「かずは…」
平次の声が聞こえる。
そう思った。
夢…の続きやろか?
なんてアホなこと考える。
いやな夢だったのか、良い夢だったのか全然覚えていないけれど、朝のゆったりとしたまどろみの中で平次の声が聞こえたのは嬉しかった。
「和葉」
どうもその声に現実感がある。
ゆっくりと目を開けると平次がアタシの顔をのぞき込んでいた。
時計を見ると…朝の6時。
はっきり言っていつも起きる時間より1時間も早い。
「何?平次、朝っぱらから何のよう?まだ朝早いやんか…もうちょっと眠らせてや。今日剣道の朝練あったん?それに、女の子の部屋に勝手に入るもんやないで。オトンに怒られてもアタシ知らんよ」
そう言うだけ言ってアタシは布団の中に頭まですっぽりと潜り込む。
「和葉、ちょい付き合うて欲しいとこあんねんけど」
平次は頭まですっぽりともぐったアタシに聞こえるような声で言う。
…少し様子がおかしい。
理由はわからなかった。
「どこー?」
平次の様子がおかしいと言ってもどうせ事件絡みやろそう思ってアタシは気乗りしない声で平次に問いかける。
「奈良」
「なして?事件やったらアタシいかへんよ」
簡潔に答えた平次にアタシは言う。
「和葉…」
「せやから…なんなん」
平次の声に根負けしてアタシは布団から顔を出す。
「……一人では…奈良に行かれへん。オヤジは先に奈良に行っとる」
「せやったら…」
一人で行きやと言う言葉をすんでのところで飲み込む。
平次の様子がやっぱりおかしいことに気がついたからだ。
何かあった。
なんだろう。
「平次?」
「言わんとわからんか?言わんでも分かるやろ」
そこまで言ってアタシは納得した。
「奈良に…おんの?」
「あぁ、多分やけどな…」
「せやったら…」
アタシが何を言いたいか平次はわかったらしい。
「連絡するのは止めとき。まだ、本人やと決まったわけやない。別件でそこに行った刑事が工藤新一に似とる奴がおるってオトンに連絡してきた。そいつは工藤を実際には見とらん。テレビや雑誌で顔を知っとる程度や。本人かどうか分からん時点で、姉ちゃんに教えるつもりか?もし違うとったら…どうする気や」
そう言ってアタシの考えを止める。
「そやね、平次。アタシが考えなしやった」
「分かればえぇねん。はよ起きて、行くで。オレは下でまっとるから」
「ウン」
そう言って平次は1階に降りて行った。
「遅かったやないか」
着替えを終え下に降りてきたアタシに向かって平次は言った。
「オマエ、何時やと思うてんねん、早く起きた意味ないやろ」
平次はそう言いながらお母ちゃんが作った朝ご飯をほおばっていた。
「オマエもたべや。腹が減っては戦はできんしな」
「…戦いに行くのと違うやろ…」
「せやけど、なんか食ってったほうがえぇで」
そう優しく言った平次にアタシは素直にうなずいた…。
「喉…通るか?」
食卓に座って朝ご飯を食べ始めたアタシに平次は言った。
平次の方を見ると無理やり食べている感は否めなかった。
「食欲…あらへんかったら無理やり食べんでもよかったと違う?」
「なんか…食わんと落ち着かん言うか…。なんやろな…」
そう言って平次はうつむく。
「はよ、食べや。そしたら…行かんと…な」
「ウン」
平次の言葉にアタシはうなずいた。
そして、バイクにまたがり一路、奈良まで向かったのであった。
「平次…工藤君ってどこにおんの?」
とあるファミレスでの休憩中にアタシは平次に聞く。
さっきはなかなか聞けなくて。
喉まで出かかってたのに…それが声にならなかった。
「………奈良と大阪の県境にあるサナトリウムや…」
平次は…アタシの問いに静かに応える。
だけど…サナトリウムって…。
「サナトリウムって確か…、結核の患者用の保養所だったんと違う?」
「そや。せやけど、それは昔の話や。今は結核言う病気はないも同然や。ほとんどのサナトリウムは閉鎖か、その他の病気の療養所見たくなっとる」
「…で、工藤君は、その療養所におるんやね」
「曰く付きやけどな」
と平次はアタシの問いに応える。
曰く…付き…って何?
