MESSAGE〜もう一度走り出す僕を〜
目次12345678910111213あとがき

そばにいて

 みんなは帰っていきそして冬休みになったらに遊びに来ることを約束した。
 トロピカルランドに行こうって言う話になったのよね。
 新一とトロピカルランドなんて…久しぶりよね…。
 行きたくない…ってずっと思ってた。
 新一が一緒じゃなきゃ行けない。
 そう思ってた。
 コナンの時に行こうかって喉まで出かかった。
 あそこは始まりの場所…。
 そして…いつしか終わりの場所とも決めていたのかもしれない。
 新一と来て初めて辛かったのが消えていく…。
 そんな気がしていた。
 次の日。
 わたしは新一と共に学校へと向かった。
「あ"ー新一君が居る!!
 登校してきたわたしと新一の姿を園子が認める。
「ホントに帰ってきたんだぁ」
「まぁ…ね」
 園子の言葉にわたしは小さく答える。
 戻ってきたのは事実。
 わたしの側に居るのも事実。
 でも一つだけ違うところは新一は…記憶喪失だって事…。
 お母さんが言ったのか、新一の両親が言ったのか…学校には新一が記憶喪失だということは知られていた。
 もちろん…生徒にも。
「工藤!!マジでおぼえてねーのかぁ?オレは、オマエの親友の田中だぁ!!」
「オマエは親友じゃないだろー」
「オレが本当の親友だぁ!!」
 と適当な事を新一に吹き込むクラスメート。
 そんなクラスメートを見て新一は嬉しそうにしている。
「ねぇ、蘭の事どうなの?やっぱりちゃんと覚えてるの?」
 クラスの女の子が興味本位に新一に聞いてくる。
 休み時間だから…他のクラスの子も居て…。
「ただの幼なじみなんでしょ?覚えてる訳ないじゃない」
 遠くからでも、はっきりと聞こえてくる声にわたしは体が止まる。
 わたしの事…はっきりと覚えていないのは事実。
 だからって…聞こえるように言わないでよ…。
 わたしの様子にみんなも気づいたらしい。
「毛利のこと覚えてないのか?」
 クラスの子の言葉にみんながわたしを見る。
 憐れみ…そして…嬉しそうな目。
 そんな目で…見ないでよ…。
「蘭、工藤君、蘭の事覚えてないの?てっきり…ねぇ…」
 彼女はみんなに同意を求めるように見回す。
 言葉が出てこない。
 なんて言って良いのか…分からない。
 覚えてないんだよね…。
 って言えばいいのに言葉が口から放れない。
「蘭…?」
 彼女の不思議そうな顔にわたしが答えようとしたときだった。
「覚えてるぜ。オレ」
 ふと新一が言葉を発したのだ。
 その言葉にあたりは騒然となる。
「覚えてるって何を?」
「蘭の事に決まってるだろ?忘れるわけねぇじゃん。それとも何?オレが蘭の事すっぱりと忘れるとでも思った?」
 と新一は挑戦的にみんなを見る。
「し…新一?」
「蘭、蘭は思った訳?オレが、蘭の事、忘れてるって…」
 全てを見透かす…深い深い青の…グランブルーの瞳で新一はわたしを見つめる。
「え…あ……えっと……」
 なんて答えていいか分からなくなる。
「ハイハイ、相変わらず夫婦なんだから!!みんなも妬かない妬かない。良いじゃない、新一君が蘭の事覚えてようが覚えてまいが。結局この二人は夫婦なんだから!!」
 と園子が呆れたように言う。
 そしてそのタイミングでチャイムがなり、先生が教室に入ってきた。
 園子…助けてくれたのかな?
