「準備出来たんか?」
お父ちゃんの声が響く。
今日は隣に住んでいる人達と出掛ける。
隣に住んでる人はお父ちゃんの親友で同じ職場で働いている。
お父ちゃんの職業は警察官。
職業柄なのか、なかなか家にはいない。
そんな仕事の合間、親友同志で同じ日に休みがとれたので、しかも隣同士だからって事でお互いの家族で出掛けることになった。
向こうの家には同い年のコがいる。
生まれた月が同じで同じ星座で同じ血液型。
まるで姉弟の様にすごしていた。
「和葉、準備は出来たか?」
「うん、できたよ。おとうちゃん」
アタシはかがんだお父ちゃんに向かってそう言う。
「お母さんが用意出来たか見てきい。お父ちゃんは隣の家に先に行っとるから」
「うん、わかった」
お父ちゃんの言葉にアタシは頷き、まだ洗面所で化粧をしているお母ちゃんの所に向かった。
「おかあちゃん。おとうちゃんがはようっていうてた」
「で、そのお父ちゃんはどこにいったん?」
「となり」
お母ちゃんの言葉にアタシは言いながら指を差す。
「ほんならはよせんとアカンな。和葉、もうちょっとまっとって」
「うん」
お母ちゃんの言葉にアタシは頷く。
「おかあちゃん、おとうちゃんどこにつれってくれんのやろ」
「そうやねぇ。おもろいところやとえぇね」
お母ちゃんは仕度が出来たのかアタシを抱き上げる。
「ほな、隣にでもいこか?」
「うん」
玄関に鍵をかけ、門の外に出ると、一台のワンボックスカーが止まっていた。
「遅かったやないの、何してたん?」
和服美人な女の人がお母ちゃんに向かって話しかける。
隣の家の、おばちゃんだ。
「身支度に決まっとるやないの」
「こいつの身支度は長いのが欠点や」
「身だしなみは大事やで、遠山さん」
おばちゃんのにらみにさすがのお父ちゃんもひるむ。
おばちゃんのにらみはお母ちゃんにいわせると天下一品だそうだ。
『強面で有名の大阪府警の捜査一課の人をそのにらみで一喝するんやで』だって。
「かじゅは。かじゅは。はよ、のれ」
後部座席に既にのっているアタシの弟(分)の平次がアタシの名前を呼ぶ。
「そんなんせかさんといてよ。せかさんでものるわ」
そう言ってアタシも平次が乗っている後部座席に乗り込んだ。
おばちゃんとお母ちゃんも車に乗り総勢6名で出掛ける。
「かじゅは、きょうどこでかけるかしっとるか?」
舌足らずな平次はアタシの名前をちゃんとは呼べない。
サ行が苦手らしいので『かずは』ではなく『かじゅは』と呼ぶ。
そこがなんか可愛くて弟みたいに思える。
とはいうものの、実際にアタシに弟はいない。
近所のお姉ちゃんや近所のおじちゃんおばちゃんがアタシと平次でいっつも遊んでいるのを見て
「和葉ちゃん、お姉さんやね」
っていうから必然的に平次は弟になるのだ。
「きょうどこでかけるって…へーじはしっとんの?」
「しらん」
「ほんならいみありげにいわんといてよ」
そう言って窓の外を見たアタシに平次は落ち込む。
その落ち込み方に目を離せずアタシは聞いた。
「どないしたん?」
「かじゅは、おこったん?」
「なして」
「やって…きゅうにきげんわるなったやないか」
そう言って平次はうつむく。
「……へーじ、アタシ、おこってへんで。ほんまやで」
なんと平次に答えていいか分からず、アタシはとりあえず、怒ってないということを平次に見せた。
「ホンマに、かじゅは、おこってへん?」
「おこってへんよ」
「ホンマか?」
「ほんまやって、へーじしつこいっ」
半分怒りそうになりながらもしつこく聞いてくる平次にアタシは「怒ってない」と言い続けるしかなかったのだ。
「ほんならえぇわ」
突然、そう言って平次はそっぽを向く。
ほんま何やのぉ。
平次が何考えとるかたまにわからんようになる。
そりゃ…いつも一緒にいるはずではない。
けど、ある程度はわかってるつもりなんだけど…どうしても分からんようになる。
「じゃれあいは終わったんやね。二人ともお菓子はいる?」
そう言っておばちゃんはお菓子が入った受け皿をアタシにわたす。
「仲良う食べるんやで」
