「………………アル、悪いけど、電話切るから」
『ちょ、、待ってくれっ』
最後まで聞かずにあたしは受話器を置く。
……ディスプレイには残る着信履歴。
それを作っておいた項目に移動させる。
「………何ですか?」
『ちゃん、声怖くない?』
「そんな事ないですよ。フランシスさん、用がないのなら切ります」
『えっっ。ちょ、ちゃん?』
フランシスさんの言葉を無視して、あたしは受話器を置く。
……ディスプレイには残る着信履歴。
それを作っておいた項目に移動させる。
『やぁ、ちゃん』
「何ですか?イヴァンさん」
『うん、予定の確認なんだけどね』
「………メールするようにします。それで良いですか?」
『構わないけど、拒否されるのはちょっと困るなぁ』
「拒否してるつもりないですよ?」
『まぁ、いいか。君も、菊君もしゃべりたくないだろうしね。じゃあ、メール待ってるね』
「はい」
会話を終了させ、あたしは受話器を置く。
……ディスプレイには残る着信履歴。
多少心が痛むがそれを作っておいた項目に移動させる。
『…………』
「………なに?にーに」
『予定の、確認ある』
「うん。にーに」
『何あるか?』
にーにの声は無駄に明るいような気がする。
明るいから、泣きそうになる。
「………あのね……」
『それ以上は聞かないあるよ』
「……菊ちゃんが電話に出られなくて…………ごめんね」
そこに重点を置いてあたしはにーにに言う。
『毎年のことある、電話に出ないのは気にしねーある』
「うん……えっと、待ってるね」
『、………』
「何?にーに…」
『何でもねーある』
にーにはそう言って電話を切る。
……ディスプレイには残る着信履歴。
それを作っておいた項目に移動させるのだけは……止めておく事にした。
『』
「何、アーサー」
『あ、その』
「用がないのなら、切るよ。悪いけど」
『いや、用ならあるんだ。あ、あのさぁ』
「…………ゴメンね、アーサー。悪いんだけど、切るから。あんまり今話したくない」
『、そのっっ』
「何?」
『いや、だから』
「ゴメン、用事があるから切るから」
『っ』
あたしはアーサーとの電話を無理矢理終わらせる。
……ディスプレイには残る着信履歴。
それを作っておいた項目に移動させる。
………声なんて聞きたくなかった。
思えば思うほど、泣きそうになるんだ。
それを、彼らは気づいていない………。
7月末菊ちゃんは終わった原稿をあげてあたしに告げる。
「、私は少しこもります」
菊ちゃんがそう言う。
「フェリシアーノ君達が8月3日にいらっしゃるそうなので…その時は呼んでください」
「分かった」
「では……………」
そう言って菊ちゃんは扉を閉め部屋にこもる。
あたしはただその背中を見送る事しか出来なかった。
青白い顔。
理由は分かってる。
分かってしまった。
あたしと菊ちゃんの予定は8月からの予定は上旬、広島、長崎、そして中旬に東京と決まっている。
これは外すわけには行かない。
だから、菊ちゃんはコミケの参加を15日は見送った。(都合により、15(金)、16(土)、17(日)の予定にしてあります)
何も言われなかったけど、フランシスさんやアーサーやアルの電話には着信拒否を施した。
菊ちゃんのケータイはつながらなくなっている。
何が正しくて、何が悪いなんていう問題じゃない。
ただ、ただ、菊ちゃんはそのことだけに目を向けている。
あたしは菊ちゃんに何が出来るかな?
