憂いを見せるその顔は、今までに見たあの方の顔とはまるで違っていた。
その憂い、自分の力でははらすことが出来ずに。
それでも、側にいることだけしか出来ない自分を寂しく思った。
「エスナ……」
テラスに立つ彼の背後に静かに佇む女性の名前を彼は呼ぶ。
「どうかなさいましたか?」
彼を気遣うエスナの言葉に彼は静かに弱音と呼べるような言葉を吐く。
「私の選択は間違っていただろうか」
その言葉はエスナの耳に届きそれ以上に届く前に風に消される。
彼はずっと思い悩んでいる。
その選択を選んだその時から。
正しいことだと認識しながら最期に決断せざるを得なかった事を。
「……それを仰るのならば、私も間違っていたのでしょう。その決断を促せる言葉を吐いたのは私ですから」
エスナはその時のことをありありと思い出すことが出来る。
彼女はその時、結果を言っただけだった。
その結果を判断したのは彼である。
周囲の圧力もあったが、彼の立場を慮って遠慮していたのも事実だ。
「闇が深いな」
彼は暮れゆく空に肌をふるわせる。
「そろそろ、中にお入り下さいませ」
「エスナ、そなたはどう思う」
彼の身体を気遣い言葉をかけたエスナは彼からの問いに戸惑う。
「世界は、何を望んでいると思う?」
「何をと言いますと?」
エスナは彼からの問いの意味を計りかねている。
彼は……世界を見定める立場にいる。
それが、彼が望んだことではないとしてもそこにいる。
そしてエスナは出来うる限り彼の側で支えようとその想いだけでココまで来た。
今は立場は遠い所にあったとしても、何かにつけて彼女はこの地まで来る。
「礎の揺れ、女神の目覚め……」
「世界は変革しようとしているのでしょうか」
「……星の……女神の願いでか?」
自分たちが住む星は、女神の願いと星の我儘で出来ている。
そんなおとぎ話を幼い頃から彼等は聞かされている。
「少なくとも、彼女は普通に生きたいと願っているでしょう」
エスナの国に逗留して、彼女の娘と共にいる少女をエスナは思い出す。
「世界は、それに永久に囚われる。……振り回されていると言ったのは誰だったか……」
昔聞いたことのあるような言葉を彼は思い出そうとして首を振る。
「エスナ、我らはただ見守るだけか……」
「分かりませんわ。私たちすらその輪に組み込まれているのは事実ですもの」
この世に生きるモノは全て星の我儘の作り出す輪に組み込まれているという。
それを思い出しエスナは苦笑いを浮かべながら言う。
振り向いた彼はそのエスナの笑顔を見て、そしてその背後の入り口に人影を見つける。
「時間切れか……」
彼の言葉に入り口の人影が一歩テラスに踏み込む。
「お話中、失礼いたします。そろそろ、お戻りのお時間です」
騎士がエスナに言葉をかける。
「…………………」
小さく、エスナは言葉を紡ぐ。
その言葉は彼にしか聞こえない。
「では……また、こちらに参ります」
エスナの言葉に彼はうなずく。
それを見てエスナは笑顔を浮かべ騎士と共にテラスを出る。
エスナがいなくなったテラスで彼は空を見上げる。
空は既に闇の色に変わっている。
その中に輝く星だけが光のように。
まるで先を探すように彼はその星の瞬きを見つめる。
「あなたを……いつも思っています」
別れ際に、そっと呟いたエスナの言葉を思い出しながら。
何となくハッピーエンドにしたかったんだよ。
エスナさんの相手はとりあえず秘密です。
……騎士の彼は銀の聖騎士でもいいかもしれん。
本来は聖ベラヌール教国の聖騎士団団長の称号ですが、この時代、銀の聖騎士と呼ばれる人物はベラヌールじゃなくエスナさんの所にいます。
結構、出来てきたでよ〜〜〜。