おばちゃんの言葉にアタシは頷き、平次とアタシの間にあるそのスペースに受け皿を置く。
「おかしやぁっ」
そう言って平次はお菓子を食べ始めた。
「かじゅは、いるか?」
そう言って平次は食べかけのポッキーをアタシに差し出す。
アタシが何食べようかなって考えてるときに急にそんなことを言いだしたのだ。
「アタシがほしいんは、そんなんとちゃうっ。これや、これっ」
そう言うと平次は小さくなったポッキーをアタシに見せつける。
「せやけどっ。これもほしいんとおもったんとちゃうんか?」
「かんけいあらへんやんか、もう、あんたはかってにきめつけんといて…ってあんたなにボロボロこぼしとんの?」
平次の膝の方に目を移すとお菓子のかすがいっぱいおちていた。
いつもはおばちゃんが怒るから平次もこぼさないんだけど、油断してるとこぼすのだ。
アタシはちゃんとしてるからこぼさないんだけど(お母ちゃんがこぼすとおよめさんにいけないっていうんやもん。アタシのあこがれはおよめさんになることやねん)。
「おばちゃん、なんかない?へーじがおかしこぼしたぁ」
「全く、平次にも困ったもんやなぁ。和葉ちゃん、これで拭いてやってくれる?」
「えぇよ」
前の席に座っているおばちゃんに布巾をもらい、平次のお菓子で汚れた顔と、ボロボロこぼしたお菓子をふき取る。
「じぶんでやるわ」
そう言う平次はアタシから布巾をとってごしごしと顔を拭く。
あんまり上手い具合に出来ないみたいで、アタシは笑ってしまった。
「なに、わろうてねん」
「やっておもろいんやもん」
「やったらおまえもおなじめにあわしぇたるっ」
そう言って平次は布巾でアタシの顔をぐいぐいと拭き始める。
「へーじっ、なにするん、いやぁやぁっ」
「わらったばつやっ」
そう言って平次はやめてくれないっ。
「へーじぃ」
半分泣きそうになるアタシに救いの手を差し伸べてくれたのはやっぱりおばちゃんだった。
「平次っアンタいい加減にしなさい。和葉ちゃんは女の子なんやで」
「やってしゃいしょにかじゅはがオレのことわらったんやもん」
「せやけど、和葉ちゃんを泣かしたんはアンタやっ」
そう言っておばちゃんは平次のことを怒った。
「ちゃんと和葉ちゃんに謝りっ」
「むーーーー」
「平次」
「かじゅは、ごめんな」
「えぇよ…へーじ」
「ホンマ?ホンマにゆるしてくれんのか?」
「うん、えぇよ」
「かじゅはぁ」
「わぁ、へーじぃっ」
いきなりアタシに飛びついた平次とそのアタシを見ておばちゃんとお母ちゃんが話してるのが遠くで聞こえる。
「ホンマ、姉弟みたいやねぇ」
「手のかかる弟やって思うてんやろうなぁ。ホンマ堪忍な」
そんなこと話してるなんて思わないで、アタシは平次とじゃれあっていた。
目的地の河原に着く。
魚釣りしてるおじさんや、川に入って水遊びしている人が見える。
お父ちゃんとおじちゃんも釣りの準備を始めていた。
「おかあちゃん、かわんなかにはいってもえぇ?」
「かじゅは、かわにはいるんか?かじゅはがはいるならオレもはいるぅ」
そう言って平次はおばちゃんに泣きつく。
そんな平次の姿に
「へーじはついてこんといてよ」
「えぇやんか、オレもいくっ」
そういって平次はアタシの服をつかむ。
「へーじっ」
「なんやっ」
平次がまっすぐにアタシを見る。
「なっなんでもないっ。で、かわにはいってもえぇ?」
「川に入るのはアカン。足つけるぐらいやったらえぇよ」
「ホンマ?」
平次の言葉におばちゃんはニッコリと微笑む。
「ここら辺は深いとこないらしいから大丈夫やと思うけど、気いつけてな」
お母ちゃんの言葉に頷いてアタシと平次は川に入る。
「つめたいなぁ」
「ホンマめっちゃつめたいで」
水に触れると誰もがやりたくなること。
「えーい」
そう言って平次はアタシに水をかける。
「なにすんのぉ。へーじのアホ。へーじなんかきらいやっ」
今日来てきたのはお気に入りのワンピース。
それをぬらされてしまってアタシは嫌いと言いながら平次に水をかける。
「なにすんねんっていいながらみじゅかけるなやっ」