なんの曰くが付いてるの?
不安になりながあらもアタシは平次にゆっくりと聞いた。
「なんの…曰く?」
「精神病患者用」
平次はさらりと…答えた。
その言葉にアタシは目まいがしそうだった。
ウソ。
何がウソと言いたいのか、何がホントと言いたいのか。
何を信じて良いのか…分からないようになっていた。
「ホンマやで…。…ウソ、ちゃうからな…。…和葉、精神病言うたかて、いろんな症状があるんやで。一般に言われる奴もあるし、多重人格症やってそうやし、そうやな、心の病気っちゅうもんはおおまかに言えば、精神病の一種や…。性同一障害も入るな」
平次はそう言って目を伏せる。
「……工藤君が…多重人格症や他のもんになっとるとは考えにくいんと違う?それに大概の精神病やったら…ここまで工藤君が見つかるのに時間かかった……のは…」
思わずそこで止める。
「そや、普通の精神病や多重人格症は何かの拍子で自分が戻る…。和葉…、オレはな…こんなこと思いたないねんけど……工藤は…多分……」
「……記憶…がない……。そう…言いたいん?」
平次の言葉にアタシはふと浮かんだ事を言葉にだす。
泣き出しそうなアタシの隣に平次は座り直しアタシの肩を抱く。
「そや、そう思えばつじつまが合う」
「そんなん……」
自分で思った言葉を否定したくなる。
ウソ…。
って喉まで出てるのに言葉にならない。
「ウソや…いうんやろ?オレかて…同じ気持ちや。せやけどな、和葉。工藤がそこにおるって言うことはその可能性を否定できんのや」
そう言いながら肩を抱く腕の力を平次は強める。
「まだ、のぞみはあるんやで。そこにおるのが工藤やって決まったわけやない。そうやろ?オレ達はそれを確認しにいくんや。行けるか?和葉…」
平次の囁くよな声が静かにアタシに届く。
平次も辛い。
…せやけど、ホンマに辛いのはアタシや、平次やない。
覚悟…決めたくないけど…、決めなアカン。
決めたんだよ、アタシは。
あの日、お人形さんみたいな蘭ちゃんを見て。
工藤君の部屋に飾ってある文化祭の写真を見て。
やじ馬に内緒でとってあげた二人っきりの写真を蘭ちゃんにあげて。
何でもしてあげようって。
アタシのこと自分事の様に心配してくれた蘭ちゃんの為に。
「えぇよ、平次。行くわ、アタシも」
「そうか。そんなら、行くか」
「ウン」
平次の言葉にアタシは力強くうなずいたのだった。
それから1時間後、アタシと平次が乗ったバイクは大阪と奈良の県境にある山あいのサナトリウムにたどり着いた。
「結構きれいな所やねぇ」
「そうやな」
山の中腹にあるこのサナトリウムは、アタシが想像していたのとは全然違う雰囲気をもったサナトリウムやった。
のどかな風景があたりに広がり、ここだけ時間が止まった感じを覚えた。
「おじちゃんはきとんの?」
「いや、来てへん。この町の警察におる。もし工藤やったら、即ここに来れるようにしとるわ」
平次はそう言って足下に転がっている小石を蹴る。
「……工藤くんなんかなぁ…」
そんな平次を見ながらアタシはぽつりと呟く。
駐車場から動きださない平次を少し、押すつもりでアタシは聞いてみた。
「工藤やなかったら…どないする?」
空を見上げ平次はアタシに聞く。
「そうやな……奈良市内に観光にいかへん?」
「それも…えぇな」
何、言うとんねん。
って言われるかと思った。
けど、平次は優しげな微笑みをアタシに見せアタシの言葉に同意してくれた。
「せやったら…、工藤くんやったら…どないする?」
「そうやな…」
今度はアタシの問いに平次が答える番だ。
なんて答えるんだろう。
「東京…、いこか?蘭ねーちゃんいうとったやろ。トロピカルランド…やったっけ?そこにみんなで遊び行こうってオレらと…工藤と蘭ねーちゃんと…そや、快ちゃん達も誘うか?みんなで行った方が楽しいやろ」
と平次は言う。
トロピカルランドは蘭ちゃん達と青子ちゃん達は楽しいって言ってた遊園地。
アタシも行きたいって思ってた。
人数考えて…平次に言ってみる。
「ダブルデートならぬ、トリプルデートやね」
「何でデートやねん」
「デートやろ。平次はちゃう言うん?そやったらアタシ、トロピカルランドでナンパでもしてその人とデートしようかなぁ」
「アホ!!!何でそうなんねん」
その言葉に、平次は何故かとんでもなく慌てる。
も、もしかして妬きもちなんかなぁ?