 なんてそう思ってしまう。
 新一の言葉から…みんなの言葉から…。
 そうだとしたらお礼言わなくちゃね。
 お昼休みにわたしは屋上に向かう。
 もちろん…新一も一緒に。
「ここは温かいなぁ」
 丁度、風もよけられ、陽だまりになっている空間を新一が見つける。
「蘭、お昼食べようぜ」
 そう言ってわたしを誘ったのは新一。
 園子が割り込んできて…一緒に食べることになった。
 でも今屋上にいるのはわたしと新一だけ。
 園子はちょっとした用事を済ませてから来ると言っていた。
「新一…」
 気持ち良さそうに座っている新一にわたしはさっきの言葉の真意を確かめたくって言葉を紡ぐ。
「何?」
「どうして…さっきわたしの事覚えてるなんて言ったの…?わたしの事…忘れてたじゃない」
「忘れてはなかったぜ。オレはいつもオマエのこと考えてた…。ただ名前がわからなかっただけ。和葉ちゃんに名前を聞いて納得して、蘭に逢って、オレは蘭の事覚えてるって思ったんだぜ」
 そう言って新一はうつむく。
「どうしたの?新一」
「それにな……。蘭を傷つけたくなかったんだ…。あいつら…好き放題言ってただろ?…哀しそうにうつむく…蘭を観たくなかったって言うのもあんだけどな」
 そう言って新一はニッコリと微笑む。
「ありがとう…」
「礼なんて言うことじゃねぇよ。蘭の事を少しでも覚えてるんだったらそれは覚えてることになるだろ?少しでも覚えてたんだぜ。だからさ…礼を言われることじゃねぇんだよ」
 そう言って新一は優しく微笑む。
 ありがとう、新一。
 そう言ってくれて凄く嬉しいよ。
「やっぱり…完ぺきな記憶喪失ってわけなんだ……」
「園子…」
 園子が不意に建物の影から出てくる。
「ごめん…話聞いちゃった」
 そう謝る園子に新一はにらみつける。
「新一…園子は大丈夫だよ。園子は…わたしの親友だから…」
 そう言うと新一はすまなそうに園子に謝った。
「でも、記憶喪失でもさ、新一君が帰ってきてほっとしてるわよ」
 お昼も一息ついたころ園子が言う。
「どういう意味で?」
「だって、あんたカナリやばかったわよ。自分じゃ気付いてないかも知れないけど…。なんか壊れそうで嫌だったなぁ。でもさぁ、新一君が側に居るだけでやっぱ違うのね」
 そう言って園子は凄く自分事の様に喜ぶ。
「そんなに…辛かったのか?蘭」
 新一はわたしをじっと見る。
 意地悪そうじゃなくって…ホントに真剣に。
 こういう新一ははっきり言って初めてだから…。
 戸惑ってしまう。
「そりゃ当然でしょう。ねぇ」
「ん?あ…うんまぁね」
 何となく即答を避けてしまう。
 何でだろう…なぁ…。
 新一はわたしの気持ち知ってるけれど…わたしは新一の気持ち知ってるけれど…。
 ちゃんと告白してないしされてない。
 だから…だから…もう少しだけ幼なじみのままっていうのはダメかな?
 新一も多分嫌だと思う。
 記憶がない時にちがくなるって言うのは…。
 なんてね。
「あ、そうだ」
「どうしたの?蘭」
 突然あげた声に新一と園子が驚く。
「わたし保健室ちょっと行ってくる」
「どうして?どこか具合わるいのか?」
 新一がわたしの言葉に不安そうに聞く。
「ううん違うの。新出センセにいろいろと心配掛けちゃったからお礼言ってこないと。もう大丈夫ですって」
「そんなの今じゃなくたって良いじゃない?」
「でも…心配してるかもしれないし…」
 今じゃなくたっていいって園子は言うけど、言わないまま放課後まで持ち越すのがなんか気持ち悪い。
「ともかく行ってくる。もしかすると心配してるかもしれないじゃない?だから」
「じゃあ、オレも行くよ」
 わたしが保健室に向かおうとすると新一がついてこようとする。
「でも…」
「でも、じゃないの。わたしも行くわよ蘭」
 わたしの言葉を遮るように園子は立ち上がった。
 と言うわけで結局3人で保健室に向かうことになったのである。
「新出センセいらっしゃいますか?」
 保健室の扉を開けると先生は机に向かって作業をしていた。
「ん?毛利さんじゃないか。具合はどうだい?」
 わたしの方を見ながら先生はそう尋ねる。
「ハイ、もうすっかり大丈夫になりました。先生にはご心配掛けて申し訳ありませんでした」
「気を使う必要はないよ。君の事が心配だったからね」
 そう言って先生はニッコリと微笑む。
「でも…結構心配掛けちゃったから……」
「いいんだよ。君の笑顔が見れたんだからね」
 そう言って先生はわたしを見つめる。
 どういう…意味?
