平安つれづれ物語

壮大な計画

「蘭姫さま大丈夫?」
「大丈夫よ、歩美ちゃん。ここを乗り越えなくっちゃいくら父帝がなんと言っても変えられないんだから…」
 わたしの言葉に歩美ちゃんは頷く。
 わたしは今から後見人問題について話しあっている紫宸殿に向かう。
 理由は簡単。
「わたしが自分で自分の後見人を探す!!」
 と宣言するために。
 一応帝には言った。
 けれど、大臣とかは知らない。
 だから言わないと…。
 紫宸殿には殿上人と呼ばれる人達がほとんどいた。
「東宮が後見人問題について話しがあるという。聞いてやってくれねぇか?」
 今上がわたしが座ったのを見て、言葉を紡ぐ。
「後見人問題とはどういうことですかな?」
 天皇家全体の後見人である太政大臣がわたしに向かって言う。
「わたしの後見人はわたしが自分で見つけるという事です」
 その言葉に全体がざわめく。
「前例がありませんぞ」
「わたしが女の身でありながら東宮に立つということも前例がなかったのではありませんか?それでも、無理にわたしを東宮にした。それがまかり通るのならば、わたしが後見人を選ぶというのも通るのではありませんか?」
 わたしの言葉に人々は黙り込む。
「我が侭だと…分かってます。でも、わたしの我が侭聞いていただけませんか?」
「オレの方からも頼む」
 と帝はわたしを助けてくれるように言葉をつける。
「今上が言うのでしたら、致し方ありません」
 そう言ったのは右大臣。
「では、わたしもそれを助けましょう」
 と太政大臣。
「ありがとうございます。右大臣、太政大臣」
 わたしの言葉に二人の大臣はにこりと微笑む。
「他の方もよろしいかな?」
 太政大臣の言葉に他の殿上人はしぶしぶながら頷いた。

「…アンタ何してん?」
 北の対の屋に帰ってきたアタシの目に入ってきたのは簀子でねっ転がってる平次だった。
「何って…見れば分かるやろ?日向ぼっこや」
 アタシの方に顔を向けながら平次は言う。
「あほらし。参内せんとこんなところにおったん?」
 人の気も知らないでこんなところで日向ぼっこしてる平次に頭にくる。
「アホってなぁ…オマエこそどこ行ってたんや」
「どこって蘭ちゃんとこに決まっとるやろ?」
「さよか」
 興味なさそうに平次は言う。
「平次…アンタ、蘭ちゃん所、行かんでもえぇの?こんな所で、油売っとる場合ないちゃうん?」
 平次はどうするの?
 と聞き出したい気分を抑えながらアタシは平次に聞く。
「あんなー行ってもえぇんか?お姫さんとこに」
「せやけど……おじちゃんからいわれとんのと違うん?」
「そんなんかまわへんやろ」
「オトンが…言うてたで、『平次は有能な公達やから東宮様の後見人候補になるんは、間違いないやろな』って…」
 この時代、男が出世するには身分の高い人の娘の所に通わなければならない。
 つまり姫の父親が、通ってきた男の後見人となり政治の世界でバックアップをしてもらえる。
 平次が…蘭ちゃんの後見人となった場合…平次のいわゆる後見人は帝となる。
 こんないい話しはない。
 せやけど……せやけど…。
 アタシはいややねん。
 平次はわかっとるの?
「せやけど、かまわへんねん」
 平次はのんびりと庭を眺めながら言う。
「…で、後宮に行ってきたんやろ。蘭姫さんに何聞いてきたんや?」
「別に……」
 なんて言えばいい?
「オレは…後見人なるつもりあらへんで」
 不意に平次は呟く。
 平次…どういう意味?
