崩れ落ちた彼女は大切そうにその銃を抱えていた。
連絡があって。
数時間後にそれから通報が来て。
その通報に現場に駆けつけてみれば、必至になって彼女が来るのが見て取れた。
そして自分の元に来て崩れ落ちる。
「何があったの?」
何が起きたの?
聞きたくても聞けない。
起こる前よりも起こった後でしか動く事の出来ない、警察という組織に心底嫌気がさした。
他の者の手に渡す前に知り合いに彼女を渡す。
そうする事しか出来ない自分にもどかしさを感じた。
終焉の記憶 〜 Without you I can't live 〜
「野上警部」
自分のデスクで書類整理をしていた時だった。
「どうしたの?」
「先日の線条痕、銃の形式が特定出来ましたよ」
「ありがとう。ずいぶん掛かったわね」
「えぇ、どうやらあの一体を支配している暴力団の物じゃなかったんで割り出しに時間がかかりました」
指定暴力団事務所に乗り込み銃刀法違反で取り締まったのはつい先日の事だ。
近年まれに見る広範囲で起こっている抗争を抑えるための取り締まりだった。
それと同時に、それらの幹部が狙撃されていると言う情報を得たのだった。
弾痕形跡からみて357口径マグナム銃。
線条痕はまだ確認出来なかった。
「……間違いないの?」
「まぁ、おそらくですが。コルトローマンmk-3でしょうね」
「ありがとう」
冴子はそう言って部下に微笑みかけた。
部下が自分の机に戻ってからの冴子の表情はさえない。
おもむろに携帯電話を取り出し、登録してあるナンバーを呼び出し発信させた。
『ハイ、サエコ。こんな時間に珍しいね』
「急に、悪いわね、ミック」
電話の相手はミック・エンジェル。
元裏社会の男であり現在はウィークリーニュースの特派員であるミックはこの手の情報には事欠かない。
だが、その事を聞きたくて電話をしたわけじゃなかった。
『香さんは今何処に?』
『2世の具合が悪くってね。カズエと今は教授の所にいる。昨日の夜から熱出していてさ、カオリは泣きそうだったよ』
「そう……」
ミックの言葉に冴子は目を伏せた。
「変な噂を聞かない?」
『…変なとは?』
「ローマンの男」
『……ちらっとだけどね』
声を潜めた冴子にミックは少し警戒をして答える。
「そう…キャッツで話があるわ。全員に声をかけておいて」
『了解。カズエにはどうする?』
「教授の所に行くから、その時に少しでも話しておくわ…」
『OK。レイカと一緒に、その事について少し調べておこう』
「ありがとう、そしてくれると助かるわ」
そう言って冴子は携帯を切る。
ミックは気付いている。
『ローマンの男』の事を。
そうと決まったわけじゃない。
でも、そうでないと決まったわけでもなかった。
あの日、見た光景は今でも忘れられない。
ふらふらになって自分の元に来た瞬間に崩れ落ちた香、と突然姿を消した撩。
香が持っていたのは、事もあろうか撩の愛銃『コルトパイソン357マグナム』。
お守りのように香は抱えていた。
じゃあ、彼女の銃でもあり彼女の兄の形見でもある『コルトローマンmk-3』は?
乗り込んだところで見たのは数々の死骸の残骸。
黒焦げになっており人と見る事はその形で判別する以外になかった。
撩は姿を消した?
何のために?
だとしても何故、彼は愛銃を持っていかなかった?
あれを手放すとは到底思えなかった。
その事を聞きたくとも香は意識を失ったまま。
怪我はなかったが足が骨折していたと分かったのはその後の教授のところでだった。
そして、もう一つの事実も判明する。
香の妊娠。
しかも、3ヶ月。
撩はその事実を知っていたのか?
だから姿を消した?
それを知った瞬間、冴子は消えた男をなじった。
でも相手は目の前にいない。
香が目覚めた時に香はどうなってしまうのだろう。
もしかすると狂ってしまうのではないのか。
それを恐れた。
撩と香、二人を知る者全てが。
だが、幸いにもそれは訪れなかった。
香は、全ての記憶を失っていたからだ。
覚えているのは自分の名前の香のみ。
全ての記憶をなくして香は意識を取り戻した。
そして彼らは決断した。
今、出来る事は撩を探す事よりも、香を守る事。
City hunterのパートナーとして『槇村香』はあまりにも有名になっていた。
だから彼女の名字を『槇村』から『久石』に戻す。
住居は周囲に麗香、ミック、海坊主がいるし何より安全な場所として撩が選んでいたあのアパート。
だが、撩の痕跡は全て隠し消した。
香が撩を思い出す事のないように。
地下は封じた。
全て香を守るために、香とそのお腹の子を守るために。
そして産まれた子は男の子で、名前は何にするかと新宿中がもめた(事は香は知らない)。
名前は香が微笑んで決めた。
「なんかね、響きがね、気になったんだ」
の一言で『撩二』。
以前、二人と関わった女性をごまかすために撩が名乗った名前だ。
もちろん、香は覚えていないし、誰もがその事を知らない。
「いかにも二世って感じだよなぁ〜」
と思わず苦笑してつぶやいたミックの言葉に誰もがうなずいた。
撩二は瞳の色は香ににていたが他は撩に生き写しだった。
「…自己顕示、強すぎだわ」
その顔を見た瞬間、冴子は思わずつぶやいた。
「軟派な男に育てちゃダメよ」
「硬派な男がいいわよねぇ。応援団入っちゃうような」
「女の子なんか絶対に寄せ付けません!!見たいなっっ」
「それいいわね」
好き勝手に言う女性陣の会話を聞きながら香は穏やかに撩二を見つめる。
その目がどこか撩を見つめていた香の視線に似ていて、冴子は一瞬驚いた事を覚えている。
それから、1年近い月日が経とうとしている。
香は、ママさんモデルとして親友である絵里子のところでモデルとして働いている。
出産してからも変わらない体形に絵里子がほれ込んだからか。
最も、体形が変わらないようにあれこれと手出ししていたが。
ようやく落ち着いてきた時だった。
何も起きなければいい……。
起きても、全てが良くなればその方が良い。
それは冴子の願いでもあり全員の願いだった。