助けて欲しいの…。
誰に?
たった一人しかいないのに…。
誰かに助けられたくないの。
ずっと考えていた。
わたしは何のために生きているんだろう。
何のために存在しているんだろうって。
その存在を認めてくれている存在が…新一だった。
裁判だって言って走り回っているお母さんも、事件だ、飲みだって言って遊び回ってるお父さんも、その事になると目の色が変わっていた。
新一も…事件とか推理とかになると目の色が変わって周りのもの全て何もかも見えなくなるのだけど……。
ちゃんと、わたしの存在には気付いていてくれてた…。
だから…安心してた。
だから推理バカだとか大バカ推理の介だとかって言っていられた…。
「君ってかわいいよね」
君って…誰?
「君の噂は俺のクラスの方まで届いてるよ」
だから、君って誰?
「君って凄くはかなげで…守ってあげたいって感じがするんだよね」
だから君って誰よ…。
わたしの名前を知らない人にわたしの事、言って欲しくない。
友達に毎時間かの用に会いに行くように言われた人がこの人。
その子がこの人の事いろいろ言ってたけど、全然覚えてない。
なんだったろう……。
「後半のクラスでは人気者なのよ!」
だった様な気がする。
わたしにしたら
「だから?」
って感じ。
煩わしい…。
何も考えたくない。
他のことなんか考えたくない。
たった一つの事以外は考えたくない。
「どう?俺とつきあってみない?」
新一……逢いたい……。
この頃、逢いたいと思わないようにしていた。
思ったら顔に出てしまって新一の両親を心配させてしまうから…。
心の中の奥底にだけで考えていよう。
そう思っていた。
でも…やっぱり逢いたい。
新一に逢いたい。
「どうかな?俺と君ってお似合いだと思うんだよね」
そう言ってその人はわたしの腕をつかむ。
「何…するんですか?」
声を出すのもつらい。
つかまれている手首がひどく痛い。
「離して下さい」
「やっと…君の声が聞けたね…。ねぇ、俺とつきあわない」
「手を離して…」
「だったら、俺の問いに応えて」
他人の勝手な思いに答えたくないのに、その人は答えを強要する。
「あなたとは付き合えません」
「そんなに、幼なじみが良い?」
目線を合わせなかったわたしがその人の方を見たとき、その人はいやらしく笑う。
「そんなに、幼なじみが良い?」
もう一度、発せられる言葉にわたしは頭が痛くなる。
当たり前のこと聞かないで。
当たり前のこと聞くんだったらわたしに自分の勝手な思いをぶつけないで…。
「それは…困るんだよね。俺としたら」
「…離して…、離して!!!!」
使いたくなかった、空手技を使う。
逃げ出すための最後の手段。
「空手ホントにやってたんだ。でも、君には似合わないんじゃないの?」
「勝手なこと言わないで」
あなたにわたしの何が分かるの。
あなたにわたしとアイツの何が分かるの。
勝手に自分で作り出したイメージを他人に押し付けないで!!!
もう……いや……。
「何やってるんだ!!」
遠くから声が聞こえる。
「新出だ!!」
そう言ってその人は逃げていく。
「…毛利さん、もう大丈夫だよ」
彼は静かにそう呟く。
「これを…使ったらいい」
突然差し出されたハンカチに戸惑う。
「泣いてしまえばいい。泣いてしまえばスッキリするものだよ。だから好きなだけ泣いたほうが良い」
「どうして…そう……っ!!」
彼の言葉にわたしは涙を流していたことに気がついた。
すっきり?