それやったら…嬉しいわ。
「……平次…ヤキモチやいてんの?」
「アホ、下らんこと言うてへんで、はよ行くで!!!」
「ハイハイ」
ともかく、アタシと平次はサナトリウムの中に入っていった。
そこの受け付けで平次は工藤君の写真を見せ、ここに居るか聞いてみる。
「奥のサナトリウムから毎日ここに本読みにきはってる…なんて言うたっけ…」
と受け付けの看護婦さんの話。
聞けば、精神病者のサナトリウムはここより奥の建物でここはホスピスなんだそうだ。
ホスピスとは死期を迎えた末期の患者がそこで安らかな死を迎える為にある病院であって病院でないところ…だ。
「そうや、毛利さんや毛利さん」
その看護婦さんの言葉にアタシと平次は驚く。
何で、…毛利?
「何で、毛利なんや?」
「この子…記憶喪失なんよ。それでな、今までなんも興味なかった彼が…ほら、前に名探偵毛利小五郎さんの特集がやっとったでしょ。それを食い入るように見てはったらしいんですわ…」
1週間ぐらいまえ。
名探偵特集って言って蘭ちゃんのお父さんの特集が1時間か2時間番組でやってた。
蘭ちゃんが恥ずかしいって言ってたっけ…。
そう言えば、そこにちらっと平次も出てたのを覚えてる。
「それから、やったんと違う?毛利さんがちょくちょくこのホスピスの方に来るようになったんわ」
「何で…、ここに来るようになったんです?」
「ここに大きい図書館があるからとちゃいます?一応ホスピスやから患者が求めるものはほとんどそろっとるから…」
「…何読んでるん?」
アタシの言葉に看護婦さんは口をそろえて言った。
「推理小説!!」
と。
「……ホンマもんや。ホンマに工藤や、間違いあらへん」
「せやけど、まだ断定すんのは早いんと違う?逢ってみんと…」
早とちりして期待して落胆するのはいやだから…平次にアタシはそう言う。
だけど…アタシも工藤君の様な気がする。
「いつもはどこら辺におるん?逢いに行きますわ」
「ホンマに…毛利さんと知りあいなん?」
「…そいつが…オレの知りあいやとしたら間違いあらへんけどな…。……で…その毛利っちゅう奴は…どこにおんねん」
「…毛利さんやったら温室の方におると違います?。温室いうか、サンルームなんですけど…。そこで大概本読んではるから行って見たらどうです?」
看護婦さんの言葉にアタシと平次はその場所へと向かった。
心なしかアタシと平次の会話が弾んでいるような気がする。
工藤君だ…と思ったからだろうか…。
ホントに…そうやったらえぇな。
心の中で思い、東京にいる蘭ちゃんに思いをはせる。
蘭ちゃん、工藤君が元気やって言うこと知ったら絶対喜ぶやろうな…。
なんて思いながらも…その目の前にある問題を何となく頭の片隅に追いやっていた。
「ここやな…」
病院の一角にある温室の様な…サンルーム的なところ。
「工藤は…ホンマここにおんのか?」
平次は心なしか声が震えていた…。
もし、工藤君やなかったら…。
そう言う思いが平次の中で渦巻いているのだろう。
「……平次…あそこにおるん……」
一番奥にあるソファに一人の高校生らしき少年が本を読んでいるのが見えた…。
「……工藤……か…」
平次の言葉にアタシは知らず知らずのうちに平次の手に捕まる。
「あの奥のソファに座っとるのが毛利さんです」
受け付けにいた看護婦さんがアタシ達を心配したのか、この温室にやって来た。
その看護婦さんにアタシは聞いてみる。
「彼は…いつもここにきとるんです?」
「えぇ、特にあの場所から離れようとせんのですわ」