「和葉」
 そう言って平次はアタシががすわっている広廂に上がって座り直す。
「オレは、蘭姫さんの後見人になるつもりあらへん。オマエかてなって欲しないんやろ」
「なっなんでそんなんわかるんよ」
「分かるに決まっとる。和葉、顔に書いてあるで」
 顔に書いてあるって…そんなん顔に出してへんよっ。
 思わず慌てたアタシに平次は笑いだす。
「アホ平次っ。アタシかてな、求婚の話しいっぱいきてんねんで。平次なんかよりも有能な公達からの文がいっぱいあんねんからっ」
 笑いだした平次に頭に来て、アタシは強がりを言う。
 一応、公達から来てるのはホントのことだ。
 アタシの元にくるのは一日5通ぐらいだけれど、女房の話によると、オトンのところにいったん行って、そこで振るい落とされてると言うから数は、結構多いらしい。
「アホはオマエや。オレより有能な公達がおったら、顔見てみたいわ」
「うぬぼれんのもいい加減にしい」
 そう言っては見ても、確かに、平次より有能な公達って言ったら…おるやんか。
「頭中将とか、頭弁は平次より有能やない言うん?蔵人頭やのに?平次は蔵人頭やないのに?」
「あいつらは別やっ」
 そう言って平次はふてくされる。
「ふてくされへんでもえぇやん…。平次より有能な公達はおれへんよ。それはアタシが認める」
「ホンマか?」
「うん、ホンマやって」
 そう言って頷いたアタシに平次はニッコリと微笑む。
「和葉…、オレもオマエに求婚してもえぇか?」
「……いきなり何言うねん…。平次、それって言うこと何?アタシに言うても無理やで。文送ってきたってオトンがせき止めんねんから」
「それくらい聞いとる」
 …有名なんや。
 オトンがアタシ宛の文をせき止めてるって言うの…。
 確かに有名かもしれないなぁ。
 ホンマ恥ずかしいわ…。
「和葉、知らんやろ。こんな詠があんねんで『夏の日に匂いさそわれ遠の山手に届かざるかな桐の木の花』」
 不意に平次が詠を読む。
「何、その詠…」
「快からきいたんや。式部卿宮がお前宛の文全部止めてるって言う噂から出来た詠やと」
「ホンマ?オトンに言うとかんとあかんなぁ。変な噂立ってるって…」
「噂はそのままでもえぇで。そんなんすぐに無くなってまうからな」
「なして?」
 不思議に思って聞くアタシに平次は得意げに言った。
「オレが、お前に求婚の文を書くからや…。オレやったらせき止められへんやろ」
 と。
 それで…噂が無くなるんだったらホントにいいんだけど…。
「って…平次っアンタ、アタシのことスキやったん?」
「いきなり何言うねんっ。ホンマ力抜けるわ」
「ごめん、平次アホやから、そんなこと思うてくれてるとはおもわへんかったんよ」
「さよか」
 そう言って平次はがっくりと肩を落としたのだった。

「梅香る……」
 内大臣家の北の対の屋の目の前にある梅の木が見事だから…ついうたを口ずさんでしまう。
 ハァ、頭が痛い。
 オヤジに…どうするんだって言われたけれど、とてもじゃないけど御所に参内するきにはなれなかった。
 勝手知ったるかな…内大臣家に方替えだと嘘言って来たは良いけれど…御目当てのの人物は不在。
 こんな日に限って…後宮に行ってるらしい…。
 ったく…人が悩んでるっつーのによぉ……。
 のんきに遊びに行くんじゃねぇよって言いたくなる。
 どうするんだって言われたって……どうする気もねぇよって……言いたくなる…。
「こらっ、頭弁がこんなところで寝転がってていいの?」
「あー?アホ子か」
「アホ子じゃないもん、バ快斗っ。何してるの?」
「何してるのって見りゃ分かるだろ?すっげーきれいな梅だなって思って見に来たに決まってんじゃねぇか」
「参内やめてまで?」
 青子はオレの隣にすわり不安そうな声で言う。
 なんで…そんな不安そうな顔すんだよ…。
「青子……何考えてんだ?」
「何って……」
 そう言って青子はオレから顔を背ける…。
「……快斗…、快斗は蘭ちゃんの後見人になっちゃうの?」
 青子の声が心細く聞こえる。
「青子、オマエ、今日後宮に行ってきたんだろ?東宮に何か聞いてきたんだろ?」
「……うん」
「なんて聞いてきたんだ?」
 気になってることではある。
 東宮の気持ち次第でオレの運命が変わると言っても過言じゃないからだ。
「……快斗は蘭ちゃんの後見人になっちゃうの?って……」
「そしたら、なんて言った?」
「しないよって…言ったよ」
 ほっとした。
「快斗?」
「オレは、東宮様の後見人には立候補しないよ。大丈夫。オヤジにどうするんだって言われたけどさ、オレは最初っからなるつもりは無かったしな」
「良かった」
 そう言って青子はニッコリと微笑む。
「よし、青子。結婚しよう」
「快斗?」
 突然のオレの言葉に青子は目を丸くする。
「なっ何言ってるの?急に」
「急だけど。和歌送るからさ、ちゃんと返歌返せよっ」
 オヤジの文句から逃げ、大臣達や政敵からの政治的会話から逃げるにはこれしかない。
 いい機会だっ。
 第一、青子をこれ以上不安がらせる事はない。
 それでなくてもたくさんの求婚話が青子の所に来てるって言うし。
 変なやつが青子のところに忍んでこないとも限らないっ。 
「快斗…本気?」
「いい機会じゃねぇか。それとも何?青子はオレと結婚すること嫌?」
「いやじゃないよぉ……。快斗…青子でいいの?浮気しない?青子、快斗が浮気したら嫌だよ」
 青子はオレの顔をのぞき込みながら言う。
「んなもんしねぇよ。青子、安心しろよ…」
 そう言ったオレに青子は素直に頷いた。
「蘭ちゃんも…大変だよね…」
 青子はオレにもたれながら言う。
「大変って何が?」
「蘭ちゃんね、自分の後見人は自分で決めるって…今日言ってるの…ちょうど今ごろかな?」
「まじ??」
 東宮が自分で後見人を決められるのか?