何をすっきりさせたいの。
涙が出てるのはすっきりさせたいからじゃない。
「辛いことは泣けば、全て洗い流される。今は辛くてもいつか必ず、忘れることが出来る。大丈夫だから、僕が側にいるから」
彼は、カウンセリングをわたしに施しているかのように言う。
今は。
今は、誰かにすがって泣きたくない。
これは最後の抵抗。
あの人の事だけを考えているわたしの力。
みっともない。
そう言うのじゃない。
あの人以外の誰かにすがっているのを見せたくないだけ…。
わたしが泣くのはあの人の前でだけにしたい。
他の人はいや…。
「毛利さん」
わたしの表の個体を表す名称。
わたしは毛利蘭。
何故、それ以外ではないのだろうか…。
「蘭さん」
名前で呼ばないで…。
あの人以外の声で私の名前を呼ばないで…。
呼ばないで……。
………。
名前を……呼んで。
わたしの……名前を……。
「…蘭………さん」
「せんせい」
途切れた声にふと顔をあげる。
吸い込まれそうになる感覚に目まいを覚え…………。
「らんちゃーーーーーーーーーーーーん!!どこにおんのぉ!!!」
聞きなれた声が遠くから聞こえる。
「遠山さん、こっちだよ!!」
園子の声…和葉ちゃんの声…。
「蘭ちゃんっ!!ここにおった」
振り向くと、息を切らした和葉ちゃんがいた。
「和葉ちゃん、どうしたの?そんなに息切らして…。それに、学校は?休み…じゃないよね」
「学校なんかどうでもえぇねん!!学校より、大事なこと起こったんやから」
和葉ちゃんは呼吸を調えながらわたしに言う。
何か凄いもどかしさを和葉ちゃんの中で抱えているようだった。
「あんなぁ、あんなぁ、蘭ちゃん。落ち着いて聞いてや。あんな、もう、なんて言ったらえぇか分からんよ…」
「落ち着いて和葉ちゃん。わたしは落ち着いてるから」
さっきまでわたしの中を支配していた何かが慌てている和葉ちゃんを見るたび静かに和いでいくのが分かった。
「あのな、蘭ちゃん。工藤くんがな、工藤くんがな、今、大阪かからこっちに向かって来てんねん」
「え……」
和葉ちゃんの言葉にわたしは耳を疑った。
新一が大阪から今東京に向かって来ている?
「工藤君が見つかったんや。今、平次が工藤君と一緒にこっちに向かっとる。アタシは、蘭ちゃんにはよ知らせよ思うて平次達より一本前の新幹線でこっちに来たん」
「それ…ホント?」
「ホンマや。嘘やない。ホンマに工藤君こっちに向かっとる」
「だって、おじさんとおばさん何にも言ってなかったよ」
「詳しいことはここやないとこで話すけど…。ホンマの事やねんから」
和葉ちゃんはわたしをまっすぐに見つめて言う。
ホントに新一が見つかった。
ホントに新一が帰ってきた。
「わたし…帰る」
「そう言うと思った。蘭、ハイ、アンタのかばん」
そう言って園子はわたしのかばんを出す。
「持ってきてくれたの?」
「遠山さんがね、うちのクラスに来て。蘭を連れて帰るって騒いでたんだから」
「鈴木さんっ」
園子の言葉に和葉ちゃんは顔を赤くする。
「やって絶対、蘭ちゃん工藤君に逢いたいやろうなって思うたんやもん」
「ありがとう、和葉ちゃん。園子」
「良いのよ。さ、早く新一君に逢いに行きなさい!!逢ったら文句の一つや二つ言うんでしょ。まぁ、あんたのことだから「戻ってきてくれただけで嬉しいの」なんて言うんでしょうけど」
と園子はあきれ顔で言う。
「蘭。蘭が思ってること全部アイツに言いなさいよ。言わなきゃ承知しないんだからね」
園子の言葉にうなずく。
何言おう。
言いたいこと一杯ある。
いろいろあってホントに園子が言ったように
「戻ってきてくれただけで嬉しい」
って言っちゃいそう。
「はよ、行こう」
「ウン」
和葉ちゃんの手に引かれわたし達は門の方に向かう。
「あ、ちょっとまっとって」
そう言って和葉ちゃんは新出センセの前に行く。