そう言って看護婦さんは工藤君(?)に目を向ける。
「あの花がよっぽど気にいったとちゃいます?」
看護婦さんの言葉にアタシは首をかしげる。
「毛利さんあの花の名前知ったら離れんようになったんですわ」
「なんて言う花なんです?」
「…蘭の一種でファレノプシスです」
そう言って、看護婦さんはアタシと平次の告げて戻って行った。
「……ホンマに蘭言う花なんか?」
「…アタシもあの蘭は見たことあるで…」
「そうやとしたら………ホンマに工藤らしいな。分かりやすい奴やで、ホンマに」
そう言って平次は笑いだす。
「平次、笑ったらアカンよ」
そうアタシが咎めても平次は笑っている。
「なんだよ、オメェら…オレに…なんか用か?用がないなら出ってくれねぇか…オレ…本を読んでいる最中なんだよ…」
突然、アタシ達の方に工藤君がやってきた。
「ホンマ工藤やで、和葉ぁ!!」
平次は嬉しそうに言う。
「平次、そんなにはしゃがんとき」
そう声を書けようとしたときだった。
「あんた達、誰?」
何も表情のない…工藤君の…顔から…言葉が紡ぎだされた。
その時点までアタシ達はすっかり忘れていた。
ホントに記憶喪失だと言うことを。
「……分からんか?工藤。オレや、分からんのか?オマエの親友で、西の名探偵の服部平次や!!」
「アホ、親友だけはよけい。ったく、変なこと工藤君に吹き込んだらアカンやろ。えっと、アタシは遠山和葉やでっこっちは、アホの平次。アタシら幼なじみやねん」
「で、オレに何の用?」
興味なさそうな顔でアタシ達に聞く。
「えっと…なんて言ったらえぇん?」
工藤君の言葉にアタシは平次に助けを求めるように目を向ける。
「…オレ達はオマエを迎えにきたんや」
「え?」
平次の言葉に工藤君は訝しがる。
「そうや、和葉、工藤のこと頼むわ。オレちょっとオヤジに電話してくるから」
そう行って平次は公衆電話の所へ向かう。
「へ、平次!!ったく……ごめんな、工藤君。平次って結構せっかちやから…」
「……オレ…工藤って言うのか?」
「そうや、工藤新一言う名前やで」
アタシの言葉に工藤君は自分の名前を噛みしめるように反すうする。
ふと目を落とすと工藤君が今まで読んでいたのは工藤君のお父さん、工藤優作の闇の男爵シリーズの最新刊だった。
どこかで…つながりを感じたのだろうか…。
それともホンマに推理小説が好きなのか…。
どっちなんだろう…。
「和葉ちゃんだったよね…オレってどういう人間?」
と工藤君が聞いてくる。
「…どういう人間…言われても……。アタシはなんとも言えへんよ…。アタシよりも工藤君の事詳しく言える人知っとるけどね」
「さっきの服部って言うやつ?」
「ちゃうよ…。東京にいる女の子や。めっちゃ可愛いんやで。気立てはえぇし、優しいし。アタシのアホみたいなくだらない悩みも真剣になって聞いてくれるんやで。それに、けなげやし…」
とアタシは工藤くんに蘭ちゃんの話をする。
蘭ちゃんはアタシのあこがれ。
料理だって、編み物だって蘭ちゃんは上手い。
アタシだって料理ぐらいするよ。
編み物ぐらいできるよ。
けど、蘭ちゃんにはかなわない。
アタシのあこがれ。
「………変なことだけど…聞いてくれる?」
アタシが蘭ちゃんの事考えていたら工藤君はアタシに聞く。
「何?何でもえぇよ」
「……時たま、オレの頭の中に浮かぶ女の子がいるんだ…。…多分、オレは彼女に逢いたいんだ…」
その工藤君の言葉にアタシは心臓がドキッとする。
もしかすると…もしかするかも!!?
