「逃げるなんて随分卑怯じゃネェか」
「逃げるのも戦略のうちじゃないの?」
狙えば綺麗に外される。
「そう言っていられるのも今のうちだぜ?」
「それはどうかしら?」
そう強気に返される言葉に腹が立つやらおかしいやら。
気が付けば目の前はトラップの嵐。
素人、と思っていたがこれはこれは。
並の素人じゃない。
それともプロか?
あんな美人なのに裏の世界の住人とはもったいない。
表の世界の住人だったらお相手して欲しかった。
などと思ってる間に、トラップ発動。
こりゃ、本気で掛からないとまずい相手?
……なんだかな。
本気になりたくないなんて思うおれって一体どうなんでしょ?
終結への銃声 〜 We can be together 〜
取り壊し予定のビルの駐車場にはすでに見慣れたミニクーパーが駐車してあった。
撩の持ち物は全て消し隠した。
だが、このクーパーだけは、残しておいた。
香が探したからだ。
他に探したものはもう一つある。
それは探したものと言うのだろうか、求めたものかも知れない。
銃を整備する為の道具。
ある日は香はそれを海坊主に求めた。
パイソンの整備をする為に。
いつか、持ち主にキチンとした状態で返せるように。
香はそう言って大事にパイソンを抱えていたのは美樹には忘れられない。
「早かったわね」
ミニクーパーに寄り掛かるように立っていたのはブラッディー・マリィー。
すでに裏の世界から足を洗ってはいても、その身のこなしは裏の世界に身を置いていた者そのもの。
「ハーイ。久しぶりね、ミック・エンジェル」
「まさか、君が日本に来ているとは思わなかったよ。マリィー」
「カオリさんから呼び出されたの。どうしても手伝って欲しい事があるって。ちょうどリョウの事は聞こえてきてたから、それを確かめるにも良い機会だと思ったわ」
マリィーは銃声と爆発音が聞こえ始めたビルを見上げる。
「…始めたわね。本当に…」
「香さんはこのビル内にいるの?」
「…そうよ。彼女はここでローマンの男を迎え撃つ為に」
「何の為に」
麗香の言葉にマリィーは皮肉げに笑う。
「分からないなんて言わないでよ。彼女の望みはローマンを取り返す事。そして、彼女はリョウが死んだと思っていない。約束させたそうよ。必ず戻るようにって。リョウもそれを受け入れて、必ず戻るって言ったそうよ」
そう嬉しそうにどこか悲しそうにつぶやいた香をマリィーは思い出す。
「だから、カオリさんは確認する為にここにいる。ローマンの男がリョウかどうかをね」
「で、でも香さんはどうやってローマンを自分のローマンだって分かったの?」
「そこは教授に聞いたから。今回の件は教授も知っているわ。彼女の記憶が戻った時、カオリさんは教授に話したそうよ。あなた達には記憶が戻っている事を告げないようにと」
心配かけたくないから。
当時はお腹にいる子供だけで精いっぱいだったから。
撩が「戻ってくるまできちんと子供を育てる」と約束してたから。
隠し事が苦手な香が必至に周囲に隠して。
幸いだったのは周囲が香を守る事に必至だったから気付かれなかった。
香はじっと黙っていたのだ。
「すこしだけ、我慢していて…」
マリィーはそう呟いた。
爆発音が背後から響き渡る。
ビル内を走り回る香は『ローマンの男』からの射程を綺麗に外していく。
『カオリさん、分かっているかとは思うけれど、絶対にリョウとやり合っちゃダメよ。今のリョウはあなたの事を覚えていない。手加減もなにも出来ないリョウだと思ったほうが良いわ…。あなたが傷ついてはダメよ』
ビルに入る前にマリィーに告げられた言葉を香は何度も何度も反芻する。
そうでもしないと忘れてしまうから。
近寄って、殴るなり何なりしたくなる。
だが今の撩はあまりにも危険だ。
と、そこで香は苦笑する。
近寄って確認するまでもない。
あの男は撩だ。
否定する余地が何処にも無い。
屋上へと向かう道にトラップをしかける。
屋上へはもう一人待ちかまえているはずだ。
香には目的が二つあった。
一つはローマンを含めた撩の事。
もう一つは………。
屋上へと向かう道の前のトラップが作動する。
……綺麗にはまった気がする。
こんな事になる前に香のトラップは海坊主や撩を驚かす所までになっていた。
