香が呼ぶ。
「ん?」
「どうしたの?」
考え事していた事をさとられたようだ。
この所香は俺の『そういう様子』を機敏に悟るようになった。
都合の悪い時もあるが、それでも悪くないと思う事もあり。
「撩?」
「…何でもないさ」
とそれでも誤魔化す。
そして、さっきの事を思い出す。
「出てこいよ。隠れてても無駄だぜ」
軽くたたいた言葉に影から姿が現れる。
「……やはり、あなたでしたか」
低い声が独特の抑揚をつけて俺に声をかけてくる。
金色の髪に、目立つのはその仮面。
そしてニヤリとかたどらせた口元。
「仮面をかけた暗殺者。…ル・クルーゼ。まさか日本に来ているとはな」
「こちらも驚いているんですよ。裏社会No.1の男シティーハンターがプリンセス・カガリのボディーガードをしているとは」
わざとらしくクルーゼはしゃべる。
「何のようだ?」
とぼけて俺はクルーゼに問い掛ける。
「仕事です。お互いに忙しいようで」
「…別に、忙しいほど、俺は仕事にがっついちゃいないがな」
「裏社会No.1の地位は誰でも狙ってくる。あなたはあぐらをかいてそこに座っていれば、貢ぎ物は簡単にくると言う訳か……」
「貢ぎ物ねぇ………。嬉しくない鉛玉だけどな」
おれの言葉に奴は笑う。
「さて、困ったものです。あなたがいるという事は計画を変えざるを得ない」
そう言って奴は携帯を取り出す。
「ディアッカか?私だ。我らがザフトの裏切り者には会えたのかな?」
裏切り者?だと?
「計画は変更だ。言いたい事があるのなら後で聞こう。少しばかり厄介な事になったんだよ」
そう言いながらクルーゼはおれの方を見る。
「さすがは、私の部下だ。裏切り者とは大違いだな。では、後ほど合流をしよう」
わざとらしく言葉を紡いでクルーゼは電話を切る。
「さて、シティーハンター。私はここで失礼させていただこう。あなたがいるとなると少し難しい」
「このまま行くつもりか?」
「こんな所で、やり合う神経の持ち主ではない。そう判断したのだが」
「食えない奴だな。ラウ・ル・クルーゼ。ザフトに入っていたとは思いもしなかったぜ?」
「哀願された。とでも言っておこう。無能な男が私にザフトに入るように言ったからな」
そう言ってクルーゼは消えていく。
電話のやり取りはわざと聞かせたか………。
ザフト…それから、裏切り者。
………ねぇ。
気分が優れないといったカガリとアレックスをそれぞれ客間へと案内して。
あたしには撩に聞きたい事があった。
少し気になってた事。
今回の依頼。
『カガリの護衛』のはずなんだけど。
カガリはあまり生命を狙われているという危機感がなかった。
その立場故に、慣れていると言ってしまえばそれまでかも知れないけれど。
でも、それでもどこかに違和感があった。
依頼人はアレックスじゃなくってカガリ。
リビングで入れたばっかりのコーヒーを飲んでいる撩の隣に座りながら聞いてみる。
「撩」
「どうした?」
「あのさぁ、本当に狙われてるのはカガリじゃなくって…」
あたしの言葉に撩は苦笑いを浮かべる。
「気付いたか。まぁ、お前が気付いたぐらいだ。あいつも気付いているだろうな」
あいつ?
あいつって……。
「アレックスが?」
「あぁ。ついでに言えばあいつの本名はアレックス・ディノじゃない」
え?
アレックスじゃない??
「気付いてなかったのか?カガリが何度かアレックスの事をアスランと呼んでいた」
そう言えば………。
言われてみて気が付く。
カガリはとっさの時アレックスの事をアスランと呼んでる。
でも……。
「……彼は、アレックスは何者なの?カガリはオーブの王女でしょう?彼女が狙われる理由は何となく分かる気がするんだけど」
「アスラン・ザラ」
「え?」
「ザフトが来てるって事ではっきりしたが……」
「……ザフトって?」
「プラント軍の特殊部隊の事さ。元っていった方がいいか?あの戦争でプラント軍は再編成されたらしいから」
撩はそこで一息つき話を続ける。
「おそらく、アレックスの本名はアスラン・ザラだろう。関係者でアスランといえばそれいがい当てはまらない。奴はプラント大統領であるシーゲル・クラインを国外脱出させた人物だからな」
撩の言葉にニュースになっていた事を思い出した。
当時、クライン大統領が日本に亡命した事は一大ニュースになっていたのだ。
「ザラといえば、プラント軍の将軍パトリック・ザラを思い出す」
「……まさか、彼はパトリック・ザラの息子?」
パトリック・ザラはプラントとオーブの戦争の元凶と言われている。
「そう考えれば、アレックスが狙われる理由も納得する」
「なんで?」
「わからないか?2年前までオーブとプラントは戦争をやっていた。そしてカガリはその戦争を終結させた一人。劣勢だったオーブ軍を優勢に持っていったのはクライン一家を国外へと脱出させた人物の力だという」
「じゃあ、彼は…」
「プラント軍特殊部隊『ザフト』、最も、今はパトリックの私設部隊に成り下がってるが…。そこに裏切り者として狙われている。おそらくこんな所だろう」
カガリはそれを知っていて、アレックス…アスランの護衛をあたし達に頼んだってことか…。
「だろうな……」
撩は息を吐き出すように答えた。
「……さすが、ですね。予測でそこまで推理を組み立てられるんだから……」
気が付くと入り口にアスランが立っていた。
「盗み聞きとは、趣味が悪いな」
「俺の話をされてるんじゃ気にもなるでしょう。あなたのいう通り、俺の名前はアスラン・ザラ。プラント軍特殊部隊『ザフト』の一員でした。俺が狙われているのは気付いてました…。でも、カガリにはそれを気付かれたくなかった……」
「どうして?」
「決まってるでしょう?彼女に危険が及ぶ。俺は本来は彼女の側にいてはいけない人間なんです。カガリは国民から慕われている王女。戦争が終了したとはいえ、俺は敵軍のしかも特殊部隊の人間だった。しかも父親は今は追われていてもプラント軍の元将軍。分かりますよね」