「蘭ちゃんは、あんたのものやないねんから、勝手に蘭ちゃんに触らんといて。蘭ちゃんは工藤君のモノやねんから。よっし、行くで蘭ちゃん」
「あ?うん」
呆気に取られるわたしに和葉ちゃんはニッコリと微笑み言う。
「あのセンセ蘭ちゃんの事狙うてたで。蘭ちゃん、気ぃつけんとアカンよ」
「そんなことないよ。新出センセは学校の校医だもん」
「それが怪しいんよ。うちの高校であったんや。センセが生徒へ横恋慕したいうのが。あんなとこ工藤君が見たら工藤君、怒り狂うと違う?」
「そんなこと……ないと思うよ」
はっきりないって言えないのが辛いかも。
和葉ちゃんに連れられ学校の外に出る。
門の前には見たことのある車があった。
お母さんが仕事で使っている車だった。
「乗って。この中で話しよ」
「和葉ちゃん…お母さん来てるの?」
わたしの問いには応えず和葉ちゃんは後部座席に乗り込み、わたしに助手席に乗るように言う。
「…蘭…授業中だった?」
乗り込むとお母さんが運転席に座っていた。
「丁度…休み時間になったよ。ねぇ、お母さん。どうしてお母さんがいるの?」
「……蘭、今から言う話落ち着いて聞いてちょうだいね」
わたしの問いにはお母さんは言葉を進める。
「……お母さん?」
「……話しても大丈夫ね」
多少なりとも強引に話を進めようとするお母さんの態度に訝しがりながらもわたしはうなづいた。
「……新一君は…今。自宅にいるの」
「……服部君と…大阪かからこっちに向かってる最中じゃないの」
和葉ちゃんの方を向きながら言うと、和葉ちゃんは目を伏せる。
「…どういう…こと?」
とてつもない不安が体中を駆け巡り始める。
なんだろう…。
この不安は…。
「ねぇ、何があったの?何が起こってるの。新一、今どうしてるの?」
わたしの声に二人は応えない。
不安がどんどん広がっていく。
何、何ナノ?
「お母さん、和葉ちゃん。教えてよ……」
「蘭……。落ち着きなさい」
わたしの声にお母さんはようやく口を開く。
「これでも充分落ち着いてるよ。言ってくれなきゃ…分からないよ……」
不安が重なってとうとうわたしは泣きだしてしまった。
「…堪忍な、…蘭ちゃん……。アタシ…ホンマはすぐにでも蘭ちゃんに知らせたかったんや…」
小さく和葉ちゃんが言う。
「…おばちゃん、アタシが言うてもえぇ?」
「……大丈夫よ、遠山さん。ちゃんと言うわ。蘭、落ち着いてきいてね。工藤家の顧問弁護士として…新一君の代理人として、そしてあなたの母親として…このことをあなたに告げるのはとても辛いことなのを分かって欲しいの」
お母さんは…わたしを落ち着かせるように静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……蘭、新一君は現在、工藤新一としての記憶をなくしているの」
今…なんて…。
「自分が何者かというのも把握してないの」
う……そ……。
「新一が記憶喪失っ…。そんなのっ……」
そんなの……信じたくない。
「信じる信じないも…実際に会って確認したことなのよ…」
「嘘……信じられない」
わたしの声が車の中に響き渡る。
記憶がない?
そんなの……ってないよ。
「…辛いことかも知れないけれど……、蘭、あなたのことも覚えていないわ」
お母さんの言葉が悲しげに届く。
全て忘れてしまったの…。
何もかも。
自分がコナンだったことも。
わたしと喧嘩したことも。
泣いていたわたしを慰めてくれたことも。
嘘よ、そんなの。
信じたくない。
「信じられないのも…無理ないわ…。私だってまだ信じられないんだから…」
お母さんはそう言って息を吐く。
「……蘭ちゃん、あんなぁ、工藤君、蘭ちゃんの事…全部忘れてないで…」
「和葉ちゃん…?」
ぽつりと言った和葉ちゃんの言葉に涙が止まる。
「…アタシが…この2日間、見てきたこと、聞いてきたこと、全部言うから…、聞いてな?」
和葉ちゃんの言葉にアタシは静かにうなずいた。