トラップの名手として海坊主と肩を並べる程までに成長していたのである。
その目的は撩の夜這いよけにほとんど費やされるとしても。
香だってのんびり安眠したい時もあるのだ。
こういう時別々の部屋を持っているのって便利よね。
なんて妙な事を今考えてしまい、苦笑した。
屋上へとあがるとビル風が吹き渡る。
「こんな所に呼び出したのは、お嬢さんかな?」
現れた香に待ちかまえていた男が一人。
「本当に…一緒に来るとは本当に思わなかったわ」
「…そうかな?彼を呼んだのは君だろう?彼がシティーハンターだと言うのは本当に信じられなくてね。何度か狙撃をやってもらったのだが、ハンドガンでの狙撃はやめて欲しかったね」
男は懐から銃をとり出し香に狙いをつける。
「さて、槇村香さん。君が本当に生きているとは思わなかったよ」
「……あなたね。あの時、あたし達を狙ってきたのは」
香はパイソンを構える。
「ご明察通り。君たちが壊滅した組織は私の組織の下部組織でね、邪魔になると判断し切り捨てようと思った瞬間に君たちが乗り込んできたんだ。ここで君たちに壊滅させられると、私たちの方まで被害が来る。そう判断したのだよ」
あの時、撩が行方不明になり、香が記憶を失ったあの時。
ふたりは予想外の襲撃に合ったのだ。
そして…ふたりは決断せざるを得なかった。
「だから、人員を増やし君たちを狙った。ところがどうだ。結果は増やした人員は全滅。おまけに、私の組織も大きな被害を受けた。そして君たちの死体すら見当たらなかった。冴羽を見つけた時はラッキーだと思ったよ。天が運に味方したとね。そしたらとんだ見当違いだ。冴羽の持ち物はパイソンじゃなく、コルトローマン、しかも意識不明。戻ったら戻ったで腑抜け状態。とんでもない物をつかまされたと思ったよ」
男は大げさに天を仰いで、ため息をつく。
「ローマンは手放さない。記憶すら存在しない。だったらどうしたらいいと思う。捨て駒にするしかないじゃないか」
「その結果が敵暴力団幹部の狙撃?その結果がこの今の新宿周辺の状況?冗談じゃないわよ。あんたのせいで、どれだけの人間が傷ついたと思っているの?」
「傷つく?暴力団に入っているのだか怪我をするのは当たり前じゃないか」
「あたしが言っているのはそんな事じゃないわよ。一般の人たちよ。あんた達の抗争に巻き込まれた新宿の人たち、渋谷や六本木の人たち、たくさんいるのよ?」
「関係ないだろう。正義の使者の様なセリフ君がよくいえるねぇ。君たちの仕事はなんだい?殺しだろう。それこそ、一般の人を巻き込んでいるじゃないか」
「きれい事を言うつもりなんて全くないわ。否定するつもりもない。でも、あんた達と一緒にしないで。……撩とローマンは返してもらうわ」
香は静かにパイソンを両手で構え男に向ける。
「人を殺した事のない君が、私を殺せるのか?しかもパイソンなんて女の腕で軽々と撃てるようなものじゃないだろう」
「……試してみる?」
香は綺麗に微笑む。
あまりにも鮮やかで、だが男にはその鮮やかな微笑みがまるで何かを呼び込むような気がして彼女を取り巻く気配とそれに寒気を覚えた。
「…っやってみるといいだろうよ」
男が銃を構え直して引き金に指をかける。
「…えぇ、そうさせて貰うわっ」
香の言葉に男がにやりと笑う事に気になったが香は引き金を引く。
が寸前に銃声が響き渡る。
「……何故……だ」
男は呆然とした表情で香の背後を見て前のめりになって倒れる。
「……」
その様子を香は何が起こったのか分からずに見つめる。
「…その男は、お前が手を汚すような男じゃないさ」
自分の背後にあった気配に香はゆっくりと微笑む。
そこにはいたのは見慣れたどこか悲しげな笑みをたたえた男。
それは香が危険な目に合った時に見せる表情。
「…………」
「何も言ってくれないのかよ」
「……思い出したの?」
香の言葉に男は苦笑してうなずく。
「……ねぇ、抱きついても良い」
「聞く必要ねぇだろ」
そう言って手を広げ
「香」
と呼ぶ。
「撩っ」
香は駆け寄り、その撩の胸に飛び込んだ。
「遅くなってすまなかった」
「……いい。平気。ちゃんと守ってくれたから」
「約束か……お前は?ちゃんと守ったか」
撩の言葉に香は素直にうなずく。
「ちゃんと守ってるよ。…子供産んで、皆がね、見てくれるんだ。すごく、嬉しい」