アスランはそう自嘲気味に言う。
「俺が気付いている事を、彼女には知らせないで欲しい。よろしくお願いします」
「待って」
リビングを出ようとするアスランをあたしは呼び止めた。
「…何ですか?」
「あなたが知らなくても、彼女はあなたが気付いている事を多分知ってると思うわ」
「………」
あたしの言葉にアスランは黙る。
「彼女にそれでも隠すつもり?他人から聞かされるのって結構つらいのよ。隠したいっていう気持ちも分かる。でも、他人から知らされる、聞かされるよりは、本人から聞きたいって言うのが普通じゃない。本当はカガリも知りたかったのよ。一番側にいるはずなのに、遠くにいる気持ちになるんじゃないの?」
あたしが抱いていた気持ち。
パートナーとしてあたしはずっと撩の近くにいた。
でも、撩は教えてくれなかった。
いろんな事。
小さい時の事、何を考えてどうやって生きてきたかの事。
ほとんど他の人から聞かされた。
あたしにはそれが悔しかった。
「じゃあ、どうしろって言うんですか」
アスランはそう叫ぶ。
「俺は彼女の側にいちゃいけない人間なんですよ。そんな人間が彼女に何が言えるって言うんですか?何を言えって言うんですか?」
「言わないのもいいと思うさ」
って、何を言い出すのよ撩っっ。
「サエバさん…」
「お前がそう判断したのならそれでもいい。後で必ず後悔する時が来るかも知れない。自分で言えば良かったってな。それでもお前がそう判断したらオレ達が言うことじゃないさ。カガリは怒るかも知れないけどな」
「おせっかいですか?」
「ま、そういうこったな。おんなじ経験した人間のって奴?」
………撩。
そう思ってたの?
そっか……。
なんか意外な時に撩の気持ちが分かって何だか不思議な気持ち。
「そうさ、こいつは口うるさいだけでなにも言ってくれない。一人でぐるぐる考えてハツカネズミみたいな奴なんだ」
「カガリ」
今度はカガリ。
どうやら彼女はアスランが入ってきた後に入り口の所に来たみたいだった。
「お前も盗み聞きか?」
「違うっ入ろうと思ったら聞こえたんだ。入れる雰囲気でもなかったしな」
そう言いながらカガリはリビングへと入ってくる。
「…アスラン、最悪な状況だ。今、情報が入った。ガモフが日本に来ているらしい」
「ガモフがっ?」
アスランは驚く。
え?ガモフって何?
「ガモフって言うのは、ザフトの特殊戦艦か?」
ザフトの特殊戦艦?
ザフトってプラントの特殊部隊よね……。
「ラウ・ル・クルーゼがいる時点で気付くべきだったがな」
「クルーゼ隊長……ラウ・ル・クルーゼ。会ったんですか?」
「あぁ。さっき、お前と二手に分かれてからな」
「二手にって…狙ってきた人が二人いたの?」
「そう。俺はラウ・ル・クルーゼとかち合ったのさ。そいつは間違いなくカガリお前を狙っている」
「だろうな。私の元婚約者がクルーゼと共謀しているのは知っている。情報も入っていた。そして、ザフトがアスランを狙っていると」
そう言ってカガリは心配そうにアスランを見た。
「なぁ、アスラン、皆心配しているんだ。一人で何もかも背負おうとするな」
そう言って。
「ディアッカ、裏切り者には会えたのかな?」
「隊長っ、隊長は知っていたのか?」
「何を、かな?」
「決まってる。カガリ王女の護衛がアスランだという事だ!!」
「確かに、正直言うと、私は彼がオーブにいると予測はたてていてもそれを信じたくはなかった。アスラン・ザラという人間はとても優秀で我々を、お父上を裏切るような人間じゃなかった。だが、彼は我々を裏切った。
ディアッカ、一つ聞くが…国の裏切り者は普通何処に逃げる?」
「……敵国っ」
「その通りだよ。そして彼は要人だ。敵国にとってこれほどの人質はいないだろう。だから彼はカガリ王女の護衛と見せかけて彼女に見張られているのだよ。ジャンヌ・ダルクに」
「おそらく奴らは待ちかまえているだろうな」
撩の言葉にアスランはうなずきカガリは首をかしげる。
「情報を流したから?」
あたしの問いに撩はうなずく。
「何故!?」
「分からないか?ザフトは特殊部隊だ。そんな部隊の情報が簡単に漏れると思うか?」
「私に教えてくれたのはキラ……プラントの内部にいる奴だ」
「あいつだったら…ザフトの情報は簡単に手に入る」
「だったら情報自体は信憑性は信じても構わないさ。本当にガモフが日本に入ってきてるんだろう。が連中に会ってすぐに情報が入ってきたって事は、確実に誘い込む為の罠だって事さ。俺が絡んできてるって事を知って奴さんは持ち出したのさ。もちろんカガリ、お前さんの性格も考慮した上でだ」
「どういう意味だ、サエバ!!!」
「お前、ガモフが入ってきてるって聞いてどうしようと思った?」
「決まってる。現在のザフトはプラントから反逆罪として追われている。そんな奴らに生命を狙われているのならなおのこと、乗り込んで…………っっ」
「な?相手はお前の性格を考えた上で情報を流したのさ。ラウ・ル・クルーゼの狙いはカガリ、お前とアスランだ。お前が出てきゃあ当然、アスランもくっついてくるだろう?」
「不本意だが」
と付け加えてアスランはうなずく。
「でも、どうするつもり?このままっていうわけにもいかないと思うけど」
いつまでも隠れている訳にはいかない。
カガリはオーブの国の王女なのだから。
「まぁ……方法はあるぜ。何個かな。まぁ一番、手っ取早くすませるのなら、危険だが簡単だ。ガモフに乗り込む」
「お前っ、今、言っただろうが罠だって」
「あぁ。だが言ったろう?手っ取早くすませるのならってな。危険だがって付け加えただろう」
「へ理屈だ」
「まぁまぁ」
撩とカガリで喧嘩になりそうな所をとめながらあたしは考える。
確実で、実際楽な方法。
危険は覚悟の上でのある方法。
「おびき出すのは?どうだ?」
カガリは聞いてくる。
でも、どうやって?