「へーじがさきにかけたんやないかぁ。きらいやっ」
そういってアタシは平次から離れる。
「かっかじゅはどこにいくねんっ」
「へーじにはかんけいあらへん。へーじなんかしらん」
平次の言葉を無視しながらアタシは川の中を歩く。
「かじゅは、オレもいくっ。かじゅはといっしょにオレもいくでっ」
「ついてこんといてよぉ。むーーーーーーー」
平次なんか嫌いやっ。
そう心に思いながらアタシは川面を見つめる。
「へーじ、みず、キラキラしてる」
「ほんまや…。オトンがいうてたで、ここらへんはきれいないしがぎょうさんころがっとるって」
そう言って平次はアタシに拾った小石を見せる。
その石はガラスみたいで透明だった。
周りを見回すと、色がついてる透明な石もある。
「へーじっきれいやで」
「ホンマやっ。そうや、どっちがたくさんとれるかきょうそうしよか?」
「えぇよ、ぜったいへーじにかつから」
「オレかて、かじゅはにはまけへんで」
そう言って競争を始める。
きれいな小石。
家にある金魚鉢に入れたらきれいやろうなぁってそう思った。
とは言ってもとるのにも飽きてアタシはいろんな小石をひろっては太陽に透かしてみていた。
「……かじゅはっ」
平次がアタシのことを呼ぶ。
「へーじ、なに?」
「これっ」
そう言って平次はアタシに一つの小石を見せる。
その石は、ココに転がってるどの石よりも綺麗でアタシは一目見ただけでそれが欲しくなった。
「きれいやね、へーじ」
「かじゅはにやるっ」
そう言って平次はアタシにそれをくれる。
「ホンマに?」
そう聞くと平次は思いっきり頷く。
「うわぁ、おおきに、へーじ」
アタシはそれを受け取ると太陽に透かしてみる。
七色に光ってそれはそれはアタシの心を魅了していく。
ふと隣に目をやると平次がにこにこした顔でアタシを見てる。
「へーじ、なに?」
「な、なんでもあらへん」
そう言って平次は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「へーじ、ホンマにありがとな。めっちゃうれしかったで」
「ならえぇーねん。なんか…かじゅはがよろこんどんのみとるのってたのしいねん」
「アタシもへーじがよろこんどるのみるとたのしいで。そうや、アタシもへーじにおかえしせんとあかんな」
アタシはそう言って平次が喜びそうなことを考える。
何したら平次は喜ぶんだろう…。
考えても思いつかない。
「どこいくん?」
岸に上がってお母ちゃん達の所に行こうとしたアタシに平次は呼び止める。
「おかあちゃんのところ、すぐもどってくるからまっとって」
そう言ってアタシはお母ちゃん達のところに行く。
正確にはおばちゃんの所。
おばちゃんのところだったら、平次が喜びそうなこと知ってるから。
「おばちゃん、あのな、ききたいことあんねんけどえぇ?」
「どないしたんや?和葉ちゃん」
「あのな、へーじにこれもろうたんよ。あたしもへーじになんかおかえししたいねん。なんかへーじがよろこびそうなことってある?」
そう言うとおばちゃんはお母ちゃんと顔を見合わせニッコリと微笑む。
「えぇよ、和葉ちゃん。教えたるから耳貸して?」
おばちゃんの言葉にアタシは素直に頷き、平次がよろこびそうなことを聞く。
「わかった、おばちゃんおおきに」
そう言ってアタシは平次のところに向かう。
「かじゅは、おれのかちやで」
そう言って平次は手にたくさんの小石を持ってた。
「………あっ…きょうそうしてたんやっけ…。そんなんわすれてた」
「わしゅれんなやオレはちゃんとおぼえてたんやで」
「ごめん…。そうや、へーじ、さっきのおれいわすれんうちにする」
「おれい?えぇっていうてるやろ」
「それじゃ、アタシのきがすまへんの」
そう言ってアタシは平次の隣に行く。
「なっなんやねん」
「………ありがとっ」
そう言っておばちゃんから言われた「平次のほっぺにチュッとキスするとよろこぶで」を実行したのだ。
「なっなっなっなっ」
平次が恥ずかしそうに顔を赤くする。
それを見てアタシまで赤くなってしまった。
思えば…それが最初。