「…こりゃ、さんざんからかわれるなぁ」
「自業自得でしょ?って言うか、撩って案外子供好きじゃない」
「だーっオレの何処を見てそう言えるんだ?香ぃ」
「あんた自身ガキだもんね」
「あのなぁ。ったくぅ。お前に似て可愛いんだろうな」
「ちょ、ちょ、ちょ、いきなり何言うのよっっ」
撩の発言に香は頬を染める。
まだ記憶が戻ってないんじゃないのだろうか。
さっきのままで、実はだまされてるとか。
などと考えてしまう。
撩は撩で思わず口に出た言葉に焦りを隠しきれない。
「あーなんだ。あぁ、えっと、うんと」
そんな撩の調子に香は笑い出す。
「おまぁなぁ、笑うなよっ」
「だって、そっかぁ、あんたってそう思ってたわけだぁ。うんうん、滅多に聞けない本音、聞かせてくれてありがとう」
嬉しくて香は思わず調子に乗ってしまう。
言い訳したらどんどん失敗するのが目に見えていた撩はムスーッと黙り込む。
「ごめん、ごめん。笑いすぎた」
「全くだ。…香…済まない」
突然の撩の言葉に香は不安がわき出る。
なにが、済まないのだろう。
このまま撩がどこかに行ってしまうのだろうか。
そんな不安が香を襲う。
香の不安が全て見えているのか撩は優しく微笑み香の頬を撫でる。
「お前に……記憶がなかったとは言え、銃を向けた。本当にすまなかった」
「そんな…それはあたしも同じ。あたしも撩に銃を向けた。本気で…殺そうとしたの」
揺れている瞳がまっすぐに撩を見つめる。
「狙撃に使われている銃がローマンで、アニキの銃だって分かった時、すぐに撩がやってるんだって思った。あたしが行ってやめるんだったら、絶対やめさせよう。それでも無理なら…。もし、持っている人間が撩じゃないんだったら殺そうって。アニキの形見で、撩があたしの事をホントのパートナーって認めてくれた証の銃だもの。あたしの知らない所で使われて欲しくなかったから」
「…済まない。傷つけたな。お前の事」
「んん、平気。もう、大丈夫。あたしは殺さずに済んだし、撩もちゃんと戻ってきてくれた」
「…っ」
そう言って撩は強く香を抱きしめる。
「撩、帰ろう?皆心配してる」
「あぁ」
香の言葉に撩は静かにうなずいた。
「そうそう、思い出したけど。撩、あんたの荷物ないわよ」
トラップのせいで迷路の様になってしまったビル内を歩いていた時に香はふと呟く。
「は?」
突然の香の言葉に撩は目を丸くする。
「だから、あんたの荷物。全部ないわよ。あんたが後生大事に取っておいたコレクションとかも」
「ちょ、まて、どういうこった、香〜!」
撩は叫んで香に詰め寄る。
「知らないわよ。気が付いたら、なかったんだもん」
「気が付いたらって……おまぁなぁ」
あっけらかんに言う香に撩は呆れてなにも言えない。
「あのなぁ、一応オレ達裏社会No.1って言われてるんだぞ?その家のセキュリティーが気が付いたらじゃダメじゃネェか」
「んな事言ったってしょうがないでしょう?あたしだって記憶なかったんだから」
「はぁ?」
「だからぁ、あたしも記憶喪失だったの」
香の言葉に撩は目を丸くする。
「またかよ」
ユニオンの船から戻ってきた時の事を思い出しながら撩は呆れた様に呟く。
「またって。あの時は記憶混濁。今回は記憶喪失。誰かさんがいなくなったせいだろうって教授は戻った時言ってたけどねぇ」
「嫌みかよ」
「嫌みじゃないわよ。それだけ……………」
ぶすっとした撩の顔を見ながら香は言葉を続けようとしたがやめる。
「それだけ、なんだよ」
「秘密」
「で、いつ記憶戻ったんだ?気が付いたらってそん時だろ?」
まだ機嫌悪そうに言う撩に香は苦笑しながら話を続ける。
「……いつだったっけ……そうそう、ちょうど安定期の時だったかなぁ。病院から帰ってきたらね、な〜んか違和感あったのよ。家中に」
「……違和感?」
「そ、違和感」
「なんだそりゃ」
「ん、あたしも何だろうって思って部屋中動き回ってたらね、気が付いたのよ。あんたの荷物がない事に」
「その時か?思い出したのは」
「うーん、思い出したって言うわけじゃないのよね。ただ単純に、何でないんだろうって思って、教授の所に行く予定が合ったからついでに聞いたのよ。何で撩の荷物がないんだって。そしたら記憶が戻ったのか?って言われて」
