破壊しはじめていく。
何を考えているのか分からなくなる。
支配しているのはただ一つ。
とらえているのはただ一つ。
他に欲しくない。
他にいらない。
「さむーい!!!!」
園子がそう言う。
ふと窓の外を見るとこの時期には珍しく雪が舞っているのが見えた。
低く垂れ込めた雲。
体の芯までしみ込むような寒さは…これを予感していたものらしい。
「寒いと思ったら、雪が降ってきたよ、蘭」
園子も雪が降っていることに気がついたらしく、わたしに話しかける。
「粉雪…だね」
「うん」
手に触れるとすぐに溶けてしまう、淡雪。
ふと、思った。
この雪、新一にも降ってるのかな…。
もし、叶うのなら新一の側に行きたい。
どこにいるのかも分からない新一の側に。
雪になって、何もかも見えなくなるぐらい新一の側に降りかかりたい。
全て包んで、わたしだけの物にしたい。
「あ…やんじゃった…」
園子の言葉に我に返る。
そう、雪はいつかは降りやんでしまう。
そう、雪はいつかは溶けてしまう。
ずっとそばにはいられない…。
あなたの側から消えてしまう。
「風花…なのかな?」
「風花って蘭」
「新一が教えてくれたの。日本海の方で降っている雪が強風にのってこっちまでやって来るのを風花って言うんだって」
園子の言葉にわたしは答える。
小さいころ教えてくれた。
雪だ雪だって喜んでいたのにすぐやんでしまってショックを受けていたわたしに新一は教えてくれたのだ。
カザハナという音に引かれて悲しかった思いが一気に晴れたのを覚えている。
新一は何でも知っていた。
何でも知っていて、私の疑問に全て答えてくれた。
その新一が側に居ない。
その事にわたしは後どのくらい耐えていられるのだろう。
切れそうなほどの糸が自分を支えている。
大丈夫?
大丈夫。
心の中で問答が繰り返される。
新一、あなたをずっと好きでいることは…許されないの。
誰も彼も
「いつまでも帰ってこないやつのことは忘れろ」
そう言う。
本当にいつまでも帰ってこない?
本当?
違うよね。
「大丈夫?」
「何が?園子」
突然、園子がわたしの顔を見て言う。
「何がって…急にうつむいたから…泣いてるのかなって……。この頃、蘭、平気そうだよね」
園子は安心したように言う。
平気そう?
何が平気そうなの?
園子の言葉にわたしは心の中で首をかしげる。
「うん、平気だよ。大丈夫だよ」
「……蘭っ?!」
その言葉、誰に向かっていってる言葉?
平気、大丈夫。
何が平気なの?
何が大丈夫なの?
もう、分からなくなりそうで怖い…。
「蘭ねーちゃん、今日休みやないんやな」
「昨日部活や言うてたで。平次、あんた部活はえぇの?」
「そう言うけどなぁ、朝行ってきたんやで。この時期の朝稽古は寒うてかなわんわ」
アタシの言葉に平次はそう呟く。
今、アタシと平次は東京に来ている。
「そう言えば、そうやね。えらいえらい。」
「ったくガキ扱い……ん?なんや寒い思うたら雪やで。東京は早いんやなぁ」
と平次はちらちら降り始めた雪に気づき空を見ながら言う。
「ホンマやねぇ。せやけど、そんなに降ってこんなぁ」
「そやなぁ…。あ、もうやんでもうた。つまらんなぁ」
平次は子供の様に言う。
「つまらんてなぁ、明日新幹線動かんかったらどないするつもりやったん?」
「そういやぁ、そうやな。はよ、工藤んちでもイコか」
「そやね」
そう、蘭ちゃんの様子を見に東京にやって来た。
快斗君から連絡があったからだ。
「元気なのは元気なんだけど…危ないよ」
その言葉に居ても立ってもいられなくなったのだ。
「電話では…元気そうやったけどな…」
「電話と、実際に逢うとじゃ…ちゃうんやろな」
「やっぱ、そうなんかな?」
平次の言葉にそう問い掛ける。
「そりゃ、そやろ。声だけやったらいくらでも誤魔化す事が出来る。せやけど、顔を見て話すとは全然違うやろ。目は口ほどに物を言うって言うやろ。目を含む表情は全てを物語る。快みたいなよっぽどポーカーフェイスが出来るやつやないと顔も誤魔化すことは無理やで」
平次は寂しそうに言う。
「まぁ、快は危ない言うてたけど…ねぇちゃんは思ったよりも強い。せやから平気やろ」
少しの沈黙の後平次は言う。
ホンマにそうなんかな……。
アタシはふと思う。
蘭ちゃんはホントに強いのだろうか?
