思うままにピアノを奏でる。
　自分の中からあふれ出る思いを、音楽に乗せて。 　曲を作るときはピアノの前に座ってまずは好きなように弾く。
　それはいつものボクの作曲のスタイルだけれども。
「珍しい、ピアノ弾きながらチェスターが眼鏡掛けてるなんて」
　そこまで見えない訳じゃないよね？
　ラテスの神官のシェラがボクを見て言う。
「ちょっとね、掛けたいときもあるんだ」
　そう言ってボクは鍵盤に目を移す。
　白鍵と黒鍵のコントラストが鮮やかなこのピアノの音質はいつもいい状態を保っている。
　このピアノで弾くのは楽しいけれど。
「掛けたい時って？」
「さて？」
　なおも問いかけるシェラにボクは笑ってごまかした。
　それ以上は教えてもらえないと思ったのだろう。
「コーヒー、ここに置いておくね」
　そう言ってシェラは部屋を出て行く。
　ボクがピアノを弾くとき眼鏡を掛ける理由。
　それは。
「スランプ、チェス？」
　そう言いながら入ってくる二人。
　コーヒーのいい香りが強まる。
「シェラに貰ったの？」
「そう」
　誰が来たのか顔を見なくても分かる。
「別にボクはスランプでもないよ」
　ボクは好き勝手に引きながらクロンメルとマレイグに答える。
「でも、いつも弾くときは眼鏡を掛けないあなたが珍しく掛けてるときはスランプって決まってるでしょう？チェスター」
「別にそれでもいいよ、クロン」
　ちゃかすように言ってくるクロンメルにボクは弾きながら答える。
　少したたく音が大きさを増す。
　いらいらするのは当然。
　実際、クロンとマレイグの言葉は当たっている。
　ボクが眼鏡を掛けてピアノを弾くときはスランプの証。
　いつもはそれほど見える目でもない目で鍵盤を見ながら弾いてる。
　でも、時々はっきりと見える眼鏡を使って弾きたくなる時がある。
　見えないはずの音を。
　感じるはずの音を。
　眼鏡で見えるようになった目で探すように。
　ボクは弾く。
　音が見えるようにボクは弾く。
「〜〜〜〜〜〜〜」
　マレイグが音を拾って言葉を使わずに歌う。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
　そのマレイグの声にクロンがコーラスをつける。
　ボクは弾く。
「出来るよ。二人とも」
　眼鏡を外してボクは弾く。
　邪魔な眼鏡は外して。
　マレイグとクロンの声を感じて、ピアノを弾く。
　部屋中に広がる音に、心地よくなりながら。