「じゃ、お前記憶がなかった事も分からなかったのかよ」
「そう言わないでよ。事実だけど……。だけどねぇ」
「で、何でオレの荷物ないんだ?」
話の続きを撩は促す。
「うーん……教授の話では……あたしが撩の事を思い出すのは危険だから……って事らしいんだけど………」
確かにそうだと納得しつつ肝心な所を言わない香に撩は気付く。
「香?」
「………多分、捨てられたかと……」
「は?」
「だから、一般的な荷物はとっといてあると思うのよ、洋服とかね、食器とか実用品?。銃の整備する道具は渡してくれたし、…ミニクーパーも戻してくれたから。ただ…………あんたのコレクションは絶対に捨てられたか、売られたか…………」
「な、なんでだよう」
涙ながらに言う撩に香は思わず気の毒に思ってしまうが、コレクションがコレクションだけに、あまり同情の視線は向けられない。
「だって、海坊主さんが預かってたのよ?多分、麗華さんとか冴子さんとか?美樹さんも協力してくれたと思うし。あんたの趣味に理解あるのって多分ミックだけだろうけど……あと教授?」
ミックは多分いや間違いなく撩の趣味に理解はあってもそれを保存しておく事はしないだろう。
香の為に。
教授も理解してもきっと……協力してくれない。
撩は自分のコレクションが全てどうなったか目に見えるようだった。
「まぁ、あたしとしては万万歳な訳でそれはそれでいいんだけどさ」
なんて言いながら落ち込んだ撩を見るとやっぱり気の毒に思ってしまう。
口には出さないが。
「…………諦めよう。昔のコレクションは」
「ホント?」
撩の言葉に嬉しそうに香は声を上げる。
「……仕方ないだろう?捨てられちまったもんは」
「そうそう、そうそう。うん、うん、分かってくれた?あれ必要ないわよ」
「必要?あるだろう?」
「は?」
「過去の物は過去の物。これからの物はこれからの物!!!と言うわけで、新たなコレクションを増やす為に日夜邁進するのだ!!」
とこぶしをあげて決意する撩に香は頭を抱え、そして叫ぶ。
「するな!!!あんたねぇ、戻ってきた途端そう言う考えするのやめてよ!!!!」
「いいじゃんかよぉ〜」
「駄々っ子になるなってばぁ。はぁ、もう、あんたねぇ、一応父親だって言う自覚もってよぉ。期待してないけど。情操教育ってもんがあるだろう情操教育ってもんが。そういうのが一番ダメだって事あんた分かんないわけぇ?」
「……う………」
「ともかくコレクションするのダメ!!!良いわね」
「ハイ」
「分かればよろしい。分かればね」
神妙にうなずいた撩に香は満足してうなずいた。
「香」
出口直前、撩は香を呼ぶ。
「何?撩」
「ありがとう」
「何が?」
「俺達の子。産んでくれて」
「今、言わないでよ。バカ…」
撩の言葉に照れて俯いて小さく悪態ついた香に撩は苦笑した。
ビルから出てきた二人を外で待っていた者達は迎え入れる。
事の顛末を聞いたのか全員あきれ顔だ。
でもその顔は誰もが笑顔に包まれている。
キャッツアイに入れた電話で子守をしながらまっていた唯香は撩と香の二人が無事である事と子守の大変さと泣き出しそうだ。
そして、その子供の事で撩はからかわれる。
撩はこの時点まで子供が女の子だと思っていたのだ。
男だとそして自分そっくりだとミックや海坊主にからかわれてさんざんな目に合っている。
その後から冴子や麗香にかすみにマリィーの面々。
美樹とかずえは香に怪我がないのかいつ記憶が戻ったのかを聞き出している。
やってきた警察の目から逃れる為に全員その場から立ち去る。
冴子はしょうがないからそこに立ち止まる。
「貸し10発分差し引いておいてねっ」
なんて撩に向けながら。
「え〜そんなのありかよぉ」
と不満そうな顔に
「だから!!!戻ってきて早々、そのもっこりぐせやめんかー!!!」
と香の怒りが爆発する。
久しぶりの撩と香の掛け合いに誰もが微笑む。
これからまた前の通り。
ふたりは変わらないだろう。
子供がいても。いつもの調子で、喧嘩して笑って泣いて、怒って、やっぱり喧嘩しての繰り返しになるんだ。
と…誰もがそう思わずにいられなかった。
前と同じ調子で追いかけっこしている二人を見て、やっぱり『仲良くしろよ』とため息と共に思いながら。