ホントは強く見せているだけじゃなんだろうか。
アタシは、蘭ちゃんが泣いてるところを見たことがない。
正確には思いっきり泣いている所。
「蘭…見せないよ。他人に自分が思いっきり泣いてるところ。多分、見たことあるの…オレぐらいなんじゃないかな……」
ってコナン君(新一)は言うてた。
蘭ちゃんは今、工藤君の家にいるという。
そして、その家には工藤君の両親が……。
その家で蘭ちゃんは蘭ちゃんで居るのだろうか。
それを疑問に感じていた。
「いらっしゃい、平次君に和葉ちゃん」
工藤君の家に着くと、工藤君のお母さんが出迎えてくれた。
そして居間では工藤君のお父さんがアタシ達が来るのを待っていたらしかった。
「久しぶりだね、君たちに逢うのは」
「ホンマですね。オヤジからの伝言を伝えに来ました。捜査の方はまだ進展を見せてなく、ご両親にはいい結果をお教え出来なくて心苦しい。そう言っとりました」
「そうかね…。だけど、それは警察が悪いわけじゃないさ…。工藤新一が行方不明ということを公に出来ないことがネックになっているんだからね」
「ホンマ、すいません」
工藤君のお父さんにそう言って平次は謝る。
「いや、本当に君が謝る必要なんてないんだよ。君は警察なのかい?違うだろう。警察の事だって分かっているつもりだよ。だから、君が謝る必要なんてないんだ」
そして、工藤君のお父さんは平次に頭をあげるように言う。
「蘭ちゃんが後ちょっとで帰ってくるはずよ。今日は部活だって言ってたから蘭ちゃんが帰ってきたら、みんなで夕飯にしましょうよ」
と工藤君のお母さんはアタシ達に屈託なく微笑んで言った。
すこし立つと蘭ちゃんが帰ってきた。
「和葉ちゃん、服部君来てたのね」
いつもと変わらない蘭ちゃん。
ホントにそうなん?
