキャリオンクローラーがもがき始める。
「次っ、ヴァヴを解し、金牛宮に至る、ネツァク・イエソド。法皇の笏、戦う者に、炎の力を」
そして、タロットカードを銀の聖騎士に投げつけると呪文により剣が真っ赤に燃え始めた。
「銀の聖騎士、これで剣に炎が宿ってるはず。今のうちにキャリオンクローラーを!!」
ルイセの言葉に銀の聖騎士は頷き、薙払うようにキャリオンクローラーを切る。
『グルギュウウゥウゥゥウウゥゥゥゥウウウゥゥゥウウウウゥウゥウゥウ』
それが致命傷となったのかキャリオンクローラーは倒れていく。
「ペーを解し火星を通す、ネツァク・ホド。死にゆく肉体に崩壊の装飾を。デスリボン」
ルイセが再びカードをキャリオンクローラーに投げるとかすかに息のあったキャリオンクローラーは跡形も無く消えていく。
「銀の聖騎士…まさかバヌア・エルバート・リクーム?」
木の上からマリーチとともに降りたアリーナは銀の聖騎士に言う。
「なぜ…父の名を……あなたは」
そう言い聖騎士は甲を脱ぐ。
長い銀の髪…そして…紫の瞳…いや…赤紫の瞳といったほうが正しいか。
光線によっては赤にもみえる…。
「私は、その息子のガイ・エルバート・シルアです。父のことをご存じということは、ランデールのいや、エカルマ・ケトイの代表エスナ・ラヌーラ・ジョーカーの関係者ですか?」
と。
その言葉にアリーナはうなずき言う。
「私はエカルマ・ケトイの代表代理、アリーナ・ラヌーラ・ニールと申します。代表が、あなたのお父様であるバヌア・エルバート・リクームをお捜しです。失礼ですが、お父様は今どちらに…」
アリーナの言葉にガイはうつむきそして悲しそうに言った。
「…父は死にました…。そのことを代表に伝えに来たのです」
と。
しばしの沈黙が4人の間を走る。
が、ふと気がついたようにガイはルイセに問う。
「タロットを使う魔道士…。まさか黒の魔道士…」
「よくご存じで…」
そう言いながらルイセはにっこり笑う。
「わたしの名前は、ルイセ・ケイ・エシル。こっちは召喚士のマリーチ・ドゥ・アルファ」
ルイセはそう挨拶するとガイに握手を求めた。
なぜか、そうしたかったのだ。
ルイセはガイに触れたかったのだ…。
それは他愛もない願いなのだ。
誰もが願う、他愛もない願い
「あなたの噂はよく聞いている。道士協会に所属している者の中で一番の有名人ですしね」
「悪名高き、ルイセ・ケイ・エシルってとこかな」
「マリーチ!」
ルイセはマリーチの言葉に反応する。
そんな二人を見るガイは、ルイセの何気ない視線を感じた。
心の中で何かに気付きながら…
世界は震えた。
その震えがなんなのか、星だけが気がついている。
その願いの果ての約束を。
その行方を……。
年が明ける。
彼らの覚醒めを名も無き予言者達は気がついていた。