菊ちゃんのあの青白い顔を見て泣きたくなった。
アーサーが来たときに菊ちゃんは言ってた。
「もう何年も昔の話なのに、記憶は浅くないんですよ…永遠と残り続ける」
と。
つまり、その思いやそのことにとらわれ続けると言う事だ。
忘れろなんて言わない。
言えるわけがない。
国である菊ちゃんが忘れたらその時の生きてた人達はドコに消えてしまうのだろう。
だけど、菊ちゃんが苦しむのは見たくない。
一人で苦しんで欲しくない。
今まで菊ちゃんは一人で居た。
菊ちゃんが部屋にこもってから近所に住む千代さん(千代田区)が菊ちゃんの様子を見に来た。
15日に行われる式典は千代さんがメインで準備してるから(場所は武道館)。
千代さんの話だとずっと出てこないという。
「一人で物思いに耽られておられるようです」
その言葉を聞いて泣きたくなった。
一番近くにいたはずの千代さんですら近寄れないのだという。
西にいるというお姉さんも様子見に来るけれど、菊ちゃんがずっと閉じこもったままだからいつからか来なくなったのだという。
菊ちゃんが表に出るのは広島、長崎に向かう6日から9日までと、15日だけ。
15日を過ぎると表に出てくるけれど、8月の前半はほぼ引きこもったままだという。
それを聞いてあたしは泣いてしまった。
あまりにも、菊ちゃんが背負う思いがどれだけの物なのかあたしは今まで生きてきて知らなかったから。
歴史として知ってる、それ以外に無い事を今更ながらに後悔した。
「さん、さんはさんとして菊さんの側に居てやってください。あなたなら出来ると思いますよ」
泣き出したあたしを千代さんは背中を撫でながらなだめる。
千代さんの言葉に強く頷いた。
千代さんが帰ってから暗い部屋であたしは携帯を見つめて操作する。
聞きたくない声を着信拒否すること。
「しょうがないじゃないか」
そうやって言うのは分かってる。
でもそれが正しかったなんて言いたくないし、思いたくもない。
しょうがないで済ませる事が出来るのなら、全ての事が「しょうがない」で済ます事になる。
彼はそれに気づいてない。
そうじゃない、そうじゃないんだ。
正しい事なんて何もない。
そこには存在しない。
自分たちだけの利しかそこには存在しない。
利が存在しない物なんてほとんど無い。
革命だってそうだ。
革命の後では気高い革命の心だって、官僚主義と大衆に飲み込まれていく、それらが全てがそれぞれの利に替わっていく。
だから、革命家は世捨て人になって。
今は、革命関係なかったね………。
あたしは意を決して着替える事にした。
あんまり綺麗に着れるとは思えないけれど、菊ちゃんはどう思うか分からないけれど、最善なんて言わないけれども、菊ちゃんにあたしの思いを深くじゃなくって軽く受け止めてもらえるように。
逆に怒られそうな気もするけどね。
袖に腕を通して、合わせる。
帯は………………、手を抜こう。
いい、簡易で、遊ぶんだから。
薄暗い廊下を歩く。
外は雨雲が垂れ込めている。
いつ、夕立が来てもおかしくはなかった。
洗濯物はすでに取り込んであるし畳んでもある。
あたしが、今からやる事を菊ちゃんはなんと思うのだろう。
けれどコレはあたしの決意と覚悟だ。
この世界に来て、菊ちゃん達と出会って、三ヶ月が過ぎた。
元の世界に戻れるとは思えなくなってきた。
あたしの中にこの世界が少しずつ浸食しているのがわかるし、認識もされているししてしまっている。
だから、これは決意であり、覚悟だ。
この世界にこれからも菊ちゃんと居る事への。
菊ちゃんの一部であるというのはもう間違いようがない事で(国民って言う意味でも)菊ちゃんに何かあったら本気で泣きたくなるし、心だって痛む。
今、泣き出しそうなのを賢明に押さえている状況なのはそう言う事だ。
一つ、深呼吸をしてあたしは菊ちゃんの部屋の襖戸を叩く。
「はい」
「菊ちゃん、話があるの」
「…………………。どうぞ」
長い沈黙の後、菊ちゃんはあたしに部屋に入るように促す。
襖を開けると菊ちゃんは正座をして目を閉じていた。
そっと襖を閉め、あたしは菊ちゃんの隣へと向かう。
うるさいほどの蝉の声が部屋の外から聞こえる。
閉め切った部屋はクーラーが効いているため、暑くはない。
でも、そこに存在する空気はひどく重苦しい。