「どんな人なん?」
声が震えそうになりながらもアタシは懸命に聞く。
「…髪が長くって…可愛くって…意地っ張りで…お人よしで…。泣き虫で、…。オレ…その子の泣いてるところを見ると…すげぇ罪悪感を感じるんだ…。泣かしたくねぇのに泣くんじゃねぇよって言いたいのに…オレは言えないんだ。そいつが泣いてるだろ?抱き締めて…慰めてぇのに何でだかわからねぇんだけど……届かねぇんだよ。両手がさ…。何か、縮んじまったって感じ。…そいつのこと幸せにしてやりてぇのに…。オレはアイツの側にいるようで…いてやってねぇんだ…。何でだろうな…」
工藤君は苦しそうにそう言う。
蘭ちゃんの事だ。
工藤君、全部忘れてへんよ。
蘭ちゃんの事、覚えとるよ。
よかった、蘭ちゃんに言えるよ。
「和葉ちゃん…誰だか…知ってる?」
工藤君の言葉にアタシは静かにうなずく。
「ホントに?!」
「ホンマ……」
「だったら、名前、教えてくれないか?何となくは分かってるんだ。きれいな名前って…いう…のしか…思い出せねぇんだ…」
最後の方はもう声が掠れていた。
「好き…なん?彼女の事」
アタシの言葉に工藤君は目を見開く。
「冗談で聞いてるんと違うよ…。ホンマに聞いとるん。せやからホンマのこと言うて…」
アタシの言葉に工藤君はニッコリ笑って言う。
「当たり前だろ。好きじゃなきゃ悩まねぇよ」
…自信たっぷりな…(こんなところで自信たっぷりになられても…あれ何やけど)工藤君の顔は…やっぱり工藤君何や…と思わされた。
「そこまで言うんやったら教えたげるわ…。彼女の名前は蘭…蘭いうんよ」
「蘭?…そうか…この花の名前聞いたとき何となく気になったのは…そうか…蘭って言うのか……」
そう言って工藤君はおおよそ蘭ちゃんにしか見せないであろうその満面の微笑みを…花の蘭に向ける。
「和葉、電話してきたで。今、どないなっとる」
「平次、ホンマに、工藤君やったよ」
「当たり前や!!!何寝ぼけたこといっとんねん。こんな分かりやすい奴他におらんやろ。日がな一日好きな女と同じ名前の花の側におって、好きな女と同じ名字なのって、自分が一番好きな種類の本読んどるんやで。これのどこが工藤新一やない言うんや」
「言われてみれば…そうやな…」
「あのなぁ、勝手に人の事決めつけんなよ!!」
アタシと平次の言葉に工藤君は怒りだす。
「何言うとんねん、ホンマのことやろ。ホンマ、工藤は蘭ねーちゃんの事になると分かりやすいのぉ」
「平次、もう、そのくらいにしとき。工藤君がホンマに怒ったら手ぇつけられへんって言うたのは平次やろ。それに蘭ちゃんがからむとエスカレートする言うたのも、平次やで」
アタシの言葉に、平次は「そうやった」と言って、近くにあるソファに座った。
「ここからはまじめな話や。工藤、オマエ東京に帰るつもりはあらへんか?」
平次の言葉に工藤君は少し考える。
「オレが…すんでいた所が東京なら、帰る場所は東京だろ?」
「そうやな…。今からオマエのサナトリウムの退院の手続きににオマエの家の顧問弁護士とオマエの父親が来る言うていうた。構わへんな?」
平次の言葉に工藤君は静かにうなずく。
そして…。
「あのさ、……蘭…は東京に…いるんだよな」
とアタシ達に聞いてくる。
「…逢いたいんか?…」
平次の言葉に工藤君はうなずく。
「逢ってどないするんや?」
と次に繰り出した言葉に工藤君は止まってしまった。
「平次…、そんなこと言うもんやないやろ。ただ単純に蘭ちゃんに逢いたい。そう思うてるんやから逢ってどないする見たいな言い方せんでもえぇやろ」
「あんなぁ…。そんな軽い気持ちの奴に蘭ねーちゃんに逢わせるわけには行かん。蘭ねーちゃんが傷つくだけやで」
「平次っそんなこと言わんでも………平次…」
工藤君を批難した平次はただじっと工藤君を見ていた。
「……本気だよ」
「……分かっとるよ工藤」
平次は工藤くんの言葉にうなずいた。
平次は…試したんやと思う。
ホンマに蘭ちゃんに逢いたいのか…。
ホンマに…蘭ちゃんに逢わせてもえぇのか…。
平次は蘭ちゃんに逢わせても大丈夫だと判断したのだ。
それから数時間後…、工藤君の父親と工藤家の顧問弁護士の人がやって来た。
「法曹界のクィーンや」
平次がその顧問弁護士の人を見て言う。
工藤家の顧問弁護士のその女の人はアタシもテレビで何度かみて知っていた。
「二人ともよく知ってる人物の母親だよ」
工藤君のお父さんはそうアタシと平次に向かって言う。
アタシと平次がよく知ってる人間……?
