放課後。
空手の型の練習を終え、休憩していると体育館の入り口が何やら騒がしくなっていた。
「観た見た?工藤君」
新一?
「いつの間に転校してたの?」
「彼女なんか連れちゃって…。って毛利さんじゃなかったの」
遠くからそんな声が聞こえる。
「蘭、呼んでるよ」
空手部の子に言われ、その元凶の入り口の方を見るとそこには快斗君と青子ちゃんがいた。
「ちょっと行ってくるね」
そう言ってわたしはその場に向かう。
「あ、元かのが行くよ」
心無い人の声を後ろに聞きながらわたしはその場に行く。
「久しぶり、快斗君、青子ちゃん」
「蘭ちゃん、元気?」
青子ちゃんがニッコリとわたしに微笑む。
「元気だよ。青子ちゃんも元気そうだね」
「蘭ちゃん、朗報持ってきたよ」
快斗君がそうわたしに言う。
「朗報って?」
「新一のこと…」
新一の事。
その言葉に体中の緊張が走る。
探偵バッジに知らず知らずのうちに手が伸びる。
「長くなると思うんだ。だからちょっと時間くれないかな…」
快斗君はすこし周囲を気にしながら真剣な顔で言う。
興味深くこちらを眺めている人の目が、わたしも気になっていた。
「分かった…少しだけ待ってくれる?もうちょっとで部活の時間が終わるから」
快斗君と青子ちゃんにそう告げわたしは部活の練習場所に戻る。
「誰だったの?蘭。工藤くん…じゃないよね。ガクラン着てるから」
「ウン、新一じゃないよ。新一に……凄く似てる友達。隣にいた女の子は、彼女だよ」
同じ部活の子に誤解されないようにわたしは言う。
快斗君は…新一に似ているけれど、新一じゃないのよ。
それを周りの人はわかってない。
それより、朗報ってなんだろ。
どんなことだろう。
新一の行方?消息?
今のわたしには新一がどうしてるのか分からない。
………。
一瞬よぎった不吉な感覚にわたしは足下を掬われる。
違うよね。
この考え間違っているよね。
思いたくない。
頭の片隅だけで思えばいい。
…わたしはそんな思いを払拭するように練習に打ち込んだ。
部活が終わったのはいつもより早かった。
だとしても、快斗君と青子ちゃんにはずいぶん待たせてしまっているには変わらなかった。
学校帰りにあるファミレスに寄る。
「ねぇ、快斗。青子チョコレートパフェ食べたいんだけどいい?」
「ったくお子様だな、青子は」
「快斗もアイスサンデー食べるんでしょ」
「余計なお世話だよっ…ったく。蘭ちゃんは何か頼む?」
「コーヒーでいいよ」
「そう?」
青子ちゃんと快斗君の言葉にうなずく。
注文したメニューが運ばれ少しだけ味わった後に、快斗君が話しだした。
「蘭ちゃん…朗報って言っていいか分からないけれど、オレと平ちゃんはそのことに希望を持ってるんだ」
「何?快斗君」
わたしの言葉に快斗君はまっすぐにわたしを見つめ言葉を紡ぐ。
「……K薬品会社の爆発炎上事故で、高校生らしき遺体を発見ってあったよね」
その言葉に体が硬くなる。
新一が行方不明になったと聞かされた日に起こった爆発事故。
怖くて怖くてどうしようもなくなったあの瞬間。
わたしは今も忘れることが出来ない。
「あれは、新一じゃない」
「ホント?」
顔をあげたわたしに快斗君はニッコリと微笑む。
「新一は、その時オレと一緒にいたんだよ」
「新一と?」
「そう、そして、その時点で新一はまだ新一ではなかった…。意味、分かるよね」
コナン君だった……。
新一は生きているんだ……。
警察から最悪の事態を考えていて欲しいと言われたわたし。
でも信じられずにいた。
どこかで生きている。
そう思ってた。
死んでなんかいない。
そう思ってた。
新一約束したから。
「蘭、絶対お前のところに帰ってくる。何があっても蘭の元にだけ帰ってくる。だから、…だから…待っていて欲しい……何があっても…何も信じないで、オレのことだけ信じて欲しいんだ……。…約束…して欲しい………。ダメか?」
そう言って新一は約束し、その言葉にわたしも約束したのだ。
「蘭ちゃん?どうしたの」
突然泣きだしたわたしに青子ちゃんが驚いて声を書ける。
「生きているって分かって嬉しいの。良かった」
ほっとした感情が体中を駆け巡る。
ふと気がつく。
快斗君の表情が変わっていることを。
「快斗君、…どうしたの?」
「……蘭ちゃん。これには…まだ続きがあるんだ…。ホントはちゃんと安心させてあげたかったんだけどね……」
そう言って快斗君は言葉を止める。
どのくらいの沈黙が流れたのだろう、快斗君は静かにでもはっきりと言葉を紡ぐ。
「…新一はまだ、どうしてるか分からないんだ……。今…行方不明になっている」
行方不明………?
