シルクハットにタキシードを白に染め上げた人物は闇夜を切り裂くようにハンググライダーで飛ぶ。
仕事の帰りなのだろうか。
レオタードの怪盗を見つけて静かに音も立たせずに降り立った。
闇夜の密会
「ごきげんよう」
仕事の帰り際に出会った人物は、相変わらずの様相を見せる。
「まさかプリンセスにこんな所で出会えるとは思いませんでしたよ」
と闇夜に映える白い装束で身を包んだ怪盗1412号。
怪盗キッドと言った方が世の中には知れ渡っているのだろうか……。
「しかしプリンセスに怪盗305号だなんて無粋な名前を付けるとは……」
「ねぇ、そのプリンセスって呼び方やめてよ」
「これは失礼プリンセス」
初めて逢った時から怪盗キッドはあたしの事をプリンセスと呼ぶ。
確かに代々泥棒の家系でお金持ちだし(実際問題実家は警備会社を経営している、矛盾してるけど、それが実)、家に帰ればお嬢様って呼ばれるけれどね…。
プリンセスって呼ばれるのは歯がゆいのよ。
家から出てる身だし。
最も、依頼と称してあたしに仕事を持ち込んでは来るけれど。
「だいたい、あなたにそう呼んでいいなんていった覚えは無いわよ。怪盗キッド」
「まぁ、お気になさらないで下さい。わたしはあなたに嫌がらせをしに来た訳じゃないのですから」
とシルクハットを取り胸にあて頭を下げる。
その仕草があまりにも優雅で、先代怪盗キッドを思い出した。
「叔父様を思い出したわ」
天才マジシャン黒羽盗一。
彼がとある宝石群を捜すために怪盗キッドと名乗って世間を騒がせていた事は一部の人間にしか知らない事実だ。
今、あたしの目の前にいるのは黒羽盗一の忘れ形見。
「寺井さんはお元気?」
ふと思い出したようにそう問いかければ
「元気に骨董品屋やってますよ」
そう言って年相応の笑顔を片眼鏡越しではあるけれど見せる。
「で、あたしに何のよう?情報が欲しいのなら本家に行けばあげられるけれど?」
「あなたが本家に戻るとは思いませんけど?」
「ねぇ、何しに来たの?あたしを怒らせに来たの?」
「まさか、ある人との連絡を取っていただきたくて」
「ある人?」
検討がつかなくて首をかしげる。
あたしが連絡取れる人なんていたかしら?
おばあさま?
「連絡先を知りたいと言いますか……」
連絡先を知りたい?
それっておばあさまの事じゃないわよねぇ…。
おばあさまの連絡先だったら知ってるはずだもの…。
「知ってるはずです。シティーハンターを」
瞬間、ビル風が巻き起こり彼のマントがはためく。
「………知ってどうするの?」
「ちょっと手伝って欲しくって…。今回の山は、私一人では難しいので」
「…よく言うわ。天才マジシャン黒羽盗一の血を引いて、なおかつIQ300のあなたに出来ないなんて事ないでしょう?」
「…ちょっと楽しようと思って…。警察がたくさん張り込むんですよ」
そう言って怪盗キッドは苦笑いを見せた。
「呆れた〜、利用しようって言うの?」
おそらくキッドは間違いなく二人の事を調べている。
彼らがどういう状況になっている事も全て。
それを知っていながら利用しようって言うんだ、あの二人の立場を!!
「まぁ、お互い様でしょう?」
「…お互い様って別にあたしは利用なんてしてないわよっ」
「としたら…マジで困ったな…」
ぼそっと呟くさまは年相応だ…。
年下の高校生。
幼なじみと一緒にいる時の笑顔はまるで今と違うのに。
気配さえかえる様はあの人の死に様を知っているからだろうか…。
だから、おばあさまは彼に肩を貸してしまうのだろうか…。
「…良いわ。連絡先教えてあげる。ただし連絡先だけ。そこから先は自分でしなさい」
あぁ、またあの二人は喧嘩するのかな?
片方は彼の肩持って、片方はヤキモチ妬いて。
見るの楽しいんだけど………お店また壊されちゃうのかなぁ。
そしたらマスター夫婦が彼ら出入り禁止にしちゃうのかなぁ…。
「それじゃ」
「待って、快斗君」
名前を呼んだら憮然とした顔でこちらを見る。
「なに、かすみさん」
お返しと言わんばかりに彼はあたしの名前を呼ぶ。
「気をつけて」
「…ありがとう」
何への警告なのか彼は自分で解釈するだろう。
彼は闇夜に映えるハンググライダーで眠らない街を飛び去っていく。
あたしは知ってる事は何もない。
だいたいあの宝石群はこの業界では危険きわまりない逸品なんだから。
「黄昏…の十字軍………か………」
闇夜に輝く満月を仰ぎながら、今日盗み出した宝石をのぞき見る。
月の光に反射する宝石はあまりにも綺麗で。
あたしは泣きそうになった……。