その言葉に首をかしげながらアタシと平次はその女の人をじっくりと見る。
誰かに…似とる…。
どこらへんが似とるって…。
んー難しい。
「蘭君、だよ」
と工藤君のお父さん。
そう、蘭ちゃん……ってえぇ??
蘭ちゃんのお母さんって弁護士やったの?
「始めまして。妃英理です。いつも蘭や、小五郎がお世話になってるわね。あなた達のことは蘭や小五郎から聞いてるわ」
そう言って妃英理弁護士…蘭ちゃんのお母さんは言った。
「優作さん、私は新一君の退院の手続きをとってきます」
そう言って蘭ちゃんのお母さんは受け付けの方に向かった。
「電話で…言ってたことは本当かい?」
工藤君のお父さんが平次に聞く。
「…ホンマです……。工藤新一としての記憶を全てなくしとるらしいんですわ…。何も覚えてへん…何も思いだされへん…」
「蘭君…の事もかい?」
「全部は忘れてへんのですわ…。工藤新一っていう記憶全てのうなってるくせに、蘭ねーちゃんのことちょっとだけ覚えてるんですわ…。今までなんて呼ばれてたか聞きはりましたか?アイツ…毛利って呼ばれてたんですわ…。で…ずっとあの花の側から離れないでいるらしいんです」
「ファレノプシス…胡蝶蘭か…。確かに、少しは覚えてると言うか記憶に埋め込まれて…隠されなかったと言うだけかな?それだけ、新一の蘭君への思いが強いんだろう…」
工藤君のお父さんは静かに言葉を紡ぐ。
サンルームの中に響くのは…工藤君がページをめくる音だけ…。
工藤君は既に2冊目に入っていて違う本を読んでいた。
「今度は何を読んでんのや?」
「名探偵ホームズやって」
「やっぱ、アイツはホームズフリークなんやな…」
その平次の言葉にアタシ達は笑う。
記憶無くても工藤君は工藤君なんだ…ってアタシ達は安心した。
「優作さん、退院の手続きとってきましたわ……。今すぐにでも退院できるそうですって」
「ありがとう、英理さん」
蘭ちゃんのお母さんがアタシ達の方に戻って来て言う。
「この後どないするんです?東京にすぐに戻るんですか?」
「いや、明日あたり戻ろうと思っているんだよ」
平次の言葉に工藤君のお父さんはそう答えた。
「…それやったら…オレと和葉も一緒に行ってもえぇですか?」
少しの沈黙の後平次は工藤君のお父さんに言う。
「来て…くれるのかね」
「ハイ。オレらも心配何ですわ…。工藤もそやけど…蘭ねーちゃんのことも…。な、和葉」
「ウン…」
平次の言葉にアタシはうなずく。
「ありがとう、服部君、遠山さん」
平次の言葉を受け、工藤君のお父さんは平次とアタシにお礼を言ったのだった。
「それが…昨日の事や…。ホンマはすぐに蘭ちゃんに教えたかったんやけどな…」
そう言って和葉ちゃんはうつむく。
「蘭…新一君に逢う?それとも…」
お母さんがわたしの様子を確認しながら聞く。
「…新一、帰ってきてるんだよね…。だったら…逢う。逢いたい…」
わたしの事…忘れていても…構わない。
ただ、新一に逢いたい…。
それだけでよかった。