「どうやって」
撩に当然のごとく突っ込まれカガリは黙り込む。
「まだあいつらの事が分からない状況だったらおびき出すって言うのも悪くはないがな」
「サエバさん、ガモフはザフトの中でも一二を争う実力を持つヴェサリウス隊の戦艦だ。ヴェサリウス隊は潰しておきたい。父の……パトリック・ザラの力は少しでも無くしたい。ザフトがあると……あの男のクーデターを起こす力になる」
苦しそうにアスランは言う。
彼のお父さんがプラント軍の元将軍。
オーブとプラントの戦争の元凶。
そんな父に反発して、彼は戦争の時に現大統領のクラインを国外脱出させている。
本当は、つらいのだろう。
父親が元凶と言うのは。
「だとしたら簡単だ」
少しだけ、撩は苦しそうに表情をゆがめる。
多分、きっと気付かない。
あたしは、気付いたけど。
「それはなんだ、サエバ!!教えてくれ」
「……香」
撩があたしを見る。
簡単な方法。
危険だけれど、普通に乗り込むよりは簡単な方法。
あたしが考えてた方法。
やっぱりそうなんだ。
「大丈夫よ。撩。あたしは」
言いたい事が分かるから、あたしは頷く。
「後は、お前さんだ。カガリ」
「私?」
カガリは撩の問いかけに驚いた。
「……ディアッカ」
「……」
「私は、君を咎めようとは思っていない。私も失敗したのだから。敵に君も知ってるだろう?シティーハンタがいるのだよ」
「シティーハンターっ。裏社会No.1の男。あのユニオン・テオーペを潰したと言う」
「そう。うかつには踏み込めない。残念な事にね。私の仕事にしても我々の復讐にしても」
「けど、どうするつもりですか?」
「簡単さ。もう餌はまいた。その為のガモフなのだからな」
「すまない、カオリ」
外に出てカガリは謝る。
「いきなりどうしたのよ」
「…私の為に。こんな事になって」
「仕事だもの、別に大丈夫。あなたが心配する事じゃないわ。それより、ごめんね。買い物につき合ってもらっちゃって」
「それは全然構わない。カオリはこうやって夕飯を作っていくんだなぁっていろいろ勉強になる」
そう屈託なく彼女は笑う。
男の子っぽくしているけれど、やっぱり彼女も女の子。
いろいろ興味はあるのよね。
まだ女の子するのに抵抗があった頃を思い出す。
撩と再会してから何となく意識してスカートをはくようにした。
最も「そんなチャラチャラした格好するな」なんてムカツク事言われてから少しの間はスカートはかなかったけど。
本気で頭来たし。
「私は本当に女の子らしい事出来ないから…。友達にも怒られるんだ。そんなんじゃアスランに嫌われるって…」
「恋人同士?」
前に聞けなかった事を聞いてみる。
「あっ。いやっ。そういうっ。訳じゃ……………………………」
そう言ってカガリは顔を真っ赤にさせ……おもむろに首に手をやる。
そしてするりと取り出したチェーンには…指輪が掛かっていた。
「恋人同士って言うのは…なんだか…照れる…。アスランに逢ったのは戦中で、しかも無人島だ。敵同士で色気なんか何にもなかった。でも、戦うのが嫌そうに見えた。その後にあったアスランは泣いていて。あいつは戦いに向かないって思った。戦争している最中に泣いてるなんてそうだろう?そうやってる間に戦争は終わって…アスランは私の側にいてくれた。これはアスランがくれた奴なんだ。もし自分が離れる事が会っても心は私の側だなんて…気障な事言って。…いや、何を言ってるんだろうな私はっっ」
そう言ってカガリは顔を真っ赤にさせる。
カガリも恋人って言うの照れ臭いんだろうななんて思ってみたり。
可愛いなぁなんて思ってたら。
「カオリ、私だけじゃなく、カオリも話してくれ。サエバとはいつ会ったんだ?どうやって恋人同士になったんだ?」
ってあたしは関係ないでしょう!!!