 そんな話し聞いたことねぇぞ。
「どうやって決めるんだ?」
「快斗だから……青子、教えるね」
 そう言って青子は声を潜める。
 オレだから?教えるってどういう意味だ?
「あのね、蘭ちゃんがホントにしたいことは決めることじゃないの。見つけることなんだよ」
「どう違うんだ?」
「蘭ちゃんね幼なじみがいるんだ」
 幼なじみ…だと……。
 まさかな…。
「まだね、今上が東宮じゃないときに藤壷で遊んでいた子がいたんだって」
 オイオイ…それホントかよ…。
 気付かないのか…周りが教えないかのどっちかだな。
「その子のこと捜すんだって。だから青子も協力するの」
「協力って?どうするんだ?」
「秘密。でも、快斗気付いちゃうかも…。気付いても知らんぷりしていて。壮大な計画何だからね」
 そう言って青子はニッコリと微笑む。
 壮大な計画ねぇ。
 一体何をたくらんでるのやら。
 次の日宮中に参内すると新一に逢った。
「よっ、新一」
「さぼりか?昨日は」
 そう言って呆れたようにオレを見る。
「さぼりっていう言い方無いだろ?」
「全く、いい性格してるよ、お前らは」
「お前らって?」
「服部とお前だよ。昨日、服部も参内しなかったんだぜ。二人揃って方違えとは都合良すぎんじゃねぇか」
 へっ?
 平も方違えっていって参内しなかったんだ。
「あぁ、しかも、まだ、服部の奴は参内してねぇんだぜ。ったく何考えてんだか」
「何考えてるってたぶん、オレとおんなじだと思うけど」
 そう言ったオレに新一は頷く。
 一応は分かってるんだ。
「で、藤の姫宮は見つかった?」
「いっいきなりなんだよ」
「べっつにぃ。ん?オレちょっと行くところがあるんだ。またな」
 そう言ってオレは新一と別れる。
 大内裏内を歩いていると、中務卿宮様の姿を見つけた。
「中務卿宮様」
「ん?頭弁。どうかなさったのか?」
「ちょっとおもしろい話を聞いたので、宮様の耳にお入れしようかと思ったんですよ」
「おもしろい話とは何かな?」
「藤の君とその筒井筒の藤の姫宮のお話ですよ」
 そう扇で表情を隠しながらオレは中務卿宮にいう。
「ほぉ、頭弁、あなたの口からそれが出るとは思いもよらなかった」
「そうですか?でもあなたとしても私だったら知ると思われたのでは」
「フフフそれもそうですね。そうか気付かれたか」
 そう言って中務卿宮は不敵な笑みを浮かべる。
「秘密になされるとは人が悪いですよ、中務卿宮様。知らないのは当人ばかりですか?あとは周りにいる者…。中宮や、今上はご存知なのでしょう?」
 そう言うオレに中務卿宮は表情を変えない。
「秘密にしてくれるかな?頭弁」
「そう言うならそうしますよ。中務卿宮様」
 この方は全く何考えてるかわからねぇな。
 この人よりも息子の新一の方がよっぽど分かりやすい。
「頭弁快斗様っ」
 内裏へと向かう道すがら高木五位の蔵人に声をかけられる。
「どうかしたんですか?」
「はいっ、昭陽北舎で穢れが……」
 穢れ…?
 訝しげに顔をしかめると五位の蔵人は小声で言う。
「女房が何者かに殺されたようなのです」
 殺された?
 尋常じゃねぇな…。
「それで、新一は?もう行ってるのか?」
「ただ今連絡が行っています。現場には服部中将と衛門督様と別当様が既に」
「そうか…」
 その言葉にオレは考える。
 昭陽北舎で人が殺されたってなると、東宮の居場所を変えなくちゃならねぇんじゃねぇのか?
「五位の蔵人、読経の準備はしてるのか?陰陽師は?」
「陰陽博士は既に昭陽舎に連絡が入っています。僧侶の準備も既に」
「じゃあ、頭中将には東宮御所に参内するように言ってくれ。東宮を、昭陽舎から移動させなくちゃならねぇからな」
 オレの言葉に高木五位の蔵人は頷いた。