雨は降っては来ては居ないけれど、外が暗いせいか、部屋の中も暗い。
「どうかしましたか?」
あたしの姿を目に入れず、菊ちゃんはあたしに問いかける。
「うん…となり、いい?」
「構いませんよ」
その言葉にあたしはうなずき、間を開けて隣に座る。
「アーサーや……フランシスさん、アルから電話あったよ。また、電話あったらウザイから着拒しちゃった。電話のコード抜きたかったけど……そこまではやめておいた」
「………?」
訝しげに菊ちゃんはあたしをようやく見る。
「……あなたは、何を」
正座のまま、あたしは頭を畳に付ける。
何をやるか、菊ちゃんは分かっていない。
でも、流して欲しい。
あたしがやっていることは覚悟と決意のための意思表示の為のお遊びに似たような物なのだから。
流せないなんて分かってるけど。
「御前を離れず、勅命に背かず……」
「何を、言っているんですか?」
菊ちゃんの声が震える。
「忠誠を誓うと誓約申し上げる」
「、あなたは、何を、自分が何を言っているのか、分かっているのですか?」
「知ってる」
「時代錯誤も良いところですよ」
「そんなのも承知」
「私は、あなたにそのような事は望んでいません」
「うん」
「っっ」
「これは、あたしの決意と覚悟」
菊ちゃんと一緒にいるための。
これから先もずっと一緒にいるための。
元の世界にいつかは戻るって思ってた。
ギルに愚痴ってるし、いつか戻るだろうと思ってたかをくくってる所があった。
そんな気配なんてあるわけ無くて、結局あたしはココにいる。
夢オチなんて事あるわけ無くて、大体、本を読んで気がついたらなんだから夢オチも無いわけで。
だから、あたしはここに深くいようなんて考えてなかった。
だから、いろんな思いから逃げようと思った。
だけど、逃げたくないって思った。
アーサーの姿を見たあの時から…。
あたしがココにいる意味なんて無いのかもしれない。
意味を求める必要も無いのかも知れないけれど、菊ちゃんの側にいたいと思ったら、それが意味なのだと思うようになった。
苦しんで欲しくないんだ、一人で。
国は基本孤独なのだと思う。
その孤独に寄り添えたらなんて大それた事を思う訳じゃない。
でも、あの姿を見て、こもる菊ちゃんを見て側にいたいと思ったのは間違いない。
「顔を上げなさい、」
「うん」
菊ちゃんの言葉にあたしは顔を上げ、真正面から菊ちゃんと見合う。
彼には隣と言いながら、ホントは目の前にあたしは座ってたんだ。
「一つ、聞いても?」
「なに?」
「なんでそんな麒麟のような真似事を?」
あきれたように菊ちゃんはあたしの姿を見ながら言う。
着物を合わせて、裾をはしょらないで着てみた。
って言っても、帯は適当に結んでるけど。
「麒麟ぽい?」
「って言うか、どうしてそう言う着方なんですか。もう少しきちんと着物は着なさい」
「じゃあ着付け教えて」
「厳しいですよ」
「うん、分かってる」
「、何故、某十二国記の麒麟のまねごとを」
「日麟です、キラッ☆彡」
「、質問に答えてませんよ」
「和んで貰おうかと思って」
和めるかどうか別として、少しテンション変えられるかなぁなんて。
「な、和むどころか心臓が止まるかと思いましたよ!貴方にはそんな事言わせたくなかったのに!そんなあの時のような………。あなたを私たちの側にしたくなかったのに。貴女をお嫁さんにだすのが、私の夢だったんですよ」
お嫁さんって。
「この世界に引き込んでしまった私の罪滅ぼしとでも言うのでしょうか。私にはその責任があった」
って言ったって、ドコに行けと言うんですか。
結構なカッコいい人達とこの世界に来てから出会ってしまったので(菊ちゃんも含めて)なかなか普通の人に恋するなんて難しいような?
「私は、貴女が好きですよ。離れるのも寂しいですね。出来る事のならば、一緒にいたいと思っています。でも貴女が本当に心底好きになった相手ならば、たとえ普憫だろうが、海賊紳士だろうが、ヴェーだろうがちぎーだろうが、鈍感親分だろうが、ムキムキだろうが、髭だろうが、貴族だろうが、骨太だろうが、AKYだろうが、仙人だろうが、起源だろうが……ホント誰でも良いんです。貴女が笑っていられるのなら。泣きながら赤飯炊く覚悟は出来てますよ」
………なんか、限定されているような気がするよ?