どうやってだなんて恥ずかしくって言えない。
成り行き……成り行きよねあれ……その場の…そうその場の勢いよねあれって。
言えないっていうか言いたくない。
「こんな所、歩いていても良かったのか?」
顔を上げるとブルーグリーンの髪とエメラルドの瞳。
に赤の軍服(赤服にしてみました)。
「………ミゲルっっ」
え?知り合い。
咄嗟にカガリを背後にかばう。
「まさか、普通に歩いてるとは思わなかった。案外アスランも不用心だなぁ?慎重な奴だと思ってたのに」
アスランの知り合い?
って事はザフト?
「ミゲル、お前は何故こんな所にいるんだ!」
「まぁ、偵察」
間違いない。この男はザフトだ。
ハンドバックに手をかける。
こういう時ホルスターが欲しいと思ってしまう。
美樹さん見たいに腰に引っかけてみようかしら?
なんて無茶な事を考えながら、カガリをかばいつつ背後に下がる。
それほど人通りが多くない道。
近道だからって通ったのがまずかった?
でも…。
「逃げようなんて考えない方が良いぜ」
そうミゲルが言うと建物の影から数人出てくる。
そしてすっかり囲まれたあたしとカガリ。
「カオリ、すまない」
「何言ってるの。さっきも言った通り。あなたは気にする必要ないわ」
カガリに声をかけてあたしはミゲルをにらみ付ける。
「あたし達に何の用?」
「決まってるだろう?なかなか餌に引っかかってくれないなら実力行使ってね。時間だ」
そう言って男達はあたし達を捕まえ、走ってきた黒塗りの車に押し込む。
「大人しくしてればいまのところは殺すつもりはないさ。隊長命令なんでね」
ミゲルはそう言うと車が発進した。
「何処へ連れてくつもりだ?」
「情報拾ったんだろう?ガモフだよ」
「………」
ミゲルの言葉に反論しないでカガリは彼をにらみ付けていた。
「……随分、のんびりしてますね」
「何がだ?」
「…今ごろ銃の整備なんて」
「別に〜今日メンテする予定だったから。そのまましてるだけ〜」
間延びした言い方にアスランは眉をひそめる。
随分、まじめな奴だ。
このまじめな男に、あのおてんば姫か……。
俺より深く考えるのは当然かも知れない。
「今どきリボルバーなんてはやりませんよ」
「はやるはやらないで、俺はこの銃を使ってる訳じゃないんでね」
ただ手に深くなじんでるだけ。
今更他の銃を使うつもりはない。
「お前のは?一瞬だが…随分年代物だったな?」
「よく分かりましたね」
そう言ってアスランは取り出す。
「どうぞ」
そう言っておれに渡そうとする。
「人に自分の得物を手渡すなんてやめた方が良いぜ?」
「信頼してますから」
皮肉げにアスランは笑う。
会った時、カガリに銃を向けた事を根に持ってるのだろうか。
案外、根に持つタイプかも知れない。
アスランから見せられた銃は、滅多にお目にかからないであろう銃。
おれもそうそう見た事ない。
「…FNハイパワー。ブラウニングハイパワーか…」
「よくご存知で」
「まさか、プラント軍の正規銃か?」
「いえ、これはおれ自身のです。プラント軍は違います。ザフトはH&KのMK23ですけどね」
随分と使いづらい銃をお使いのようで。
皮肉ればアスランは苦笑いを浮かべる。
それにしても、買い物に行ったはずの香とおまけのようについていったカガリがまだ帰ってこない…。
「随分とのんびりしてますね」
「さっきも聞いたぜ、そのセリフ」
「あなたが羨ましいですよ」
羨ましい?
何処をどうとって羨ましいと?
「何事にも縛られずに生きている。俺はいろんな事にがんじがらめだ……。カガリの事も守りたいと思っているのに、父親の事とか考えるとそうも言ってられない」
何事にも縛られず…か。
「自由はそれと引き換えにリスクを負う。自分の父親が戦犯だとカガリはお前の事を責めたか?」
「……責められた事はない」
「なら、それでいいんじゃないのか?責める必要がないから。カガリは責めないってな」
これ以上はおれが言う事じゃない。
こいつが考えて答えを出す事だ。
「………そう言えば、二人とも遅いですね。そろそろ帰ってきても良い時間だ」
「そうだな」
ちらりと時計を見る。
予定の時間を大幅に越している。
ポケットの中の携帯を取り出し、表示させる。
反応なしと…。
「来たか?」
おれの言葉にアスランは警戒を強める。
そして、電話が鳴る。
「サエバさんっ」
「分かってるさ…」
コール数を数え、ゆっくりと電話に出る。
「冴羽商事ですが」
あくまでもぶっきらぼうに。
『こうやって、電話で話すとは思いもしなかったんだがな。サエバ』
「用件も出さずに世間話とはお前も暇だな、ラウ・ル・クルーゼ」
『では、用件を言おう。そこにアスラン・ザラはいるかな?』
「あぁ、いるぜ?」
『では、南国のジャンヌ・ダルク、と称された姫君と、君の大切な、パートナー殿は我々の方で預からさせていただいている。体よく見つけさせていただいたのでね、卑怯、だとは思うが…人質にさせていただいた』
この男独特の口調はこちらの神経を逆なでするように特に強調されている。
軽く抑揚をつけ、強調したい所で切る、独特の口調。
「なるほどな…香に怪我はないんだろうな」
『当然だ。さすがにパートナー殿に怪我を負わせたら、あなたが黙っていないだろうからな。あの『ユニオン・テオーペ』を潰したと言う男の噂は全世界を回っている。そんな男をわざわざ敵に回したくはないのでね。アスラン・ザラと交換と言う事にしよう』
なるほどな………。
「了解。こっちはそれで良いぜ。所で、お姫さんも無事か?」