快斗君の言葉に頭の中が真っ白になる。
何も考えられなくなって…いる。
「言っていいか言わないでいいか悩んだ。言ったら蘭ちゃんがひとまずは安心できる。でも、言わなかったら言わなかったで蘭ちゃんがどうなるかは目に見えていた。平ちゃん達もカナリ心配していたしね…。直前まで悩んだんだよ。言っていいか…言わないほうがいいか……。やっぱり言わないほうが良かった?」
「分からない。分からないよ…。どっちだか…」
快斗君の言葉にそう応えるのが精一杯。
これ以上言葉も見つからない。
「新一君は生きてるよ」
ぽつりと青子ちゃんが呟く。
「青子?何を根拠に…」
「だって、蘭ちゃんに新一君約束したんでしょ。絶対に帰ってくるって…新一君」
「あのな、青子……」
快斗君が青子ちゃんの言葉を訂正しようとする。
「ありがとう、青子ちゃん。約束、したんだもん。何があってもわたしのところに帰ってくるって…。約束してくれたんだもんね」
何があっても新一だけを信じて。
そうだよね。
一番大切な約束忘れるような人じゃない。
「そうだよな、あいつが死ぬわけねーよな。蘭ちゃん、今、大阪府警とその施設があった県警が合同で新一の行方を探している。そう言う連絡はまだ入ってないから、大丈夫だよ。慰めに……なるか分からないけれど……」
「大丈夫…だよ…快斗君、青子ちゃん。十分、慰めになってる」
不安そうにわたしを見る二人にそう言う。
慰めにはならない言葉だとしても、それは十分わたしの心を慰めていく。
新一の事を公に出来ない以上、その捜索の規模は小さいことは否めない。
新一の両親も日本とアメリカの往復を繰り返している。
暗やみからまだ抜け出てはいないけれど…明けない闇がないように…冬の雪がやがて溶けて春になるように…いつか必ず、この暗やみから抜け出せる。
そう信じていなくてはならない。
わたしが信じていれば…大丈夫だから。
そうだよね…新一。
「快斗…青子ね。こんなにも快斗の側にいるのに、快斗が遠く感じるの…。どうしてかな…」
蘭ちゃんと別れ、家路につくとき青子がふと呟く。
「青子?」
「快斗が…キッドで…青子の目の前に立った時、青子…言ったよね。青子に全部言ってって。一人で抱え込まないでって…言ったよね。青子初めて知ったよ。新一君が行方不明だって事、蘭ちゃんがあんなに悲しそうだって事。快斗、青子は何も知っちゃいけないの?嫌だよ…一人だけ何も知らないのは…。蘭ちゃんの顔見て辛かったよ。青子、何も蘭ちゃんに言ってあげられなかった……」
青子は泣きながらオレにそう言う。
「……ごめん、青子。言ったら…青子が心配すると思ったから…。これ以上、青子に心配掛けたくなかったから…」
「心配するよ…。いつでも、青子は快斗のこと心配してるよ…」
青子は顔をあげて涙で目を腫らしながらオレに言う。
「だからだよ…。だから…青子には言えなかった。オレがキッドだって知っただけでも…カナリ青子には心配掛けさせてる…。ごめんな…青子、何も言わなくって…」
「快斗……」
オレの言葉に青子は目を伏せる。
「……青子…、蘭ちゃんに何も言ってあげられなかったって言ってるけど、蘭ちゃんにちゃんと青子言ってあげられてたぜ。新一は生きてるって。あの言葉、蘭ちゃんにはどのくらい慰めになったか分からないぐらい強い言葉だよ」
「快斗……。ホント?」
「あぁ、蘭ちゃん、その言葉聞いたとき、晴れやかって言うのかな?そんな感じになった」
「そっか……。ねぇ、快斗」
「何?」
少しの沈黙の後青子はオレに尋ねる。
「ちょくちょく、蘭ちゃんの所に行ってもいい?」
「なんで?」
「青子が行くことで…少しでも蘭ちゃんの気が晴れればって思ったけど…やっぱりダメだよね。余計な気つかわせちゃうよね」
青子は心底、蘭ちゃんを心配してるようだった。
「そうだな……そん時はオレも行くよ」
「ウン」
オレの言葉に青子はうなずく。
蘭ちゃんは…まだ大丈夫だろう。
でも…いつどうなるか分からない。
あの様子じゃ…多分寝てないだろうな。
遠くから見た練習風景は…今の彼女には辛そうだった。
新一…どこにいるんだよ。
蘭ちゃんのこともう二度と泣かせないって言ったのは…お前だろ。
新一…。