一人、伏せてないし。
っつーか、銀魂………だよ、台詞回しが。
「でも本当に良いんですか?貴女が望んでいる事は人としての死を無くしてしまう事です。未来永劫生き続けるかも知れない業苦と直ぐにでも消えてしまう恐怖に貴女は晒される事を良しとするのですか?」
この先、菊ちゃんと居ると言う事はそう言う事だ。
分かってる、それに関してあたしは決意と覚悟を持ったんだ。
「菊ちゃんがいると言うなら、あたしはそれでも構わない。あたしは菊ちゃんが一人で苦しんでるのを見たくなかった」
「これは私の罪です。あなたが受け止める必要はない」
「違う、違うの」
菊ちゃんは分かってない。
「何が違うんですか」
「あたしは、菊ちゃんと未来が見たい」
「未来ですか?」
菊ちゃんはあたしの言葉に目を丸くする。
未来を見る。
それがどれだけのものかあたしには分からない。
けど…。
「菊ちゃん、聞いて。歴史というモノは少なからず目を背けたい事実が存在する。けれど、ソレすらも歴史の一部であることを忘れちゃいけない。なぜなら、現在が現在であることの所以だから。過去を学ばずして未来は作ることは出来ない。過去を現在に、未来に生かす、ソレは歴史を学ぶモノだけでなく、歴史を知るものの義務である。違う?」
「それは、持論ですか?」
「もちろん。あたしは、単なる歴史好きじゃないよ、萌えも必要だけど。あたしは、過去があるから今があるって思ってる」
嫌な事だって、つらい事だって、苦しい事だってある。
だけど、あたしは菊ちゃんとこの先も見られるのなら見ていきたい。
楽しい事、笑える事、萌える事、たくさん、面白い事を見ていきたいんだ。
「悲しむより、笑っていたいよ。菊ちゃんがこのときは苦しいの分かる。苦しまないでなんて言わない。その時の事が全部無になるから。そんな事しちゃ行けない。あたしは、忘れないためにも菊ちゃんのその思いを受け止めたいの」
「……………………」
菊ちゃんがあたしの頬に手をあてる。
「間違ってるなんて言わないで。コレはあたしが決めた事なの。未来みたいなんて馬鹿みたいだって思うかも知れないけど、あたしは菊ちゃんやみんなに会えてとても嬉しいの。これからもみんなで笑ったりくだらない事で言い合ったりしてたいの」
「……」
菊ちゃんはあたしの名前を呼んで抱きしめる。
「菊ちゃん?」
「少しだけ、こうさせてください」
菊ちゃんの声が震えている。
泣いているんだって思った。
泣かないで欲しいのに、泣いて欲しいんじゃなかったのに、笑って欲しいのに。
でも、泣かないでなんて言えない。
菊ちゃんはあたしの思いを分かってくれたかな?
「あたし、お嫁さんに行っても多分、菊ちゃんの所にいる方が多いと思うよ」
「何故ですか?」
唐突に言ったあたしの言葉に菊ちゃんは問いかける。
「だって、あたし菊ちゃん大好きだし、ご飯おいしいし」
「ご飯おいしいがメインじゃないんですか?」
「そうかも。あ、そうだ、ギリシャ神話のペルセフォネだっけ?デメテルの娘。彼女みたいに3ヶ月だけ向こうにいるって言うのはどう?」
「冬の間だけですか?」
なんで冬っっ。
「彼女が冥王ハーデスの所にいるのは冬の間だけですよ」
あっそっか。
「でも、冬は無理じゃん、イベント大量。クリスマスに大晦日。お正月に、2月なんて菊ちゃんの誕生日とバレンタインデー。かき入れ時だよ?」
「では春は?」
「花見にゴールデンウィーク。初鰹、あたしは忘れないわよっ〜」
鰹好きです。
初鰹に、戻り鰹、たたきに刺身。両方大好き。
って言うか、光物好き〜〜。
「夏は梅雨に夏休みにお盆に、花火」
「ウナギ〜、そうめんに、かき氷、すいかっっ。夏バテしそうだけど、結構おいしいもの多いよね」
「秋は?」
「さんま、おいしいよねぇ。やっぱり油がのってるサンマはホントおいしいよ」
「そうですねぇ……。そう言えば、初物はまだですね」
そうなんだ……あの、油がのってるサンマを想像したら食べたくなっちゃったよ。
「初物が出たらすぐに買いましょう。大根おろしをすって、醤油をかけて」
「減塩の為にポン酢しょうゆでお願いします」
「減塩しろと言うのならば、ならば、すだちを買い求めますよ、私は」
「それ、おいしそうだね、すだちをたっぷりかけて、お醤油かけて」
「ねぇ、必要でしょう」
「うん。だからね、菊ちゃん、あたしずっと相手の所に行けないなぁって思うの。ドイツに1ヶ月行っててホント身にしみた」
菊ちゃんがあたしの言葉に苦笑いを浮かべた気がした。