ふと感じた。
なんでやろ…。
空虚感が蘭ちゃんの中から感じられた。
いつも、蘭ちゃんを見てるわけやない。
だけど……蘭ちゃんが何故か人形の様に見えた。
何でだろう…。
何でやろう。
考えてみた。
自分に置き換えて…。
もし、工藤君が平次やったら……で、アタシが蘭ちゃんやったら…。
平次が居ない家で、平次の部屋で…すごす。
……怖い。
そう思った。
そして平次の両親に心配掛けたくない…そう思うだろう。
アタシはそんな蘭ちゃんに何かしてあげられるのやろうか……。
蘭ちゃんとその夜話ながらアタシはずっと考えていた。
蘭ちゃんを助けられること。
「蘭ちゃん、工藤君、はよ見つかるとえぇな」
「ウン、大丈夫だよ…和葉ちゃん」
静かに蘭ちゃんは笑みをたたえる。
なんか違う…。
そう思った。
東京から大阪に帰る新幹線の中で平次が呟いた。
「ねぇちゃん。案外元気そうやったな…」
「平次、ホンマそう思ってる?」
平次の言葉にアタシは叫びだしそうになるのをぐっと押さえた。
「何がや…和葉。ねぇちゃんは思っとったよりも元気やった。危ない言うた快ちゃんの思い過ごしやった。違うか?」
「平次…ホンマにアホやね。呆れて何にも言えんわ…」
平次は気づいてへんかったみたいやった。
無理もない…。
と言っても仕方ないかも知れない。
平次はあんまり蘭ちゃんと話していなかったから…。
けれど、平次にも気づいて欲しかった。
あんな風に笑う蘭ちゃんに…。
「この頃…蘭の表情がないの。まるで…そう人形の様に感じるの。あんな蘭、始めてみた」
蘭ちゃんの所に行く前に鈴木さんからかかってきた電話。
このことにアタシは冗談かと思っていた。
だけど…冗談じゃなかった。
「平次……工藤君のこと……捜して…」
アタシは平次に静かに呟く。
「和葉…お前」
それしか方法ない。
警察にまかせておきたくない。
「ホンマに気付いてへん?蘭ちゃんお人形さんみたいやったの。蘭ちゃん、工藤君のご両親に心配かけんように笑っとったん…。気付いてへんかった?」
止まらない。
あの蘭ちゃんの帰り際の寂しそうな微笑みを思いだして。
「蘭ちゃんホンマに工藤君に逢いたいんよ。平気や言うてても逢いたいに決まっとる。平次、平次しか工藤君のこと探すこと出来ひんのと違う?お願いや…平次。あのままやと、蘭ちゃんが蘭ちゃんでのうなってまう…。死んでまうよ…。そんなん…嫌や…」
止まらない。
平次しか…。
工藤君と同じ探偵の平次しか…。
工藤君を探すことできひん…。
「それにあんな…お人形さんみたいな蘭ちゃん見たない…」
アタシは平次がどこにも行かんように平次の服をつかんで言う。
「笑い方とか、表情とか…。心配掛けたくないんやろう、工藤君の両親の前ではその表情は出てこない。せやけど…一瞬、一瞬、見えるねん……。平次、アタシ考えてしもうたん。もし、アタシが蘭ちゃんの立場やったらって…。もし、平次が工藤君の立場やったらって……。どんなに怖いやろうって…」
蘭ちゃんを助けたい。
蘭ちゃんに会いに来たら助けてあげられる。
そう思ってた。
けれど、それは間違ってた。
蘭ちゃんを助けられるのは工藤君しかいないって事が、来てはっきりと分かってしまったのだ。
手伝うことが出来ても、蘭ちゃんを救えるのは工藤君しかいない…。
「お願いや…平次…。蘭ちゃんの為に工藤君のこと…捜して…」
むちゃくちゃなこと言ってると思う。
せやけど、平次に捜して欲しかった。
「和葉…、お前に言われて目が覚めたわ…。そうやな…警察だけに任しとく訳にも行かんな…」
長い沈黙の後、平次はそうぽつりと呟いた。
「ホンマ?平次……」
「嘘…言うてどないすんねん……。それにな……無茶苦茶言うな…って言おう思うたけど…。お前の気持ちもわかるわ…」
そう言って平次はアタシの肩に腕をまわし抱き寄せた。
「平次……」
「……泣いても…かまへんで……。オレが…隠しといたるから…」
とぎれとぎれに言う平次にアタシは思わず顔をあげて平次を見てしまった。
顔を真っ赤にしてそっぽ向いてる平次にアタシは思わず笑ってしまった。
「アホ、何笑うてんねん」
「やって……………。平次……」
平次の肩に額を付けてアタシは泣き笑いをする。
アタシのことなんか気ぃまわす必要あらへんのに…。
ホンマに…平次は。
「変なやつやな。泣いてんのか笑うてんのかわからへんやんか」
平次はそう言ってアタシの頭を大阪に着くまでずっとなでていてくれた。