 先生…わたしの事この前名前で呼んだ気がしたんだけど…。
 それも不思議に思ったんだけど…。
 今回も…不思議…。
「先生?それ…どういう意味ですか?」
「どういう意味…って…」
 わたしの返答に先生は戸惑う。
「困ったなぁ、どういう意味って聞かれるとは思わなかったよ。君が思った通りに考えてくれれば…ね」
「って言われても……」
 意味が分からないから…先生に聞いてるのに…。
 その時だった。
「蘭」
 入り口に新一が現れる。
「新一、ごめんね。今行くから、じゃあ、センセ。ホントに心配かけてすみませんでした」
 そう言ってわたしは新一の元に行く。
「蘭、気をつけろよ。アイツ、蘭の事狙ってる」
「そんなことないよぉ。ねぇ、園子」
 不機嫌そうにいった新一の言葉を否定しわたしは園子に同意を求める。
「そんなことないって言いきれないわよ。新出先生が蘭の事気にしてるのって有名な話だから」
 えぇっ。
 そんな話初めて聞いた。
「気づいてないのは蘭ぐらい。あんた自分の事で精一杯だったでしょ?ほら、この前、遠山さんも新出先生にくぎ差したんじゃない。でもまぁ、新一君が居るんだから大丈夫よね。新一君、蘭のことちゃんと守ってね」
「オメェに言われなくても分かってるよ。蘭はオレが守るって決めてるんだから」
 そう言って新一はわたしを見つめる。
「ハイハイ。もうラブラブしてないで。ホント夫婦なんだからぁ」
「もう、園子、夫婦じゃないってばぁ!」
 わたしと新一が何か話していると必ず出てくる単語。
 記憶喪失の新一にそれを埋め込まないでよ!!
「もう、じゃあ、言い改めるわ。周りから観れば、完璧に夫婦なのに、本人達は単なる幼なじみと思っているけど、内心はお互いのことが好きなのに言い出せないカップル。これでどう?」
 その長いのは何ナノよぉ!!
「不満なわけ?ホントの事なんだけどなぁ」
 園子はそう言って首をかしげる。
 ホントの事っていわれてもねぇ…。
 はぁ、みんなってわたしと新一のことどう観てたんだろう。
「蘭、ちょっと良い?」
 放課後、他のクラスの女の子が帰る支度をしていたわたしに声をかける。
「なに?」
「このまえ逢った人がもう一度蘭に話がしたいって言ってるんだけど…どうかな?」
 このまえ逢った人?
 彼女の言葉にわたしは首をかしげる。
 このまえ逢った人って誰だろう。
 思い当たらない。
「で、どうする?蘭逢う?」
「ごめん。ちょっとその人には会えないなぁ」
「何で?」
 何でって言われても………。
 なんて答えたら…。
 取りあえず、思い当たらないから断っただけって言ったらまずいよね。
「蘭、帰るぞ」
 返事に悩んでいたわたしに新一が声をかける。
「え?工藤君、帰ってきてたの。あぁ、じゃあダメだね。じゃあ、またね」
「ホントに平気?」
「平気平気」
 わたしの言葉に彼女は笑って答えて自分の教室の方に戻っていった。
「何が平気なんだ?」
 新一の言葉にわたしはなんて答えて良いのか悩む。
「よくは…分からないけど。多分大丈夫だよ」
「なあにがよく分からない…よ。あの子は蘭に蘭に告白したいと思っている男を斡旋してきた子よ」
「そうだっけ?」
 そう答えたわたしに園子は呆れるようにため息をつく。
「覚えてないなら良いのよ。じゃあお先に」
 そう言って園子はわたしと新一より先に帰る。
「蘭…」
 この後来るであろう言葉にわたしは身構える。
 でもやって来た言葉は
「帰ろうぜ」
 だった。
 帰る道は他愛もない会話。
 夕飯の時も同じ他愛のない会話。
 聞かれると思った事に聞かれないのが妙に気になる。
 いつもの新一だったら絶対気にしてるであろう出来事。
 やっぱり、今の新一には気になる出来事じゃないのかな…。
 夜、自分に宛てがわれた部屋にいたときだった。
 思わぬ訪問者がわたしの部屋にやって来た。
 とは言ってもそいつしかいないんだけど…。
「蘭、いいか?」
「うん」
 わたしは新一を部屋に招き入れる。
 新一はわたしが座っているベッドの上に座る。
「何?どうしたの」
「あのさぁ…オレが蘭の側に居ないあいだ、蘭に告白してきた奴いっぱい居たのか?」