「なら、相手の方には謝らなくてはならないですねぇ。そうか、婿入りしていただければ、万事解決ですね」
「そうだねって……それで良いの?」
「いいんですよ。が、幸せなら、私は良いんです」
「だったら、あたしが菊ちゃんと一緒にいることが幸せだったら、それでもいいの?」
「………そう、ですね」
ようやく、笑ってくれたような気がした。
*****
玄関のチャイムがなり向かうとそこにはイタリア兄弟とドイツ兄弟が居た。
菊ちゃんが言った予定通りの日付。
時間は思った以上に早い。
「チャオ、、元気?」
「うん、元気だよ?」
「ヴェ〜、浴衣よく似合ってるよ」
「ありがとう」
フェリシアーノの太陽の様な笑顔と言葉にあたしは頷く。
「が来てから日本に来るのそう言えば初めてだな。浴衣……、コレ何の模様?」
「これ?牡丹だよ」
あたしは黒地に牡丹の模様の浴衣を着ている。
ロヴィーノが浴衣の袖に触れながら聞いてくる。
「、俺たちの事はあまり構う必要はない。いつも勝手にしているからな」
ルートさんは苦笑いを浮かべながら言う。
「浴衣か……やっぱり良いものだな」
「だよねぇ。アントーニ兄ちゃんずるいよね、ベルギーでさぁ、ちゃんの着物姿見れてるんだよ」
「メールの自慢ぷりがムカつくぜ」
「ジルベルトの所にも来たの?」
「あぁ。めっちゃ似合うとるでぇとかっつーメールが送られてきたんだぜ」
「アントーニオのヤツ誰でも送ってんなよな」
そう言えば、アントーニョさん、ギルとフランシスさんに送るって言ってたっけ。
「今度は俺様が自慢してやるぜ。ケセセセ」
「それ賛成」
「ざまぁ、泣いて悔しがれ」
いきなり、携帯で撮影会ですか。
「オイ、が困ってるだろう」
もうちょっと強く言ってくれないかなぁ、ルートさん。
「ルートさんってフェリシアーノ達(ギルも含む)に甘いと思う」
「えぇ、ルーイはめちゃくちゃ厳しいよ〜」
「ムキムキの癖して」
「俺様の方が兄貴だからな、当然だろう」
……………ルートさんの苦労っぷりに涙が出そうになるよ。
よくよく考えてみたら一番年下かも、ルートさんが。
それなのに、こんなに苦労性だなんて。
「そうそう、ちゃん夕飯はオレが作るからさ、あんしんして」
フェリシアーノが片手に提げてる袋を掲げて言う。
安心って……別に大丈夫なんだけどなあ。
どうしよう、今日暑いからそうめんにしようっていう話だったんだけど……。
「、どうした?」
黙り込んだあたしにギルが問いかける。
「何かあったか?」
何か?
あたしと目線を合わせたギルの表情はどこか心配していて。
ギルだけじゃない、フェリシアーノもロヴィーノもルートさんも同じ様に心配そうに見ている。
何か、心配されてる?
「大丈夫だよ、特に何もないよ?」
「しかしだな…」
そうルートさんが言ったときだった。
「随分早いおつきですね。もう少し遅いと思っていたのですが」
奥から浴衣を着た菊ちゃんがやってくる。
いつもは濃い色を着る菊ちゃんは珍しく白地に亀甲文様の入った浴衣を着ている。
「き、菊、大丈夫なのか?」
「はい、お気遣いなさらずに。私は大丈夫ですが居てくれていますので」
そう言って菊ちゃんはあたしの隣に来る。
「フェリシアーノ君、毎年夕飯を作ってくださってありがとうございます。大変申し訳ないのですが、今年は私とで振る舞おうと思っておりまして……」
「ううん、いいんだ。気にしないで。ホント、大丈夫なの?」
「無理してんじゃ」
フェリシアーノとロヴィーノの言葉に菊ちゃんは静かに首を横に振る。
「無理なんてしてませんよ。ご安心ください」
そう言って菊ちゃんはみんなを部屋へと案内した。
「巻き込まないって言ったのはドコの誰だ?」
「……そのつもりでした」
「でも、あいつは」
「結局、貴方が危惧したような事になってしまった。なんの弁解もありません」
「……あいつが苦しむのを見るのだけはごめんだ」
「………それは、貴方に言われずとも……」
浴衣を脱ごうかなって思って部屋に戻ってきたけど、何となく脱ぎたくなくって止める事にした。
『コンコン』
開けっ放しのはずの扉を見れば、ギルが居た。
「どうしたの?」
あたしの問いにギルは部屋に入ってくる。
「不法侵入」
「入るなって言ってねえじゃねえか」
まぁ、確かにね。
「何にもねえ部屋っていうか、ベッド大きすぎじゃねえのか?」
「大きいベッドっていいよねって菊ちゃんに言ったら、コレが届いたの。6畳なのにあり得ない」
「やっぱあいつお前に甘々じゃねえか」
そうかなぁ?