『当然。彼女はこちらの切り札だ。怪我をさせる訳にはいかないのでな。パートナー殿共々丁重にもてなしているので安心して欲しい」
安心ねぇ……。
クルーゼから出る言葉はあまりにもうさんくさい。
ともかくおれはそうそうに話を切り上げて『勝手に乗り込ませてもらう』と宣告し電話を切る。
「サエバさんっ」
「クルーゼからの伝言だ。カガリと香が一緒に捕まった。お前を連れてくる為の人質にされた」
「俺を連れてくる為の?」
「最も、その人質は香だがな」
「…カガリは?」
「返してくれないみたいだぜ?。さて、お前さんはどうする?予定通り二人は捕まった。あいつが何処までザフト相手にやれるか分からんがどの道乗り込まなきゃならない」
怪我はないと言うんだから殴られたりはしてないんだろう。
………香がいつものように暴れたりしてなければ。
下手したら武器とか取り上げられてるかも知れない。
香は半分歩く武器庫だからな……手りゅう弾とかローマンとかハンマーとかハンマーとかハンマーとかコンペイトウとか……ってほとんど鈍器じゃねぇか。
ともかく、慎重に越した事はない。
「…………」
「アスラン、いつまで悩んでる」
「分かってる。ガモフの特徴は理解している。ヴェサリウス隊も一時期の半分まで減っている。おそらく、カガリとカオリさんの見張りは少ないと思う」
「よし、いくぞ」
俺の言葉にアスランは頷いた。
「…カオリ、すまない」
「謝るのなしよ。カガリ」
暗い部屋の一室であたしはカガリに答えた。
ミゲルと言う人物の言葉を信用すればここはガモフらしい。
ザフトの特殊戦艦。
特殊任務を行う時に必ず使用される船らしい。
そして着いてすぐに『ラウ・ル・クルーゼ』と言う人物にあった。
仮面…そうオペラ座の怪人が着けているような仮面を付けていた。
くすんだ金色の髪に表情が見えない仮面。
その下の口元はにやりと言う表現が似合う様に歪められている。
「君がシティーハンターのパートナー、カオリ・マキムラさんだね」
丁寧な日本語。
でも独特の抑揚が落ち着かない。
「君はサエバが来る為の人質だが、構わないね」
温和な口調で結構残酷な事を言う。
こういう時あたしはどうすればいいんだろう。
『囮』という立場にいるあたしは今までどうしていたのだか思わず忘れてしまった。
「クルーゼ、用があるのはこの私だろう?ラウ・ル・クルーゼっっ」
「その通りだよ。君も必要だ。再び、ザフトがプラント軍が世に出る為のね」
その目はどこか狂気をはらんでいる。
「ふざけるなっ。私はお前達の良いようにはされないっ」
「大人しくしていただきたい。君たちはサエバとアスランが来る為の人質なのだからな。二人を丁重に部屋に連れしろ」
そのクルーゼの言葉通りあたし達は一つの部屋に押し込まれた。
別々の部屋じゃないのが運が良かったのだろう。
「これが丁重か?ふざけるなっ」
「まぁまぁ、落ち着いて。下手に丁重にされたらあたし達バラバラになっちゃう」
こっそりささやく言葉にカガリは我に返る。
「そ、そうだな。でも、カオリ。よくこんな作戦考えたな」
カガリは呆れるようにそう言う。
あたしが浮かんだ事、撩が考えていた事。
それは『あたしとカガリがわざと捕まり、それを助けに撩とアスランが乗り込む』と言う事。
あたし達の目的は一応はカガリ(とアスラン)の護衛。
わざわざガモフに乗り込む事はない。
でも、情報を流したという事はこちら(カガリとアスラン)の動揺を誘っていると言う事。
そして乗り込んでくる所をとらえようと考えた事。
相手の思惑通り乗り込んでも問題ないけれど、いくらプラントを追われているからといってもザフトはプラント国籍の船。
下手したら国際問題になりかねない。
なのでカガリとあたしが攫われて『助ける為に乗り込む』為の大義名分を作った訳。
ついでに内部破壊も兼ねて。
あたしも無茶かなぁ(内部破壊ね)なんて思ってたけど。
撩が苦笑して了解してくれたからよしとしよう。
「カガリは平気?」
「私か?大丈夫だ。これでも南国のジャンヌ・ダルクって呼ばれた人間だ。気にするな」
「でもどうして?南国のジャンヌ・ダルク?」
「うん、実は……」
ちょうどのタイミングで爆発音と共に船が揺れる。
何事か?と外が騒がしくなる。
「なんだ?!」
撩が来たんだ。
「カガリ、脱出するわよ」
ローマンを構え、ついでに手りゅう弾も取り出して、あたしは彼女に向かって言った。
船体の横に取り付けたプラスチック爆弾を爆破させ船体を揺らす。
「いいんですか?目立つ事して」
「別に?オレ達はここを破壊する事も目的だろう?だったら、戦力は出来るだけそいだ方が良い。どうせ見つかるんだ、手間が省ける」
さらっというおれにアスランはため息をつく。
一応こいつは訓練された軍人だからゲリラ的戦法は考えつかないんだろう。
「でも、カガリ達に危険が及ぶ可能性は」
不安そうにアスランが言った時、足下から振動を感じる。
「な、何ですか?」
「言ったろ?何の為に二人をここに先に乗り込ませたと思ってる?香は基本的にじっとしてられない奴だからな、おれが来たって分かれば勝手に脱出してくれるんだよ。ったく、大人しく待ってりゃいいのに」
ぼそりと呟いた言葉はアスランには聞こえなかったのか、向かってきたザフト兵を数人撃ち落としていた。
「サエバさん、まずは、あの二人と合流した方がいい」
「理由は?」
「カガリは南国のジャンヌ・ダルクと呼ばれた人間です」
「そりゃ、オーブの平和宣言を唱えたからだろう?」
一般に知れ渡っている彼女の情報を思い出す。
「違います。彼女はプラント領だった地域でレジスタンスをやってたんですよ」
レジスタンス?