 ここに来て聞かれた…。
 聞かないんだったら聞かないってなって欲しかったけれど…やはり其れはむりだったらしい。
「蘭、どうなんだ?」
 全て見透かすような瞳で新一はわたしを見つめながら聞く。
「う…うん。新一が居なかったときいろんな人が言ってきたよ。でも…全部断った」
「どうして?」
「どうして…って…」
 そんなこと言われるとは思わなかった。
「……なんでだろう…。よく分からない。けど…オレのせいで蘭が辛い目にあっているのなら…それで蘭が辛くないのならそれでもいいかなぁって思った。なんて…な。勝手…かな?」
 そう言って新一は自嘲気味に笑った。
 その微笑みが凄く痛々しく見えてわたしには辛かった。
「新一…そんなふうに…笑わないで…。わたしは他の人と付き合う気なんて全然ないのよ」
 そう…新一以外の人とは付き合う気がないのよ。

 オレが記憶をなくしてからオレの頭の中でぼんやりと浮かんでいる人、それが蘭だった。
 名前を聞くまでぼやけていた頭の中の映像が…名前を聞いただけでクリアになったのを今でも覚えている。
 蘭がオレのことをずっと待っていた。
 そう聞いたときはムネが痛んだ。
 オレなんかを待っていてくれた蘭にオレは何も出来ないから。
 好きだと言っても良い。
 でもそれは記憶をなくした人間のたわ言としか受け取られないかも知れない。
 だから…言えない。
 何も…蘭に出来ない。
 今、オレに出来ることはなんだ?
 今、蘭にオレが出来ること……。
「新一、大切な人を守りなさい。そして自分が一番大切な人を守れるくらいに強く。慣れるはずだよ、新一なら」
 父さんのその言葉が聞こえる。
 だから…オレが今、蘭に出来ることは蘭を守ること。
 蘭が一番大切だから…。
「蘭、一緒に居てくれる?」
 オレの言葉に蘭は不思議そうに首をかしげる。
 分からなかったかな?
「だから…夜寝るとき、オレの隣で寝てくれる?」
 蘭が側に居ないと不安だ。
 どうしてだろう。
 凄く不安になる。
 蘭の名前を聞いて、蘭の声を聞いて、蘭の姿を見て、蘭を腕に抱いて…。
 隣にいないことに不安になった。
「だめか?」

「オレの隣で寝てくれる?」
 一瞬冗談かと思った。
 何言われてるのかも分からなかったし。
 でも新一の顔が凄く真剣だった。
「何も…しないから…。ただ、オレの隣で寝てくれるだけで…良いんだ…。…不安…なんだ…。蘭が隣にいないことに…。昨夜…何度も目が覚めた。蘭が居ないことに不安になって…どうしたら良いか分からなくって…。情けねぇよな…」
 そう言って新一は目を伏せる。
 ふと…思いだした。
 新一が居なくなったときのこと…。
 何度も夜中に目が覚めて…新一が殺される夢まで見て…。
 朝は新一が隣にいない寂しさを覚えて、教室で、学校の帰り道で……次第に新一が居ないということに慣れて……。
 それでも夜中に突然目が覚めるのは変わらなかったあの頃。
「わたしも……不安……なんだよ…」
 そう言って新一に頭を預ける。
「蘭…」
「わたしも…不安なんだよ。新一が居ないこと…。隣にいないこと…」
 その言葉に新一はわたしを静かに抱き締める
「じゃあ……一緒に寝てくれる?」
「うん」
 新一の言葉にわたしは素直に頷いた。
 新一の隣で見る夢。
 好きよ。
 言葉に出せないけれど…伝わって欲しい想い。
 想いはいつかカタチになると言うけれど…。
 それがいつになるかは想像もつかないけれど…。
 ただいまはこうやって新一のムネに頭をあずけて眠るだけで良いのかも知れない。
 そう思った。

 蘭の隣で見る夢。
 壊れないように、そう壊れ物を扱うようにオレは蘭を腕に抱く。
「寝つき…早ぇな…」
 そう呟いた声は蘭には届かないだろう。
 蘭の温かみを感じるだけでオレの中で渦巻いている不安が消えていくのが分かる。
 蘭を全ての苦しみや哀しみから守る。
 蘭の泣き顔は見たくない。
 今はただこうやって蘭を腕に抱いているだけで良い…。
 それだけでも…構わない。
 そう思った……。

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