「」
いつの間に近くに来たのか、ギルはあたしのすぐ側にいる。
「何?」
顔を上げたあたしの頬にギルの手がかかる。
ちょ、ちょ、ちょ。
「ぎ、ギル?」
突然の出来事にあたしは声がうわずる。
「………」
何処か泣き出しそうなギルの表情にあたしは文句を言おうとして言えなくなる。
「ギル、どうしたの?」
「あんまり………無理するな」
泣きそうなのはギルベルトなのに、どうしてあたしが心配されるんだろう。
「無理?してないよ」
「………なら、良いんだけどな。あんまり、感情を受けんなよ?」
「受ける?」
何の事?
「………………苦しくなったら、俺様に言えよ」
ギルの表情が泣きそうで、あたしは何も言わずにただ頷いた。
苦しくなったらってどういう事だろう?
あたしは、分からないまま過ごしていく事となる。
*****
数日後、にーにから連絡があってあたし達は駅構内で待つ。
「全く、どうしてこうお前らは我に面倒かけさせるあるか?」
「ホントだよねぇ。さっさと素直になればいいのに」
「まぁ、一歩前進って事で」
「ほら、アルフレッド」
「お、押すなよ、アーサー。押さないでくれよ、ちゃんと歩くからさぁ」
駅構内で、にーに達があたし達の所に向かってくるのが見えた。
「菊、……遅くなったな」
「アーティばっかり良い格好はさせるつもり無いよ。お兄さんはね」
「いえ、お待ちしてましたよ。フランシスさん、アーサーさん」
アーサーとフランシスさんの言葉に菊ちゃんは静かに礼を言う。
「……アーサー、フランシスさん、着拒しちゃってごめんね」
「……いや、分かってたからいいんだ。それでもに甘えていたオレが悪い」
「こんなに悩む必要はなかったのかもしれないね」
フランシスさんとアーサーの言葉にあたしは泣きそうになる。
「が泣くと我の心が痛むあるよ」
「で、アルフレッド君、君はどうしてそこに隠れてるんだい」
アーサーとフランシスさんの背後に隠れているアルにイヴァンさんが声をかける。
「いや……えっと……さぁ……。なんて言ったらいいんか分からないんだぞ」
ますます、アルは小さく縮こまる。
「……アルフレッドさん、ようこそ、いらっしゃいました。お待ちしてましたよ」
「……そうかい?じゃあ、行こうかな?」
ぎこちなく立ち上がりながらアルは言う。
「おい、いつまでやってるんだ。菊、、先に行かなくてもいいのか?」
「時間、大丈夫?そろそろ言ってた時間だよ」
ルートさんとフェリシアーノの言葉にあたしと菊ちゃんは時計を見る。
「菊ちゃん、やばい、上司、迎えに行かないと!!!」
「そうですね。では、皆さん、会場で、お逢いしましょう。、上司を出迎えたらその後は上司の上司ですよ」
マジデカ〜〜。
「当たり前です!!!次のスケジュールも確認忘れないでくださいね」
了解!!!
泣きそうになるのを時間で忘れて、あたしは菊ちゃんと上司と共に分刻みのスケジュールへと突入する。
あの日のあの時間をあの場所で迎えるために。
「本日は、よく来てくださいました。未来へと向かうためのこの日を、あらたな一歩のこの日を皆さんと迎えられる事を私は嬉しく思います。では、また後で」
菊ちゃんはそこにいるみんなに、アルフレッドとアーサーとフランシスさんとにーにとイヴァンさん、そして、ルートさんとフェリシアーノにそう礼を言う。
「、行きますよ」
「うん、じゃあ、みんな後でね」
ギルとロヴィーノにもそう告げてあたしと菊ちゃんは今度こそ、上司を出迎えるために特別列車の新幹線が入ってくるホームへと駆けていった。