あのお嬢さんが?
いや、男勝りだから…あり得なくはないだろうが………。
「その場所は独立はしていてもプラントの管理下にありました。真の自治権を求めて彼女はその土地の人間達と共にレジスタンス活動をしていたんです」
だから南国のジャンヌ・ダルク…ねぇ。
ちょっと待て。
って事は、香とカガリって…二人そろって突撃型じゃねぇか?
大丈夫か?
「サエバさん、カガリは下手したらクルーゼの元に向かいます」
「だろうな。ったく、大人しくしてくれりゃあ良いものを………」
思わずため息つきたくなる。
『内部破壊すればいいわよね』
なんて行く間際言った香は…今ごろ何やってるのやら。
武器庫にいってバズーカでも拾ってそう?
想像しただけでも頭いたくなってきた。
船でありながらそれなりに広い通路での銃撃戦。
特殊部隊と言うだけはあってさすがに簡単に抜け出られない。
一人、また一人と落としていく。
「さすがですね」
「お前もな」
ヴェサリウス隊のエリートだったと言うアスランの銃の腕は見事だった。
「とは言え、さすがにこの数は多いな」
「えぇ、何とか出来ればいいんですが……」
ここに破壊工作のプロが入れば、バズーカ一発…それじゃ船が落ちるか?
と考えるが。
「伏せて!!!」
との声に伏せると爆発音が鳴り響く。
そして船体がぐらりと揺れる。
「間に合ったぁっっ!!!!!!」
すぐ隣で聞きなれた声。
「お前なぁ、もう少し爆発するなら加減しろよっっ」
「これでもしたわよっっ。逃げ回るの大変だったんだからっっ」
身体を起こして隣を見れば少しだけスス焦げた香の顔に一筋の傷跡。
誰だ?これつけた奴。
「りょ、撩?」
「あ?」
「そこ、ちょっと痛いんだけど……」
「当然だ、銃弾擦ったんだろう?」
「あぁ違うのこれ硝子の破片がね」
そう言って目を泳がす。
ったく、銃弾って分かるのに、どうしてこう誤魔化すかね。
「そ、それより、これからどうするんだ?クルーゼの所に行くんだろう?」
「カガリ、その事なんだが……」
その時だった。
『随分、派手にやってくれたようだな。直接、話がしたいんだが。シティーハンターにアスラン』
スピーカーからラウ・ル・クルーゼの声が響く。
『私の元へ来たまえ。アスラン・ザラ。君なら知っているはずだろう?』
そう言って音声は切れる。
独特な抑揚は相変わらず人の神経を丁寧に逆立たせる。
口元しか見えない表情についたあの男の通り名を思い出させる。
「アスラン、クルーゼの居場所は何処だ?」
「クルーゼ隊長は隊長室のはずです……」
そうアスランは俯いてオレ達を案内した。
さっきの爆発で人員がそっちに割かれたのか、たいした抵抗もないままオレ達は隊長室への通路に出た。
「っ」
殺気を感じた方向へ銃を撃つ。
「…ヒュウ」
口笛吹いて出てきた浅黒い金髪の男。
赤い軍服を身に着けている。
おそらく、ヴェサリウス隊の中でもエリートなのだろう。
襲ってきた連中の中には赤い軍服を身に付けている人間は存在していなかった。
「ディアッカ・エルスマン………」
アスランはそう呟く。
「サエバさん、ここはオレに任せてください」
そう言ってアスランはFNハイパワーを抜く。
「オレはあんたに興味はないぜ?シティーハンターさん。オレが興味あるのはこの裏切り者とそちらの王女様。まぁ、王女様は隊長の標的だから、オレが口出す事じゃねぇし?」
そう言ってディアッカはにらみ付けながら銃を構えているアスランに目を向ける。
「サエバさん、早く行ってください」
アスランの言葉にオレは頷く。
「カガリをお願いします」
「ふざけるなっアスランっっ。お前、死ぬ気だろう?」
「そんなつもりはない。オレは、死ぬつもりなんてこれっぽっちもないよ。死んだら、カガリと喧嘩出来なくなる」
「喧嘩ってなんだ喧嘩ってっっ。絶対、死ぬなよ。ディアッカ、お前もだ!!!」
「相変わらず、無茶言ってくれるぜ、お姫さまは」
カガリの言葉にそう返事したディアッカとカガリの言葉にオレと香は顔を見合わせる。
不思議そうにしているおれと香の様子を見ながらカガリは言う。
「あいつも本当は仲間なんだ…あの戦争を終わらせた仲間。だけど、裏切り者って言ってアスランの目の前に現れるなんて思いも寄らなかったな……」
寂しそうに言ったカガリの言葉に香は視線をカガリに向ける。
ディアッカは多分、アスランが戻らなかったから裏切り者と決めたんじゃないんだろうか。
おそらくそんな所だろう。
「お待ちしていましたよ。シティーハンター」
隊長室は窓がついており、その背景は東京湾の夕闇が広がっていた。
クルーゼはその中で入ってきたオレ達に銃を構えていた。
「随分物騒なお出迎えだな」
