遠くを見つめる目線は探していて。
その笑みはどこか憂いを含んでいて。
見る度に心が締め付けられて。
誰かの者になればいいと願いながらも誰かの者にならないで欲しいと願っていた。
「ただいま。海坊主さん、美樹さん」
カウベルを鳴り響かせ少年はマスター夫妻に声を掛ける。
少年と言っても、今年成人を迎える。
その喫茶店のマスター夫妻は少年から見ても仲のいい夫婦だった。
二十歳になる少年が居るというのに、いつまでも仲がいい。
少年には両親がいない。
そんな境遇の少年をマスター夫妻は引き取って面倒を見ていた。
少年の両親はマスター夫妻の友人だった。
親友に近いと言っても過言ではなかった。
夫妻は少年に両親は事故で死んだと話していた。
少年が物心つく頃にそう教えていた。
少年はおぼろげに母親の事を覚えていたからだ。
記憶が良かった父親の血を強く引いているのだろうか。
少年は見た目にも父親に似てきてでもどこか父親とは違う雰囲気を持っていた。
夫妻は少年を両親が作り上げていた世界から隔離した。
その方が少年の為でもあったしまた夫妻の為でもあった。
夫妻には子供がいなかった。
だから少年を引き取ったのかも知れない。
「ハイ、撩二元気?」
「元気だよ、冴子さん」
少年…撩二は派手な爆音を鳴らしてやってきた冴子に返事する。
「撩二も、もう二十歳か……あたしもおばさんになる訳よね」
「何言ってるのよ、冴子さんだけじゃないんだから」
「そうよね」
美樹と冴子は互いに年について慰め合う。
もう20年なのだ。
「で、話って何?麗香と唯香は来れないけれど」
「見て貰いたい物があるの」
そう美樹はディスクを見せる。
「……DVD?」
「えぇそうよ」
美樹はそう言ってディスクをセットする。
その間に海坊主は入り口の札をCLOSEに変える。
「見た瞬間に驚いたわ。ミックも唖然としてた」
今この場にいないアメリカ人の名前を美樹は出す。
「どういう事?」
「見れば分る。その前に一つ良い?」
美樹は撩二の顔を見る。
「何、美樹さん」
「知らなくて良いことと知った方が良いこと。世の中にはそんなことだらけだわ。でも、あなたは知った方が良い。知って欲しい。彼らのことを」
「どういう事?」
「……あなたの両親の事…このディスクはあなたの両親の事が入っているわ…」
美樹はそう、呟いた。
撩二は大きく椅子をならしその場から自室に駆け込む。
どうしていいか分らなかった。
撩二はひどく混乱した。
海坊主と美樹が両親でないことは知っていた。
血液型も違っていたし見かけもそうだし、本人達から聞いていた。
でも心のどこかで願っていた節もあるが死因を知らない両親が実は生きていて、現われることも願っていた。
彼には心に浮かぶ風景がある。
彼の目線は低く、それを下から見ていた。
すぐ真下と言ってもいいだろう。
遠くを見る彼女の目線。
それは誰かを捜しているようで。
じっと見つめれば見つめ返してくれる笑顔は憂いを含んでいるように見えた。
「母さん……父さん」
そっと呟いてみる。
撩二は意を決して部屋の扉を開ける。
あのディスクを見よう。
最後まで見て両親の姿を見届けよう。
今自分は幸せだと言える。
だから幸せだと伝えられるように彼らの姿を見よう。
この広い都会のど真ん中でひょっこりと会うのかも知れないのだから。
撩二は読めば分るけど、香と撩の息子。撩そっくり。
ちなみに最初のモノローグは……撩二の目線ではありません。撩の目線。
ビデオの内容は……まぁ、そのうち……いつか?(^_^;)