「あなたを迎え入れるには、こんな事でもしておきたいと思ったのですよ。護衛のものは全てあなた方の襲来にまわしてしまったのでね。あまり、卑怯な真似は、したくなかったので、この部屋にはあなた方そして、私しかいない。気付いているとは思われるが?」
そんな事気配を探れば分かる。
誰もいない。
「お前は死にたいのか?」
ゆっくりと懐に手をやる。
「まだ、抜かないで頂けないだろうか?あなたとあの時対峙した時一度手合わせしていただきたいとしたいと思ったのだが」
銃をしまった仮面の下の口がにやりと形を変える。
「所で、カガリ王女。あの部屋から無事に抜け出られた事、南国のジャンヌ・ダルクというだけはある」
「よく言う。ろくに見張りを立てないで、あれで閉じこめたとでも言うのか?」
「確かに。あなたのおっしゃる通りだ。まさか本当に抜け出して、この船の内部から破壊されるとは、さすがの私も思いも寄らなかった」
そう言いながらクルーゼは口元を隠しため息をつく。
「が、嬉しい誤算でもあったのだよ。アスランを連れてきてくれた。そしてシティーハンターをも連れてきてくれた。裏社会にその名を響かせている男は邪魔なのだよ」
「ファントム…か」
「……」
オレの言葉にクルーゼは表情を変える。
「オレが何故それを知っているかって言いたげだな。有名だろう?ヨーロッパでも1,2を争う程の殺し屋、たくさんの殺しをしてきたからその身は血に染まっている。それを皮肉って赤の怪人。オペラ座の怪人のファントムと同じ仮面をしてる。噂は本当だったようだな」
「これはこれは裏社会No.1と誉れ高いあなたにそこまで、知っていただけたとは光栄。あなたの方こそ、その腕の見事さ聞いてます。シチリアコネクションのルチアーノ・ファミリーのカルロ・ルチアーノを殺した事。最も、本当かどうかは分からないかもしれませんが?あなたに聞いても、教えては頂けないでしょうね」
クルーゼはにやりと口元を歪める。
ヨーロッパまで広まったか…。
それとも、こいつが日本に来て知った事実か?
そんな事はまぁどうでもいいがな。
「挑発のつもりか?まぁ良いさ?オレもあんたの腕を見てみたい。ヨーロッパでも1.2を争う程のその腕を」
オレはそうクルーゼに告げる。
「それは光栄」
そうニヤリと口元をゆがませてクルーゼは構える。
「二人とも、少し離れていろ」
そう香とカガリに告げて離れさせる。
隊長室と言うだけあってそれほど狭さを感じさせないが部屋の中。
逃げ場はない。
二人に奴の銃口を向けさせる訳にはいかない。
おれはクルーゼの一挙手一投足から目を離さずに、構えた。
「…………」
「…………」
緊張が走る。
静かな船室にモーターの音が響き渡る。
突然、背後で銃声が鳴り響いた。
それが合図っ。
部屋にうるさいほどに鳴り響く銃声。
結末はどうなったかと、香とカガリはまだ呆けている。
「……グァっ」
「…さすが、だな」
クルーゼは胸を抑えて激しく息をしていた。
オレの弾は奴の胸に命中し、奴の弾はオレの腕をかすめていった。
「撩っ」
「大丈夫だ、オレはな」
不安そうに近寄ってくる香にオレは大丈夫だという笑顔みせる。
「こちらは殺すつもりだったというのに」
自分の様子にクルーゼは自嘲気味に呟いた。
「これでなにもかも終わりと言う訳か……クククっ」
そう呟いてクルーゼは事切れる。
この男は何を望んでいたのだろうか。
ザフトのプラント軍復帰だったのだろうか。
この男が死んだ今はもう関係のない事だ。
船室から外に連絡を取り部屋を出る。
カガリはすでに外に行っている。
アスランの様子が気になるのだろう。
オレは香を促して外に出た。
「撩、香さん。二人ともご苦労様」
ガモフから抜け出ると冴子さんが待ちかまえていた。
船にはすでに海上保安庁やら警視庁やらが乗り込んでいる。
撩はここに来る前に冴子さんに連絡をしていたらしい。
『ガモフを抑えるから、貸し払え』って。
何考えてんのよ!!!
「まさか、カガリ姫も一緒とは思わなかったけど。でも助かったわ。ガモフはプラントから指名手配が出ていたの。結構破壊してくれたようだけど、香さん?」
アハハハハハハ……。
仕方ないなんて言ったら、ただ働きさせられそうだから、黙っておく。
撩も苦笑いしてるけど、どうせこのバカはもっこりに釣られてただ働きさせられるんだから、もうっ。
「まぁ、ガモフ破壊の件に関してはプラントは不問にしてくれるって言うから、良いけど。ラウ・ル・クルーゼは出来れば…ねぇ」
怪しく冴子さんは撩を見つめる。
あぁ、きっとただ働きだわ。
撩のバカっ。
「今回の件、裏工作してあげるんだから、貸し、帳消しにしてよね」
「えっ何でだよっ。あれは不可抗力だろうが」
「あら、どうして不可抗力なの?決闘だからって死なせない方法とかあなただったらなんか考えられたんじゃなくって?」
「だけどなぁ」
なおも、撩は冴子さんに食い下がる。
もっこり帳消しがそんなに嫌か?
ったく、このバカはどうすればいいんだろう。
とは言え、なんて言ったらいいんだろう。
あたしがかわりにって………意味ないか。
どのみち貸し借り関係なしで…だし。
……うーむ。
「どうしても払えって言うんだったら……そうね、別の方から調達してあげても良いけど」
冴子さんは意味あり気に考え込む。
別の方から調達って何よそれっっ。
「さ、冴子さん、何いきなり言い出すのよっっ。調達ってっっっっ」
「そ、調達。ね、香さん」
とにっこりとあたしに微笑む冴子さん。
……………………へ?
「さ、冴子?」
「フフフ、わたしが知らないとでも思った?んん、みんな知らないとでも思った?誰かさんの行動がおかしいんだもの。ねぇ、撩?」
………。
「フフフ、香さんに依頼料払うから、わたしの代わりに撩に貸し返しておいてね」
と冴子さんは怪しく微笑んだまま、船の方に向かっていった。
…………………………。
「うそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
そうなったなんて言ってない。
告白って言うか、好きって言うかって感じで言ったとかそういう風には皆に話したと言うか、気付かれたって言うか……。
…だけど、そうなったなんて全然言ってない。
「…………いつから?」
「さあな」
聞くに聞けない。
もしかして最初っから?
あのCM(ERiEのCM)から?
皆知ってて、黙ってたの?
うわぁ、恥ずかしくって皆の顔見れない。
って言うか新宿歩けないじゃないのよぉっっ。
「サエバ、カオリ。二人とも本当にありがとう」
空港でカガリは言う。
あの後、あたし達は急いでマンションへと帰ってきた。
一人プラスして。
そう、アスランと対峙していたディアッカ・エルスマンも一緒。
なんで一緒に?
と思ったら『元々仲間だから』そう言ってカガリは一笑に付した。
ディアッカをガモフにいない事にし、オーブの領事館からパスポートを作って共にオーブに帰る事になったというのだ。
まだ気まずいアスランとディアッカを見てたら、もしかするとカガリが一生懸命説得したんだろうなぁと思ってなんだかホッとする。
「二人のおかげでいろいろな事が解決できた。本当にありがとう。感謝する。それに、とても楽しかった」
にっこりとカガリはにっこりと微笑む。
「いろいろ大変だったけど。あたし達も楽しかったわ。また、日本に来る機会があったら遠慮なくいって」
「面倒事は持ち込んでくれるなよ?」
撩の憎まれ口にカガリはむっとして
「当たり前だ。今度お忍びで来る時は観光だ。いや、王女として来たとしても抜け出して観光だな。その時は思いっきり振り回してやるぞ」
「ハン、そう言うのはもうちょっと女らしくなってから言うんだな。お前にゃまだ早い」
「フン、その減らず口たたけなくしてやる」
「上等だ、やってみろ」
……って空港で喧嘩始めないでよ。
「カガリ、ここで騒ぎ立てたら目立つだろう?」
「まぁ、これがこの王女様の特徴じゃねぇの?」
「勝手な事言い出すな、ディアッカ」
カガリに注意したり、ディアッカの言葉に反応したり、アスランって結構苦労性なんだなと、今更ながらに知ってしまい、ちょっと面白い。
「カオリさん笑い事じゃないですよ」
笑い出したあたしにため息ついてアスランは言う。
「カオリ、アスランはからかうと面白いんだぞ」
なんて言い出したカガリの言葉にもアスランはため息ついて、そして撩の方を見る。
「サエバさん、オレはもう迷いませんよ」
迷わない?
どういう事だろう。
「オレに言うことじゃないと思うぜ?それは」
「そうですね」
撩の言葉にようやくアスランは吹っ切れたのか晴れやかな笑顔を初めて見せた。
3人が乗る飛行機を見送って、あたし達は帰路につく。
「はぁ、今回は結構大変だったね」
「そうだな、お前もよくやったよ」
わ、撩が褒めてくれた。
「そ、そんな事ないよ」
なんて謙遜したら
「たまには素直に受け取れよ」
だって。
って……のんきに帰れない事を一つ思い出した。
「撩、どうしよう。冴子さん、言ったよね。バレてるって事言ったって」
「だろうな」
「だろうなってのんびり構えてないでよ」
「…………腹くくるしかないだろう?」
「……嫌がったのあんたじゃない」
恥ずかしいとか、からかわれるのが嫌だとか。
今までもさんざんからかわれた気がするんだけど。
一応、そういう関係にはなってないって言ってただけで。
「………ここまで来たら開き直るか」
開き直る…。
なんか、いろんな人にからかわれそう。
って言うか、皆黙ってた事よねぇ。
黙って、皆声かけてたって事よねぇ。
考えてみたらすっごく恥ずかしいっ。
「っつーか多分、バレたのおれのせい…かも」
「なんで」
「冴子が言ってたろ?」
冴子さん?
そう言えば………なんか、言ってたわよね。
『誰かさんの行動が怪しかった』って。
「おれ、ここんとこあんま出かけてないわ」
…………………………。
バレても仕方ないって奴?
良かったのよね。
一応。
「ま、いっか」
そう言って撩は腕を差し出す。
「そう、だね」
そして、あたしはその腕に自分の腕を絡ませた。